第10話:鋼鉄のディーヴァ(歌姫の洗礼)
艦隊が撤退してから三日が過ぎた。
学院は表向きの静穏を取り戻していたが、その空気は薄氷のように張り詰めていた。
レンは屋上のフェンスに寄りかかり、遠くの地平線を眺めていた。
「……来るな」
呟きと同時に、空の色が変わった。
地平線から、一隻の「白銀の小舟」のような飛行艇が、滑るように現れた。
先日の巨大な鉄の塊とは違う。優雅で、無駄のない曲線美。
その船首に、一人の女が立っていた。
深い蒼色のドレスを風になびかせ、夜の闇を溶かしたような黒髪が背後に流れる。
彼女が口を開いた瞬間、学院中の空気が「凍りついた」。
『――――ああああぁぁぁぁ……』
それは、言葉ではなかった。
ただのロングトーン。しかし、その一音だけで、学院の結界が「結晶化」して砕け散った。
暴力的な重低音ではない。鼓膜を撫でるような、あまりにも「正解すぎる」純粋な高音。
「な……魔法の波形が、完全に『整列』してる……!?」
中庭に飛び出してきたアリアが、空を見上げて絶句した。
彼女の銀の杖が、恐怖でカタカタと震えている。
「あれが……帝国の最終兵器。第一歌唱大隊長、歌姫エレナ……!」
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エレナは、空中に見えない階段があるかのように、しずしずと地上へ降りてきた。
彼女の周囲では、大気中の魔力が「楽譜」のように整列し、キラキラと輝いている。
彼女の視線が、屋上のレンを捉えた。
「あなたが、ガストンの無骨な合唱を乱したという『野良犬』かしら」
鈴を転がすような、完璧な発声。
レンはヘッドホンを首にかけ、ゆっくりと階段を降りて中庭へ向かった。
「野良犬か。……おばさんの方は、随分と綺麗な飼い犬だな」
「お、おば……っ!?」
エレナの眉が、ピクリと動いた。
だが、彼女はすぐに冷徹な微笑を取り戻し、喉元に手を当てた。
「無礼な口を叩けるのも、今のうちよ。あなたの『騒音』が、私の『至高の旋律』にどこまで耐えられるかしら」
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エレナが、歌い始めた。
――【神聖圏・絶対和音】。
彼女の歌声が響くたびに、周囲の空間が「塗り替えられて」いく。
レンがこれまで得意としていた「サンプリング」ができない。
なぜなら、彼女の出す音には「隙間」が一切ないからだ。完璧に調律された音の壁が、レンの言葉を物理的に押し潰していく。
「……ぐっ、息が……」
中庭にいた生徒たちが、次々と膝をついた。
苦しいのではない。あまりにも「美しい音」に魂が圧倒され、思考を停止させられているのだ。
「レン、逃げて! あれは魔法じゃない……存在そのものを『美』で上書きする侵食よ!」
アリアが叫ぶ。彼女もまた、その歌声の魔力に抗えず、涙を流しながら立ち尽くしていた。
レンは、マイク代わりの杖を強く握りしめた。
声が出ない。喉が、エレナの歌声に共鳴して、勝手に「綺麗な音」を出そうとしてしまう。
「……ハ、ハッ。……面白ぇじゃねぇか」
レンは、無理やり口角を上げた。
喉の奥から、ドロりとした「不純な魔力」を絞り出す。
「綺麗なだけの歌なんて、子守唄にもなりゃしねぇ……。俺が教えてやるよ。……本物の『毒』ってやつをな」
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レンが、地面を強く蹴った。
エレナの完璧な旋律の中に、あえて「不協和音」を叩き込む。
「Yo……綺麗事のメロディ 吐き気がするぜ
お前の歌は ただの飾り 中身がねぇ(Empty)
【不純共鳴・裏切りのバース】
整列した音符を 俺がバラす
美しさの中に 泥をぶっかける
綺麗に死ぬか? 汚く生きるか?
選ばせてやるよ この一撃で……!」
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レンの放った濁った低音が、エレナの黄金色の世界に「ひび」を入れた。
エレナの歌声が、一瞬だけ揺らぐ。
彼女の完璧な仮面が剥がれ、驚愕の表情が露わになった。
「私の……私の歌を、汚した……!? この、下賎な……!」
「ハッ、いい顔になったじゃねぇか。……ライブは、こっからが本番だぜ」
レンの瞳が、狂気的な熱を帯びて光った。
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つづく
【あとがき】
第10話、ご覧いただきありがとうございます!
ついに「帝国最強の歌姫」エレナが登場しました。
彼女の魔法は、これまでのガストンとは次元が違います。力でねじ伏せるのではなく、**「美しさで存在を塗り替える」**という、芸術的な恐怖。
「サンプリングができない」という、レンにとって最大のピンチをどう切り抜けるのか?
今回のレンは、あえて「汚い音」をぶつけることで、彼女の完璧な世界をハックしに行きました。
「綺麗なだけの歌 vs 泥臭いラップ」
アリアも、レンの放つ「毒」のような魅力に、恐怖しながらも目が離せなくなっています。
第11話、歌合戦(MCバトル)はさらにヒートアップ!
エレナのプライドを粉々に打ち砕く、レンのさらなる「ディス」が炸裂します。
「続きが気になる!」「歌姫のプライドをへし折ってほしい!」という方は、ぜひブックマークや応援よろしくお願いします。
次は、もっとエグいライムを用意しています。
作者より
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