第6話:バースの真髄と、冷たい銀髪の旋律
正門が消えた。
あとに残ったのは、物理的な瓦礫と、それ以上に重くのしかかる「帝国の脅威」という静寂だった。
「……信じられない」
ミアが震える声で呟いた。
「帝国の第七軍楽隊って、たしか『一回の演奏で一つの都市を沈黙させる』って言われてる精鋭部隊だよ。なんでそんな人たちが、わざわざこんな辺境の学院に……」
「俺のラップが、あいつらの『秩序』とやらを逆なでしたんだろうな」
レンは地面に落ちたミアのパンを拾い上げ、砂を払って渡した。
「悪い、ミア。パン、台無しにしちまった」
「あ、ありがとう……。でもパンなんていいよ、それよりレン、本当に大丈夫なの? あんなに睨まれて……」
「睨まれるのは慣れてる。ステージじゃ日常茶飯事だ」
レンは平然と言い放ち、視線をアリアへ向けた。
「で、アリア様。監視役としては、今の襲撃はどう評価するんだ?」
アリアは銀髪を指で払い、冷徹な瞳でレンを見据えた。
「最低よ。敵を追い返したのは認めましょう。でも、あなたの放った『音』は、この学院の魔導結界を内側から激しく共鳴させていた。……自覚はあるの? あなたの魔法は、既存の術式を『上書き』して壊してしまうのよ」
「壊すんじゃねぇ。アップデートだ」
「言葉遊びはいいわ。……学院長から伝言よ。明日から、特別講義室をあなたに開放するわ。そこで自分の『音』がどれだけの破壊力を持っているのか、正確に測定しなさい。……私も立ち会う」
「監視付きの練習ってわけか。悪くない」
──────────────────────────────
翌日。学院の地下にある「反響魔導実験室」。
四方を特殊な魔導銀で覆われたその部屋に、レン、ミア、そしてアリアの三人がいた。
「いい、レン。従来の魔法は、この水晶に魔力を込めて『安定した波形』を維持する時間を競うの」
ミアが教えるが、レンは目の前の水晶を一瞥しただけだった。
「安定、ね。それじゃ魂は乗らねぇよ」
レンはマイク……の代わりになる、魔力を通しやすい黒鉄の杖を握った。
「見せて。あなたの言う『アップデート』が、ただの暴走ではないという証拠を」
アリアが腕を組み、冷ややかに告げる。
レンは目を閉じ、足でリズムを刻み始めた。
ドン、カッ、ドッドッ、カッ。
無音の室内に、レンの心音と魔力がリンクした鼓動が響き渡る。
「Yo、チェック。ワンツー、ワンツー」
ボソリと漏らした声が、壁の魔導銀に反射し、増幅されて戻ってくる。
「この部屋、サンプリングには最高だな。……いくぜ」
──────────────────────────────
「静寂の中 研ぎ澄ますリリシズム
銀の壁に反射する 俺のプリズム
安定? 固定? そんなの死んでる
言葉は生モノ 今も進化(進化)してる
【熱伝導・分子加速】
氷の壁を溶かす この熱量
韻の連鎖で 出力を倍増
予定調和の その先へエスコート」
──────────────────────────────
実験室の温度が急上昇した。
レンが踏む「リズム」に合わせて、部屋の中央にある巨大な測定用水晶が、これまでに見たこともない虹色の光を放ち始める。
「な……出力が、測定不能!? まだたったの数行しか歌っていないのに!」
ミアが計測機を見て叫ぶ。
しかし、アリアの目は別の場所に釘付けになっていた。
レンが発する魔力の波形が、単なる「破壊」ではなく、緻密に計算された「幾何学模様」を描いていることに気づいたからだ。
(……デタラメに叫んでいるわけじゃない。彼は、韻を踏むことで魔力の『位相』を整え、爆発的な増幅を……自己完結させている?)
アリアの手が、無意識に自分の胸元に置かれた。
彼女が一生をかけて学んできた「魔導学」の教科書が、目の前で音を立てて崩れていくような感覚。
レンが歌い終えると、室内には心地よい余熱だけが残った。
「どうだ。これが俺の『安定』だ」
レンが杖を肩に担ぎ、アリアを見た。
アリアは数秒の間、言葉を失っていたが、やがていつもの無表情を取り繕って言った。
「……五十分点ね。まだ騒がしすぎるわ」
「厳しいな、お嬢様。……で、その五十分点をつけた手、震えてるぜ?」
アリアはハッとして自分の手元を見た。
隠そうとしたが、遅かった。彼女の指先は、レンの奏でたリズムの残響に、まだ小さく震えていた。
「……これは、寒さのせいよ」
「そっか。じゃあ次は、もっと熱いバースを蹴ってやるよ。凍えないようにな」
レンの不敵な笑みに、アリアは初めて、視線を逸らした。
──────────────────────────────
その頃、学院の屋上。
一羽の使い魔が、実験室から漏れ出た魔力をサンプリングし、闇へと消えていった。
行き先は、帝国のキャンプ。
あの巨漢の騎士――『重低音のガストン』が、報告を待っていた。
「……面白い。学院の連中も、ようやく『音』の重要性に気づいたか」
ガストンは首の共鳴板を愛おしそうに撫でる。
「だが、所詮は独りよがりのラップ。帝国の『軍楽』という完成されたシステムの前で、どこまで耐えられるか見ものだな」
ガストンが指を鳴らすと、背後の闇から、楽器を持った兵士たちが一斉に膝をついた。
それは、来るべき「演奏会」の幕開けを告げる、不吉な不協和音だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
つづく
6話、執筆いたしました。
レンの力が「ただのラッキー」ではなく、音楽的・魔術的な裏付けがあることをアリアに見せつけ、彼女のプライドを少しずつ揺さぶっていく回です。
「位相を整える」とか「自己完結」とか、ちょっと小難しい設定をアリアに語らせることで、レンの凄さがより際立つようにしています。
次回、いよいよ帝国軍の「合唱」とレンの「ソロ」がぶつかる前哨戦……あるいは、アリアとの合同練習!?
7話もノリノリでいきましょう!




