第18話 『路上(ストリート)の再会』
ハルモニア自由都市は、音で出来ていた。
馬車が城門を抜けた瞬間から、音が違った。
街全体から音楽が聞こえる。宿の窓から流れる弦楽器。広場の噴水の周りで歌う大道芸人。路地の奥から届く打楽器の連打。それぞれが勝手に鳴っているのに、なぜか不思議と不協和にならない。街の空気そのものが、音楽を受け入れる構造になっていた。
レンは馬車の窓を全開にした。
(ここは本物だ)
音を聴いた瞬間に分かった。
帝国の「規格化された魔法音楽」とは根本から違う。誰かに指定された音楽ではなく、それぞれの人間が好きな音を出している。その混沌が、街全体の豊かさになっていた。
「……すごい」
ミアが窓から頭を出した。
「こんな街があるの?」
「自由都市だから。帝国の管轄外で、音楽に関する規制がない」
「魔法音楽も自由に使えるの?」
「たぶんそういうことだ」
アリアは窓の外を静かに見ていた。
何かを分析している顔だった。
エレナはフードを少し下げて、目だけで街を見ていた。その目に、初めてレンが見る表情があった。
懐かしむような、何かだった。
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宿に荷物を置いた後、レンは一人で街に出た。
フェスの開幕は翌日だ。今日は下見のつもりだった。
ハルモニアの路地は入り組んでいた。大通りから一本入ると、急に人が減り、古い石造りの建物が続く。洗濯物が頭上を横切り、どこかで猫が鳴いていた。
その感触が、懐かしかった。
横浜の外れ。再開発から取り残された路地。あの匂いに似た何かが、ここの空気にある。
レンは足を止めた。
路地の奥、木箱の上に座った男がいた。
年齢は二十代前半くらい。茶色い短髪。派手ではないが、この世界の服にしては妙にカジュアルな格好だ。足元に何かが置いてある。小さな黒い箱。
男は何かを手帳に書いていた。
レンは近づいた。
男が顔を上げた。
目が合った。
男が固まった。
レンも、一拍止まった。
(日本人の顔だ)
確信ではない。でも骨格が、この世界の人間とは少し違う。
「……もしかして」
レンが日本語で言った。
男の目が、大きくなった。
「……え」
日本語が返ってきた。
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男の名前は中村隼といった。
二十二歳。大学でDTMをやっていた。気づいたらこの世界にいた。レンと同じ転移者だった。
木箱の前に二人で座り、話した。
「いつ来たんだ?」とレンは聞いた。
「一年くらい前。レンさんは?」
「半年くらい。ここには最近来たのか?」
「フェスの前から来てた。この街、音楽に関する魔道具の規制がないから。機材の代わりになるものを揃えてる」
足元の黒い箱を見た。魔力結晶を加工した音響魔道具だった。この世界版のスピーカーだ。
「DTMをやってたのか」
「大学でサークルで。レンさんは?」
「ラッパーだった」
「マジで。じゃあリリックは自分で」
「全部自分で書く」
男は少し目を細めた。
「……それ、こっちでも使えるんですか。ラップが魔法に」
「使える。お前のDTMは?」
「使えます。ビートが魔法になる。エフェクトも全部魔力に変換できる。ただ……」
男は少し間を置いた。
「使い方によっては、かなりヤバいことになる」
「ヤバいというのは」
「強すぎる、という意味と、悪用できる、という意味の両方です」
レンは男を見た。
正直な目をしていた。隠していない。
「お前は、どっちで使ってる」
「……今のところは、強すぎる方だけです」
「今のところは、というのは」
男が少し視線を逸らした。
「帝国から、接触がありました。三ヶ月前に」
「どんな接触だ」
「お前の技術を帝国のために使え、報酬は払う、という話。断ったんですが……断ったはずなんですが」
男の顔が、少し暗くなった。
「断った後に、街の音楽に変な術式が混じってるのに気づいた。俺のビートのパターンに似てる。でも俺は作っていない」
レンは立ち上がった。
「誰かがお前の技術をコピーした?」
「たぶん。接触してきた帝国の奴が、会話の中で俺のビートを分析してたのかもしれない」
「その術式が混じった音楽が今、街で流れてるのか?」
「フェスの前から、少しずつ」
レンは路地の外、大通りの方向を見た。
音楽が聞こえる。陽気で楽しそうな音楽。
その中に、僅かに、何かが混じっている気がした。
「明日のフェスに、それが本格稼働する可能性があるか?」
「あると思います」
レンは手帳を取り出した。
「名前、フルネームで書いてくれ。ここで待ってろ」
「え、何するんですか」
「仲間に話してくる。お前も一緒に動いてもらう」
「俺が? でも俺は帝国に目をつけられてて」
「だから仲間が必要だろ」
男は少し呆気に取られた顔をした。
それから、ゆっくり笑った。
「……了解です。中村隼です。ハヤって呼んでください」
「レンだ」
「知ってます。大陸中に名前が広まってるんで」
「本当に?」
「艦隊を踊らせた話、ハルモニアでも有名ですよ」
レンは少し間を置いた。
「……俺、そんなに目立つことしたか」
「してますよ」
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つづく
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【あとがき】
18話まで読んでくださり、ありがとうございます。
もう一人の転移者、中村隼を登場させました。
ラッパーではなくDTM出身にしたのは意図的です。
ビートメーカーとラッパーは、同じ音楽の世界でも役割が違う。
レンが「言葉」の人間なら、ハヤは「構造」の人間です。
この二人が組んだ時に何が起きるか、19話以降で描きます。
「断ったはずなんですが」というハヤの言葉。
彼は完全に白ではありません。でも黒でもない。
グレーの転移者と、レンがどう向き合うか。
それが第二部の核になっていきます。
街の音楽に混じる「変な術式」。
19話でそれが牙を剥きます。
作者より
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