第17話 『魔導の街への招待状』
封筒は、金色だった。
学院長室の机の上に置かれたそれを、レンは眺めた。封蝋に音符を模した紋章が押されている。開封済みで、老学院長がすでに中身を読んでいた。
「隣国ハルモニア自由都市からの招待状だ」エルド学院長は言った。「毎年この季節に開かれる『魔法音楽祭』。今年は特別に、この学院から代表を招きたいという」
「なぜ今年特別に」
「理由は書かれていないが」老人は片目を細めた。「帝国艦隊を音楽で撃退したという話は、大陸中に広まっている。君のことを指定してきた招待だよ」
レンは封筒を手に取った。
紙質がいい。インクの匂いが上品だ。本物の招待状だ。
「行っていい?」
「行くことを前提に呼んだ。ただし」
老人は指を一本立てた。
「護衛を連れていきなさい。帝国が動いている今、単独行動は危険だ」
「誰を連れていけば」
「それは君が決めなさい。ただ、アリアは連れていくように。彼女は学院の代表として、外交的な場でも動ける」
レンは頷いた。
──────────────────────────────
話が広まるのは早かった。
その日の夕食時には、ミアがレンの隣に座って身を乗り出していた。
「遠征! 私も行く!」
「来ていいよ」
「本当に!?」
「護衛が必要らしいから。お前の補助術式、最近上がってるし」
ミアが頬を染めた。
「……上がってるって、分かる?」
「授業で見てる」
「講師として見てるのね」
「何か問題あるか?」
「ない! 全然ない!」
勢いよく言ってから、ミアは少し小声になった。
「……アリア様も来るの?」
「来る」
「そっか」
複雑な顔をした。嬉しいのと緊張しているのが混在していた。
「エレナも来る」
ミアがさらに複雑な顔になった。
「……四人で?」
「四人で」
「……賑やかになりそうね」
どのくらい賑やかかを想像したのか、ミアは遠い目をした。
──────────────────────────────
エレナに話したのは翌朝だった。
エレナは今、学院の来客用の個室に身を寄せていた。帝国の「処理対象」として記録されている以上、外には出られない。声はまだ完全には戻っていなかった。
レンが扉を叩いて入ると、エレナは窓の外を見ていた。
「ハルモニアのフェスに行く。来るか?」
エレナは振り向かずに答えた。
「私を連れ出して、何がしたいの」
「お前の声が戻る場所かもしれない。音楽の街だから」
「……帝国に見つかるかもしれない」
「そうかもな」
「それでも連れて行くの」
「嫌なら置いていく」
エレナはしばらく黙っていた。
それから窓の外を見たまま言った。
「……一つだけ聞いていい」
「どうぞ」
「あなたは、私の声を取り戻したいの?」
「お前が取り戻したいかどうかの話だ」
「でも、あなたが引き金を引いた」
「俺はメッキを剥がしただけだ。その下に何があるかは、お前が決める」
長い沈黙。
エレナが、初めてレンの方を向いた。
「……行く」
「分かった」
「ただし」
「うん」
「私の声が戻っても、帝国には戻らない。そこだけは確認しておく」
「俺に確認されても」
「確認したかった」
レンは少し考えて頷いた。
「お前の声は、お前のものだ。帝国のものじゃない」
エレナは、返事をしなかった。
でも窓の外に向けていた視線が、少し変わった気がした。
──────────────────────────────
出発の前日。
アリアがレンを廊下で呼び止めた。
「一つ確認したいことがある」
「どうぞ」
「今回の遠征、ハルモニアは自由都市だから帝国の管轄外よ。でも帝国の工作員が入り込んでいる可能性はある。エレナを連れていくことで、狙われるリスクが上がる」
「分かってる」
「それでもエレナを連れていくの?」
「連れていく」
アリアは少し間を置いた。
「……理由を聞いていいかしら」
「音楽の街に、声を失った歌手を連れていく理由が要るか?」
アリアは返答に詰まった。
それは論理ではなく、仁義の話だった。
論破できない。
「……あなたはいつもそうね」
「そうか?」
「論理より先に、筋が来る」
「悪いか?」
「悪くない」
アリアは一拍間を置いて、前を向いた。
「……私が、きちんと防衛術式を組む。それで手を打ちましょう」
「助かる」
「感謝しなくていい。学院の代表として、随行者の安全を確保するのは当然の職務よ」
「うん」
「それだけよ」
「うん」
アリアが歩き出した。
三歩歩いて止まった。
「……ハルモニアのフェス、どんな音楽があるか知ってる?」
「知らない」
「私も知らない」
また歩き出した。
今度は止まらなかった。
でもその背中が、心なしか軽い気がした。
──────────────────────────────
出発の朝。
学院の正門前に四人が集まった。
ミアが大きな荷物を背負っていた。アリアは最小限の荷物を魔力で浮かせていた。エレナはフードを深く被り、顔を隠していた。
レンは手帳だけをポケットに入れた。
「少ない」とミアが言った。
「必要なものは口の中にある」
「着替えは?」
「現地で買う」
「お金は?」
「学院長が経費を出してくれた」
「……なんで学院長、そんなにレンに甘いの」
「分からん」
出発した。
馬車に揺られながら、レンは窓の外を見た。
学院の石壁が遠ざかっていく。
前世でも、遠征は好きだった。
知らない場所の、知らない空気。そこで韻を踏む。それがフリースタイルの原点だった。
手帳を開いた。
新しいページに、一行書いた。
「旅の始まりは、いつもビートから」
それだけ書いて、続きは街に着いてから書くことにした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
つづく
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【あとがき】
17話まで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は移動回なので、四人の関係性を丁寧に描くことに集中しました。
エレナの「私の声は、帝国のものじゃない」という確認。
レンに言ってもらいたかったのか、自分に言い聞かせたかったのか。
たぶん両方です。彼女はまだ、自分の声の行き先を決めていません。
アリアが「どんな音楽があるか知ってる?」と聞いた場面。
これは珍しく、彼女から会話を続けた瞬間です。
知らないことへの好奇心と、レンと同じ「知らない」を共有したかった気持ち。
本人は気づいていませんが、読者には伝わると思っています。
18話、ハルモニアに着きます。
そして、もう一人の転移者の影が動き始めます。
作者より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




