第16話 『ライムと魔法の特別講義』
大講堂が、静まり返っていた。
二百人以上が席を埋め、それでも廊下まで人が溢れていた。壁際に立っている生徒もいる。椅子の代わりに床に直接座っている者もいる。全員が、演壇に立った一人の男を見ていた。
桐島レンは、演壇の端に腰を引っ掛けて座り、大講堂を眺めた。
(多すぎる)
思ったが、特に動じなかった。
路地裏で十人に向かって吐いた言葉も、二千人のフロアに向かって吐いた言葉も、一人に届けるという意味では変わらない。それが前世で身についた感覚だった。
「始めます」
短く言った。
ざわめきが消えた。
「今日は一個だけ教える。『韻を踏む』ということが、なぜ魔法の出力を上げるか」
誰かが手を挙げた。
「定型文でも韻を踏んでいる部分はありますが、それとどう違うんですか?」
「いい質問だ」
レンは立ち上がった。
「定型文の韻は、先人が設計した韻だ。音として完成されている。でも、お前が詠唱する時、その韻に感情が乗ってるか?」
沈黙。
「乗ってない、が正解だ。定型文は借り物の言葉だから、感情が乗りにくい。自分が作った韻には、感情が乗る。感情が乗った言葉は、魔力の共鳴率が上がる。それだけだ」
また手が挙がった。
「でも、即興で韻を踏むなんて難しいです。どうやって練習するんですか」
「今日やる」
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演習が始まった。
レンが生徒を一人ずつ指名して、「今感じていることを、韻を踏んで言え」と指示した。最初は全員、戸惑った。
三人目に指名された生徒が、ぼそぼそと言った。
「……緊張している、から……え、緊張とライムになる言葉……緊張、でんしょう……?」
笑いが起きかけた。
レンが遮った。
「悪くない。母音が合ってる。続けろ」
「え、あの……緊張してる(キンチョウシテル)、電車に乗る(デンシャニノル)……」
「もっと速く。リズムに乗せろ」
「緊張してる 電車に乗る それでも来た この場所に……」
生徒の声が、少しだけ変わった。
震えが消えた。
リズムに乗ると、人は少し強くなる。それをレンは知っていた。
「そこに魔力を乗せろ」
生徒が手を上げた。掌に光が集まった。
炎が出た。
いつもの三倍くらいの大きさの炎が、制御を保ちながら出た。
本人が一番驚いていた。
「……え? なんで?」
「感情が乗ったからだ」
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アリアは演壇の横に立ち、腕を組んで聴いていた。
助手として立つことになったのは、学院長の「補助を頼む」という一言があったからだ。断る理由がなかった、とアリアは自分に言い聞かせていた。
レンの教え方を見ていた。
技術を教えていない。
感情の出し方を教えている。
それは伝統的な魔法教育とは真逆だった。伝統は「感情を排し、静かに魔力を制御する」ことを叩き込む。レンは「感情を乗せる」ことを教えている。
矛盾しているはずだった。
でも、炎が出た。いつもの三倍の大きさで。
(なぜ)
アリアは考えた。
答えは出なかった。
でも出なくていい、とも思った。
結果が出ているのだから。
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授業の終盤。
一人、最後まで韻が踏めない生徒がいた。
名前をシオン=クラークといった。成績は学院でも上位。定型文の精度は高い。しかし、即興で言葉を出すことができなかった。
「……分からないんです。自分が今、何を感じているか」
正直な言葉だった。
レンは少し考えた。
「お前、今ここに来るまでに何か考えてたか?」
「……授業に遅れないようにと。それと、昨日の課題が終わらなくて」
「それを言え」
「え?」
「今感じてることがないなら、今日あったことを言葉にしろ。感情が見当たらない時は、事実から入る。事実に言葉を乗せていくうちに、感情が出てくる」
シオンは少し考えた。
「……課題が終わらなかった(カダイガオワラナカッタ)、眠れなかった(ネムレナカッタ)……あ、韻になってる」
「そこから続けろ」
「課題が終わらなかった 眠れなかった でも来た この授業に……来てよかった(キテヨカッタ)」
声が変わった。
最後の一言が、本音になった。
シオンの手から、光が出た。
今まで出したことのない規模の、白い光が。
シオンは自分の手を見て、固まった。
「……出た」
「出た」
「こんな、こんな量、初めてです……」
「本音が一番強い。それだけだ」
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授業後。
廊下でアリアがレンに並んで歩いた。
「……シオン・クラーク、去年まで魔力量で下位三十パーセントだった」
「そうか」
「今日出した光量は、学院の測定装置で上位十パーセント相当よ」
「本人が一番驚いてた」
「あなたが引き出した」
レンは少し間を置いた。
「引き出したのは俺じゃない。最初からあった。本人が出し方を知らなかっただけだ」
アリアは、その言葉を聞いて黙った。
それから小さく言った。
「……私も、そうだったのかしら」
「どういう意味?」
「私の魔力回路、あなたのリズムに触れるまで、今の半分も動いていなかった。測定装置の数値が変わったのよ。最近」
レンは足を止めた。
「本当に?」
「本当に」
アリアは前を向いたまま言った。
「……感謝はしていない。ただ、事実として言っておく」
「うん」
「それだけよ」
「うん」
アリアが歩き出した。
レンはその後ろを歩きながら、手帳に何かを書き留めた。
あとで、リリックにする材料として。
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つづく
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【あとがき】
16話まで読んでくださり、ありがとうございます。
シオン・クラークというキャラクターを書いていて、
一番素直に感動しました。
「感情が見当たらない時は、事実から入る」。
これはレンの言葉ですが、ラップの作り方でもあり、
どんな表現にも通じる本質だと思っています。
アリアの「私も、そうだったのかしら」という一言。
彼女が初めて、自分の変化をレンの影響として、
言葉にして認めた瞬間です。
感謝はしていない、と言いながら言っている。
それがアリアらしさです。
17話では遠征の準備が始まります。
レン、アリア、ミア、エレナの四人旅。
それぞれの関係が、学院の外に出た時にどう変わるか、
楽しみながら書きます。
作者より
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