第13話 『歌姫の涙とラッパーの仁義』
帝国の軍楽師が動いた。
エレナが膝をついた瞬間から、彼らは既に動き始めていた。
六人。黒い軍服に共鳴板を持った術者たちが、エレナを囲むように位置を取った。
レンは最初、包囲して守るつもりだと思った。
違った。
術者たちの魔力が、エレナに向かった。
閉じ込める方向に。
「……何してる」
レンの声が低くなった。
術者の一人が答えなかった。代わりに、遠くからガストンの声が聞こえた。
「回収と処理だ」
ガストンが、学院の入口付近に立っていた。撤退せずに残っていたのか。腕を組んで、エレナを見ていた。
「歌姫は帝国の兵器だ。任務に失敗した兵器は、分解して再利用する。あるいは廃棄する。それが帝国の原則だ」
「廃棄」
レンは繰り返した。
「……人間を廃棄するって言ったか、今」
「兵器の話をしている」
「エレナは人間だろ」
「任務に失敗した時点で、帝国の歌姫ではない。帝国の歌姫でなければ、ただの失敗作だ」
レンは六人の術者とガストンを順番に見た。
(全員本気で言ってる)
怒りではなかった。
それより静かな、冷たいものが腹の底に落ちた。
エレナが、膝をついたまま言った。
「……いい、わ」
声が掠れていた。歌声が枯れた喉から出る、ただの声だった。
「私は失敗した。帝国の原則に従うことに、異存はない」
「エレナ」
「黙って。あなたに関係ない」
「関係ある」
「なぜ」
「お前がマイクを握った奴だからだ」
エレナが、顔を上げた。
「……マイク?」
「この世界の言葉じゃないか。意味は、お前が歌ったってことだ。俺の前で本気で声を出した奴を、帝国の都合で消される前に見ている趣味はない」
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アリアは、レンの横顔を見ていた。
怒っていた。
レンに対してではない。
自分の心臓に対して怒っていた。
またこれだ。
レンが当たり前のように「仁義」を通す。損得を考えない。敵だろうが、声を出した者に対して筋を通す。
馬鹿だと思う。甘いと思う。
でも。
心臓が止まらない。
(認めない)
アリアは前を向いた。
(このくらいでは、認めない)
でも手が、少し前に出ていた。
自分でも気づかないまま。
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術者六人が魔力を展開した。
エレナを中心に収縮する形で、拘束型の魔法陣が完成しようとしていた。
レンが指を鳴らした。
「一個だけ聴いていいか、ガストン」
ガストンが黙って続きを待った。
「お前、エレナの歌は本物だと思ってたか?」
沈黙。
「……技術は本物だ」
「技術だけじゃなくて。声そのものが」
より長い沈黙があった。
「……それが、何だ」
「本物の声を出せる人間が、一人減る。帝国にとって損じゃないのか」
「感傷だ」
「損得の話をしてる」
ガストンが、顎を引いた。
「帝国の原則が優先する。任務を失敗した兵器に価値はない」
「そうか」
レンは頷いた。
「じゃあ、力で止める」
ガストンの目が、細くなった。
「一人で六人を相手にする気か」
「プラスお前だろ。三対七くらいか」
「三?」
レンは後ろを見た。
ミアが立っていた。
顔が青白かった。足が震えていた。それでも立っていた。
「……わ、私も行く」
「無理するな」
「レンが無理するなら、私も無理する」
レンは少し考えた。
「分かった。下がってたら呼ぶ」
「呼ばれなくても行く」
「……頑固だな」
「レンに言われたくない」
アリアは、その会話を聞いていた。
歩み出た。
「三人いれば充分でしょ」
レンが振り向いた。
「お前は消耗してる」
「あなたも右手が痺れてる。五分五分ね」
「……そうだな」
三人が並んだ。
ガストンが、長い沈黙の後に言った。
「……帝国の兵力を前に、三人で立つか」
「四人の方が良かったか?」レンは言った。「エレナに声が戻ったら、声を貸してもらうつもりだけど」
エレナが、顔を上げた。
その目に、何かが混じった。
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レンはラップを放った。
長くはなかった。
五秒。六小節。
でもその六小節に、今まで以上の重さがあった。
「帝国の論理 分かってる
効率と規格と命令
でもな 俺の論理 一つだけだ
本物の声は 守る それだけだ」
術者六人の魔法陣が、吹き飛んだ。
爆発ではない。共鳴が反転して、内側から解けた。
ガストンが魔力を構えた。
そこにアリアの銀が走った。
ミアが補助術式を展開した。
三点が同時に展開して、ガストンの魔力に干渉した。
ガストンが、二歩後退した。
初めて後退した。
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その隙に、レンはエレナに歩み寄った。
手を差し伸べた。
エレナは、その手を見た。
長い間、見た。
「……なぜ、助けるの」
「言ったろ。マイクを握った奴だから」
「それだけ?」
「それで充分だろ」
エレナの目から、何かが落ちた。
小さなものだった。
でも確かに落ちた。
「……なぜ、私を汚したの?」
声が掠れていた。
「汚したんじゃねぇ」
レンは答えた。
「メッキを剥がしてやったんだよ。錆びたメッキより、素の声の方が、絶対うまい」
エレナは、その言葉を聞いて、もう一度何かが顔を伝った。
手を、取った。
立ち上がった。
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ガストンが、三人を見た。
エレナが立っているのを見た。
長い沈黙があった。
それから。
「……今日は引く」
静かに言った。
「しかし桐島レン。お前が守った歌姫は、帝国にとって『失敗作』だ。本国では処理対象として記録される。その意味を、理解した上で行動しているか」
「してる」
「後悔しないか」
「しない」
ガストンは、一秒レンを見た。
それから踵を返した。
「……よく分からない男だ」
それだけ言って、軍楽師たちを連れて去った。
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中庭に、三人と一人が残った。
ミアが崩れるように座り込んだ。
「つ、つかれた……」
アリアが魔力消耗で壁に手をついた。
エレナが、レンに問うた。
「……私は、どうすればいい」
「今日は休め」レンは言った。「声が戻ったら、聴かせてくれ。本物の声を」
エレナは、何も言わなかった。
ただ。
頷いた。
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つづく
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【あとがき】
13話まで読んでくださり、ありがとうございます。
「メッキを剥がしてやったんだよ」。
今話で一番書きたかった一行です。
侮辱でも慰めでもない、ラッパーとしての仁義。
エレナの問いに対する、レンの正直な答えがこれでした。
ガストンが「よく分からない男だ」と言って去るシーン。
彼は完全な悪役ではありません。
帝国の論理の中で生きている、筋の通った男です。
だからこそ、レンの「筋の通り方」が理解できなくて、
それが「よく分からない」という言葉になった。
この二人の関係は、後の章で変化します。
アリアが「手が少し前に出ていた」という描写。
本人が気づかない変化を積み重ねることが、
15話の「陥落」を本物にすると信じています。
14話もよろしくお願いします。
作者より
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