第12話 『不協和音の夜明け(ディスコード・ライジング)』
エレナが、歌い直した。
亀裂の入ったドレスのまま。砕けた結界の残滓が空気に漂う中で。
今度の歌は違った。
怒りではない。
それより深いところから来ていた。
プライドが傷ついた人間の、背水の叫び。
レンはその音を聴いた瞬間に思った。
(ああ、これは本物だ)
洗脳の旋律でもなく、帝国が与えた規格品でもない。エレナ自身の、むき出しの声。
美しかった。
そして。
それでも、まだ自分の「本音」を隠していた。
鎧を纏ったまま本気を出している。その鎧がある限り、完全には届かない。
「……まだ隠してるな」
レンは低く言った。
エレナは歌いながら、目だけで答えた。
何も隠していない、という目だった。
レンには、そう見えなかった。
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アリアはレンの隣に立ったまま、自分の魔力の状態を確認していた。
先ほどレンとの「合わせ」で消耗した分、回路がまだ熱い。でも枯れていない。まだいける。
それより。
右手が、気になった。
レンが離した後も、掌に感触が残っていた。
(集中しなさい)
アリアは自分に言った。
(今は戦闘中よ)
エレナの旋律が強化されている。以前の侵食型とは構造が変わった。今度は「共鳴型」だ。聴いた者の魔力回路に直接干渉し、同じ振動数に引き込む。同期させた上で制御を奪う。
より精密で、より深く、より危険な魔法だ。
(どうする)
アリアは計算した。
単独で対抗しようとすれば、自分の回路が侵食される前に魔力で壁を作るしかない。でもそれでは防御だけで、解決にならない。
レンは今、何をしている。
横を見た。
レンが目を閉じていた。
エレナの旋律を、聴いていた。
ただ聴いていた。
防御もしていない。対抗もしていない。ただ、受け取っていた。
(なぜ)
アリアには理解できなかった。
しかし。
レンの口が、微かに動いた。
何かを確認するように、音節を転がしている。
(ライムを探してる)
気づいた瞬間、理解した。
エレナの「本音」の中にあるリズムを。まだ彼女自身が隠している本物の感情が刻むビートを。それを探して、言葉にしようとしている。
敵の音楽の一番深いところまで潜って、そこから返す。
それがレンのやり方だ。
(無茶苦茶ね)
思いながら。
アリアは、自分の魔力を静かに整え始めた。
レンが返す時に、乗れるように。
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エレナの旋律が頂点に達した。
共鳴型の侵食魔法が学院全体に広がり、回路の弱い生徒から順に同期が始まった。石畳に魔力紋が浮かびあがり、中庭全体が巨大な楽器として機能し始めた。
帝国の軍楽師たちが遠くで確認を叫んだ。
「共鳴率八十パーセント! もう少しで学院全域が――」
「……見つけた」
レンが、目を開いた。
エレナを見た。
「お前、故郷の歌がある。帝国が教えた旋律じゃなくて、子どもの頃に聴いた歌。それが今の旋律の一番下に、かすかに混じってる」
エレナの歌が、揺れた。
「……黙りなさい」
「故郷の歌、好きだったんだろ」
「関係ない」
「関係ある。それがお前の本音だから、今でも消えてない」
エレナの目に、何かが走った。
動揺ではない。
痛みだった。
レンは構わず続けた。
「帝国が磨いた歌声は本物だ。技術は本物だ。でもそれは刃だけで、鞘がない。お前の故郷の歌が、鞘だったんじゃないか。それを捨てたから、今お前の声は切れるけど、しまえない」
「……やめて」
初めて、エレナの声が割れた。
そこに。
レンが指を鳴らした。
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「アリア、来い」
一言だった。
アリアは一瞬だけ躊躇した。
それだけだった。
手を、差し出した。
レンが握った。
今度は、アリアの側から握り返した。
気づかないふりをしながら。
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「これが今この瞬間の 俺たちの音
規格も定型も 関係ない
お前の古い教科書 もう閉じろ
ここにあるのは 今しかない感情
エレナ お前の本物を出せ
帝国の鎧を 今日脱げ
故郷の歌は お前を裏切らない
それを核に 俺のビートを乗せろ
シルバー・バレット 放て」
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アリアの魔力が、炸裂した。
銀色の光が、重低音に乗って鋭い刃へと変貌した。
【共鳴破壊・銀閃のライム(シルバー・バレット)】。
それはエレナの旋律に向かって飛んだのではなかった。
エレナの旋律の「中」に飛んだ。
共鳴型の魔法は、同じ振動数のものが最も深く入り込める。アリアの銀の魔力はレンのビートに乗って、エレナの旋律と「同期」し、その内部から逆方向の振動を発した。
エレナの魔法が、内側から揺さぶられた。
中庭の石畳から魔力紋が消えた。
共鳴率が、急降下した。
エレナの声が、割れた。
完璧だったはずの旋律が、一音、外れた。
たった一音だった。
でもそれで充分だった。
一音外れれば、共鳴型の魔法は連鎖崩壊する。
エレナのドレスが、音を立てて解けた。魔力で編まれた衣装のほつれが走り、完璧な白が灰色に変わり、裾から崩れていった。
エレナは、膝をついた。
声が、出なかった。
歌姫の声が、枯れていた。
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静寂。
中庭に、本物の静寂が戻った。
帝国の軍楽師たちが、固まっていた。
「……歌姫様が。歌姫様の声が、枯れた……?」
「あり得ない。あの方が魔法を無力化されるなんて……」
レンとアリアは、並んで立っていた。
繋いだ手を、どちらも離していなかった。
気づいていたが、どちらも言わなかった。
アリアは前を向いたまま、静かに言った。
「……今のは、緊急措置よ」
「分かってる」
「次はないから」
「うん」
また沈黙。
「……思ったより、気持ちよかった」
アリアが、極めて小さな声で言った。
レンが聞こえたかどうか、アリアは確認しなかった。
確認したくなかった。
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つづく
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【あとがき】
12話まで読んでくださり、ありがとうございます。
【シルバー・バレット】の決め方、悩みました。
「ぶつける」ではなく「中に入り込む」という構造にしたのは、
レンとアリアのデュエットが「対抗」ではなく「共鳴」だからです。
エレナの旋律を外から壊すのではなく、内側から揺さぶる。
それが二人のやり方だと思っています。
アリアが「思ったより、気持ちよかった」と言ったこと。
彼女は今、自分が何を言ったか、半分理解していて、半分していません。
確認しなかったのは、聞こえていたら怖いからです。
エレナについては次話に続きます。
プライドを砕かれた後、彼女に何が残るか。
レンがそこをどう見るか。
13話もよろしくお願いします。
作者より
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