-10話- 四天王の実力はどうやら不条理レベル その5
タリュートゥ軍副官のガーゴイルのガトーラは上官から預かった魔王を抱き、ユニコーンを走らせ魔王城から遠ざかっていた。
タリュートゥ軍は主に草原などの平地に住む魔物が所属する部隊である。牛の頭を持つ魔物のミノタウロスやイノシシの頭を持つオーク、人狼ワーウルフやトカゲ人間リザードマン、小鬼のゴブリン、などの亜人・獣人が多く所属している。
「ガトーラ姐さん、本当にばれやしないんですかい」
ユニコーンが自身に騎乗するガトーラにそう尋ねる。
「闇夜に烏・雪に鷺という隠密行動用の術を使用しているのでございます。魔王様秘蔵の書である魔導書・飛鳥に載っていた術でございますから効果は折り紙付きでございます」
「さいですかい」
「それでも魔物のいるところにいては情報が洩れてすぐに見つかってしまうのでございます。どこか人間の住む集落の近くまでお願いするのでございます」
「はあ、人間の集落ですかい」
「人間に紛れて暮らすことで魔王様をお守りするのでございます。幸い私は人間の姿に化けることができますので、そこでひっそり暮らすことにいたします」
「おめー、上司と同じ発想をするとは奇遇だニャあ」
「だ、誰でございますか?」
その声は、ガトーラの胸元から発せられたものである。
「吾輩が本当に魔王だと思ったかニャ? 残念! 吾輩は猫なのニャ」
ガトーラはそのセリフを聞いてユニコーンに止まるように命じた。
急停止したため猫はガトーラの胸元から飛び出されるが、華麗に着地した。
「魔王様ではないなら、何者なのでございますか」
「その強さ驚天動地にして超弩級。堅牢堅固の異名を頂くにゃんこ、カステラと申しますニャ」
「なんでございますかこの妙に自己主張の強い猫は……」
「隠すまでもないので吾輩の正体を教えてやるのニャ。どうも。ゴーレムのシュウクレムなのニャ。四天王やってますニャ」
「シュウクレム様……魔王様ではないにしても驚きでございます」
「おめーはもともと石像の魔物だから、本来はシュウクレム軍に所属すべきなんだけどニャ。パワーバランスとか、もろもろの事情でタリュートゥ軍にいるけどニャ」
「……それでは本物の魔王様はどうされたのございますか」
「教えてやらないのニャ。おめーは、嵌めたつもりがまんまと嵌められたのニャ。猫だけに猫まんまだニャー」
「教えていただけないのなら、力ずくで聞き出せていただくのでございます。今のお姿ならば私にも勝機はございましょう」
「おめーもそう言うところはモンスターだニャー。いいニャ。吾輩に勝ったら教えてやるニャ。負けるつもりはないけどニャー」
「そんなお体で何ができると言うのでございますか」
ガトーラは魔法で地面を操り投石攻撃を仕掛ける。
「当たらないニャー」
しかし、身軽な猫の体は襲い掛かる石をひょいひょい避ける。
「ちょこまかと鬱陶しいのでございます」
「それなら的を大きくしてやるニャ。大鏡の術ニャ。モチーフは四鏡と呼ばれる歴史物語なのニャ。成立順は大根水増しの語呂合わせで覚えるといいのニャ」
小さな猫の体が巨大化する。
大鏡の術。自分の体の大きくする術、というか大きく見せる術である。
巨体はあくまでも幻であり、虚仮威し用の技である。
「大きな体でございます」
「これでも元の体より小さいくらいなのニャ。ちなみに吾輩、核を攻撃しないと何度でも復活できるモンスターなのニャ。その核を探し出して攻撃できるのは今の魔界じゃハハルアピくらいのものだろうけどニャ」
「まやかしでございますか」
ガトーラは冷静に術を分析し、瞬時にどんな術かを見破った。
「意外とクールな奴だニャー」
「魔導書にあった鵜の目鷹の目の術という解析用の魔法を使用したのでございます」
「おめーがやってることは姑獲鳥みたいだけどニャ。姑獲鳥というのは子供をさらう鳥の妖怪なのニャ。とにかく攻撃は続けるのニャー」
巨大な猫の手がガトーラに襲いかかる。
「実態のない幻でございましょう。こんなもの避けるまでもありません。こういう場合は本体の動きに注意をしておくことがセオリーでございます」
余裕を見せるガトーラ。が、次の瞬間、猫の手に吹っ飛ばされていた。
「な、どうして……」
「幻の手に隠して、別の術で操った砂の塊をぶつけたのニャ」
巨大な猫の幻が消えるとガトーラは砂に埋もれていた。
「こうなってしまっては仕方ございません」
助けを呼ぼうにも、頼みのユニコーンも足を砂に取られて動きを封じられている。
「先手を打たせてもらったのニャー。大人しくお縄につくのニャ」
魔王城の一室。四副官を四天王たちが取り囲んでいる。
「さて、あなたたちにはいろいろ話を聞かなければなりませんね」
タリュートゥが穏やかな声で詰問を始める。
「そうよ。怒らないから正直に言うのよ」
ハハルアピもいたずらした子供を叱るような口調である。もっとも、そう言われて正直に話したところで、たいがい怒られる。
「怒らないってわけにはいかないだろ。こいつらを処罰した上で俺たちも監督責任を取るってのが筋だろうよ」
いらだちを見せるマカマフィン。
「落ちつくのニャ。そう杓子定規にやることはないのニャ」
「そうですよ。魔物は強い者には逆らわないものです。ここまでやったにはそれなりの理由があったのでしょう」
「まあ、とにかく話を聞いてからだな。そうだ。話を始める前にこいつを再起動しておこうぜ」
マカマフィンに促されてラスクーネがパンドナの起動スイッチを入れる。
「作戦は失敗したようデスね」
再起動したパンドナは状況を見てどうなっているか理解したようである。
「……私の口から説明させていただくのでございます」
意を決したようにガトーラが話し始める。
「今回の計画は四天王の方々が魔王軍を裏切ったという疑惑を晴らし信用を取り戻させていただくことだったのでございます。それが逆に裏切りを決定づけることになってしまったのでございます」
「取り戻す。ですか」
「どうしてそう思ったんだ?」
マカマフィンは少し声をつまらせながらそう言う。
「まず、前提として魔王様が姿をお見せにならないのは魔王様が勇者に敗れたからである。そんな疑念が魔王軍内に出始めていたのでございます」
「そんなことになっていたのですか。しかし、そんな報告は受けていませんよ」
「魔王様が勇者とはいえ人間に敗れるはずがない。だから、四天王が裏切って勇者側についたのではないかという話がまことしやかに広まってしまっていたのでございます」
「やーね。そりゃ報告なんてできないわよね」
ハハルアピはガトーラに同情し、ため息をつく。
「さらに悪いことに、タリュートゥ様の角と思われるものが人間の手にあることが確認されたことでございました。それから魔王軍内に四天王の方々が勇者に敗れ軍門に下ったと言う噂が流れたのでございます」
「あれかよ……」
マカマフィンが舌打ちをする。
タリュートゥの角は人間界での生活費捻出のために自ら切り落としたものである。
「魔王軍内の抑えが効かなくなり、本当にタリュートゥ様の角なのかを確認する必要がありました。そこで、今回サーベルティが科戸の鏡を使いお姿を暴かせたのでございます。結果、角が欠けていることが露見し、裏切りを確信したのでございます」
「そんな意図があったのですか。しかし、私が科戸の鏡を持つサーベルティと戦ったのは偶然ですよね?」
「四天王の方々全員で各軍と順番に戦っていくと思っておりました。単独で立ち向かうのは予想外のことで、タリュートゥ様がサーベルティと戦ったのは運がよかっただけでございます」
「それで我々が単独で戦うことにあんなに驚いていたわけですね」
「タリュートゥ様の角のほか、ハハルアピ様は勇者を探すことが余計なことだとおっしゃいましたし、マカマフィン様は今の生活が気に入っているとの発言がございました。それで、ああ、こりゃ四天王の裏切りは確実だわと判断いたしました」
「それで我々四天王が裏切っていたらどうするつもりだったのですか」
「我々は魔王様の生存を信じておりましたので、きっとどこかに幽閉されていると考えました。そこで、四天王と魔王軍が戦っている隙に私が魔王様をお探しする手筈でございました。思いがけず魔王様のお世話を任されたわけでございますが、それは罠だったのでございますね。私たちの企みをどこで気が付いたのでございますか?」
意気消沈しているガトーラが哀願するように尋ねる。
「やーね。そもそもアイテムを仲良く分け合っていた時点でおかしいと思わないわけないじゃない」
「たしかに三種の邪神器を分け合ったことはお話ししましたが、それで私まで疑われることはないと思っていたのでございます」
「三種の邪神器なんて言ってるけどニャー、実はあれは四つでひとまとめなのニャ。魔剣・女郎花、飛鳥の書、科戸の鏡、朧勾玉。なんと、これ、花鳥風月に対応している風流セットなのニャー」
「魔王様、そういうシリーズものというか関連付けるの好きだもんな」
「逆効果だったわね。三種の邪神器なんて言って三つに分けたように印象付けたかったようだけど、もともと四個あったんだからあたしたちは四つに分けたと思うわよ」
「そうだったのでございますか。それで私に魔王様と偽ってシュウクレム様を預けたわけでございますね」
ガトーラはタリュートゥから魔王だと言って猫を渡されていた。
「吾輩もまさか魔王の振りをする日が来るとは思わなかったのニャ」
「万一ガトーラが共犯じゃなかったとしても、人間の世界には敵をだますにはまず味方からという言葉があるんですと言って胡麻化すつもりでしたけどね」
要するにどちらに転んでも対応できるようにしていたまでなのだ。
「いくつか誤解があるようなので言っておきますが、我々は魔王様を裏切ったつもりはありません。そして、たとえ四天王総がかりでも魔王様に勝てるわけがありません。魔王様と四天王を含めた残りの魔王軍が戦っても魔王様が勝ちますよ」
「それくらい魔王様は絶対なのよね」
「勇者が魔王様を倒すなんて現状だと考えられないことだしな」
「それならば、本物の魔王様はどうしているのでございましょうか」
「今はその勇者の家に遊びに行ってる」
「ちょ、魔王が勇者の家へ遊びに行くって、むちゃくちゃでございます」
「うるさいな。時代は変わったんだよ」
マカマフィンは遠い目をしていた。
副官および今回の騒ぎに加わった魔王軍のメンバーについては後日改めて処分を言い渡すということになり、その場はそれで終わった。
「処罰と言ってもたいしたことはならないでしょうね」
「本来なら上官への反逆行為は厳しく罰さないといけないんだけどな」
「真面目ねー。今回のことは魔王様のためにあの子たちなりに考えた結果なんだから大目に見ましょう」
「反抗期の子供みたいなものです。力ずくで抑えてしまったのでシミュレーションとしては失敗でしたけどね」
「だけど、あいつらに罰を与えた上で俺たちも管理責任を取るのが筋だろ」
「そんなこともう意味がないニャろ」
「なんでだよ」
「その魔王軍はもう終わりだからですよ。魔王様のお姿を見せない限り魔王が勇者に敗れたという噂を打ち消すことはできないでしょう」
「やーね。今の魔王様を魔王軍に見せるなんてとてもできないわ」
「つまり魔王軍の中では魔王は勇者に倒されたことになってしまうのニャ」
「……その魔王様はいまごろ勇者と遊んでいるわけだけどな」
「結果的にはよかったんじゃないでしょうか。これで人間界を侵略しようとする魔物もいなくなったわけですから」
「どうしてだよ」
「最強を誇る魔王様が人間である勇者に敗れたと思われているのです。人間に歯向かおうとする魔物はいなくなります」
「なるほどな。基本的に魔物は強い者には逆らわないものだからな。魔王軍も俺たち四天王レベルが相手なら行動を起こせても魔王様には逆らわないだろうから、魔王より強い人間がいるなら考えも変わるだろうな」
「人間に悪さすると勇者がやってくるって、みんな思うわよ」
「悪い子供に対するしつけかよ。しかし、魔物が人間を恐れるようになるのか」
事実上魔王軍が壊滅したというのに四天王たちに悲壮感はない。むしろみな清々しささえ感じさせる表情をしていた。
「あれだニャ、魔王軍はなくなっても魔物は生きていけるから心配ないのニャー。もっとも、人も魔物も戦いの中で育つものだから戦いをやめることで成長が停滞するかもしれないニャー」
「戦いの中で育つか。そういえば、お前は考えることも話し合うことも大切なことだって言っていたよな」
「そんなことも言ったニャー」
「俺もこの戦いの中で考えて一つ気づいたことがあるんだ。そのことで話し合いたい。それで一つお前に確認したいことがある」
「何ニャ」
「お前が魔王様なんだろ、カステラ」
10話 終
最終話へ続きます




