-10話- 四天王の実力はどうやら不条理レベル その1
10話は少し長めになります
真洋の部屋で真洋と辰人が相対していた。
「これは何ですか、真洋」
辰人はそう言って紙きれを真洋の前に差し出した。
「ああ、夏休み前に学校で受けた期末テストか。それがどうかしたのか?」
「どうかしたじゃないですよ。こんなものを隠すなんて」
「別に隠していたわけじゃねーよ。そもそも俺の学校の成績なんて気にしても仕方ないだろ」
「仕方ないってことはないですよ。あなたにはこの世界での常識や教養を身につけて朝太の教育の助けになるという役目があるのですからね」
「それは分かっているけど、これ音楽のテストだぜ。そこまで重要な教科じゃない。魔王様にとっても音楽の知識なんて必要ないだろ」
「人間や魔物の中には歌や踊りによって魔力を高め、魔法の威力を上げる者もいるそうですから、知っておいた方がいいとも言えるのですが」
「あ、そうなんだ」
「……そもそも、今回あなたに注意したのはテストの点が悪かったことを咎めるということじゃありません」
「じゃあ、何を言いたかったんだ?」
「この部分です。『魔王』と書いてある所にバツ印をつけて『主は冷たい土の中に』と書き変えているじゃないですか」
「ああ、それはテストで間違ったところを直したんだ」
真洋は音楽の教科書を取りだし、それを見せながら説明する。
「曲名を答える問題だったんだけど、俺はシューベルトの『魔王』って答えたんだけど、正解はフォスターの『主は冷たい土の中に』だったから訂正したんだ」
「まあ、そう言うことなんでしょう。ですがこの間違い方じゃ魔王様を倒して土の中に埋めたいと言う謀反の意思表示みたいじゃないですか」
「そんなわけあるかよ」
「あなたにそんな意思がないことはわかってますよ。でも、難癖をつけられないように気をつけなければいけません」
「そんな難癖、誰がつけるんだよ」
「つけられないように気を付けるに越したことはありません。裏切りは許されませんよ」
辰人が部屋を出た後も真洋は独りで考え事をしていた。
「なんだか難しそうな顔をしているニャー」
「うお、カステラかよ。急に話しかけるんじゃねーよ。驚くだろ」
真洋は声をかけられるまで部屋に誰かが入ってきたかも気づかないくらいに没頭していたようである。
「何か考え事かニャ、マカマフィン」
「こっちでは真洋と呼べよ。いや、そもそも猫なんだからしゃべるな」
「いいニャろ、誰も聞いてないのニャ。悩み事があるなら吾輩が聞いてやるのニャ」
「猫なんぞに相談に乗って欲しくない」
「そうかニャー。でも、吾輩心配のなのにゃ」
「何がだよ」
「自分の先祖が人間を助けていたことを知って、魔物と人間の関係性に疑問を持ち始めた。そんな中で、自分自身も思わず勇者の命を助けてしまった。この行為は魔王に対する裏切りではないのか。そんな葛藤をしている顔を、おめーがしているもんだからニャ」
「俺はどれだけ考えていることが顔に出やすいんだ?」
真洋は思わず部屋にあった鏡を覗き込んでいる。
「まあ、冗談だけどニャ。でも、吾輩の卓越した観察眼と推理力をもってすれば大体見当がつくのニャ。人間界侵略に対して疑問を抱き始めたのニャろ」
「……どうしてそう思うんだよ」
「見ればわかるのニャ。自分は今の生活が気に入っているから現状維持を望むけど、それは魔王軍の方針とずれてしまって困っているのニャろ」
「ずいぶん見透かされているようだな」
真洋は軽くため息をついた。どこかほっとしたようにも見える。
悩み事を自分だけで抱えることが辛かったのであろう。
「魔界でかつて人を助けたモンスターがいて、しかもそれが自分の先祖であることを知ってから、自分と重ねたのは想像に難くないのニャ」
「そうだよ。しかも、あの時、魔物としての力を見せたことで人間に恐れられただろう。だから、人間に正体がばれるのが怖いんだ。こっちの人間から同じように恐れられたらどうしようってな。笑いたければ笑うがいいさ」
「ニャは。にゃはははは!」
「え。ここで本当に笑うか?」
「冗談なのニャ。それならこのままの生活を続けたいってのがおめーの思いなわけなんだニャ」
「だが、俺がどんな思いを持とうが関係ない。そんな考えは魔王様に対する裏切りだ」
「おめー、本気で今の魔王が人間界侵略を望んでると思っているのかニャ」
「今の魔王様がそんなこと思うわけないだろ。元の魔王様だ」
「重要なのは昔じゃなくて今ニャろ」
「屁理屈だろ、今のは仮の姿みたいなものだし」
「元に戻すことは難しいって話だったはずニャ。このまま魔王に育つ保証もないのニャ」
「そりゃ、このまま人間である魔王様を人間として育てたら魔王にはならないだろうけど」
「だったら魔王を裏切ることにはならないのニャ」
「魔王様だけじゃなく、魔王軍への裏切りでもある」
「仲間思いだニャー。それなら吾輩が味方になってやるニャ。これなら四天王間で意見が割れても二対二になるのニャ」
「そんなの、余計に話がこじれるだろ」
「敵対するのは嫌ですかニャ。そもそも、こんな事態になったこと自体誰かの陰謀だとおめーは考えたことはあるのかニャ?」
「こんな事態ってどの事態だよ」
「すべてのきっかけである時間を戻す術を失敗したこと自体が仕組まれたものかもしれないってことだニャ」
ここで、ほんの少しの沈黙。
「まさか。魔王様の術を誰かが妨害したっていうのかよ。お前だって傍にいたんだろ」
「吾輩、スリープモードでしたからニャ。何が起きたかはわからないのニャ。だけど、可能性はあるのニャ。たとえば、タリュートゥの奴がお得意の魔法改変をして時間を戻す術に介入すればどうだにゃ?」
「なんでそんなことをする必要があるんだよ」
「実は奴が魔王の忠実な部下として従うふりをして虎視眈々と魔王の座を狙っていたとすればどうニャ? 実力じゃ勝てなくても、隙をついて弱体化させることができれば下剋上のチャンスはあるのニャ。魔王にとっても外からの魔法は警戒しても自分自身にかける術ならば無警戒だろうしニャ」
「まさか。大体、あのときタリュートゥは俺と一緒にいたんだからそんなことできるわけないだろ」
「そうだニャー。あらかじめ魔法陣に細工をしておくことくらいできるのニャ」
「いや、魔法陣はわざわざお前に調べさせたじゃないか。自分で細工しておいて調べさせるなんてことはしないだろう」
「だったら、やっぱり直接介入したのニャ。協力者がいれば可能なのニャ。ハハルアピの遠隔操作でサポートすれば離れた場所に魔法を作用させることもできるはずだニャ」
「いや、あいつらがグルなら魔王様を育てるなんてことをしないで、さっさと魔王の座を奪えばいいだろ」
「それはタリュートゥが自分と同格であるおめーを警戒してのことニャ。戦いになれば負けるかもしれないし、勝ててもダメージは避けられないのニャ。それよりもおめーを人間界に追いやって、ハハルアピに監視させておけばいいのニャ。そして自分は魔界で魔王になるための準備を進めていく方が合理的だニャ」
「俺には信じられないぜ」
「どうしてそう思うのニャ」
「朝太に対するあいつらの態度を見ればわかるよ。あれは魔王様を裏切ったやつらの取れる態度じゃない。お前の話は嘘だ」
「はい、嘘ですニャ。これはまったくの作り話ですニャ。タリュートゥの魔法改変なんて意味深なスキル、実はこの件には全く関係ありませんのニャー」
「なんだよ、それ。本音を言えばちょっとだけ信じかけたんだからな」
真洋は怒りと安堵とが混じった複雑な表情を見せる。
「だけど、タリュートゥのこともハハルアピのことも信じていたから吾輩の話を信じなかったのニャろ」
「そう、なのかな」
「考えるだけじゃなく仲間を信じてぶつかってみることニャ。それで、もし、おめーが道を間違えそうになったら吾輩が正しい道へ導いてやるのニャ。それが仲間というものニャ」
「ずいぶんかっこいいことを言うな」
「アニメで言っていたのニャ。朝太の横で一緒に見ているんだけどニャ、子供向けだと思ったら侮れないものなのニャ」
「何かの引用かよ。じゃあ俺もお前が道を間違えたらちゃんと教えてやるよ」
「ああ、その心配はありませんのニャ」
「どうして?」
「吾輩の通った道が正しい道になるからニャ。道を間違えるということはありませんのニャ」
「横暴だな」
「それより、おめーはどうするのニャ?」
「俺は……」
「俺は人間界の侵略をやりたくない」
真洋の前には辰人と羽春がいる。真洋は自分の決心を伝えたのだ。
恒例の朝太が起きる前に行われる幹部会議が行われていた場での出来事である。
「あなた、何を言っているのですか」
「そーよ。いまさら何を言っているのよ」
「よくよく考えてのことだ」
真洋の目はまっすぐ前を向いていた。
「そうじゃなくて、今の今まで人間界を侵略できるなんて思っていたのですか?」
「は?」
「まさか、まだそんなことを考えていたなんて思わなかったわ」
「え?」
「ああ。私たちとマカマフィンの戦闘スタイルの差かもしれませんね」
「なんだよ、戦闘スタイルの差って」
「私たちは基本的に魔法ありきの戦い方をします。私は敵の魔法を利用してカウンターをすることが主な戦い方です」
「あたしは敵の魔力を感知して攻撃や回避をする戦法を取るのよ」
「どちらも相手が魔法を使うことを想定した戦い方をするわけです。人間界での戦いでは魔法が使われない以上、私たちの能力はほぼ役に立ちません」
「そんなわけで、あたしたちは人間界の侵略なんてとっくに諦めてるわよ」
「その点マカマフィンの戦法は状態異常がメインですからね。今の人間界でも通用しますから、人間界で戦闘するのに困りませんよね。でも、たった百年かそこらで人間界の人口増え過ぎ、科学発達しすぎですよ」
「あたしたちじゃ勇者どうこう以前に無理なのよねー。魔王様の桁違いの魔力だったらどうにかできたかもしれないけど、現状だとそれも望めないしね。それに、魔王様と勇者ちゃんがあれだけ仲良しなのに敵対することになるのは可哀そうだわ」
「……なんだよ、それ。俺がどれだけ悩んだと思ってんだ」
真洋は気の抜けたような声を出す。
「いろいろ忙しくてなかなかそんなことを話し合うこともありませんでしたからね」
「俺のテストの答えを気にする余裕はあったのにか?」
「あんた、変なところで真面目なのよね」
「でも、大変なのはこれからですよ。魔王軍を説得できるかどうか」
「説得?」
「魔王軍のほとんどは、あなたと同じように人間界を武力で侵略することを想定しています。それを改めさせなくてはなりません」
「できなきゃ私たちそろって裏切り者だものね」
辰人と羽春はそろって笑い声を上げる。
「おい、カステラ。お前、こいつらに侵略の意思がないことを知っていて教えなかっただろ。何が道を間違えたら導いてやるだよ」
「吾輩が教えなくても修正は可能だったからニャ。それに考えることも話し合うことも大切なことなのニャ。考えることでこの先どうするかのヒントに気づくかもしれないし、話し合うことで新しいアイデアを得ることができるかもしれないのニャ」
そこに辰人の持つスマートフォンが鳴り響く。
「おっと失礼。おや、ガトーラから通信魔法です」
「大変でございます。サーベルティ、ラスクーネ、パンドナ。三名の副官たちがそれぞれの軍を率いて衝突寸前でございます」




