-8話- 勇者召喚の魔法陣によって導かれた先がどうやら地元 その5
パンドナが去った後、泥だらけの地面が残されていた。
「そういや、おめーが出す水って毒なんじゃないだろうニャ。このあたり一帯汚染されてないか心配なのニャ」
「毒なんて入ってねーよ、真水だよ。ちょっと強い雨が降ったらこの程度のぬかるみにはなるさ。放っておけばそのうち元に戻る」
「ならいいのニャ。泥と言えば、パンドナは我が軍の顔に泥を塗ることになったことを気にしてなきゃいいけどニャ。それに、おめーにも迷惑かけたニャ」
「俺は気にしてねーよ。そのパンドナだけど、アイドルの要素なかったよな」
「軍を率いる身として自分を律して頑張っていたのかもニャ。その代わり吾輩が我が家のアイドルなのニャ」
「……俺としてはもっと強そうな見た目のやつを相手に無双したかったもんだぜ」
「あれかニャ。朝太に優しくて強いモンスターは倒すような、弱きを助け強きをくじくようなやつになりたいのかニャ」
「そんなんじゃないけどさ」
「でもニャー。おめー、それじゃ上司にこびて部下にパワハラしてることになるんだからニャ」
「え?」
「お、目から鱗が落ちるとはこのことだったかニャ?」
「いや、確かに言われてみればそうだよな。朝太は上司でモンスターは四天王を除けば部下なわけだもんな……」
真洋は目に見えて落ち込んでいるようで、すっかり肩を落としている。
「冗談ニャからそんなに気にするニャ。さて、残務処理と行くかニャ。勇者のことを調べるのニャ」
「それなんだけどさあ、勇者って夕貴じゃなかったのか? それとも勇者ってたくさんいるものなのか?」
「吾輩に聞いて答えが出ると思うのかニャ」
「そりゃ、まあ、そうか。しょうがないから、ここの連中に直接話を聞いてみるか」
真洋はあたりを見回し、フェロンと国王の姿を認めたためにそちらへ歩いて行った。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「い、いや! 来ないで!」
気軽に声をかけた真洋のことを、フェロンは鬼気迫る悲鳴を上げて拒絶する。
「どうしたんだよ、おい」
「たぶん、あれだニャ。おめーの戦う様子を見て恐怖を感じたのニャ。さすがに人間離れした強さだったから無理もないのニャ」
「別にデレて欲しかったわけじゃないけど、この態度はないんじゃないか。俺がもう少しナイーブだったら心を閉ざしているところだぞ」
真洋は疲れたような顔を見せる。
「よくぞ我々を救ってくれた。褒美を授けよう」
一方、国王はそう言って取り出した褒美を高々と掲げる。
棍棒である。
「使い回しじゃねーかよ。まるでぶれないないコイツにちょっと安堵している自分が悔しい」
「とにかくだニャ、こいつはこいつで話にならないのニャ。なんとかフェロンをなだめるのニャ」
「面倒くさいな。ほら、怖くない、怖くないよ。何もしないから」
真洋は男が女に言うにはちょっとあれな文句でフェロンを落ち着かせようとし始めた。
「あ、あなた様はやっぱり勇者だったのね。私の術に狂いはなかったんだから」
フェロンは何とか話せる状態になった。真洋を怒らせないよう拒絶するより受け入れる方がよいと判断したのかもしれない。
しかし、一度本性を見せているのでいまさら好感度を上げようとしたところで無駄である。覆水盆に返らずである。
「違うと言っているだろうに。どんだけ勇者を増やしたいんだよ」
また怖がるといけないので真洋も強くは言わない。
「勇者様じゃなければ、何者だってことになるんだから」
「……知らない方がいいんじゃないかな。それよりも、ここには勇者がいるって話を聞いたんだが、何か知らないか」
「ええ、確かに勇者と思われていた人はいたの。光属性だったものだから勇者の素養があると判断されたのよね」
「光属性ってだけで勇者の素質ありってことなのか」
「それだけ光属性は貴重なんだから。言ってみれば勇者候補ってところね。でも……」
フェロンは顔を曇らせる。
「勇者じゃなかったのか?」
「分からない。あいつには勇者の才能があると思われていたの。でも、逃げちゃったんだから」
「逃げたって、国を捨ててどこかへ行っちゃったのかよ。それ本当に勇者なのか?」
「どうかしらね。勇者となる重圧に耐えきれなくなって、家から出てこなくなっちゃったんだから」
「ああ、逃げたって引きこもりになってってことかよ。どっちかっていうと魔王の方が城に引きこもっているものなんだけどな」
「そうだニャ。普通は勇者が魔王のところへ行くものなのニャ。でも、そのうち魔王の方が引きこもりの勇者の元に向かう時代が来るかもしれないのニャ」
「そう考えたら、夕貴が朝太のところに遊びに来るのは自然なことだったのかもな」
「何の話なの?」
「こっちの話だ。それで、この世界の勇者はどんな奴なんだ?」
真洋がフェロンに話を促す。
「もともと優しい子だったから戦いには向いていなかっただけなんだから。あいつの能力も共感した仲間の力を引き上げるって間接的なもので、共感の勇者って称号を受けるはずだったんだから」
「ふーん。あんまり勇ましい者って感じはしないな」
「でも、勇者になるため、道に迷ったお年寄りを家まで送ったり捨て犬を見つけて飼ってくれる人を探したりと活動はしていたんだから」
「好青年かもしれないけど、勇者の仕事ではないような気がするな」
「ここにはあまり戦闘には向かない勇者候補しかいないにも関わらず、あの恐ろしい魔物が現れたの。こっちの勇者は頼りにならないものだから、別世界から勇者を呼んで助けてもらうことになったの」
「それで召喚術で勇者を呼ぼうとしたわけだな。魔法陣の出来はともかく、召喚術自体は高等なものらしいけど」
魔法解析のエキスパートである魔王軍四天王のタリュートゥの受け売りである。
「私は勇者様のお供となるべく、勇者とともに修行をしていたんだから。でも、あの魔法陣は私が作ったんじゃないし、召喚術もアイテムの補助があって初めてできたものなのよ」
「そんなアイテムがあるんだな」
「魔王に匹敵するくらい高い魔力を持ったドラゴンの角だと言われているんだから」
「……ひょっとしてそれを手に入れたのは最近のことか?」
「よくわかったわね。ほんの数か月前、国の予算を投じて手に入れたものなんだから」
おそらくそれは身内のドラゴンである魔王軍四天王のタリュートゥ角だとは言えない真洋であった。
「その角を買ったせいで国民が重税に苦しんでいるなんてことがないことを祈るぜ」
「吾輩としては召喚の魔法陣を誰が作ったのかが気になるのニャ」
「この国に伝承されていた古い石碑に召喚術の魔法陣が描いてあったものを参考にしたんだから。でも、直接勇者を召喚するような改変はできなかったから、別の術で勇者のいる場所を占って、力のある者だけに反応する魔法陣をその場所に出すのがやっとだったの」
「魔法陣がちぐはぐだったのは苦肉の策だったんだ」
「召喚術は難しいんだから。私が国一番の魔術師だから勇者召喚の儀式を行ったけど、それでもアイテムと宮廷魔術師の力を借りてなんとかができた術なんだからね」
「勇者はともかくこっちのお供の方は優秀だったようだな」
「吾輩、そんな高等な術の伝承を残してある石碑というのに興味があるのニャ」
「分かった。私が案内してあげるんだから」
集落から少し外れた小高い丘の上の神殿のような場所に古い石碑はあった。そこには魔法陣とその魔法陣を説明するための文字も刻まれていた。
「実はここに書かれた文字を読むことはできなかったの。口伝によって召喚の儀式に使われた魔法陣だと言うことは分かっていたから、これを応用して召喚を行うことができたんだから」
フェロンが石碑を前にしてその説明をする。
「ふむふむ、なるほどニャー。大体のことは分かったのニャ」
「お前、この文字読めるのかよ。俺だってこんなの読めないぞ」
「翻訳魔法も万能じゃないからニャー。古代文字には対応していないのかもニャ」
「それで、そんなことが書かれているんだ?」
「どうやら、昔この国はこの世界にはなかったようだニャ。かつて国があった場所で火山の噴火が起こったようだニャ。溶岩が集落まで迫るというそのとき、この魔法陣で国中の人間をこの世界へと転送した魔物がいた。ここにはそう書いてあるのニャ」
「本当かよ」
「ドレイヌ様が火山の噴火から国を救ったと言う伝承は本当だったのね」
「もともと動かないものを移動させるための陣だからニャ。これを応用して勇者を召喚しようとしても罠を張るようなものになるわけだニャ」
「魔物が人助けしたってのか。信じられないな」
「水族館のプールで溺れた人間を助けたおめーが言うかニャ」
「俺が例外かと思ったんだよ」
「かつてはもっと人と魔物がうまくやっていた時代があったのかもニャ。魔物のことも書いてあったのニャ。マカマドレーヌという名のヒュドラだそうだニャ。これがドレイヌ様の正体なんだろうニャ」
ヒュドラとは強力な毒を持つウミヘビの親玉みたいな魔物である。
「……それ、たぶん俺の先祖だ」
真洋は薄い笑いを浮かべてそんなことを述べる。
「マーマンであるおめーにヒュドラの血が流れていたのかニャ」
「俺も冗談だと思っていたんだよ。俺の体に毒があるのは先祖にヒュドラがいたからだなんて話さ」
「魔物ならありえない話じゃないのニャ。そういや、この国の近海におめーの住処があるんだったよニャ」
「力を使いはたしたヒュドラが海に帰って、そこに住みついたんだろうな」
真洋は感慨深そうに石碑を見つめていた。
「おめーの先祖の功績を後の世まで残すためこの石碑は作られたわけだニャ」
「残念ながらそこまでは伝わってなかったようだけどな。俺も知らなかったけどさ」
そう言って真洋はちらっとフェロンの方を見る。
「私たちは魔物から助けていただいたのね。昔も、そして今もね。あなたたちの話を聞いていて分かったんだから。あなたたちも魔物だったのね」
「別に隠すつもりもなかったんだけどな、魔物であることは。それから、結果的にこの国を救ったことになったかもしれないけど、こっちはこっちの仕事をしたまでだ」
「あなたたちのことも石碑のことも改めて語り継いでいくことにするわ。それがこの国の王の娘としての私の役目なんだから」
「うお。お前、あの国王の娘だったのか。お姫様だったんだな」
「ニャンと。これは一歩間違えて勇者が召喚されていたら、姫にさらわれた勇者を探すため魔王の冒険が始まっていたのかもしれなかったのニャ」
「なんだそのややこしい話は」
「とにかく、お礼をしなきゃいけないんだから。これから魔王軍を撃退したお祝いの宴を開かせるんだから、主賓として参加して欲しいんだからね」
「あー、そうはいかない。宴はキャンセルだな」
「ど、どうしてよ」
「夕飯までに帰るって言ってあるから、もう戻らないといけない」
「そ、そうなのね。でも、あなたさえよければ、こちらの世界にずっと残ってもいいんだからね」
「無茶言うんじゃねーよ。そうそう、お前に言いたいことがあったんだ」
「な、なによ」
「こっちにはこっちの生活があるから異世界から人をむやみに召喚しようとするんじゃない。俺はもともとこれを言いに来たんだった。それじゃ」
そう言うと、猫を抱えた少年は人間界へと帰っていったのだった。
「まったく、魔物が勇者のまねごとをして人間を助けるなんてどうかしてるよな」
自分の部屋で猫相手に愚痴をこぼす真洋。
「いい話で終わりそうだけどニャあ、ちょっと水を差してやろうかニャ。あの国だって純粋に勇者へ助けを求めたのか怪しいものだニャ」
「どういう意味だよ」
「勇者を差し出すように言われているところに勇者を召喚したのニャ。身代りにしようとしていただけかもしれないのニャ」
「くそ、その可能性は考えなかったぜ。あの国今からでも滅ぼしてきてやろうか」
「おめーにゃ無理ニャ。実力的な意味ではなく性格的にニャ。人助けするような血筋の魔物には似合わないことなのニャ。血は水よりも濃いというからニャ」
そもそも、人間への攻撃は禁止されているのだ。
そこへ部屋の外からパタパタと足音が聞こえてきた。
足音の主は朝太だった。
「お兄ちゃん、明日からいっぱい遊んでもらえるってママが言ってたよ」
「ああ、明日から夏休みだからな」
そう言って真洋は笑顔を見せる。
「よかった」
「うれしいと言うより安心したって感じだな」
「それがね――」
羽春もやってきて説明する。
「夕貴ちゃんたちはお盆に帰省してお墓参りするから遊べない日があるんですって」
「ああ、そういうことか。理緒もそんなこと言っていたな」
「お兄ちゃんは大丈夫なの?」
朝太は帰省の意味が分かっていないようで、単純に遊べない日がないか心配しているようである。
だが、真洋はこう答えたのだ。
「大丈夫だ。帰省してご先祖様にお参りすることなら、お兄ちゃんはもうしてきたからな」
真洋が思わず発した言葉に朝太は意味が分からずきょとんとしている。
言ってしまった言葉は取り消せないが、覆水盆に返らずというほどでもない。
ただ、盆に帰らないのは真洋であったというだけのことである。
……お後がよろしいようで。
8話 終
9話へ続きます




