-8話- 勇者召喚の魔法陣によって導かれた先がどうやら地元 その2
石レンガに囲まれた部屋の中、数人の男女が円を描くように並び一点を見つめている。
彼らの視線の先にあるのは床に描かれた魔法陣である。
薄暗いこの部屋で、魔術師たちが魔法陣を取り囲み召喚の儀式を行っていた。
「反応がありました。魔法陣に何者かが侵入したようです。間もなく現れるはずです」
術者の一人が口を開く。
一同に緊張が走り、彼らの目は瞬きすることも忘れ魔法陣にくぎ付けとなっている。
魔法陣から光が放たれ、霧のような、あるいは煙のようなものが漂いだした。
そして、陣の中央に、小さな影が浮かび上がった。
「にゃーん」
魔法陣から現れたのはどう見ても一匹の猫であり、一同は戸惑いを隠せないでいた。
人々からは「え、猫?」と言うような声が上がり、ざわめきが起きる。
魔法陣から現れたものは、その場にいた者たちにとって予想外のものであったようだ。
「そなたが勇者か。頼む、この世界を救ってはくれまいか」
代表者とおぼしき男が意を決してそう声をかける。どうやら猫を勇者と認めたようである。もしくは、いたたまれなくなって何かを言わずにいられなかったのかもしれない。
「おいカステラ! 勝手に魔法陣へ入るんじゃねーよ!」
魔法陣の中から後を追うように真洋もやってきた。
「猫は狭いところに入りたくなるものなのニャ。段ボールとか魔法陣みたいな枠組みとかニャ」
「段ボールはともかく猫が魔法陣に入りたがるなんて聞いたことねーよ」
「地面に魔法陣を描いている途中に猫に邪魔されるニャんて、猫の使い魔のいる魔法使いの鉄板のあるあるネタなのニャ」
「そんな話聞いたことねーよ。それってただの猫を使い魔だと思ってる奴の話じゃないのか? まったくよ、思わず追いかけてきちまったけど放っておけばよかった」
「そう言うニャ。召喚した後で束縛や洗脳の魔法を使う術者が別にいたのかもしれないのニャ。吾輩が斥候となって様子を見に来てやったのニャ」
「本当かよ」
そんなやり取りを見せられてあっけにとられる人々。
ようやく代表者が、我に返ったようで真洋の前へと出る。
「そなたが勇者か。頼む、この世界を救ってはくれまいか」
男が先ほどと同じセリフを真洋にかける。さすがに猫よりもこちらの方が勇者っぽかったようである。
「ああ、やっぱり勇者を召喚しようとしていたんだな」
真洋が渋い表情を見せる。
「申し遅れたがワシがこの国の王じゃ」
「あっそう。どうも、俺は勇者じゃないものだ」
真洋がため息とともにそんな言葉を放つ。
「自分が勇者であるという自覚がないのも無理はあるまい。しかし、魔法陣により召喚されたのであるからそなたが勇者に間違いないのだ」
「間違いだよ。なんでそんなに自信満々なんだ」
「そなたの使命は魔王を倒すことじゃ」
「勝手に話を進めようとするんじゃない」
「さあ、この武器を授けよう」
そう言って取り出した武器を高々と掲げる。
棍棒である。
「お前、こんなゲームだったら最初のダンジョンで拾えるような武器で魔王を倒して来いって、本気で言ってるのか? 勇者ってのはどんだけコスパがいいんだよ」
「そうだニャ。高いコストパフォーマンスを表す言葉を海老で鯛を釣るって言うのニャ」
「本当に勇者に期待するなら相応のものを用意しとけよ」
「魚心あれば水心というやつですニャ」
「カステラ。お前、さっきからなんなの?」
「おめーがことわざの勉強したいというから吾輩が教えてやっているのニャ」
「そりゃどうも」
話が進まないことに業を煮やしたのか、一人の少女が真洋の前に割り込むようにして進み出てきた。
「お願いです勇者様。私たちをお救いください」
少女はすがりつく様に真洋へ懇願してくる。
「泣き落としかよ。こんなところに連れてこられた奴の方がよっぽど泣きたいと思わないのか?」
「勇者としての役目を果たさねば元の世界に戻ることはできぬぞ」
少女の後ろから国王が声をかけて来る。
「今度は脅迫かい。手段を選ばない奴らだな。言っておくけど、俺は自力で帰ることができるからな」
「いや、そんなはずは……」
国王に狼狽の色が見えた。彼らにとって召喚魔法はそれだけ高度な技術なのであろう。
「そもそも俺はこっちに自分の力で来たんだよ。お前たちが魔法陣で召喚したのはこの猫の方で、俺はこの猫を追って自分でこっちに来ただけだからな」
通常の転移魔法は一度行ったことのある場所にか移動できないものなのだが、仲間がいる場所に移動できる合流型のものもある。真洋はいつの間にかその合流型の転移魔法を取得していたようである。
「え、それって勇者よりすごくない?」
「むしろ、勇者だからこそそんな芸当ができるんじゃないか?」
「だって勇者のいるところに出るような魔法陣だからな」
真洋の言葉にその場の人たちがざわつき出す。
召喚術者たちにとっては勇者を呼ぶはずが猫が来て、その猫を追いかけるように空間を超えて飼い主が来たという訳の分からない状況なのだ。混乱するのも仕方のない話ではある。
「やはりあなたは勇者様ですね」
彼らは真洋を勇者と結論付けた。
「ループさせるんじゃねーよ。まあ、確かに勇者なら魔法陣の先にいたさ。ただし、隣の部屋にな」
真洋の言葉にますます騒ぎが大きくなる。
「ええと、それは本当でしょうか?」
当初の威勢の良さはどこへやら、国王が小さな声で聞いてくる。
「こちらとしても勇者を連れて行かれるわけにはいかないから俺が出向いてきたわけだ。来たくはなかったけど」
「あのー、なんとかあなたが勇者ってことにしてもらえませんかね」
国王が下手に出て来る。
「なんねーよ。大体お前らがやっていることはなんだ。子供をさらってこようとしているんだよな。拉致だぞ、誘拐だぞ。犯罪だぞ、これは」
「真洋の言葉はまさに立て板に水だニャ。それを聞く国王たちは水を打ったように静まり返っているのニャ」
「とにかく勇者の召喚は止めるように。何があったのか知らないけど、国の防衛を勇者に任せるなんて国家として間違っていると思わないのか?」
「だって勇者ってそういうものだし」
国王はあからさまに開き直っている。
「そういうもんだし、じゃねーよ。あと、そっちでこそこそしているやつら。隣の部屋に勇者がいたと聞いて召喚の儀式をやり直そうとしているんじゃないだろうな」
魔法陣を描き直していた人々がびくっとして動きを止める。
「まったく油断も隙もない連中だな。王が王なら国民も国民だな」
「待て。国民の悪口は許してもワシを悪く言うことは許さんぞ」
「ああ、それは悪かった……って、逆じゃん。ふつう逆じゃん」
「ワシは国王なのだ。勇者といえどももっと敬うのが正しい姿なのだ」
「そりゃ相手は誘拐犯みたいなものだからな。召喚された勇者だって何をされるか分からないから大人しくしているだけだろ。とにかく、この召喚騒動の責任者は国王ってことでいいのか? じっくり話し合う必要があるようだな」
「待て。召喚の責任は召喚術者にあるのではないか」
「責任を術者に押し付ける気かよ」
「さあ、前に出て来るのだ」
国王は真洋の話を無視して術者に指示を出す。
「……私が術者なんだからね」
そう言って国王に背中を押されて前に出てきたのは先ほどの少女である。十四、五歳くらいだろうか。黒いローブに身を包んだその姿は不思議な魅力を感じさせる。
「念のために聞いておくけど、今度は色仕掛けで説得しに来るんじゃないだろうな」
「そ、そんなわけないでしょ! ふざけたこと言うと怒るんだからね!」
「違うならいいけど」
「こっちはよくないんだから。あんたが邪魔したせいで勇者召喚が失敗しちゃったじゃない!」
「そんな八つ当たりがあるかよ。性格の悪そうな女だな」
「吾輩の見立てではこれはツンデレってやつだニャ。口は悪くても根はいいやつのはずニャ。おめーが格好いいところを見せればきっとデレるのニャ」
「そんなもん面倒くさいだけじゃねえかよ。何にしても、俺の目的は召喚のことを調べることだから、術者と話をつけるのは間違っていないよな」
真洋は召喚術者の少女と話し合いをすることに決めた。




