第一章 ひと時の休息 TRS OBTdate.3 その2
『悠久の塔』の第六階層ボス部屋の奥にある待機部屋で姉以外の皆はグッタリとしたあからさまに疲れた表情で座り込んだ。
「キミタチ、まだ残り四層あるんだよ。当然、私達の目標はオープンβ中にここの第十層を目指すんじゃなかった?」
「いやー、少し休憩しながらでもいいじゃないッスか。さすがにさっきのボスは意味なく疲れる仕様だったじゃないッスか~」
ミソスープはSP回復剤をゴクゴクと飲み干し、姉に向かってそう言った。
俺も苦笑いしながら身体を伸ばしながら座りなおした。
まぁ、あのボス戦の後だから当然と言ったところなのだが、姉はロビーにあがってくるまでは疲れた表情をしていたが、今はまったく平気そうな顔をしているのが正直疑問ではある。
現実でアレが出た時の様子を思い出すと非常に違和感があるのだ。
「るかちさん、わ、私……ちょっと気分が……」
しばらく黙って俯いていたしょこらんが青ざめた表情をしてしんどそうに口を開いたと思ったら、ログアウトしてしまう。
「ねーちゃん、さすがにちょっとアレだから。きょ……じゃなくてしょこらん見て来てやってよ。現実だったら、ねーちゃんも卒倒モノだろ? ってか、なんでアレは平気なんだ?」
「いや、だってゲームでしょ? 現実じゃないと分かってたら気持ち悪くても怖くは無いもの」
さすがだわ、我が姉よ。
意味が分からないくらい、現実と仮想現実を脳内で区別している。と、いうか気持ち悪くても怖くはない……か。
この人、ホラー映画とか嫌いなクセして、ホラーゲームは平気という不思議なキャラだったのを思い出して苦笑してしまう。
「愚弟、何かしょーもない事を考えているのが顔に出てるわよ……はぁ、まったく、とりあえずしょこらん追っかけて一度落ちるわね」
「ああ、了解だ」
姉は『もう、まったく……』と、呟きながらログアウトしていった。
「はぁ……こっちも少しログアウトさせて」
そう言ったのはアコちゃんでしょこらんと同じくらいに辛そうな表情を浮かべていた。皆も優しく『ちょっと休憩しておいで』と行って見送った。
ゲンナリとした表情を浮かべていたがカレンはまだ平気そうだった。
「さすがにアレは堪えるわよね。『静かな丘~リターンゲーム~』をこの間プレイしたところだったから……まだ慣れてるというか……」
「静丘か、アレって面白かった?」
『静かな丘』というサイコホラー系のゲームシリーズの最新作で、とにかくグロテスクでありながら精神的な恐怖を煽る演出が特に評価を受けている作品だ。
欧米ではプレイ中に失禁する人が続出してて実は色々と話題になっていて、一部では訴訟などの問題になっているという話もチラホラ聞く。なお、カレンの話に喰いついたのはシャッハで彼はホラー系作品が大好物である。
「シャッハは絶対に高評価を出すと思うわ、やって損は無いわよ」
「それを聞いたら少し元気が出て来た。でも、さっきみたいなのはちょっと勘弁して欲しいところだけど……」
「残念だけど、それは言えないわねぇ。あの作品、何を話してもネタバレになっちゃうからうまく表現出来ないけど、似たようなのがあるのよね」
「マジかぁ~」
ゲームの話で多少元気を取り戻したシャッハではあるが、それ以外の面々は微妙な表情のままである。
「さすがにホラー系の強い会社というところは褒める要素だと思うでござるが、さっきのボスはさすがにアウトだと思うのだが……」
「だよね、ナギリも苦手だった? ってか、あのギチギチした虫特有の音はマズイよな……あと、あの羽の光沢とかマジで本物かと思うレベルの再現度だったよ」
「ちょっとクオン! 思い出させないで貰える?」
俺の言葉にカレンが即座に文句を言ってくる。
皆、疲れた溜息を吐きながら出来るだけ思い出さないようにしている。この世界に生み出されたあの生物をリアルに巨大に作ったのはまだいい。
大きいだけなら逆にリアリティが無くなるからだ。しかし、問題は二段階で中くらいのサイズでそこからさらに最もリアルなサイズのアレが何千匹も出現する……アレがまずかった。
しかも、あの階層のハチャメチャなゲームバランスだったクセにボスは弱いクセに別の意味の精神攻撃を仕掛けてくるなんてただの苦行だ。それに何故『邂逅』かという点が繰り返し倒したところで分かるというのが最悪だった。
思ったりボスが柔らかいと余裕ぶっていたのも問題だったのかもしれない。
あのインパクトを再び思い出すと正直いい気分ではない。
ただ気持悪いあの場所を早く抜けたいという思いからみな全力で戦っていたというのもあって戦闘時間は短かったのが救いだ。
しかし、何度も戦わされることになるとは誰も思っていなかった。
しかもだ、アイツ等が倒れた後に発動する『邂逅』の後、少し強くなるという特殊効果のせいでおまけ付きだったのは皆必死だったので気が付いていたのかさえ分からない。
「いつくらいに戻ってくるのかしら?」
カレンは随分とマシになったようで立ち上がり大きく伸びをした。
「一度、カレンも落ちたらどう? 俺はここで待ってるから」
「あ、それなら俺も一旦撤退して戻ってくるわ」
「それがしも」
と、結局のところ俺とカレン以外の面々はみなログアウトしていってしまう。
「カレンは大丈夫?」
「とりあえずは……るかちかしょこらんが戻ってきたら、一旦お手洗い行って戻ってこようかな」
そう言ってカレンは何気なく俺の傍に座る。
「そういうキミはどうなの? しんどくないのかしら?」
カレンは首を傾げながらこちらを覗き込むように見て少し意地悪な笑みを浮かべる。
「ま、たぶん皆よりは平気……と、いいたいところだけど、正直言って気分は良くはないけどな。ホラ、モデルのテクスチャとか特殊効果の出し方とか見てたところもあるから」
「そんなことだと思った。やっぱり技術的にすごいわけ?」
「どのみち、あと数分で一度ログアウトしないと制限時間が来ることを考えれば落ちるなら今しかないかも」
「確かに、そうね……じゃぁ、私も一度落ちるわ」
「ああ、おつかれー」
そう言ってカレンもログアウトしていく。
「ま、俺も落ちるか……」
と、独り言ちてからメニューを開き、ログアウトを選択する。
◇◇ ◇
ひとしきり休憩をして、戻って来たがロビーには誰もおらずちょっぴり寂しい状態だ。
「まさか、誰も戻って来てないとは……」
と、思っているとカレンがログインし、その姿を現す。
「あれ? クオン一人なの?」
「その通り……まぁ、下手すると後30分くらいは戻ってこないんじゃないかな」
基本的に一度ログアウトすると大体みな15分から30分は戻ってこない、ただ今回は下手すると1時間くらいは帰ってこないと思われた。それほどに良く出来た敵モデルで動き、音、質感までも非情によく再現されていたのだ。
またボスが二本足で立ち上がりその巨体でボディプレスをしてきた時は平気な顔をしていたさすがの姉さえも一瞬、悲鳴を上げたくらいだ。
その後も10分ほど、誰も戻ってこない間にカレンと世間話をしているとボス部屋から1つのパーティーが転送されてくる。
「お、人がいるよ……」
彼らは某SNS勢のトップチームのパーティーで皆、俺たちと同じように重たい空気を纏って現れた。
「それにしてもメンバーちょっと少なくない?」
カレンは現れた人数を数えて言った。
「いやーカレンさん。アレはキツイわ……特に女の子のメンバーは発狂して戦闘中に何人か強制ログアウトしちゃってさ」
彼はトップチームのリーダーで『温泉回路』という名前だ。今までのテストプレイで感じたところ、シャッハやアコちゃんと同じクラスのPSを持っているプレイヤーだと思っている。
彼らのチームは全員で12名のパーティーのようだったが、ここに現れたのは4名だけで話を聞くと戦闘中にログアウトしたメンバーが3名。戦闘終了後に5名がログアウトして、結局残ったのが4名ということらしい。
「ったく、女は根性ないからしゃーない。つっても、アレはさすがに酷いとは思うけど野郎達も根性なかったな」
関西弁で話す彼は性格上に多少問題があるという噂だが、魔銃士の中ではかなりトップクラスの腕前を持つプレイヤーで他のシューティング系のゲームでもトッププレイヤーとして活動している男だ。
「根性の問題かどうかは不明だがな……それにしても、キミたちも我々と似たような状態ということかな?」
銀色のフルプレートを着た見たまま騎士といった男は防御特化の戦士で前のクローズテストでトップ10に入っていた実力を持つ男で『ハードバランサー』という名のプレイヤーだ。
「ウチらは誰も戦闘中にログアウトは無かったわ。今はちょっと休憩中だけど」
カレンは彼らにあまり興味が無いような雰囲気でそう言った。その言葉に関西弁で話す男、名前は『ジャンバリ』だったか――彼は胡坐をかいて座りながら口を開く。
「さすが、α参加の廃人様達やな。ウチらのメンツも教育しなおしやな」
「教育って、お前はレギオンでも何にもせずに文句いってるだけじゃねーかよw」
彼の言葉にリーダーである温泉回路がすぐさまに少し笑いながら言った。
「うっせー、草はやしたような言い方すんな」
ジャンバリも即座に温泉回路の言葉に返答する。なかなかにいい関係を築いているように見受けられたが、彼らは基本的に一つのところに留まってゲームをするという集団では無く、とにかく話題やネタの為に色々な場所へ乗り込んでは別のところへ渡っていくプレイスタイルだ。
それは俺たちもあまり変わらないけれど、俺たちのゲームコミュニティーはそれぞれが色々なゲームに住んでいてオンラインゲーム難民というわけでは無い。
「そういえば、お前らってアレのウワサ聞いたか?」
「おいおい、アレって言っても分かんねーだろ」
彼らはきっと漫才をやっても上手くいくのではないだろうか……などと思いながらも、その『アレ』が何かが非常に気になるところだ。
「で、アレってなんのことだ?」
俺の言葉にジャンバリはニヤリと笑う。
「アレって言えばアレさ」
「って、アレじゃ分かんねーだろってw」
こいつら、答える気ないのではないだろうか。と、思ってカレンの方を見ると妙にツボに嵌ったらしくカレンは笑いを堪えるような表情をしていた。
「ったく、わかんねーのかよ。アレっつったら『ネット人』や」
ジャンバリが言った『ネット人』という言葉。ネットダイブが主流化してきた頃から噂になっているネットワークの世界だけで存在している人間のことで、昔から都市伝説として語られている。
「そんなの皆知ってることじゃないの?」
カレンは呆れるように冷たい視線をジャンバリに向ける。
「昔からあるのは俺も知ってるっつーの。そうじゃねーの、最近なネット人のウワサが多く流れてるのが妙やって話や」
「流行り廃りじゃないの? そういうのってさ」
俺がそう言うとジャンバリは人差し指を立てて『チッチッチッ』と音を鳴らす。
「あんな、確かに流行り廃りちゅーのは存在するとは思うけど、年間に出てくる話題……特にSNSとかで流れるワードに先月くらいから妙に多くなってんねん」
彼がそう言うとカレンが『確かにそうかも……』と呟く。
「特に最近気になってんねん。ネット人ちゃうかってヤツの目撃情報が発生してるってのがな」
「それって国内のゲームの話じゃないよね」
カレンは思い出したようにそう言った。確かにそれは俺も聞き覚えがある話で『カイレン・オブ・ボーン』に行方不明になっている人間がそこに存在していた……とかそう言った話だったと記憶している。
「そうや、国内じゃなくて海外のゲームや。カイレンなんちゃらってヤツで行方不明になってるプレイヤーと会ったって話やけど、これにはまだ続きがあってな……」
「つづき?」
俺とカレンが不思議そうな顔をしているとジャンバリは少しイラッとするドヤ顔をして立ち上がる。
「そうや、続きや。『トータル・バーンアウト』っていうゲームでも同じ人物が発見されてるんや……そこで会ったプレイヤーが行方不明の人物が自身で『ネットの中に自分の存在はある』って言ってたって話や」
「なんだか、それって嘘くさいわね……」
カレンは懐疑的な目でジャンバリを見る。
「なんや、そんな目で見つめんなや、惚れてまうやろ」
「……とりあえず通報していいかしら?」
「ちょ、カンベンしたってなー。冗談やん、冗談! わかるやろ?」
カレンは呆れたように溜息を吐き『こいつウザい』と視線をこちらに向けてくる。
「まぁ、ジャンバリはこの件に随分興味があるっぽいんだ。ただね、他にも同じような件があるらしくて、日本でもここ10年の間でオンラインゲームプレイヤーが何人も行方不明になってるって話もあって繋がってるんじゃないかって……」
温泉回路がジャンバリをフォローするようにそう言った。
昔からネット人に関してはウワサがあるけれど、そもそも人間のデジタルデータ化が可能かどうか――と、いう点に関しては実は色々な文献とか論文を読んだことがあったけど、現実性は乏しいというのが結論だ。
ネットダイブ中に肉体を失った場合、オンライン上にその存在が残る可能性というのが昔から言われている。ただ、それを立証出来たという話が無いし、そんな危険な実験を行うこと自体が問題だ。
ネットダイブ黎明期にオンラインゲームで問題が発生して多くの人間がゲームに閉じ込められるという事件が起きたこともある。ただ、隔離された人間の中で一定の人間が脳死状態で発見されていた。ただ一定時間オンライン上で動いていたという話もあってネット人の噂の信憑性となっていたりする。
少し前に知り合いが言っていたが、理論的には人間のデジタル化というのは可能であると言っていたので、実際、可能性はゼロとは言えない。
けれども、肉体を全てデジタル化すると膨大なデータ量となり普通に考えるとデータを維持することが不可能だとその知り合いは言っていた。
「はぁ、ここでも誰も知らんかったってことはやっぱりウワサはウワサでしかないってことなんかなぁ」
「都市伝説はどこまでいっても、都市伝説ってことさジャンバリ」
ジャンバリと温泉回路はぐぬぬ、と言いながらも楽しく漫才のような会話を繰り返していた。
そうこうしている間に姉としょこらんが戻って来て、そのタイミングを見計らったように他のメンバーも帰って来て某SNSメンバーと別れ、早速次の階層への準備を整え俺たちは移動した。




