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第一章 悠久の塔 第六層 TRS OBTdate.3 その13

虫苦手な人はご免なさい。

 ゆっくりと開かれた扉へ向かうPTメンバー――


 自動移動が入っている不快感もいつものことだ。ズンズンと響くこの階層ボス専用曲がドキドキ感を演出しているが、あからさまに怪しい不安になる音階が何か胸の奥に潜む激しい不快感を呼び覚ましていくかのようにも感じる。


 画面UIにボスの名称が表示される。


 【邂逅《かいこう》の愚劣者《ぐれつしゃ》】


 今までの階層と同じく基本的に悠久の塔ではボス名と階層タイトルはイコールの形になっているようだ。そして、不安がひとつ……邂逅《かいこう》の部分が凄く不安なのだが、誰もそれは口にしなかった。


 そして、目の前にある黒い粘性の液体の吹き溜まりから、黒い巨大な化物《ボス》が出現した瞬間、全員動揺し動きが止まる。


 黒光りした身体、長い触覚。なぜか二本足で立つ『G』のその姿は本当の意味で恐ろしい。しかも、ライティングでしっかりとヤツ《・・》にスポットが当たるようになっている演出がさらに酷い。その姿がよりクッキリと分かるような形になっているのだ。そして、脚がキシキシと音を立て、その瞬間、しょこらんが「ひっ」と、引き攣るような声を上げた。


「ちょ……か、勘弁してくれよ……」


 結構、グロ系が平気なシャッハでさえも、その焦りが手に取るように見える。


 と、いうかしょこらんの心拍数が上がり過ぎてシステムが人体へのフィードバックをするのに非常に危険だと判断すれば切断される可能性もある。


「ねーちゃん、こいつはヤバいぞ」


 俺の言葉に姉《るかち》も同様に考えていたのか真剣な瞳にコクリと頷いた。


「しょこらん、アレはGなんかとは違う! ただの魔物《モンスター》よ! 仁王立ちするなんてあり得ないでしょ!」

「わ、分かってるけど……あ、あの……映像的に……」

「とりあえず、落ち着いて……深呼吸よ。心拍数整えて! 全員攻撃するわよ! 愚弟《クオン》、しょこらん支援!」

「う、うん……」


 そう言って、姉《るかち》は抜刀して斬り込んでいく。

 シャッハが槍で突き、やや腰の引けたアコちゃんが切り裂き、姉《るかち》がさらに追撃を行う。


 その合間を縫って、ミソスープ、カレン、ナギリが魔銃で支援射撃を行い敵の動きを止めつつ体力を削っていく。


「……なんか、柔らかくね?」


 あまり歯ごたえの無い敵にシャッハが不満そうな声を上げる。

 そう、簡単に倒してしまったのだ。


 しかし、次の瞬間――


 重く重厚でビリビリと響く効果音が鳴り響き、不気味で不快な音と共に再び巨大なGが顕現する。


「じょ、冗談だよねっ!?」


 焦ったしょこらんが俺の腕に引っ付く。


「しょこらんっ! 怯んでる場合じゃないわよ! って、アコちゃんも!」

「い、いやっ、だって……蘇るなんてナシだよぉー」


 アコちゃんとしょこらんの戦意が、だだ下がりの中でシャッハと姉《るかち》を中心に再び敵を倒す。だがしかし、再び重低音の効果音と共に、不快な姿のGが降り立つ。


「態々、演出が違うところがイラッとするわね……」


 カレンはそう言って淡々と敵に向かって攻撃を繰り返す。

 正直言うと普段のカレンからすれば、かなりムキに敵を叩いている雰囲気が見られる。


 シャッハやミソスープにしてもそうだ。

 と、いうかミソスープが若干涙目なのが凄く気になる……。


「皆、もう少し頑張るで御座るよ!」


 普段は最後尾で支援に徹しているナギリが中間ポジションで攻撃に出ていることを考えれば現状はかなり酷い状態と言えるだろう。ただ、ナギリは結構田舎の方に住んでいると聞いたことがあることを考えれば、意外とアレに対しても動揺が無いようだ。


「それにしても、敵が柔らかいのは気になる……」

「ちょ、そんなんどうでもいいからっ! さっさと倒すッスよー!」

「ああ、もう一撃! 倒しきる!!!」


 シャッハは自身の持つ最大のスキル<オーバードーズ>を使用し、槍スキルを連続使用して、黒光りする敵を叩きまくる。


 映像的にもそうだが、耳からも入って来る非常にリアルなサウンドが五感の全てを刺激して鳥肌が立つような感覚に見舞われる。


「そりゃぁーーーーー!」


 いつも冷静なシャッハからするとあり得ないほどの大きな声で敵に攻撃を加え、ここのボスキャラである黒い虫は四散する。


「や、やったぁ!」


 一番喜んだ声をあげたのはアコちゃんだったが、俺はより嫌な予感がゾワリとする。

 姉《るかち》も似たような感じを感じたのか嫌そうな顔をする……それに気が付いたしょこらんが「や、やだよ……」と、小さく呟き俺のローブの裾を握る。


 地面に四散した黒い物体の肉片がモゾモゾと動き始め黒い煙へと変化する。


「まさか、冗談だよな?」

「ははは……冗談キツイわ……」

「だよな。正直、邂逅したくない」


 俺が溜息を吐きながらそう言うと全員が俺に視線を向ける。


「邂逅って、そういうこと!?」


 姉《るかち》が凄く嫌そうな顔をして声をあげる。

 ちなみにしょこらんは怖くて俺にしがみついている状態で俺も非常に困る。


「くっ……羨ましい……」

「…………」


 ミソスープの声が聴こえたが無視だ、もうこの状況で気にしていてもどうしようもない。とりあえず強制終了される方が、この後のことを考えると問題だろうと思い、しょこらんの手を握って励ます。


「大丈夫、俺も皆もいるから落ち着くんだ。目を瞑っててもいいから……ヒールがいる時は俺が支持するから、わかったか?」

「……う、うんっ……こ、ここにいてね……が、がんばるからっ……がんばるからっ、手、手を放さないでっ」


 しょこらんは涙声で必死に訴える。

 たぶんだが、彼女の視線にはすでに警告アラートが出ているハズだ。


 そうこうしているうちに再び不気味で不快な効果音が鳴り響き、黒いシルエットが浮かび上がってくる――



 しかも、1体では無い。

 4体だ。4体のGが現れたのだ。サイズは先ほどより半分ほどになっているがボスの表示は同一を示している。


「じょ、冗談キツイぜ……」


 シャッハは呆然として呟く。

 他のメンバーも唖然として足を止めている。


「な、何が起きてるの!?」


 しょこらんは目を瞑ったまま俺の服の裾を握り続けている為に増えたアレの姿を見ていない。


「落ち着くんだしょこらん。とりあえず、ゆっくりと呼吸をして……そのまま俺にしがみついていていいから」

「う、うん……め、瞑ったまま……でも、大丈夫?」

「ああ、それでいいから……」


 問題はこれからこの戦闘が何回繰り返す必要があるのか……だ。

 すでに3回倒しているにも関わらず復活……いや、サイズは半分になっていることを考えれば別の敵とも言えるが、数が増えればたとえ弱い敵だと言っても油断できなくなる。


「くっ、やっぱりここの開発は絶対的に頭がオカシイ……」

「そんなことを言う暇があるなら、攻撃に集中する!」


 PT内でもこんなに混乱した状況で怒号が飛ぶことなんて基本無い。

 俺達は淡々と楽しく仕事をこなす事をモットーに普段を戦っているのだ。このボスが非常に悪意と悪趣味に満ち溢れているのは、倒すのは難しくない。精神的に耐えれるなら……と、ほくそ笑んでいる人間の姿を思わず思い浮かべてしまうほどに趣味が悪い。


「完全に恐怖心を与えて遊んでるわね……」

「本当に趣味が悪いわ」


 カレンと姉《るかち》がそんなことを言いながらGに攻撃を加える。

 敵の動きも多少素早い程度で体力も攻撃力も低い。本当に見た目が嫌なだけという……なんて嫌な敵だろうか。


 しかし、俺達のPT内でヒーラーとアタッカーを完全に戦意消失させていることを考えればこのボス戦を組んだヤツは凄い。


 まぁ、凄いんだが、ハッキリ言って悪趣味だ。


「あー、いい加減ヤバいよ……」


 そう口にしたのはアコちゃんだ。


「し、しっかりしろ、アコちゃん! 気を確かに!」

「もう、レッドアラート出まくりなんだって……ああっ……ダメ、マジダメ……」


 そう言った瞬間、姉《るかち》がアコちゃんを殴り飛ばす。


「ぶごべっ!」


 確実に顎をとらえた綺麗なストレートだ。

 喰らった側も、思わずその場で人間が回転するという稀な現象を体験できるというおまけ付きだ。


「はぁっ、はぁっ……気をしっかり持ちなさい。たかが映像よ、現実《リアル》じゃない。あれはただのデータの塊。動きだって音だって作られたモノなんだから」


 姉《るかち》はそう言って、再びGに向かう。

 アコちゃんは呆然とそれを見ているだけだが、先ほどまでの取り乱した雰囲気は無い。


「とりあえず、動ける面子でダメージを与えて倒す。また復活して来たら倒す。それの繰り返しよ! わかった?」


 アコちゃんとしょこらん以外のメンバーが姉《るかち》の言葉に奮い立ち、颯爽と敵を倒す……そして、再び嫌な効果音と共に敵が復活してくる。


 再び、4体のGが顕現し、ライトアップされる。


「この演出も腹が立つな……」


 シャッハの言う通りだ。

 これはあえて腹立たせるようにしているということは想像も容易い。


 何度も言うが、これを設計したヤツは確実にクソだ。

 性格が歪んでいるとしか言いようが無い。しかも、それを通したディレクターは絶対に性格が悪いに違いない……いや、もしかしたらソイツがここを作ったのかもしれない。


「……な、何が……起こってるの?」


 しょこらんの不安そうな声に「大丈夫……大丈夫だから、落ち着いて」と、しか言えない自分が少々情けなさを感じ、これももしかしたら一種の精神攻撃なのか? などと考えつつ、出来る範囲でのサポートを行う。



 そして――



「す、既に8回目の復活……んで、数が増えてるって、ギャグ?」

「悪趣味過ぎて、どっかで愚痴を零したくなるわね」

「まったくでござるな……しかも、始めはクロゴキだったのが、いつのまにかチャバネに変わってるでござる」

「ホント、最悪だ」


 それぞれが現状に深い溜息を吐く。


 現在、目の前にいるGの数は32匹。サイズも随分と小さくなっている……サイズと共に体力も下がっていることを考えると分裂していると考えるのが正解なのだろう。

 しかし、まだサイズ的にはリアルサイズから比べると随分と大きいので、敵《モンスター》なのだと認識出来る。怖いのが、現実《リアル》サイズになって大量発生した時だ。


 などと俺は最悪の状況を想像してしまい、暗い顔をする。

 姉《るかち》はその様子を見て鋭い視線を向けてから首を振る。余計なことを考えるなという合図なのだとすぐに理解して小さな溜息を吐く。


「まったく……愚痴を言うしかないじゃないか」

「違うわよ。愚痴を言っても仕方ない……よ。とりあえず、何匹でもいいから倒して倒して倒しまくる……そもそも、時間が無いってのに……」


 姉《るかち》は苛立ったようにそう言って敵を駆逐していく。

 そうだ、ボス部屋に入ってから既に5分程度経っていることを考えると、残り時間はかなり少ない……長時間ネットダイブを禁止する為に一定時間ごとに強制的に現実《リアル》へ戻される仕組みが入っているのだ。


 この階層《フロア》に入ってから、随分と時間が掛かっている。

 そもそもボス部屋に入る前から話題になっていたことだ……。


 そして、そこからさらに数度ボスを倒した。

 しかし、奴らはさらに小型のサイズになって数を増やして現れる。


「ほんと、勘弁して欲しいんだけど……」

「さすがに随分とリアルサイズになって来てて、ヤバ味上昇中でござるな……」

「これで最後だったら嬉しいんだけど……」

「愚弟《クオン》そんなフラグ立てない!」


 姉《るかち》が切れ気味にそう言って俺は思わず「あ」と、呟く。

 それと時を同じくして、シャッハが残り1匹を駆逐する。


 そして、鳴り響く鐘の音――


 重く、部屋を振動させるような不快な鐘の音が嫌な気分にさせる。


「お、終わったの?」


 アコちゃんとしょこらんが同じタイミングでハモる。

 全員が素早く「まだだ!」と、答える。これは映像的に見ている人間にしか分からない。


 黒い粘性の液だまりから沸々と何かが湧き出てくる。


 カサカサという音が部屋中から響く。

 しょこらんの手がフルフルと震えているのが掴まれている俺に伝わる。


 これはもうダメだ……と、思うほどに苦手な人間には恐怖でしかない、五感に訴えるような演出。


「本当に酷い……」

「酷いでござるな」

「ミソスープは正常を保ってるか?」

「……一応は……ってか、慣れて来た」

「カレンは?」

「正直、微妙な気持ち……乙女チックな心のスイッチは完全OFF状態……でも、持って数分かしら?」

「ねーちゃんは?」

「私も慣れちゃったわよ。まぁ、アレは映像的には見たくない部類ではあるけど……」

「シャッハは?」

「わ、悪いな……もう、限界値近い……」


 かなり、青い表情をしたシャッハは目の前に広がる光景に絶望の色を隠せずにいた。


「はぁ……とりあえず、シャッハとアコちゃんは固まって私達の後ろに……味噌、火炎放射器で燃やし尽くす!」

「へいへい、了解ッスよ」

「それ以外は火炎放射から逃れてきたヤツを駆逐。愚弟《クオン》は残り時間を<結界>に使って」

「分かった……」

「じゃ、ゴキ退治するわよ!」


 姉《るかち》の号令で俺達はこの後、めちゃくちゃゴキブリを殲滅した。


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