第一章 悠久の塔 第六層 TRS OBTdate.3 その11
上層フロアは狭い通路と芋虫、蜘蛛など糸を吐く生物との戦いが続くストレスが超絶な勢いで溜まるクソマップである。
あれから、しばらく狭い通を進んだが再び屋敷の外側をぐるりと回るような形で通路が続いていた。姉も当然の如く外周を走らされる精神的外傷によって機嫌が非常に悪い。
彼是、魔物を倒しながら屋敷外周をまるで一方通行の迷路のように移動してエントランスを正面から見て右側に差し掛かったところにあるT字路に差し掛かった場所で皆、足を止めた。
「真っすぐ進んだところに見えているのって――」
「階段だよなぁ」
俺は姉の話を遮るようにさっさと結論を述べた為にギロリと睨まれる。
姉が非常に不機嫌だということを忘れていた俺は思わずサッと視線を逸らせた。
今は睨まれたり文句を言われたりするだろうが、どうせすぐに機嫌は直ると思っているからとりあえず、ソッとしておくのが吉だろう。
正直なところ、ここで真っすぐ進んで階段を降りるか、右側の通路に進むのかが今の問題である。
「とりあえず、降りるわよ」
姉は不機嫌さを露わにそう言った。
皆も反対せずに「了解」と、短く言って右側通路を警戒しながら真っ直ぐ進む。
階段は途中で右側に折れ、下のフロアはかなり薄暗い。
「暗いな……」
先頭を行くシャッハがそう呟く。
このゲームにおいて暗い場所というのは非常に危険だ。一番の問題はどの職業のスキルでも暗い場所を照らすようなスキルが存在しないからである。
スキルや爆発によるエフェクトによる光源で明るくなるというのは当然であるが、連続性のあるスキルエフェクトを発生させるスキルは一つもない為に暗い場所というのは難度がグンと上がるのだ。
下のフロアで一度暗い場所があったが、あそこでは敵もほぼおらず、暗いだけで視界が暗いわけではない特殊な場所だった。しかし、今度は本当に暗い場所のようだ。
PT内の緊張感がグッと上昇していくのが全員の表情と空気感で分かる。
姉も不機嫌だったことを忘れるほどに集中して警戒しているように思えた。
「ホント、嫌がらせが好きッスね……」
ミソスープはそう言いながらインベントリを操作して武器を切り替える。
「味噌頼んだわよ」
姉の声と同時にミソスープはスコン、スコンと特有の音を奏でながら数発特殊な魔弾を下層フロアに撃ちこむ。
一瞬遅れて火柱が立ち上がるような音が聴こえ、それに合わせて一斉に階段を駆け降り、周囲を確認する。
「はぁ……ここもドゥルドゥルな感じなのね……」
「敵はいないみたいだね」
「狭くも無く、広くも無くッスね」
「位置的にはエントランスからみて右側の扉の近くだな。右側通路からも近い位置ともいえるか……」
「愚弟、色々小難しいことを考えるより、次をどうするか考えるべきよ……」
姉は少し肩を竦め、周囲を見渡すように促してくる。
炎に照らされた部屋はそこまで広くは無いが右側、左側に扉がある。ちなみに右側は二枚の扉が見えるのでこの部屋は三差路のようなモノだと即座に思考する。
「んー、右側は来た方向に戻るイメージだからもしかすると、また外周に向かう通路かもしれないな……」
俺がそう呟いた瞬間に炎が小さくなり、周囲は再び暗くなる。
「何にしても、この部屋からさっさと出た方がよさそうだけど……」
「で、あれば、左側の扉だな。たぶん、エントランスに出るだろうし」
「マップの位置的にそうよね……」
「ああ、ともかく、暗いのは大問題だ」
「じゃ、壁伝いに扉まで行って開くかどうかを確認ね」
「そうだな」
俺達はゆっくりと壁に手をつきながら進んでいるとシャッハが「扉だ」と、声を出す。
「開くかどうか確認お願い」
「りょーかい」
そう言ってシャッハは扉のノブを回す――が、うまく回らないのかガチャガチャと音がする。
「大丈夫か?」
「大丈夫……なんだか、鍵が掛かってるような感じじゃないけど、扉が開かない……と、いうか何か引っかかってるような……あー、ウザいわ」
シャッハはそう言ったと思った次の瞬間、扉に激しく金属がぶつかる音と衝撃が響く。
「よし! 開いたぜ!」
「ったく、強引だな……」
「破壊可能オブジェクトでよかったッスね」
ミソスープの言葉に全員が「確かに」と、声を揃えた。ドアを破壊したシャッハもちょっとした出来心のようでバツの悪そうな顔をしていた。
再びエントランスにやって来た俺達であったが、特にエントランスに何か変わったところもなければ再び上層階に行く気持ちも萎え萎えである。
姉は「ウロウロするのはもう勘弁」と、珍しくネガティブな発言をする。
「とりあえず、右側の通路の奥に行ってみるしかなさそうだな」
俺の言葉に全員が肯定を示す。
「とりあえず、そろそろボス部屋に入らないとアイツらが来そうッスね」
とりあえずwebコンソールをチェックしていたミソスープがそう言った。
「まぁ、結構な時間経ってるもんな」
「強制アウトまでの時間も近いってことだけどね……急がないとマズそうね。しょこらん、はちみつドリンクポットとか持ってたでしょ」
「えっと、はい。どうぞ、るかちさん」
「ありがと……はぁ、仮想味覚ででも、ちょっと精神安定剤があるっていうのは悪くないわね」
「味の再現って意外とよく出来てるんですけど、満足感は無いから気分だけですけどね」
「満足感無いよな。珈琲とかもあるけど、カフェイン入ってないとやっぱり飲んだ気分にならないよなぁ」
味覚再現は食品や医療関連の会社が作ったモジュールで近年は多くのMMOやスタンドアローンタイプのRPGなど、多くの作品で使用されている。
モジュールの調整はゲーム会社のプログラマーの腕が試されるのか、より高い再現度を求められることがあるが、とある国民的RPGで発売日を大幅に遅れたのが数百種類という料理を再現するために時間を使ったという逸話がある。
ただ、そのゲームは海外ではそこそこの評価を得ていたが、国内ではバグだらけ、シナリオも微妙……と、いう評価を受けていた。
ちなみに俺も世間の話題を合わせる為にプレーした。
俺の感想としては、ゲームシステムはよく出来ていたけれど、映像の造り方がちぐはぐだったり世界観がよくわからなかったり……『俺が求めてるのはこれじゃない』と、いう感じが凄くする作品だった。
「さぁ、準備は大丈夫? アイツらが上に上がって来る間にさっさと攻略して休憩としゃれこむわよ!」
そうして、俺達はエントランスから右側に続く通路に向かう。
少し薄暗いのが怪しげな雰囲気を醸し出し、自然と緊張感が湧き出てくる。
「本当にこういう雰囲気作りって、ここの開発って巧いよな」
シャッハが盾を構え、警戒しながら呟くように言った。
「まぁ、特に洋館モノのサバイバルホラーと言えばここの会社ってくらいリソース積んでるからなぁ。ただ、このゲームでこの雰囲気ってのは悪意しか感じないけどな……この雰囲気が続いたらアコちゃんが使いものにならなくなるのは困る」
「それは確かに……」
「と、と、というか……すでにヤバいよ」
「頑張れアコちゃん!」
そんなやり取りをしながら通路を100メートルほど進むと、ゆっくりと左側にカーブしはじめ、壁には魔法的な柔らかい光が通路を照らし先ほどの不気味な雰囲気は薄くなってくるが逆にこのゲームの世界設定特有の魔法と科学が混じり合った雰囲気に変わって来る。
「なんだか、雰囲気が変わった?」
「王都の神殿みたいな造りの通路に変わったな……」
この作品は選択できる職業からも分かるように魔法科学的な技術が進んでいて、ファンタジー色は強いが神殿や王城では機械文明的な場所が幾つも存在する。まさにこの通路もそのひとつだ。
「なんだか、テーマ性がよく分からないマップだな」
「でも、ドゥルドゥルなところはここも一緒みたいね……」
姉はそう言って壁についている黒い粘性の液体を指で掬い、匂いを確認して指を振ってドゥルドゥルした液体を消した。
「匂いの設定もよくわからないわね。マップ自体はかび臭い匂いが再現されてるのに、こういう匂い自体がヒントになりそうなヤツの匂いが設定されてないって……」
「まぁ、それは逆に匂いがあると、この粘性の液体が何か分かってしまうから……ってことなんじゃないかな?」
「逆に知ってないと分からないと思うんだけど……化石燃料なんてこの国じゃ今時使ってないでしょ? アンタが乗ってるバイクとか、ああいうのくらいでしょ?」
姉の言う通り、この時代に化石燃料から取れる素材は未だに多くあるが、燃料としては殆どが電気で近年、火力発電所でも液化ガスがメインで石油自体を燃料として使うことはあまり無い。
ちなみに、現実世界では粘性が高い可燃性の油というのは結構有害なモノが多いハズなので、ある意味でいえばこのマップは非常にファンタジックなのかもしれない。
もしくは、古い使用済みの油や油汚れ的なモノであれば……いや、そんなハズは無い。
「それにしても、すっごいドゥルドゥルね……この通路って屋敷の外側に向かってる?」
姉は再び嫌な思い出を思い出したような顔をしてそう言った。
「どうかな……マップ位置確認したけど、ちょっと外れた位置だから、別棟って感じだろうな」
「さっきまで、狭い道バッカリだったのに広い通路って逆に緊張するわね」
カレンはそう言いながら後方を確認して「後ろから何か来る気配は無いわ」と報告を上げてくる。
「それにしても、結構なカーブよね。元の道は全く見えないわ……」
「確かに、結構移動してるよな」
「正面、行き止まりっぽいな……200から300メートルくらい先」
シャッハがそう言うと、ミソスープが「じゃぁ、確認ッスね」と、いってスコープを取り出して先を確認する。
「行き止まりではなさそうッスね。扉があるッス」
「別フロアと考えて行動した方がいいか……」
「ボス部屋まで行くのは時間的に無理そうね」
「姉の残時間は?」
「メニュー開くの面倒だから今は見ないけど、たぶん1時間から1時間半くらいじゃないかしら?」
俺はメニューを開いて、システムタイムチェックをして、そこに表示される時間を見て「さすが姉」と思いつつ「ま、俺もそんなもんだ」と返答を返す。
現在、時間的にいうとゴールデンタイムである23時を過ぎたあたりで、一度休憩をしてメシを喰ったりした時間から考えるとそろそろ糖を欲しがるくらいのタイミングだ。
姉が実家に居た時に姉が言っていた「アイスタイム」というヤツで何故かその辺りでアイスが食べたくて仕方なくなる時間らしい。
そんなことを考えている間に扉の前に到着する。
「それにしても、このマップって上層フロア以外はあんまり敵がいなかったわね」
姉はそんなことを言ったが、彼女は忘れたのだろうか……あのクソ仕様の5Wave連戦のバトルや巨大ミッ○ーとの戦いについて。
確かに苦労した面もあったが、結果としては物資を大量に消費しただけで難易度敵にいえばそこまでたいしたことは無く、最終的に作業と化していた。まぁ、作業的な戦闘ってあまり記憶に残らなかったりするのは確かなんだけど……。
「扉チェックしたッスけど、特に罠とかもなさそうッス。まぁ、後は開くかどうかってところッスけどねぇ」
「ま、とりあえず開けてみればいいさ」
そう言ってシャッハは扉に手を掛ける。
金属製の扉特有の少し甲高い音がして扉がスッと滑らかに開く。
「はぁ、またドゥルドゥルだな」
「ドゥルドゥルだね」
シャッハとアコちゃんがドゥルドゥルとした黒い粘性の液体がべったりと付着した通路を指さしてそう言った。
「ドゥルドゥル1.5倍増しね……それにしても、何かしらここ……」
そう言って姉は扉をくぐって歩を進める。
「ねーさん、もうちょっと警戒しようよ……」
「あ、そうね……でも、敵の気配が無いのよね……何かしら、何かいるような気はするけど……何もいない? みたいな」
「いやいや、そんなのわかんねーって」
姉は基本的に感覚に全てを任せている人間なので、人の感じる領域とは違う世界で生きているのではないかと思うくらいにちょっと不思議なところがある。
警戒心が無いというのは常だが……。
全員が扉をくぐり、通路に入ると先までの広さは無く、また再び洋館で感じたような狭い通路が続く。
ただ、この建物はどうやら研究施設のような雰囲気で至る所に謎の試験官や巨大なカプセルが放置されていた。
「この荒れた感じ、アレだなクリーチャー的なヤツが出て来て追いかけ回さる的なシチュエーションじゃね?」
「この人数にこの通路の狭さだと、数人は確実に餌食になりそうで嫌ッスね」
「こら、シャッハと味噌。不吉なことを言うんじゃない!」
「申し訳ないッス」
そんなやり取りをしながら、俺達は研究所っぽい建物を虱潰しに歩き回る。
不思議なことにそこまでの広さは無かったが、全く敵がいないという恐ろしいまでの肩透かしにあっていたのだ。
「まさか、あの2階フロア右側通路が正解ルートだった?」
「うーん、ありうるで御座る」
「いや、まだ分かんないって……と、いうかここから今のタイミングで戻るのはかなり嫌だ」
「って、クーさん。この建物にまだ何かある感じなの?」
「んー、まだ分からないな。とりあえず、このドゥルドゥルのせいで見落としてる可能性もあるからな」
「あー、それは確かに……」
洋館内に比べて、1.5倍増しというくらいドロドロに汚れていたり、べっとりと黒い粘性の液体がこびりついている壁がいくつもあったので、もしかすると扉が隠されていることもあるのでは無いかと考えていた。
「うーん、愚弟が思ってる方向はあながち間違いじゃないと思うのよね……私も何カ所か怪しげなところと思っておきながらスルーしたところがあるから」
「姉様とクオンの言う通りかもしれないッスよ。これを見て貰えるッスか?」
そう言ってミソスープがマップコンソールを可視化して見せてくる。
「あー、ここ……完全に行ってないな。穴になってる」
マップ上でみると、不自然に行ってない空間がこの洋館の離れにあたる研究所のような建物の真ん中がポッコリと未到達となっている。確かに俺も不自然だとは思いつつ、あまり気にしてなかった……なぜなら、一か所だけ中庭が見える窓があったからだ。
アソコは外で移動不可の場所か……と、勝手に思っていたからだ。
「じゃ、この中央の空間に行ける道を探してみますか」
と、姉は楽しそうに言った。
この第六層もそろそろ終盤を迎えているのでしょうかね……。
ふふっ、そう簡単には終わらんぞ!(言ってみただけ)
では、この後もお楽しみに~♪
皆様、応援よろしくお願いします!




