第一章 悠久の塔 第六層 TRS OBTdate.3 その10
意味無く長かった部屋の奥にあった扉を抜け、洋館のエントランスを模した場所へ戻って来ることになった。
「はぁ、ここに戻って来るまで随分と時間が掛かったわよね……」
皆、随分と疲れた表情を浮かべているのは当然ではある。まだ、この階層の半分も満たしていないと考えているからだ。
単純にマップ表示を見ると、全体の約三分の二近くは埋まっているように見えるのだが、このエントランスにいればその考えは不十分だということがよく分かる。
エントランスには巨大な階段があり、どうみても洋館の二階部分が存在していることは明白であった。
それにこの階層に上がってきた時に右側にも通路があることを皆覚えていた。
洋館を左回りで回ってきて、出てきたところがエントランス一階の正面にある扉であることを考えれば、右側通路から行ける場所は屋敷を右回りに向かう通路、もしくは屋敷の離れがある可能性だ。
「とーりあえず、右側の通路に向かうか上に行くか……悩ましいわね」
「階段上側の廊下の方を見た感じ、右側、左側、正面と扉があるみたいね。ま、私はるかちの判断に任せるわ」
「そういえば、左側にもう一つ扉があったわよね」
姉は思い出したようにそう言った。
俺達が入っていった扉は現在地から見れば右手前にある扉で、その向こう側にもう一つある扉だ。
「とりあえず、左側から攻めるか」
俺の意見が即座に採用され、全員で扉に向かって歩く。
前回、全く敵が居なかったことと、まだSNS勢が下のフロアで狩りを行っているのが分かっているのでエントランスには敵が出ないという判断からざっくりと警戒しつつ進む。
「それにしても、SNS勢は頑張るッスねぇ」
「俺達もやりだしたら似たようなもんだと思うけど?」
「そいつを言われると、確かにとしか言えないッスね……」
ミソスープとシャッハがそんなことを言っている間にすぐ扉の前に到着する。
姉含め、さすがに扉の前に立つと全員が警戒の色を濃くする。扉にはこの階層に入ってからずっと目に付くドロリとした黒い粘性の液体がこびり付いている。
「この扉も触ると穢れる気がするから嫌だわ」
カレンは相も変わらず汚れるのを嫌がるが戦闘中とか普通に地面に接地したりしているのだから、それくらい気にするなと言いたいが言えば後が面倒そうだ。
などと考えているとカレンがニコリと俺の方を見た。
「カレンさん、俺の思考を読まないように」
「クオンが碌でもない事を考えるのが悪いと思うのぉ」
と、カレンが威圧してくるのでとりあえず御免なさいしておく。
「分かればいいわ……」
「って、味噌さっさと開けなさい!」
ミソスープが「ヘイヘイ」と言いながら扉を素早く開け、そして全員が扉の前から飛びのき警戒態勢に入る。
「クリア!」
シャッハが扉に続く通路に入り、すぐに声を上げる。
まったく、この階層に来てから扉の先に敵はいないというパターンばかりで油断してしまいそうだ。
エントランス正面から見て、左奥の扉はずっと通路が続くような感じだったが、次は5メートルほどの通路の奥に錆びた金属で出来たような扉が見える。
「うーん、ここもドゥルドゥルね」
今、姉の中で『ドゥルドゥル』がツボっているようだ。
ちなみに今回の扉のドゥルドゥル具合は10点満点中、3.5点くらいだろう。見た目は結構なドゥルドゥル感があるのだが、思っているほど汚れてはいない。
錆び付いた扉の至る所に黒い粘性の液体がベタリ、ベタリと付いており、触ったら汚れるよなぁ……と、いう雰囲気は満点である。
「よし、次も味噌頼んだ!」
さすが姉、ミソスープに対してはどこまでも鬼畜である。
ま、言うことを聞くミソスープにも問題があるのだが……と、いうか虐げられて楽しそうなところがより問題だ。
そんなことを考えている間にミソスープが扉を開ける。
いつものように皆、警戒しつつシャッハが安全を確認して先に扉の先へ進む。
「ここもクリアだな」
また、敵のいないようだが、次は通路では無く10畳くらいの部屋だ。
「んー、ボイラー室か?」
「ま、定番といえば定番かな?」
「こういう所にタイプライターとアイテムボックスとかがあるんだろうけど、さすがにこのゲームではないみたいだな」
「あったら、あったでかなり嫌だけど」
そんなことを言いながら部屋の中を全員で物色する。
悠久の塔に入ってから、アイテムが設置されていたりするパターンがあまりにも無いせいで捜索するという行為に対してあまりやる気を感じない勢バカリな状態だが、小さな望みを賭けてちょっと頑張ってみる俺であった。
ボイラーっぽい巨大な物体の周囲や裏側、工具などが置かれている棚など隈なくお宝を探し見るのであった。
「うーん、やっぱり何も無いね」
そう言ってゲンナリした表情をするアコちゃん。
当然、ちゃんと捜索していたメンバーは黒い粘性の液体が至る所にドゥルドゥルっとベッタリと付着していた。
「ってか、野郎どもがすっごいドゥルドゥルでキモイんですけどぉー」
「もう、るかちがドゥルドゥルになってもいいから探せって言ったんでしょ」
「それはそうだけど、仕様だとすぐに消えるのに結構長時間貼り付いているから気になっただけよ」
「まぁ、モノによったら数分付いたままになるから、すぐ落ちるんじゃない? あ、でも今の状態で私に触ったりしないでね」
「あ、私も!」
「あ、あのっ、私もです!」
と、女性陣が全会一致で近寄るな宣言をしてくるので野郎どもは項垂れる。
俺はこの階層のコンセプトがよく分からない状況に少し苛立ちを感じていた。
洋館モノであれば、謎解きなどのギミックが配置されていて、謎を解くことで先に進む……的な展開からは程遠く、妙に狭い通路をただ歩かされ、閉じ込められてからの殲滅戦など。ハッキリ言ってコンセプトもへったくれもないような階層だ。
しかも、他の階層と変わらない広さがあるというのに洋館の二階が存在するということはそれよりもさらに広いマップを攻略しないといけないと考えると気分もやる気も下がるというものだ。
また気になっているのは今まさに自分たちの身体にベットリとついている黒い粘性の液体だ。まぁ、正体は油なのだろうが問題はそこではない。
基本的に悠久の塔を登ってきて思っていたのだ、マップコンセプトに関してはある程度分かりやすさを考えているのだと……だが、しかし、このマップはコンセプトがしっかりしているようでよく分からない。どこか、ぼやけた感じを拭えずにいる。
(まったく、ドゥルドゥルは拭えても不安は拭えないなんて)
ひとまず此処が安置であると仮定して再度室内を観察する。
ボイラーに工具棚、後はよく分からない薬瓶などが並ぶ棚、崩れた椅子とバールのような物やスコップだ。
正直、どこも黒い粘性の液体がベットリとついており、無造作に触れたいとは全く思えないようになっている。
「ま、これだけ調べても何も無いんだから、無いでしょ。ひとまず、これからどう動くか決めてしまいましょう」
姉は小さく溜息を吐いてからそう言った。
確かに姉の言う通り、ここでさっさと次にどう動くのか全員の意思を確認しておいた方がいいだろうと皆は納得した表情をする。
「ルートの優先順で言えば、二階左側、二階正面、二階右側、一階右側の順だと俺は考えているけどどうだろう?」
「俺はクオンの意見に賛成」
「拙者も、同意見で御座る」
「シャッハとクオン、ナギリは同意見なのね……他には?」
「一階の右側通路はかなり気になってるけど、順序としては上から行った方がいいのかなぁ。って思うわ」
「カレンも同意見ってことかしら?」
「まぁ、そうね」
と、大きな反対もなく俺の意見が採用される。
こういう時の展開はだいたいこんなもんだ。姉が気に入らなければ彼女が一番初めに文句をつけてくるのに何も言わない時点でほぼ決定なのだ。
「あくまでも、予感だけど。二階って結構敵がいるような気がするのよね……」
「姉様不安になるような予言はヤメテ欲しいッス」
「だよな」
「うっさい! 予想くらい立ててもいいでしょうがっ」
「ねーちゃんの場合、予想とかじゃなくて予言だからな。勘が当たりすぎるんだよ」
「さっきの中ボスのところでは当たらなかったでしょ?」
「いわれてみれば、そうッスね。外すなんて珍しい……明日は雨ッスかね?」
「うーん、ありうるw」
そんな馬鹿話をしながら、俺たちは来た道を戻りエントランスに出てくる。
エントランスは緊張感ある雰囲気だけはしっかりとあるが、敵も何もおらず静かなままである。
そして、俺達は中央にある螺旋階段を登り、エントランス二階の廊下に出る。
赤黒い絨毯は金糸よる刺繍が施されているとても豪華な雰囲気を持っている。思っているより広めの廊下で隊列を組みつつもあまり激しい警戒はせずに進むのであった。
「うーん、どこらかしこもドゥルドゥルね。なんだか、嫌な感じ……」
「これって絶対精神攻撃的なヤツだよな」
「この階層デザインしたヤツ、いや企画者かデザイナーか分からないけど絶対的に趣味趣向に問題があるわ」
「だよな、俺も思うわ」
いままでの階層も正直言って趣味が良いとはいえないが、この階層に関してだけは言える「絶対に頭がおかしい」とな。
二階左側廊下の端側の扉の前までやってくる。
いつも通りミソスープが扉をゆっくりと開く――
「あー、味噌閉めて」
「あいよっ」
何かがいた気配にすぐさま姉が扉を閉めるように指示し、ミソスープもソッと扉を閉めた。
「で、何がいたッスか?」
その言葉に俺達は何とも言えない雰囲気を醸し出す。
何となく、この階層のコンセプトが見えてきた気がした――
「巨大な芋虫」
「たぶん、色が黒っぽかったから闇色芋虫だと思う。ちなみにこの階層のコンセプトは嫌な虫や生物だと思われる」
「聞きたくなかった……けど、言われると何となく納得出来るわね」
「と、いうか聞いても開発側に悪意がありすぎて、聞いてもあんまり意味が無い気がするッス」
「た、確かに……」
「ともかく。みんな戦闘準備よ……いつも通りにやれば問題ないでしょ? ね、愚弟?」
姉は適当なことを言ってくるが、いつも通りやると芋虫の場合は大きな問題があると思ったので即座に反論しておく。
「芋虫ってことは糸を出してくるだろ? ねーちゃん分かってて扉閉める指示出したんじゃねーのかよ……とりあえず、まずはカレン、ナギリ、ミソスープで火炎系の攻撃で怯ませてから突貫だろ?」
「そうそう! それで!」
「まったく、適当だなぁ」
「いいのよ! じゃ、行くわよ! アコちゃん、扉頼むわね」
姉の言葉にアコちゃんは少し嫌そうな顔をしつつも素早く行動に移る。
扉が開くのと同時にミソスープが飛び出し火炎弾をぶち込み、合わせるようにカレン・ナギリが火炎徹甲弾で目視可能な芋虫を屠る。
次にシャッハ、姉が飛び出し、しょこらん、俺が続きアコちゃんは殿として後方警戒しながら扉を潜る。
「甲虫芋虫じゃなくてよかったッス」
「アイツ意味無く硬いからなぁ。比べれば闇色は状態異常系の攻撃以外は超絶柔らかい敵の部類に入るからな……あ、シャッハ、上にも注意!」
「ああ、大丈夫だ」
室内や洞窟内で芋虫や蜘蛛が出るときは絶対に上に注意が必要なのである。
糸持ちの敵は大体天井に張り付いて攻撃してくる傾向にあり、天井に潜伏している間は当たり判定が無く、結構面倒な仕様が存在しているのだ。
芋虫を大方片付けて周囲を確認する。
約30畳程度長方形の室内で崩れた机や調度品を見るとどうやら食堂のような造りの部屋になっている。ただ、今までの流れでアイテムや特殊なギミックが存在するような雰囲気は無い。
他に部屋には入ってきた扉以外には右側に一つしかない。
「ま、先に進むしかないよな」
シャッハがそう言って扉の前へ移動する。
「そうね。できれば何もいないことを希望するんだけど……」
「だから、変なフラグを建てようとするなよ」
「残念だけど、私ってば一級フラグ建築士とは違うから、大したフラグなんか建たないわよ」
姉と謎のやり取りしつつも、今回は俺が扉を開ける。
これは敵がいるかいないか分からない為に前衛メンツが動きやすいようにという配慮の為だ。俺は扉を開くとしょこらんがいる場所へ特殊移動で移動する。扉の開いた空間から様子をみるためにシャッハが盾を構えて前に出て、目視で素早く確認を行う。
そして、扉から向かって左側に盾を構えて止まる。
「左側、敵2体! 芋虫だ。後ろ展開頼む!」
声に合わせて扉の右側にカレン、ナギリが進み「こっちはクリア」と声を出した。
ミソスープはシャッハの後方に素早く移動して散弾で芋虫にダメージを与えてから火炎弾を放つ。
「ったく、通路狭いわね」
と、ミソスープの後ろへ移動した姉が独り言ち、刀を仕舞う。
次の瞬間、彼女は壁を蹴って走り出し、シャッハを越えその奥にいる闇色芋虫に向かう。
「てぇりゃ!」
掌底からモンクの攻撃スキル<気弾>を放ち芋虫を吹き飛ばす。
そこから剣士のスキル<斬撃ノ型二式>へ繋げ、芋虫を駒切にする。
「ふぅ、こんなもんかしら?」
駒切になって消滅する闇色芋虫を確認しながら姉は満足そうな微笑を浮かべた。
第六層も終盤に近付いてる?
さぁ、どうなんでしょうか……




