第一章 悠久の塔 第六層 TRS OBTdate.3 その7
シャンデリアに配置されている炎が三つ、ユラユラと揺れる。
小型の魔物たちの溢れ出す音が聴こえる――
「あー、やっぱり斜め上ね。正直、アレって不味くない?」
そう言ったのはカレンだ。
カレンの指さす先に溢れ出て来ている第三の魔物なのだが、全員がその姿を認識して嫌な顔をする。三大嫌な魔物には入らないが10大嫌な魔物には入って来るだろう面倒な敵がやって来ているのだ。
「状態異常のオンパレードって、本当に趣味が悪いわね……」
姉も嫌悪感を露わにした顔をする。
そう、それほどに面倒なヤツ――メイベルの安息獣という名の敵だ。
正直、名前からその姿や効果を予測できない系の仕掛けが組み込まれている厄介な奴で見た目は一見小さな可愛らしい羊だが、動きも速く、襲ってくる姿は大口を開けたワニ……いや、エイリアンのような姿になる悪魔で本来の登場マップでは少量しか湧かない。
コイツの一番やっかいなのは麻痺を付与する攻撃を持っていることだ。
状態異常における麻痺効果というのは実はそこまで大きな状態異常では無い。
最大効果でも10秒間の移動・スキル発動の阻害である。
メイベルの安息獣の麻痺効果は1秒なので実は単体効果で考えると怖くは無い。
ただ、麻痺の効果は他の状態異常との組み合わせを考えるとその効果は数十倍にも膨れ上がるほどヤバい。
世間的というか、VRという性質上……いや、昔からよくあるステータスの振り方の主流というヤツの所為でもある。
基本的に回避率を上げ、敵の攻撃を受けないように動くことの方が狩り効率として良いのである。という流れはMMORPGの黎明期からずっと続く定説だ。
なので、動きを止められると時に致命的な状況に陥る可能性が高い。
このPTで言えば耐久度が高く、致命系のダメージ以外である程度ダメージを受けても生き残れるのはシャッハやしょこらんだけで、他はどちらかと言えば回避かダメージをそもそも喰らうことを前提にしていない構成で瓦解するようなことが発生すれば、一瞬で死んでしまうのだ。
「はぁ、実際状態異常の回復って万能薬で即座に回復出来るから問題無いッスけど、こうも敵の数が多いと面倒ッスよね……そいっ! そいっ! あー、散弾の数が心元無いッス……」
「ともかく! 羊の攻撃だけは喰らうな!」
「分かってるッスよ、姉様」
「にしても、数が多いな……ヘイトコントロールあんま意味無いよな……」
「シャッハも! 黙って叩け! ったく、しょこらん! 回復ペース上げて!」
「はっ、ハイっ! <範囲回復>!」
正直、気の抜けない作業というのは困りものだ。
俺は壁が消えるタイミングを見計らって通常壁、攻勢壁と順番に切り替えながら周囲を壁で囲み、前衛の状態異常を素早く<浄化>で回復させる。
「ちょっと、気になったんだけど……シャンデリアのところの灯なんだけど、位置的に考えると、あと二回はWaveがありそうなんだよなぁ……デザイン的に」
「いま、そういうテンションが下がる情報を言わないで貰える愚弟?」
「いやぁ、実はこのWaveが始まる前の点滅してる時から気にはなってたんだよね」
「もうっ! なんで、その時に言わないのよ!」
「そうッス! 弾数結構ヤバいッス!」
「そんなこと言われてもな……おっと、<浄化>! なんとなく思ってただけだし、態々いうほどのことじゃないかと思ってたんだよ」
「はぁ、もうぉー、あと二回あるとしたら、次は何が来るのよ……ここのフロア作った企画マンってマジクソでしょ!」
「いや、それを通したディレクターが問題だと思うけど」
そんなやり取りを繰り返し、なんとかこのWaveを乗り切るのであった。
敵を倒した後はオブジェクトとして一定時間は残り続けるので気持ち悪い山が出来始めている周囲を見ながら俺たちは次の攻撃に備える。
魔銃士メンバーは全員が大きな溜息を吐く。
「途中で通常弾に切り替えたけど、通常弾だとヘッドショットなら問題ないけど、あの数全てをヘッドショットで仕留めるのは無理よ」
「で、御座るな。拙者も通常弾に切り替えたでござるが、やはり威力的に微妙で御座る。沼ネズミでも倒すのに三発必要でござる。羊に至っては五発撃ち込まないと倒せないのはかなり厳しいで御座る」
「誰かミニガンとか持って来てないの? ミソスープもナギリも持ってたよね?」
「いやぁ、さすがにアレはアイテム枠取り過ぎるから無理ッスよ。ガトリングあったら楽かもしれないッスけど……」
ちなみに通常弾は魔力弾と呼ばれ、特殊弾に比べて威力が遥かに低いのだが弾数制限の無く長期戦では使わざるを得ないこともある。
また、ガトリング銃……通称ミニガンは毎分3000発という常軌を逸した超レア装備のひとつであるが通常弾しか装備出来ないという制限武器だ。
威力が高く、敵を粉砕出来るその様はすごく気持ちいいらしいが、残念ながらあまり使用されていない。
使用されない最大の理由として、一番大きのはインベントリ……アイテムの所持量に占める割合が大きく長期遂行には向いていないのは当然だが、様々な特殊弾や罠を持ち歩く魔銃士にとってアイテム所持量を食いつぶすのは迷惑なのだ。
実はもう一つ理由があり、通常弾は盾を貫通してダメージを与えることが出来ないという特性があるせいだ。
敵によっては通常弾の攻撃は無効なんていう硬いヤツもいる。
対人戦において、前衛の盾持ちの盾は通常弾含めいくつかの特殊弾無効効果が付いているのが普通で前衛を墜とす為には相手を突破するために必須である徹甲弾やミスリル弾などの無効化付与出来ない弾を使うのが主流だからである。
「ともかく、次はもっと敵の攻撃が激しくなると考えた方がいいわね……また敵の種類が増えるとしたら、アネモネかしら……」
「うわぁ、それは嫌ッス。ホント、嫌ッス」
「ありそうなのが嫌だな……」
「何となくなくだけど、たぶん当たってると思うのよね……」
「姉様のそういうところ、嫌ッスわ」
「嫌とか言わないで貰えるかしら?」
「いやぁ、野生の勘がパネェッスから!」
「うっさい!」
そんなミソスープと姉のやり取りを微笑ましく見ながらアネモネの事を考える。
この3Waveを考えると姉の言うことも傾向としてはあり得る現状、ある程度のパターンは考えても悪くは無い。
ちなみにアネモネとは植物のアネモネでは無い。植物系の魔物で触手系のウネウネがヤバい感じの血のように赤い色をした敵だ。
こいつは他の状態異常付与してくる敵とは違い、防御系のスキル<遮断>を使ってくる敵だ。マップ配置上はデスキラービーという魔物と一緒に配置されている山岳マップに登場する敵でデスキラービーの針射出攻撃と連携してデスキラービーを遠距離攻撃から守っている嫌なヤツである。
「はぁ、あと嫌なのって何があるかしら?」
そう言ったのはカレンだ。
その言葉に即座に皆反応する。
「やっぱり、ムカデがゲジゲジじゃないかな?」
「んー、確かに嫌だけど、それってアコちゃんが嫌いってのが強いわよね」
「アイツらも麻痺持ちだっけ? 傾向的に違う状態異常か腐敗とかじゃないの?」
「シャッハの意見は確かにって感じ……あ、腐敗系のサソリっていたよね?」
「なんだっけ、名前忘れたわ……」
「メイベルの潜甲虫だな。隠遁スキル持ちで腐敗液の射出と尻尾の毒攻撃、前足の斬撃……あ、裂傷も付くヤツ。アレで中ボスなのが笑えるくらい一体で能力完結してるヤツだな」
「さすが、クーさん。ゲーム内の細かい情報までよく覚えてるよね……感心するよ」
「言っても、このゲームって敵の種類そこまで多くないだろ?」
「系統別で考えたら多い方だと思うけど……」
「そ、そうだったか?」
そんな話をしている間に四つ目の灯が点り魔物達がワラワラと湧き出でると同時に積み上がっていた敵の死骸がソッとフェードアウトして消える。
「さて、るかちの予想はどうかな……」
シャッハはそう呟きながら戦闘態勢を整える。
皆も同時に身構え、そして全員があまりにも意外な敵に一瞬思考が停止する。
「だ、ダンゴムシ!?」
「アレって、雑魚中の雑魚よね? アレ? もしかして違うの?」
「ねーちゃん、アレはメイベルの黒鋼虫だ。他の奴に比べたらヤバくは無いかもしれないけど、色々と問題は大きいぞ!」
「アイツってアレよね?」
と、カレンが絶望的な視線を向ける。
「アレでござるな……全く……」
「ホント、こういう意地の悪い構成ってマジでムカつくッスわ」
「まさか、私達の会話を聞きながら操作してるとか……ないわよね?」
「るかち、さすがにそれは無いと思う――う、うん、思いたいわ……」
そう、まるで先ほどの会話を聞いていたかのような展開――本当に勘弁して欲しい。
メイベルの黒鋼虫は魔銃士の通常弾を受け付けない特殊装甲持ちの魔物なのである……まだこの先、ボスなどを考えると弾を温存しておきたいと思うのを見透かされているような感じがするのも苛立たしい。
全体的に見れば炎属性の攻撃が弱いので魔法使い系の魔杖士がいれば詠唱の間上手く守ることが出来れば一掃するのもそこまで難しくは無いのかもしれない。
魔銃士の火炎系攻撃は投擲系の爆薬、散弾系の火炎弾……後は火焔徹甲弾など多岐に渡るが、やはり弾数制限があるので所持量を考えると厳しい実情だ。
「ボス……次第というところね」
カレンは火焔徹甲弾でメイベルの黒鋼虫を集中的に排除しながら、そう呟いた。
なんにしても――
ボス次第……いや、このマップの構成次第というところだろう。
ボス部屋まで、あとどれくらいで到達できるのか?
途中で補給出来るような場所は存在するのか?
または他のプレイヤーが現れるのか?
考えればキリがないくらいに問題が山積だがやれる事、やる事を考えればあまり変わりは無い――ただ、敵を殲滅するということだけは、どうあっても変わらないのだ。
だ、だがしかし――
もう一回、この面倒なミニゲームが行われるのだ。
ハッキリ言って、3Wave以上あるのはダメだろう……このゲームは基本無料だがいわゆるコアゲームの一種だ。携帯端末やもっとカジュアルなソーシャルゲームでもWave回数が多い作品はゲームシステムとしてプレイヤーは『面倒くさい』という理由で敬遠される。
なのに……なのにだ!
5Waveありそうな現状はマズイでしょ?
運営として間違っているでしょ?
「これってさぁ、最後のWaveはボス戦ってことじゃないの?」
「あり得るよな……ってか、まだユニークボスもいるのにどこまで消耗させる気なんだろうな?」
「だよね。シャッハはPOT残り大丈夫?」
「ああ、まだ大丈夫だ! くっ、硬いヤツが混ざってると本当に面倒くさいっ!」
「そうッスよね……正直言って、だんだん慣れてきて完全に作業ッス……」
「あんた達、気を付けなさいよ。慣れてきた時が一番ミスしやすいんだからね!」
「そういう姉様は天才肌なんッスから、こういう時に一番気を付けないといけないのは姉様ッス!」
「うっさい!」
そんなやり取りをしながら、アイテムとスキル、弾や罠、LP回復POT、様々なアイテムを消費しながら、単純作業の繰り返し。
マジで欠伸が出てしまいそうなレベル……だが、ハッキリ言ってまだフロア中のマップも半分も埋めていない状況でコレってヤバいよなぁ。
「時間的にそろそろ終了かしら?」
「@30秒かな。敵残数も8……左側から壁で追い込むから、後ヨロシク!」
「さぁ、とりあえずチャチャッと終わらせるわよ……まだ、どうせ後1Waveあるんだから」
姉の言葉に全員が「了解」とどこかやる気のなさ気な声でそう言った。
実際そこから10秒掛からずに残敵を殲滅するに至る。
さぁ、再びの問題だ。
次の敵がいかな悪意に満ち満ちているのか、実は俺の中では結構楽しみでもあった。
このゲームの制作者が持つ悪意と偏った趣味が見え隠れする妙なアンバランス感、例えるならば、こうなっていれば名作と云われるのにナゼそうした的な『おしい作品』だ。
シャンデリアに新たに点滅する灯が点る。
デザイン的に円形に等間隔で並ぶ炎の灯――これによって最後の仕掛けが動くのだと皆がいつもより少しだけ……いや、ボス部屋に入る時のように緊張し空気が鎮まる。
「はぁ、この準備時間ってムダッスわ」
ミソスープは面白く無さそうにそう言った。
確かにこの妙に長い待ち時間は緊張感を生む仕組みとなっているが、絶妙に長いせいで逆に緊張感を失いかねないのだ。
「これだけ苦労してもまだこのフロアの半分も行ってないって、驚きだよね……」
「しょこらん、それ今は言わないで欲しかったッス……テンション下げ下げッスよ」
「ご、ごめんっ」
この空気の読めなさ感もしょこらんの良いところなんだよ。
と、俺は心の中だけで言いつつも、ふと姉と目が合う。
「…………なんだよ?」
「なんでもないわよぉ~」
そう言う彼女の顔は俺の考えなんてお見通し――いや、もっと破廉恥な事を考えているのかもしれない、すごく嫌な『ニヤニヤ』としたニヤケ顔をしていたのだ。
俺は思わず文句を言おうと思ったが、その時、点滅していたシャンデリアの炎が煌々とした灯へと変化したのだった。
まだ、しばらく第六層の冒険が続きます。
どんなボスが出てくるんでしょうねぇ。




