第一章 悠久の塔 第六層 TRS OBTdate.3 その6
右側の通路を進む俺達は再び洋館の廊下っぽい通路を延々と進む。
そして、再び扉のある行き止まりに到着する。
「またベットリと油が付いた扉か……」
俺の呟きに「絶対に触りたくない」と、カレン、しょこらん、姉が声を揃えて反応する。
姉に至っては「味噌、犠牲になりなさい」と言いながら扉にミソスープを押し付けようとしている。
「ちょっ、姉様っ! ストップ! ストップ! 押してもダメッスよっ!」
「あんたの犠牲で全てが収まるなら、みんな納得するわ! さぁ、さっさと妖怪ヘドロンへとクラスチェンジよ!」
「いや、アレ燃えるっしょ!? ヘドロじゃないっしょ!? ってか、ヘドロンってなんッスか!?」
「ヘドロンよヘドロン、ヘドロのヘドロン! もう、まったく……似たようなモノじゃない、ドゥルドゥルのグチャグチャにベットリ、ベチョベチョして『クフフッ』とか気持ち悪い笑いでもすればいいのよ!」
「意味不明ッス!」
と、謎のやり取りを遠巻きに見ながら扉を観察する。
まぁ、どう見てもドゥルドゥルだな。
一応、多少は油のような黒い粘性の液体は付くだろうがドアノブ自体はドゥルドゥルになっていない。
俺は小さな溜息を吐いて、シャッハを見ると彼も気が付いているようでコクリと頷く。
そして、俺はドアノブをそっと回しドアを開ける。
「ちょっと愚弟ってば、何かってに開けてんのよ!」
「そうッスよ! 何やってんッスか!?」
姉とミソスープは謎の抗議をしていたが、素無視して皆で先へ進む。
進となると、キチンと付いてくるあたりは姉もミソスープもちゃんとしている。
「にしても、あの油みたいなのはなんなんッスかねぇ?」
「まぁ、嫌な予感しかしないわね。でも、第一層で粘性生物がボスだったわけでしょ? 別の階層で同じタイプのボスとか絶対に無いわよねぇ」
「それはまぁ、そうだろうなぁ」
「こういうグロイ感じのモノに連想する生物がボスってことじゃない?」
そう言ったのは後方警戒をしながら進むカレンだ。
「しかし、カレン殿、他のマップでこういった洋館というのは殆ど無かったと記憶してるで御座るが、該当する敵が思いつかないで御座る」
「確かに……強い○ッキーが出て来てボスとか?」
「さすがにさっき大ミッ○ーが出てきたところッスからねぇ。さすがに無いんじゃないッスか?」
「ここの運営の思考は基本斜め上だからなぁ、普通に考えるとだいたい痛い目をみる流れになるのは目に見えてるよ」
シャッハはそう言って扉を通って広いフロアに出たことを警戒する。
彼の言葉に対して皆は『だよな』と口々にいいつつも、周囲の警戒は怠らない。
新たに到達したフロアはエントランスより少し狭いくらいの場所でマップ上ではエントランスの正面奥にある扉と繋がっているようである。
フロアの様相は先ほどよりも薄暗く、陰鬱な雰囲気が漂う場所だ。
どこからか、水滴が落ちる音が聞こえてくるが薄暗い場所なので認識は出来ない。
ただ、床や様々なところに黒い粘性の液体が付着いるようで歩き進むごとにニチャリ、ニチャリと嫌な音と足元が重くなるような感触が伝わってくる。
「ミソスープが妖怪ヘドロンになっちまうな」
「シャッハまでそんなこと言う!?」
意外にもシャッハの中で妖怪ヘドロンはツボだったようでシャッハとミソスープはヘドロンネタで軽口を叩きあう。
そんなことをしながらフロア中央付近まで来た時に周囲を警戒していたカレンが魔物を見つける。
「○ッキーじゃない方のネズミがいるわね……数はちょっと分からないけど、結構いるかも」
カレンはそう言いながらスキルを使って発見した敵に番号を割り振っていく。
ネズミを視認したところ、Lv30台の雑魚で『沼ネズミ』と呼ばれる魔物系の敵だ。ただし、此奴も結構厄介な敵としての認識が一部のプレイヤーには存在する。
数体との戦闘であれば、基本的にまったく苦労することは無い。Lv帯の敵としても弱い方の敵としての認識が強い。
ただ、『沼ネズミ』タイプの敵はモンハウで混ざっている場合に限って、脅威となる。
ちなみにモンハウというのはモンスターハウスの略だ。
特定の条件下でポップする敵がプレイヤーに狩られることなく、大量に狭い場所に溜まってしまう現象のことを主にそういう。
このゲームにおいては魔物のポップ数が基本的に少ないので自然発生のモンハウは数えるほどしか発生する場所は無い。
よくある仕様だが、一定以上の敵に囲まれた場合、一定割合で防御力や回避補正にマイナス効果が付く――と、いったヤツだ。これによって、本来脅威にならない雑魚でさえも脅威となりうる数の暴力が発生する。
特に『沼ネズミ』系の魔物も状態異常系の攻撃を持っている。
ゲーム内、三大嫌な魔物大集合のモンハウイベントは死屍累々の最低なイベントだったことを思い出す。
あれは腐食粘性生物、毒沼ネズミ、刀剣蜘蛛が総勢100体以上、狭い部屋にあふれ出す中で2つのPTが対戦するという意味不明のイベントで魔物は一体一体を考えれば全く問題なくLv設定も20台だった。
しかし、防御力低下、耐性低下、回避マイナス補正が掛かればレベル上限に達しているプレイヤーでも簡単に轢殺されてしまう現象が発生する。
復活ポイントが設定されていたバトルマップだったからこそ、ゾンビアタックで魔物を処理しつつ、他のプレイヤーと戦うことが出来たのだが……あれは連携も作戦もあったもんじゃ無く、プレイする人数が一瞬でいなくなりイベント中なのに過疎る現象を発生させてしまうのはさすがクソゲーというところだろう。
「こいつはモンハウの罠ね……」
姉の言葉に全員が納得の声を上げる。
ネズミがワラワラと動くのに地面の黒い粘性の液体の上を通る音がヌチャヌチャと聞こえ、さらにネズミの鳴き声が多数聞こえてくるのはハッキリいって気分がいいモノではない。
「しょこらんを中心に展開、出来るだけ方向を絞って囲まれないように!」
攻撃性能も防御性能も最も低い彼女を守るように全員が動く、LP的な話をすれば俺のステの方が尖っているのでダメージを喰らえば俺の方が先に死ぬ――けど、それ分、PSは俺の方がはるかに上だから死ににくいってだけだ。
「後方壁展開! 左右罠頼む!」
俺としょこらんが後方に攻勢防壁を張る。
普通の壁でもよかったが、少しでもダメージを与えたりノックバック効果で散らしたりすることを考えると攻勢防壁の方がこういう場合は適しているのだ。
魔銃士の三人は素早く火炎爆薬や爆破系の設置罠を置き、ネズミの数を減らしていく。
戦士勢は正面側に集まってくる敵を必死に殲滅していく。
そして、俺は支援スキルを使用しながらふとフロア中央の天井に妙なモノを見つけてしまう。
妙にユラリと光る謎のシャンデリアだ。
俺がシャンデリアを見ていることに気が付いたしょこらんも視線を向ける。
「アレ……なんだろう?」
「正直、嫌な予感しかないんだけど……何かを知らせる為にあるのか?」
「ちょっと、あんた達ボーっとしてないで支援! 支援!」
ちょっとの間だったのに俺達の手が止まっていたことを姉に指摘される。
それからしばらくして、沼ネズミの猛攻を耐えたのだった。
「で、あんた達は何を見てたのよ?」
姉が不機嫌そうにやって来る。
「るかちさん、アレですよ。アレ!」
そう言ってしょこらんは怪しげなシャンデリアの方を指さす。
「あ、あれぇ?」
不思議な声を上げたのはしょこらんだ。
俺もシャンデリアの方を見ていたが思わず……すごく嫌な予感がする。
「何あれ?」
姉は不思議そうな声をあげるが、俺はそんなことを言っている場合じゃないと思い警戒を促す。
「アレはヤバい、たぶんだけどアレはWaveを示すランプだよ!」
そう、あの怪しげなシャンデリアには光がひとつ灯っていた。
今は二つ目の光が点滅している状態である――これは準備状態で点滅していると考えると完全に光った時に次の波がやって来る。
「ま、マジッスか!? まだ敵が湧くって……最悪ッスね」
「何Waveあるか分からないのがキツイ。余力をどれくらい残せばいいのか分からずに戦うのはマジ最悪だぜ?」
ミソスープもシャッハも愕然としている。
こんなにキツイ回数式の戦闘はバランス的にも問題だと――ここの運営にそういう常識を求めてはいけないんだった。
「クソ運営に文句いっても仕方がない、来るものは来る! 迎え撃つしかないって!」
「はぁ……もうぉ、敵が全然でないところから、今度はバカみたいに溢れ出すって本当に嫌な気分になるわね……せめて、3Waveくらいで抑えてくれると助かるんだけど」
「それもあまり期待したらダメだって、前のイベントでもやっただろ?」
「5回も6回もあったら集中力が持たないわよ? 前のイベントはリスポンがあったからゾンビアタックでなんとかなったけど、悠久の塔じゃリスポン無しの全滅した場合強制排出なんだから……」
「それでも、疑ってかかるくらいで丁度いいかなぁ……と、思うんだ」
「…………まぁ、そうかもね」
「納得してもらったところで、そろそろ始まりそうだ……」
シャンデリアの明かりがもうひとつ灯る――
周囲から嫌な音が聞こえてくる。
「ちょっと待って! 刀剣蜘蛛もいるわよ! 裂傷注意!」
カレンの声が響く。
刀剣蜘蛛の攻撃は斬撃系の弱体付与『裂傷』を持っている。
姉が使う刀での攻撃にも当然ついている効果なのだが、地味ながら『裂傷』はかなり痛い状態異常のひとつだ。
裂傷状態になると、一定時間経過する間に斬撃系の攻撃をどれくらい喰らったかによって効果が変わる状態異常で状況によればかすり傷しか受けていなくても大ダメージに変換されるということもある気をつけねば死んじゃう!? ってバッドステータスのひとつだ。
ちなみに運営は気が付いているのか分からないけれど、刀剣蜘蛛と沼ネズミの相性は超が付くほどに抜群だ。
特に毒沼ネズミの持つ毒はダメージ効果が薄い。しかし、速度低下の特殊付与があり、蜘蛛の攻撃成功率を飛躍的に上げ来る効果を持っている。
「あいつ等、絶対に何も考えてないに違いないわね……」
姉が苦笑しつつ呟く。
正直、あの手この手でユーザーが苦しんでいるのを見て楽しんでいるのではないかと疑うほどに悪意満ち溢れた仕掛けや敵配置にα2、β1、β2としてやられて来たのだ。
あの姉でさえ、嫌な顔をするゲームというのはなかなかに存在しない。
「とりあえず、なんとか乗り切るわよ……結局のところ喰らわなきゃどうってことないんだからっ!」
「なんッスか? ここでツンデレッスか?」
「味噌、しょーもないこと言う暇があれば敵の数を減らせ!」
と、姉は目を三角にして敵に突貫していく。
アコちゃん、シャッハも必死の形相でそれに追従する。
基本的に作戦は同じだけど、確実に敵の数が増えている……Wave方式の戦闘は後半Waveになればなるほど、敵の数、手数が増えていく。特に最終Waveには絶対に猛攻が存在しているに違いない。
次はモンハウで三大嫌な魔物の腐食粘性生物が追加されるのではと予想――いや、あいつ等が同じパターンの遊びをするとは思えない。
増えたら嫌な敵を想像しておくことがこの後の生死を分けるかもしれない……。
なんとか2Wave目を終え、次Waveの準備時間となる。
ちなみにアコちゃんが瀕死だったので<回復>で回復する、この状態でしょこらんのSPも残すところ半分といった感じだ。
このままの展開で行くとよりキツくなる戦闘に回復が追い付かない状態が発生するのが目に見えている。たとえオリジナルスキルを使って乗り切っても疲弊しすぎる気がするのだ……本当に意地の悪い運営だ。
「もうすぐ……次が来るわね。次で最後にして欲しいわ。まだマップの半分も埋めてないんだから、人員が減るのは本当に困る……って、しょこらんも愚弟もリザ使えるから二人が生き残ってたら、もしかして問題ないんじゃない?」
「ま、まぁ……確かにそうだけど、全滅するリスクを考えて無茶な突貫とかはやめて欲しいなぁ」
「愚弟、私が墜ちると思ってるの?」
「いいえ、まったく思っておりまぬ。人員が減るって言ってる時点で自分は生き残る前提で話してると思ってたから」
「ふふっ、さすが愚弟。よくわかってるわね」
「分かりたくないけどな」
「さぁ、次が始まるわよ! 全員、気合入れて殲滅するわよ!」
そして、シャンデリアに三つ目の明かりが灯る。
ドゥルドゥルですよ。
来週もがんばりましょうー




