第11話 「魔王様、要請を受ける」
前話のあらすじ:森の魔女を頼りました。
ダイ国の領土はラオ国からの申し出により、ザム国が総取りということに。
これにより、ドワーフ族の国家間の勢力図もがらりと変わることになり、ザム国が名実ともにドワーフ国の盟主へと。
統一国となったザム国のもと、ラオ国は傘下として名を残し、ダイ国は解体という形で名を消し、今回のドワーフ国における騒乱は終結することになる。
そしていま現在は、吸収した元ダイ国領の平定を穏便に進めると共に、統一王への戴冠式の準備を再開。
今度こそ、何の障害もないと思われたのだが……
………
……
…
「──そうか。プリメラ王女から、名指しで要請か」
携帯通信器へ喋り掛けると、聞こえてくるのは懐かしい声──妹のラーミアだ。
『最初はびっくりしましたわ。次期ドワーフ統一王から連絡があったときは、何事かと思いましたもの』
アルペンが精製している成長促進呪具はまだ完成しておらず、彼女の自宅にてまだ滞在していたところ、妹から緊急を要する連絡が来たというわけである。
その内容は、私を名指しで地下迷宮『レングルブ』の再攻略の要請。
何でも、迷宮の出入り口からロード種や上級種が出始め、しかも迷宮とは関係のない地点にて”穴”が出没し始めたことで、統一王の戴冠式を行う前に早急に対応しないといけいない事態になったらしい。
その”穴”からは今のところ下級種しか出て来ないようだが、これら”穴”からもロード種などが出始めてくると、さすがに被害が甚大になるのは目に見えていた。
そこでその対応策が、再び地下迷宮を封印するとの事らしかった。
「初代王に連なる者しか持てない武器──《神の槌》を持つことが出来るプリメラ王女が、自ら行くことになったというわけか」
ちなみに。
なぜプリメラ王女が妹へと連絡したかと言えば、単純に、私の持つ連絡機の波長を教えていないからだ。
これには理由があり、魔族国を通して魔王である妹を経由することで、魔族国との関係の強化を図る狙いがあったりする。
それとは別に、私をネタに各国の王同士が親しくなってくれれば、との思惑も。
『はい。別に、こっちから軍を派遣しても良かったんですけど、迷宮内って軍隊での行動よりも少数精鋭の方がいいみたいですし』
「確かにな。迷宮の通路は軍隊行動には向いていない」
『それと、プリメラ王女以外にもその《神の槌》を持てるグーボ王子は、陣頭指揮を執って被害拡大の防止に努めてるって仰ってましたわ。地下迷宮付近の巡回を増やして、穴が発見され次第、早急に対応するって』
「なるほど」
『──クスっ。本当は逆が良かったってプリメラ王女が愚痴ってました』
「王女らしいな」
リスクを考えれば、当然ながら地上に残る方が低い。
しかし次期統一王としての責任を果たすためにも、ここはプリメラ本人が動くしかなく、それがわかっているからこそ、愚痴を零すだけで、結局は本人が出向く事にしたのだろう。
ただ問題なのが、迷宮に残されたレングルブの下半身を封印した場合、《神の槌》をその場に置いて来なければならないことだろうか。
ドワーフ族の歴史に残るであろう戴冠式の時に、肝心要の王の証がないというのは、なんとも恰好がつかないと思うのだが……
(やむを得ない事態、というところか)
まあ、王の証がなくてもプリメラ王女の功績は自他ともに認められているだろうから、今更《神の槌》が手元になくても、彼女が統一王になることを否定する者はいないだろう。というか、本物じゃなくてもレプリカでもいいのかもしれない。
(大衆ってのは、実際の効果よりも外観を重視する傾向にあるしな)
経験談である。
私とて、かつては大衆の前に出る立場にいたのだ。
きっと今頃は、《神の槌》のレプリカが造られていることだろう。
『そういうわけで、一度一緒に最深部まで攻略したお姉さまに、ぜひとも手伝ってほしいってことらしいですわ』
「なるほどな。理解はしたが……私のいまの状態を知っているはずなんだけどな」
『え? お姉さまのいまの状態って、どういうことですの?』
「あ、いや別に。お前が気にするほどのもんじゃない」
『むう……もしかして、また何かトラブルに巻き込まれているのですの?』
「”また”とか、人聞きが悪いな」
『だって……』
「いま解決に向けて前進しているところだ。だから、お前がよけいな心配をする必要はないさ」
『……それならば、いいのですけれど』
不満そうに声をとがらせるものの、妹は一応の納得をしてくれたようである。
(携帯通信器で良かったな)
もしこれが相手の画像も映せるオーブ型だったならば、いまの私の状態は筒抜けとなっていたことだろう。
なぜ妹に知られたくないかと言えば、ただでさえ不慣れな魔王職で忙しい彼女に、これ以上心配事を増やしたくないからである。
それに、どうやらアルペンに任せておけば解決しそうなので、ならばわざわざ教えて妹を心配させる必要もないだろう。
「とりあえず、用件はわかった」
『では?』
「ああ、要請を受けよう」
『ありがとうございます。これで、少なくとも魔族国としての体面は保てますわ。ですけど……あまりご無理はなさらないでくださいね?』
「こういうのを想定して、私を自由に動き回らせているんだろう?」
『それはそうですけれど……』
「次期統一王に恩を売ることは、魔族国としても利益になるからな」
『でも、命の危険を感じられたら、すぐに逃げてくださいね。私は、魔族国の利益よりもお姉さまの御身のほうが大事ですから』
「その発言は、国を預かる者としては不適切だな」
『もう……意地悪を仰られないでください』
拗ねたような妹の声に、私は自然と苦笑する。
「ま、私だってまだ死にたくないからな。引き際は見極めるさ」
会話がひと段落したところで、ラーミアの声が弾んできた。
『あ! それと、私にとっては朗報があるんです!』
「朗報?」
『はい! 実は最近、あれからずっと引きこもってたマイアスが、私の政務を手伝ってくれるようになってくれたんですよ!』
「マイアスが? ……そうか、立ち直ってくれたんだな」
『……えっと。まだ、完全にはってわけじゃないですけれど。どうにも遠慮が見えるっていうか……でもでも! 最初の一歩を踏み出してくれたんです。だから私は、彼の完全復帰を信じてますの』
「そうか。良かったな、ラーミア」
『ええ! これで政務にもより一層励めるというものですわ』
希望に溢れる声に、姉としてもどことなくほっと一安心の気持ちである。
私としてもマイアスの事は気がかりだったのだが、進展があったようで何よりということだろう。
(マイアス……)
妹との婚約を認めるために鍛えてやり、妹の夫として認めた男。
私が全幅の信頼を置いた男であり、その信頼を裏切ってくれた男。
いまでも鮮明に思い出せてしまう……
もうとっくの昔に傷は癒えているのだが、彼に貫かれた腹がジクリと疼く。
恨みがないといえば嘘になるだろう(ものすごく痛かったのだから)。
だが、だからといっていつまでも憎いというわけでもなく、私はとっくに彼の所業を許してはいるのだ。
(お前がラーミアの補佐をしてくれるというのならば、これほど心強いことはないんだけどな)
もとより根が真面目な彼のこと。
きっと、今でも自分自身を責めているのだろう。
それでも、妹が言っていたように、一歩とはいえ前進してくれたのだ。
ならばいまの私は、妹と同じく、再び彼の事を信じるだけである──
※ ※ ※
「申し訳ありません。まだ完成には至ってないんです……」
「そうか。まあ、気にするな。それだけ難易度の高い精製なんだろうしな」
憔悴の色が濃いアルペンを労うと、ダミアンが心配そうな眼差しを向けてきた。
「いますぐ元に戻れないのでしたら、いまのクレアナード様の状態だと、迷宮攻略は難しいと思いますけど……」
「だからといって、プリメラ王女の要請を蹴るわけにもいかないだろう?」
「クレア様は責任感だけは、無駄に強い御方ですからね」
「無駄とか、お前なぁ」
「クレア様。私としても、ひとつだけ意見を。いまのクレア様の状態での攻略には賛成しかねる、とだけ述べておきます」
「アテナ……」
私の身を案じてくるふたりを嬉しく思うが、だからといって迷宮の活性化(?)は放置していい問題ではないだろう。
それにプリメラたちの戦力だけでは、最深部まで到達できるかは疑問と言えた。
私が知る限り。彼女たちの戦力はプリメラ当人と近衛に昇格していたザオームのふたりだけなのだから。
配下のドワーフ部隊が護衛でつくだろうが、不確定要素が多いダンジョンというのは、頭数が揃えばいいという話ではないのである。
「それに、考えなしで言っているわけじゃない。こっちには、迷宮の主であるレングルブがいるだろう? 蜘蛛魔獣だって、襲ってこないんじゃないか?」
そう述べて、巣で寝ていたところを呼び寄せたレングルブを見やる。
場にいる一同の視線が彼女に向けられるも、当の彼女は大きな欠伸をひとつ。
まだ眠たいのか少し不機嫌そうな彼女は、気だるげな声と口調だった。
「何か勘違いしているようだけどねぇ、生み出した魔獣は勝手に動いてるから、われにも制御はできないよ?」
「なに? そういうもんなのか?」
「考えてみ? 人間だって生んだ子供を自由には出来ないよねぇ?」
「そう言われてみればそうだが……」
思惑が外れてしまったことに、私は意気消沈。
しかしすぐに気を取り直して、疑問点があったので聞いてみる。
「迷宮が活性化している原因に心当たりはあるか?」
「さあ? 残してきた半身と共振出来ないのが、原因といえるかもねぇ」
「共振できなくなった……? なぜそうなっているんだ?」
「さあ? われに聞かれても知らないよ」
「そんな無責任な……」
「そもそもが。半身と切り離れるなんて真似自体、われにとっては初めてのことなんだ。何か不具合でもあったのかもしれんよ。ま、断定はできないけどねぇ」
肩をすくめてみせる。
初めてのことだからわからん、と言われてしまうと、こちらとしてもこれ以上は追及出来ないだろう。
半身と共振できなくなっているのが気になるが、当のレングルブが事態究明に面倒くさそうに些事を投げていることで、この場でこれ以上の問答は無意味らしい。
(自分自身のことなんだから、もっと真剣になってほしいもんだが)
これが、人間と魔物の価値観の違いなのかもしれなかった。
「やっぱり、いまのクレアナード様が行くのは危ないんじゃ……」
リスクがあまり軽減しないことが判明したことで、裏表なく私の身を本当に心配してくれるダミアンなれど、私としては内心で溜め息だった。
今後の魔族国とドワーフ国の関係性を考慮してということももちろんあるのだが、これはもう建前とかじゃなく、本音を言うしかないと判断したからだ。
「今回の事件に関係した身としては、最後まで見届けたいというか、立ち会いたいというか、そんな個人的な感情もあったりするんだ」
ここまで深く関わったというのに、肝心の終幕を見逃すなど、さすがにない。
今回のことで、幼女に退化した上に自我喪失の危険すらある状態まで陥っているのだから、たとえリスクがあったとしても、事の顛末くらいはこの目で確認したいと思っても、無理らしからぬことだろう。
でなければ、気持ちよくドワーフ国を後に出来ないというものである。
「なるほど。要は、クレア様の”我が儘”ということでしたか」
「アテナ、言い方……」
「事実ですよね? 私たちの忠告を蹴ってまで、我を通そうとするのですから」
「それは、まあそうだが……」
「主はクレア様なのです。そして私は仕える身。主の指示には従いましょう」
「棘のある言い方だな」
「一応、表面上は隠しますが、それでも棘が出てしまっても仕方ないかと」
「手厳しいな」
見慣れた無表情で見据えてくるアテナに、私は苦笑いを隠せない。
そんな私へと、表情を引き締めたダミアンがずいっと身を乗り出してきた。
「俺もアテナさんに同意ですけど、でも俺は、クレアナード様が行くところ、どこまでお供する覚悟です。そして、どんなことが起きても必ずお守りします!」
「ダミアン……すまないな、我が儘で」
「それがクレアナード様ですから」
「……そうか」
ダミアンの言葉は、フォローなのか非難しているのか、微妙にわからなかったので、私は曖昧な表現で応えるに留めることにした。
と、そこで口を開く者がいた。
事の成り行きを見ていたレアンだ。
「おし! そういうことなら、オレも参加しようじゃねぇか」
「レアン?」
「オレの戦力が加われば、そうそう下手なことにはならねぇだろ」
「それは在り難い申し出だが……」
思ってもいなかった彼女からの提案に私が戸惑っていると、姉の発言を受けたウルが手を挙げてきた。
「はいはーいー! じゃあ、あたしも一緒に行くよ!」
「クソガキ。てめぇは留守番だ」
ぴしゃりと言い放つレアン。
ウルは一瞬だけ凍り付いたあと、烈火のごとく憤慨してくる。
「なんでさー!? ずるいじゃんかお姉ちゃんばっかり! ずるいから! あたしもクレアとまた冒険したいよー!!!」
飛び掛かってくる妹を片手で制する姉は、はあっと大きく溜め息ひとつ。
「いまのクレアの状態を見てみ? 足手まといが増えれば、それだけリスクも増すってもんだ。そんくらい、わざわざ言われなくてもわかれっての」
「ぶー! あたしだってもう”獣化”出来るようになったんだよ! 足手まといじゃないもん!! あたしだってちゃんと戦えるもん!!!」
「バーカ。ただ”獣化”が出来ればいいってもんじゃねぇっての。ちゃんと使いこなせてこそ、意味があるんだよ。てめぇの”獣化”は、ただ暴れてるだけだ。良い様に振り回されてるだけだ。だからすぐ疲れるんだよ。少なくとも、オレにも”獣化”させるくらいまでにはならねぇと、てめぇの”獣化”は役に立たねぇんだよ」
「う゛ー…………反論できなんだけど………っ」
どうやらレアンの指摘は頭ではわかっていたようで、ウルは悔し気に唇をかみしめて、身を引いていた。
「しかし、レアン。本当にいいのか?」
「そう畏まるなって。いつぞやの借りを返すだけだぜ」
「借り……もしかして、バモンズの一件か?」
「ああ。あの時、オレが助かったのはアンタのおかげだしな」
「別に恩に着せるつもりはないんだが……」
「そういうなって。それにな、オレとしても、いつまでも恩人に借りを返せねぇってのは気持ち悪かったんだ」
「そうか。そういうことなら、喜んで助っ人を頼む」
「おう、任せとけ」
といった、そんないい感じの雰囲気を、ぶち壊す発言をしてくる者がいた。
「面倒事はごめんなんだ。おじさんは行かねーよ?」
空気が読めない魔獣使いだった。
私は、嘆息でもって彼に応えた。
「安心しろ。お前は、最初から頭数には入れてない。というか──」
ジロリと、無精髭が目立つ男を睨みあげる。
「ウルが残るから心配はしていないが。私たちがいない間、もしアルペンを泣かすような真似をしてみろ? 逃げても必ず見つけ出して──殺すからな」
鋭く釘をさしておくと、ランデの顔が明らかに引きつった。
「な、何をいうかと思えば。お、おじさん、こう見ても紳士なんだよ? 女の子が嫌がる真似なんて……」
「そうですよ、クレアナードさん。ランデさんは、優しい方なんですから、ね?」
「あ、ああ。そうだとも」
男性に免疫がないのかと心配になるが……
アルペンの純心な視線を受ける邪な男は、ついっと視線を逸らす。
……まあ、視線を逸らすだけの罪悪感は持ち合わせているということで、とりあえずは安心できるだろう。
(そうなった時は、本当に生かしては置かないけどな)
アルペンが害された場合、当然その場に居合わせるウルが抵抗するはずなので、ウルすらもが害されたということになるだろう。
そんなことを仕出かした日には、必ず見つけ出し、宣言通りに容赦なく殺す。
というかむしろ、私以上に激怒するであろうウルの姉の嗅覚が、決して逃がしはしないだろう。
「とにかく。命が欲しかったら下手な真似はするなよ」
「わ、わかってるさ。おじさんだって、命は惜しいさ」
表面上は飄々としていながらも、ごくりと生唾を呑み込むランデだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
クレアナードたちがプリメラ王女の要請に応え、アルペン宅から出ていった。
このことに、ほっと安堵していたのはタバコを咥えて見送ったランデである。
(やーれやれ。ようやっと居なくなったかい)
クレアナード──というよりも、彼女の従者である少年からの刺すような視線が、ずっと居心地が悪かった。
(なんでおじさん、あんなにも敵視されてるのかねぇ……)
接点は少ないはずだ。
思い当たる節があるとすれば……
(あー……もしかして。あの時のあれか?)
かつて同僚と共にクレアナードたちに立ちふさがった時の事。
あの時、彼女はザオームのキノコ攻撃を受けて半裸となっており、思わず下卑た視線を向けてしまったものである。
(あれは不可抗力だろう。目の前で美女が裸体を晒していたら、そりゃ健全な男だったら目を奪われるっての。──現に、あの少年だって見惚れてただろうに)
要するに、未成年者特有の我が儘ってところなのだろう。
要は、自分だけで独占したいと。
自分の独占感情を邪魔する者は、敵なのだと。
(若いねぇ……ま、おじさんにもそういう経験はあるから、年長者の余裕として許してあげなくもないけどねぇ。黒歴史ってやつかね)
くくくっと喉の奥を小さく鳴らす。
「じーーーーーーーっとーーーーーー………………」
「………………」
タバコの煙を吐き出したランデは、物陰からずっとこちらの様子を遠巻きに伺う狼少女に対して、気付かれないように一瞥。
(やれやれ。どうしたもんかねぇ)
思いっきり警戒されていた。
(おじさんから、アルペンちゃんを守れって言われてたしねぇ。とはいえ、ここまであからさまだとねぇ)
内心で苦笑い。
正直に言うと、ランデはアルペンにひと目惚れをしていたりする。
種族とか関係なく、それこそ本能で。
彼女との出会いは忘れもしない。
あのどんよりとした天気、そして雨が降り始めた頃だった……
──とまあ、回想はさておき。
そういうわけで、機会さえあれば、ぜひとも彼女をものにしたいと、こうして通っていたのだが……
(んー……まあ。この場には、半人前の彼女しかいないんだよねぇ)
ランデの魔獣使いの実力をもってすれば、無力化するなど造作もなかった。
いくらこの狼少女が希少能力である”獣化”を使えたとしても、これまでの彼女の姉との訓練を見る限り、まだ使いこなせてはいないので、彼女を無力化する方法などは幾重にも簡単に思いついてしまう。
頼りない番兵さえ倒してしまえば、後は非戦闘員である意中のヒトだけ──
……しかし。
一時の欲望のために、すべてを犠牲にするのは馬鹿げていた。
元最強魔王を敵に回すこともそうだし、何よりもこの狼少女の姉が危険だった。
狼族ということなので、その嗅覚はすさまじいことだろう。
どこへ逃げたところで、必ず見つけ出されてしまい──確実に殺される。
というか、そんな打算以上に……
(アルペンちゃん、ほんっとに無邪気なんだよなぁ)
相手を疑うことを知らないというか、無警戒すぎるのだ。
人族の国で酷い目にあったらしいが、普通ならばそれで人間不信になってもおかしくないだろうに、彼女はヒトを疑うということを知らないとばかりに、簡単にこちらを信じてくるのだ。
これでは、逆に毒気が抜かれるというものだった
(ま、下手な邪魔者がいないって考えればいいかねぇ)
小さなお目付け役は無視するとして。
下手なことはせず、邪魔者がいないので久しぶりともいえるアルペンとの穏やかな時間を、堪能することに気持ちを切り替えるのだった。
※ ※ ※
ドワーフ国のラオ国領内。
「ふんふんふーん♪」
森の中にて、ひとりのドワーフ族の少女が鼻歌を歌いながら山菜を摘んでいた。
日課の為に何の警戒もなく、慣れた様子で色取り取りの食材を採取していく。
「今日はいつも以上に採れたし、お隣さんにも分けてあげようかな~」
山菜摘みのドワーフ少女は楽し気に呟きながら、慣れ親しんでいる”安全な”森の中を進んでいく──
「あれ? 昨日、こんな広場あったっけ……? しかもおっきな穴……?」
ふいに開けた場所にて、大きな穴が出来ていた。
言葉通り、昨日まではなかったものである。
「なんだろ、このおっきな穴……」
おっかなびっくりで、その穴へと近づいていくと──
『ギギーーーー!』
「え……っ」
一体の蜘蛛型の魔獣が飛び出して来た。
下級魔獣だが一般人でしかない彼女が判別できるわけもなく。
単純にヒトに害成す魔獣という認識であり、人外の化け物の姿に恐怖で腰が抜けてしまい、その場にへなへなと座り込んでしまう。
「あ、あ、あ……」
『ギギーーーー!』
獲物と判断したのか、魔獣が少女へと飛び掛かっていく。
「きゃあああああああああああ!!!!」
尻もちをつく少女には、成す術などあるはずもなく──
次の瞬間。
宙に飛ぶは、哀れなドワーフ少女の肉片……ではなく。
重厚な銀光が閃くや、蜘蛛魔獣の体が豪快にぶった切られていた。
「え……?」
ぽかんとする少女の耳に、穏やかな男の声が聞こえてきた。
「たまには、道に迷ってみるものだな。ひとつの命を救うことが出来たのだしな」
「それはそうだけどさ。道に迷ったことを誇らないでよね?」
頑強な体躯の精悍な獣人──狼族の男と、彼の体に艶っぽく絡む緑髪の女性──精霊だった。
「わかっている。反省はする──それよりも、だ。君、大丈夫だったか?」
魔獣の血糊がつく大剣を手に持つ獣人にいきなり声をかけられたことで、非日常の光景を前にした少女は怯えてしまう。
「ひ……っ」
「ちょっと、レオ。そんな怖い顔ですごまないでよ」
「いや、別に怖がらせる意図はないのだが……」
やれやれとばかりに獣人の名前を口にした精霊は、ふわりと宙を舞うと、怯える少女を宥めるように視線を合わせてきた。
「ごめんね? 大丈夫?」
「せ、精霊……? もしかして……ゆうしゃなの?」
「そ。私はミゲル。彼がレオ。まあでも、勇者とはいっても今は冒険者だけどね」
ウインクひとつだった。
………
……
…
お礼を述べたドワーフ少女が来た道を小走りで戻っていく背を見送りながら、精霊──ミゲルがレオへと視線を向けた。
「やっぱり、蜘蛛が湧く”穴”が頻繁に出没してる噂、本当だったみたいね」
「そのようだな」
「これからどうする? たぶん、冒険者ギルドに行けばこの手の依頼がたくさん出てると思うけど」
「俺は金が欲しくで動いてるわけじゃない。困ってる者がいるならば、手を差し伸べたい。それだけだ」
「あのねぇ。先立つものがないのがずっと続くと、私たちが手を差し伸べられる側になっちゃうわよ?」
「むう……それでは本末転倒ではないか」
「そういうことよ。だから”穴”を塞ぐにしても、まずは冒険者ギルドで依頼を受けましょ。タダ働きよりも報酬をちゃんともらう方が、健全よ」
「わかった。だが……目の前のこの”穴”は、いま塞ぐのが最善だろう」
言うや否や、放った火炎球が”穴”の奥で爆裂し、轟音と共に”穴”が爆砕される。
「あーあ。タダ働き一号かな?」
「ミゲルよ……なんだか最近のお前、性格が少し変わった気がするのだが……」
「当たり前でしょ? 私がしっかり金銭面を押さえておかないと、金銭に頓着しない貴方のことだから、すぐに無一文になっちゃうでしょーが! 村にいた頃とは違うんだから、常にお金のことは掌握しておかないと」
「そうか……俺が不甲斐ないばかりに、苦労をかける」
「そ、そんなことないけどね! 私が好きでやってるわけだしさ!」
「お前が俺の相棒で、本当に良かったぞ」
「ちょ、真顔でそういうこと言うのは反則だから!」
顔を茹蛸のように真っ赤に染め上げたミゲルは、真摯な眼差しを向けてくるレオにそっぽを向くのだった。
獣人の勇者は放浪中です。




