第10話 「魔王様、森の魔女を頼る」
前話のあらすじ:呪われました。
ドワーフ精鋭部隊と別れ、混乱するダイ国国内を抜けて真っすぐに魔族国領へと向かう道すがら。
さすがに距離的なこともあり、まだダイ国内ではあったが、街道脇に馬車を停めて夜営することに。
久しぶりに私たちだけの夜営ということもあり、少しだけ寂しさも感じてしまう自分がいることに、少しだけ驚くとともに苦笑いである。
五月蠅いわけではなく和やかに賑やかだったので、そういう空気が嫌いではない私は、なんとなく感傷に耽ってしまったのだろう。
(気のいい奴らだったしな)
時折変な視線も感じたが、まあ気にする程のものでもなかったわけであり。
安堵感も感じているのは、誰一人として戦死者を出すことなく、無事にグーボ王子の元に返せたからだろう。
ちなみに、いまの私の服装はきちんと私の体に合ったものになっていたりする。
これは、合間合間の休憩中にアテナが、私を寸法して既存の服を利用して仕立て直してくれたからである。
出来たメイド──と褒めてやりたいところだが、図に乗るので止めておいたが。
………
……
…
そして時刻は夜半過ぎ。
各々が寝る準備をする中(レングルブは早々に眠りについていたが)、まだ精神世界に戻っていないアテナが静かに私の横に移動してきた。
「クレア様。就寝前は、ちゃんとトイレを済ませてくださいね。おねしょは恥ずかしいですよ?」
「誰がおねしょなんかするか!」
「おやおや。息巻いておいていざしてしまうと、さすがに笑えませんよ?」
「幼くなったとはいえ、中身は大人なんだ。今更、おねしょなんかするはず……」
だんだんと自信がなくなっていく。
心と体は別物であるがゆえに、もしかする可能性も否定できないわけであり。
思い出されるは、道中での出来事。
現状を確認する意味合いでダミアンと模擬試合をした時である。
魔法は弊害なく使えるのだが、短くなった手足はまるで言うことを聞いてくれず、体力すらもがすぐに尽きてしまうので下手に動くわけにもいかず、この身は本当にただの幼児なんだなと痛感させられたものだった。
「アテナ。いつものドーピング剤をくれ」
「いけません、クレア様。あれは大人が服用するものであって、幼児に飲ませる用のものではないので」
「そんな危険な代物だったのか?」
「成分は秘密ですが、幼児が服用するのは危険かと」
「まじか……」
「お腹を壊してしまうでしょう。下痢はしたくありませんよね?」
「……確かに」
「ああそうだ。オムツを着用すればどうにか……」
「勘弁してくれ」
そんなやり取りを交わしたものである。
「クレアナード様がオムツ……っ」
私のオムツ姿を想像したのか、頬を真っ赤にするダミアンが顔を押さえて視線を逸らすのだが……笑っているわけではないようなので、見なかったことにする。
笑われてないのであれば、いちいち指摘するもの面倒だったからである。
そしてさらに痛感させられたのが……
愛用の剣が重たくて持てなかったことだろうか。
ダミアンから借りた短剣ならば少し重たいが持てなくはないので、当面の私の武器はリーチが短いのが気になるが短剣ということになるだろう。
蒼雷を纏わせれば攻撃力は遜色ないわけだが、そもそもが、いまの状態の私が切った張ったの殺陣が出来るわけもないので、あくまでも護身用である。
元に戻るまでは、私の攻撃方法は後方からの魔法攻撃に限定されるだろう。
とまあそんなわけで、いまの幼児化した私は戦闘面でこれだけの不都合が出ているのだから、日常面でも同様のことが言えるかもしれないのである。
思考を思い出から現実へと戻した私は、コホンと咳払い。
「まあ……念のためにトイレを済ませておくのもいいだろう」
決して、おねしょの予防という意味合いではない。
人間としての当たり前の生理現象を、当たり前のように処理するだけなのだ。
「外はもう暗いです。付き添いましょうか?」
「アテナ、私を揶揄ってるな?」
「いえいえ、滅相もない。クレア様が粗相をしないかと心配なだけですよ」
「暗かろうが、トイレくらいひとりで出来る」
「さすがはクレア様」
「……面白がってるな?」
「いえいえ、滅相もない。ただ、これからの事も憂慮すると、早急にオムツを購入することを進言致します」
「オムツに拘るなぁ、お前」
「クレア様のオムツ姿など、レアですからね」
相変わらずアテナは無表情だが、その瞳の奥には新しい玩具を弄ぶような光が。
(早く元に戻らないと、揶揄いがエスカレートしては面倒だな)
やれやれとばかりに嘆息ひとつ。
そんな一方では。
「──っ。クレアナード様のオムツ姿……」
ダミアンが何かを堪えるように顔を押さえ、私に見えないように顔を背けているのだった。
※ ※ ※
森の魔女アルペン宅に着くと、馬車から降りたレングルブが目を輝かせながら周囲の木々を見回して来た。
「おぉ……これはまたなんとも……! 清々しい緑の匂い! 青々と茂る木々! 澄んだ空気! しかも餌が豊富! クレアナード! われはここが気に入ったぞ! あそこらへんなんかは巣を張るのに打ってつけじゃないかい!」
「ちょ、待て待て! 勝手に巣を張りに行くんじゃないっ」
瞬時にアラクネ状態に戻り、興奮気味でガサガサ移動しようとするレングルブを慌てて抑える。
彼女の体格はすでに元に戻っているので、幼女の私では抑えきれず、ずるずると引っ張られてしまう。
「むう……なんで止めるのかねぇ?」
「いやいや。ここにはれっきとした持ち主がいるから、ちゃんと許可を取らないといけないだろう」
「持ち主……ああ、言ってた魔女のことかい」
「というか、お前は魔物──魔獣? どっちに分類されるかわからないが、なんともないのか?」
魔獣除けの結界が張られているはずなので、少なからずレングルブにも影響があるはずなのだが……
「んー……確かに、体がちょっとピリピリするねぇ。ま、その程度かねぇ」
「そうなのか」
さすがは魔物といったところなのだろう。
まあ、アルペンにとっても、魔物などは想定外なのだろうが。
「クレアーー!」
元気良い声と共に住居から、ひとりの狼少女が飛び出してきた。
「匂いでわかったよ! ──って、あれれっ? え? え?? なんでクレアが縮んでるのさ?!」
不思議そうに目を見開く狼少女──ウルに続いて出てきた狼女性──レアンは、私を視認した後にやれやれとばかりに溜め息を吐いてくる。
「まーた何か、厄介事に巻き込まれてるみてぇだな」
「もしかして、それで私の家に来たんですか?」
少し驚きを含んでいる声でそう言って来たのは、ローブのフードを外している人族の女性──この一帯の持ち主であるアルペンだ。
「まあ、な。それよりも、お前たちも元気そうで何よりだ」
顔馴染たちが出迎えてきてくれたことに少し嬉しさを感じていると、そんな感情を台無しにするような、げんなりした男の声が。
「おいおい、マジかい……クレアって名前でまさかとは思ったんだよなぁ……」
無精髭がなんともだらしがない、魔族の男だった。
「クレアナード……元最強魔王様。まさかこんなところで再会するとはねぇ」
「……誰だ?」
見知らぬ男からげんなりされる謂れのない私が率直に誰何すると、その男は愕然とした表情に。
「え? ちょ、まさかおじさんのこと、忘れちゃったとか? うそだろ……」
「いや、そう言われても、記憶にないんだが」
「うそーん……」
信じられないとばかりに愕然とする男を胡乱げに見やる私へと、アテナが静かに指摘してきた。
「故ブレア氏の側近だった、魔獣使いのランデさんです」
「魔獣使いの……ランデ?」
「はい。ほら、以前にザオームさんと襲撃してきたのが、彼ですよ」
「ああー……そういえば、そんな奴もいたっけな」
そこまで言われて、ようやく思い出す。
そして思い出したところで、私の視線はますます胡乱げに。
「どうしてアルペンの家に、お前がいるんだ?」
「そりゃあもちろん、おじさんとアルペンちゃんがラブラブだからさ」
「違います。お得意様なんですよ、彼」
下心ありありで言ってくるランデの言葉を否定するアルペンは、拒絶や邪険にするという風でもなく、本当に純粋に事実ではない、というニュアンスだった。
「うそーん……」
「ふふふ。相変わらずご冗談がお好きなんですね、ランデさんは」
がっくりしたように項垂れるランデへと、純真無垢な微笑を向けるアルペン。
(まさか、そんな繋がりがあったなんてな)
内心で驚いていると、レングルブが進み出てきた。
「アンタがここの持ち主なんだってね?」
「ええ、そうですよ」
「悪いんだけどさ、われはここが気に入っちまってねぇ。あのあたりに巣を張ってもいいかい? もう張りたくて張りたくて、こんな衝動に駆られるのは初めてさ」
「巣……ですか。それは構いませんが、ひとつ条件があります」
「条件?」
「はい。アラクネ種の糸は、いろんな材料に使える万能素材なんです。でもなかなか入手が難しくて……ですから、少しばかり糸を分けて頂けるのでしたら」
「そんなことでいいのかい? われにとっては、朝飯前のことさ」
「本当ですか!? よかった……! まさかこんな簡単に、レア級素材のアラクネの糸が手に入るなんて!」
ぱあっと笑顔になるアルペンを傍らで見やるランデは、思わずといった様子で見惚れていたりする。
その様子から、もしかすると本当に彼女に好意を抱いているのかもしれない。
……まあとはいえ、鼻の下が伸びているあたり、下心満載のようだったが。
「んじゃま、われは失礼させてもらうよ」
持ち主から許可をもらったことで、レングルブが喜々とした様子で木々の間に巣を作り始める。
「えっと。とりあえず中へどうぞ。お話を伺いましょう」
家主に招待を受けた私たちは、レングルブを残して家の中へと。
………
……
…
「なるほど。確かに、これは”良くないもの”ですね」
状況を聞いた上で、テーブルの上に置いている欠片を調べるアルペンは、表情を険しくする。
「結論から言いますと、クレアナードさんの状態は非常にまずいです」
「まずい……とは?」
「咄嗟に魔法障壁を張ったのは、さすがの判断です。ですけども、あくまでも呪いの進行を緩めただけということです」
「緩める……?」
「はい。呪いの進行が止まったわけではなく、このまま何もしないと、時間経過でどんどん若返っていきます」
「なんだと……」
「いますぐというわけじゃないですけど、何かしらの対処をしないといけません」
「……アルペン、どうにか出来るか?」
「んー……目には目を、といったところでしょうか」
「どういう意味だ?」
「退化するのでしたら、逆に、早い速度で成長させればいいんです」
「成長、か……しかし普通に考えると、その方法は……」
人間としての機能を弄るのだから、それはもはや神の所業といえるわけであり、退化と同様に成長もまた、一種の呪いと言えるのではないだろうか。
アルペンは、こくりと頷いてきた。
「はい、ご指摘の通り、成長を促進させる方法もまた呪いです」
用途としては、老い先短い貴族なんかに密かに使用して、さっさと寿命を全うさせて遺産を相続するといったものであり、成長するとは寿命とイコールの関係なので、呪具扱いとなっているということだった。
貴族の間では割とポピュラーらしいことに、驚かされてしまうが。
「いま手元にありませんし、それにクレアナードさんの状態を見ると効果の強いものを精製しないといけないみたいですから、ちょっと時間がかかってしまうのが申し訳ないのですけれど……」
「そう畏まらないでくれ。急な来訪だったんだ。そちらの準備が何もないのだって当然だろう」
「そう言って頂けると、こちらとしても助かります」
恭しく私に頭を下げてきた彼女は、頭を上げると真っすぐに私を見てくる。
「成長促進呪具でうまく退化の呪いに上書き、もしくは打ち消せれば元に戻る──とまではいかないかもですけど、退化によって赤ちゃんに戻るなんて心配は、しなくてよくなると思います」
「そうか。手を煩わせて申し訳ないが……頼む。ちゃんと代金も支払うし、必要経費もこちらで持つ。遠慮なく言ってくれ」
「いえいえ、お代金は頂きません。クレアナードさんにはお世話になっているのですし。ですけど、さすがに必要経費のほうは……お願いします」
「ああ、わかった」
こうして私たちは、アルペンが新たな呪具を制作するまでの間、これといって行くアテもないのでこの場に留まることにした。
彼女の自宅で寝泊まりしてもと提案を受けたが、さすがに迷惑と思うので、広場に停めている自分の馬車で寝泊まりをすることに。
「やったぁ! これでしばらくは、クレアたちと一緒だね!」
「こらクソガキ。あんまはしゃぐな。気持ちはわかるけどよ」
素直に喜びを示して来る狼姉妹とは対照的に、事の成り行きを見ていたランデはしかめっ面である。
「おいおい……おじさんとしては、この場に居ずらくなったなぁ」
ダミアンからの隠すことのない敵意を受け続ける彼は、頬をポリポリと掻く。
なぜダミアンが彼を敵視するのかはいまいちわからなかったが、まあ私には関係ないことだしこの魔獣使いがどうなろうが知ったことじゃないので、関与しないことにするのだった。
※ ※ ※
アルペン宅に滞在するようになって早数日。
思いの外、アルペンの作業は苦戦しているようだった。
やはり、退化の呪いを打ち消す──もしくは上書きするほどの強い効果を持つ呪具の精製は簡単ではないらしく、アルペンは制作室にこもりっきり状態に。
時折アテナが飲み物や軽食を持っていき、彼女の健康管理もしているために、缶詰め状態になっているとはいっても、そこまで心配する必要はないだろう。
「ふしゅー!!!」
「踏み込みが甘いっての!」
広場にて、狼姉妹が日課らしい訓練を行っていた。
どうやらウルは任意で”獣化”が出来るようになっており、以前とはくらべものにならないほどに成長を見せていた。
とはいえ、そんな彼女を相手にレアンは素の状態のままで相対しており、余裕すら感じられることから、姉妹の実力差はなかなか埋まっていない様子だった。
「…………」
そんな光景をぼーっと眺める私は、これといってやることがなかった。
幼女となった私がどれほどのものかと狼姉妹から模擬試合の誘いを受けたが、当然ながら即拒否である。
やるまでもなく、結果はわかりきっていたからだ。
被虐趣味があれば別だろうが……生憎と、私にそんな性癖はないのである。
手持無沙汰の私は、周囲へと視線を飛ばす。
(レングルブは……気持ちよさそうだな)
彼女は自作の巣の中にて、心地よさそうに昼寝中。
立体的な巣は、まるでハンモックのようである。
(アテナは昼食の準備中だし……)
アルペン宅の台所を借りて料理をしており、開けられている窓からは空腹を誘う香ばしい匂いが。
あの魔獣使いは、私たち(主にダミアン)がいるせいでやはり居心地が悪いのか、ちょくちょくどこかへと消えており、しかし気づけばいつの間にか戻ってきており、飽きることなくアルペンへのアタックを諦めてはいない様子。
当のアルペンはまるで気づいておらず、しかも今は成長促進呪具の制作に傾注しているので、ランデの直接的なアタックはその全てが無駄骨となっていた。
「──なあ、ダミアン」
暇つぶしも兼ねて私は、傍らに座るダミアンへと話かけた。
「はい? なんでしょうか、クレアナード様」
「お前も身体が鈍って仕方ないだろう? 私に気兼ねなく、ウルやレアンと模擬試合でもしたらどうなんだ?」
「いやいや、俺は別になんともないですから。それよりも、いくら結界で守られてるここでも何が起きるかわからないですから、何があってもいいようにクレアナード様の近くにいないと」
「ダミアン……」
「お気遣いありがとうございます。ですけど、俺は危惧しているんです。あの魔獣使いが、血迷ってクレアナード様に”また”害を加えないとも限らないですし」
むしろ、彼の発言の本音はそこにあるのだろう。
ダミアンは、とことんランデを敵視しているのである。
「ダミアン。どうしてそこまで、あの男を敵視するんだ?」
「え……っと。その、個人的な理由です」
「……そうか。まあ、あまり気を張り過ぎるなよ」
何やら言いよどむ彼の態度から、言いたくないのだろうと察した私はあえて追及はしない。
暇つぶしなのだからしつこく聞いても良かったのだが、暇だからと他人のプライバシーに土足で踏み入っていい訳がないからだ。
「オラッ!」
「ふにゃああああっ!?」
レアンの裂帛の一撃が決まり、直撃したウルがこちらに吹き飛んできた。
ゴロゴロと転がった彼女は私の目の前まで来ると、猫のような身軽さで体勢を直し、ダメージが皆無の様子でじーっと私を見つめてくる。
「ん? どうかしたか?」
「いやぁ……ほんと、クレアって小っちゃくなっちゃったぁって思って。あ! でも悪い意味じゃないよ! 可愛くなったよ!」
「……褒められても、あまり嬉しくないんだが」
「えー? そうなの? あたしは”可愛い”って言われたら、すっごく嬉しいよ?」
「私の実年齢を考えてくれ……」
「クレアっていくつなの?」
「……秘密だ」
「えーっ!? それじゃわかんないよーっ」
「クレアナード様……さすがにそれはあんまりじゃ……」
両目を見開くウルとボソッと呟くダミアンを前に、しかし私は視線を逸らす。
人前では、あまり年齢を言いたくない……女性の真理と思ってほしい。
「オラ! クソガキ!! いつまでサボってやがる! 早くこっちこいや!」
「ちょっと休憩しようよぉ」
「甘えたこと言ってんじゃねぇぞコラ!?」
「ひいっ……ってことで、ダミアンくん! バトンタッチね!」
「え?」
「お姉ちゃん! ダミアンくんが相手してほしいってさ!」
一方的に言い放ってダミアンの手を勝手に取ったウルは、身を翻して家の中へと逃げるように(逃げたのだろうが)駆けこんでいく。
「えっと……」
「へぇ……オレに相手してほしいってか。いいぜ、来いよ」
「いやいやいや。俺は別にそんなことは……」
「クレアナードの側近の力、見せてもらおうじゃねぇか」
「ちょ、そんな戦闘態勢に入られても……クレアナード様、助け──」
「レアン! 私のダミアンは強いぞ? 最初から”獣化”をお勧めしておく」
「ちょ!? クレアナード様!?!」
思いがけない私の発言にダミアンが両目を見開き、それを受けたレアンが肉食獣のような笑みへと。
「そうかい……こりゃあ久しぶりに愉しめそうじゃねぇか。ぶっちゃけよ、クソガキ相手でいっつも不完全燃焼で溜まってたんだよ」
ゆっくりと”獣化”を果たしたレアンが、凶悪な笑みを向けてくる。
「オレを愉しませてくれよ?」
「えー……俺、何も言ってないんですけど……」
「頑張れ、ダミアン」
「マジですか……」
完全にやる気モードになっているレアンには、もはや何を言っても無駄だと観念したのか、ダミアンは不承不承といった感じで戦闘態勢に。
(悪いな、ダミアン。私も暇なんだ。付き合ってくれ)
暇を持て余す私は、完全に観戦者と化していた。
これでダミアンの成長も確認できるし、レアンの強さも確認できるので、まさに一石二鳥だろう。
「鬼畜だねぇ、クレアナード氏は。おじさん、ゾクゾクしてくるよ」
「……来てたのか」
「嘆息交じりで言わないでほしいなぁ」
いつの間にか、私の横には身なりにだらしない男が佇んでいた。
「おじさんに裸を見せてくれた仲だろう?」
「誤解を招く言い方は止めてほしいな」
私は顔をしかめた。
タバコを吸うランデが、煙を吐き出したからだ。
とはいえ、私の彼に対す反応はそれだけだ。
ダミアンは彼を警戒しているようだが、私としてはそれほど危険視はしていなかったりする。
彼にとって私を害するメリットが、何もないからである。
なので、むしろダミアンがなぜそこまで彼を敵視するかのほうが疑問だったが。
(ま。ヒトには相性の良い悪いがあるしな)
きっと、ダミアンにとってランデという男は生理的に受け付けないのだろう。
そう結論づけてこの問題を終わりにした私は、同じく観戦者となっていたランデを一瞥後、もう彼に興味ないとばかりに視線を戦闘を開始したふたりへと。
「よそ見する暇があるってかっ!」
「───くっ」
ランデの存在に気が付いたダミアンが気が気じゃない様子を見せると、その隙を逃さないレアンが猛撃を叩き込んでくる。
さすがに猛獣と化している彼女に背中を見せられないと即断したダミアンは、やむなく彼女の迎撃を優先したようで。
「いつまでも──」
「調子に乗るなってかっ? ハッ! だったらオレを止めてみろやァ!」
ふたりは息も吐かせぬ肉迫戦を繰り広げていく。
”獣化”によってパワーとスピードが跳ね上がったレアン。
スピード特化のダミアン。
これは、なかなか見ごたえのある戦いが期待できることだろう。
「ダミアン、頑張れよー」
呑気な声で声援を送る私。
「お姉ちゃんに一泡吹かせちゃえー」
こそっと顔半分だけ覗かせているウルが、なんとも可愛らしく。
とまあ、そんなこんなで。
私は久しぶりに、退屈過ぎる日々を過ごすのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「楽な仕事だよなー」
地下迷宮『レングルブ』の出入り口の一角にて、冒険者のひとりが呟いていた。
それに同意を示すのも、また同じ冒険者たち。
「だな。わざわざ迷宮に潜らないでも、向こうから獲物が出てきてくれるんだし」
「そうそう、それね。潜らないでいい分、リスクが低くて助かるわ」
「こんだけ同業者がいっぱいいるんだし、何かあっても他のメンツが助けてくれるだろうしな」
「そうですね。まあ、取り分が減ってしまいますけど、命と天秤にすればって話ですし、贅沢は言えないですしねぇ」
彼らが呑気に話す一方では、別の冒険者パーティが迷宮から出てきた蜘蛛魔獣を袋叩きにしているところだった。
他の冒険者たちは自前のテントで休んでいるか、食事の最中、仲間内での雑談など、各々好き勝手にやっており、和やかな雰囲気だった。
これは、この場にて待機する冒険者たちは協定を結んでいるので、順番待ちというわけである。
「そういえば、戦争も終わるみたいですよね」
「ああ、ドワーフ族の戦争な。ってかよ、意外だったよな? 土着信仰はどこいったんだよって感じだぜ」
「戦争吹っかけたダイ国が敗北とか、笑えるけどね」
「でもなんか、ラオ国も介入してザム国に加担したって聞きましたよ?」
「どういうことなんだ?」
「ま、なんでもいーべ。俺ら冒険者には、関係のない話なんだしよ」
風来坊である冒険者にとっては、まさに他人事なのである。
と、そんな時だった。
出入り口付近が、にわかにざわつきだした。
「ん? また別の得物が出てきたのか……?」
緊張感の欠片もない声でそう呟いた次の瞬間、聞こえてくるは咆哮だった。
『ギギィィイイイイイイィイイ!』
赤道色の巨大な蜘蛛──クモ・ロードの後ろからは、数体の上級蜘蛛が奇声を発しながら飛び出して来る。
それに追随するように、中級種がわらわらと。
これまでは下級種、たまに中級種が出てくる程度だったので、その場にいる冒険者たちは驚きで目を見張る。
「馬鹿な!!? ロード種だと!?」
「上級種までいるぞ!!」
「今までの雑魚じゃないぞこいつら!!!」
「寝ている奴は叩き起こせ! 全員でかからないとヤバいぞ!!!!!!」
緩んだ空気は一転して、騒然となるのだった。
異変が起き始めたようです。




