表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者を討伐した魔王様は魔力を封じられた為に解雇される。  作者: 吉樹
第7章 『ドワーフ国編②』
89/100

第6話 「魔王様、襲撃する②」

前話のあらすじ:輜重部隊にゲリラ戦を仕掛けました。

「あの、やっぱり俺がひとりで……」



 ダミアンが、私の身を案じて提案してくる。


 時刻は真夜中であり、場所は何もない平原。 

 夜闇に乗じて身を伏せる私たちの前方では、大軍が夜営中だった。


 多くのドワーフたちがそれぞれの目的で行き来しており。

 中には完全武装したドワーフたちが周囲に警戒を払っていたが、アテナの影術を駆使する私たちを発見する素振りは皆無。


 夜の暗闇と影術でここまで近づけたわけだが、無数の魔法の明かりが煌々と陣営を照らしているので、さすがにこれ以上近づけば気づかれてしまうだろう。



こういうの(潜入と破壊工作)は俺の得意分野ですし、クレアナード様がリスクを負うことは……」

「ダミアン」



 言い募ろうとしてくる彼の言葉を、私はやんわりと遮る。



「私の性格は知っているだろう? お前ひとりにリスクを負わせ、命じた私が安穏とした場所で待機など、するはずがない。私たちが可能な限り陽動をするから、お前はその隙に兵糧庫を焼き払ってくれ」

「クレアナード様……」

「ダミアンさん、クレア様の頑固さは今更でしょう?」

「……ですね。なんていうか、クレアナード様らしいです」



 淡々としたアテナの言葉を受けて、ダミアンは苦笑い。


 ちなみに、私配下のドワーフ部隊には安全圏にて待機を命じており、この場には連れては来ていない。

 この作戦に必要なのは集団による戦闘力ではなく、個による機敏性だからだ。

 事が済めば早々に撤退予定なので、攻撃力はあるが機敏性に劣る彼らでは下手をすれば逃げ遅れて犠牲者が出てしまうかもしれないので、追従を申し出てくる彼らには厳重に待機命令を下していたのである。



「レングルブ、いいか?」

「あいよ」



 事前に話をしていたので、私の言葉を受けた彼女がアラクネ状態に姿を戻す。

 その背中に私とアテナが乗ると、レングルブはやれやれと溜め息を吐いてきた。



「われを馬扱いとはねぇ」

「8本も脚があるんだ。機動力には自信があるだろう?」

「くくく。舐めてもらっては困るねぇ。馬なんか目じゃないよ」

「頼りにしてる」

「命は預けましたよ、レングルブさん」

「われとて、今さら無駄死にはしたくないからねぇ」



 そう述べるレングルブは、ドワーフ達から借りたふたつの盾を両手に装備する。

 


「われはあくまでも突貫するだけでいいんだね?」

「ああ。攻撃や防御は私やアテナで担当する。とにかくお前は、取り囲まれないように動き回ってくれ」

「あいよ」

「兵糧庫から火が上がり次第、私たちは徹底する。だからダミアン、お前も混乱に乗じてうまく離脱してくれ」

「ご心配なく。混乱に乗じるのは、密偵の十八番ですから」



 力強く頷いてくるダミアンが、なんとも心強い。



「──よし。いくぞ!」



 こうして私たちは、ダイ国主力軍の兵糧庫を落とすべく、行動を開始する──




 ※ ※ ※




「ん? なにか突っ込んでくるぞ……?」

「なんだあれは……」

「蒼い雷を帯びた……アラクネ?」



 周囲を警戒するドワーフ戦士たちが、私たちの接近に気が付いて胡乱げになる。

 そして、私たちが突進の勢いを緩めないことに警戒心をあらわにした。



「て、敵……なのか?」

「敵襲! 敵襲だ──!!」

「あいつらを本陣に近づけるな!」



 けたたましい警笛音が鳴り響き、武器を構えだすドワーフ戦士たち。

 それに伴い、にわかに騒ぎが大きくなり始める本陣。



「くくく! 妙な感覚だけど、身体が別人みたいに軽い! 悪くはないねぇ!」



 私の蒼雷を全身に纏うレングルブは、突進しざまにドワーフたちを弾き飛ばす。

 その背に乗る私と影の手で繋がり後ろ向きに座るアテナが、影術で周囲のドワーフたちを翻弄しながら感心してきた。



「蒼雷に触れる私たち(私とクレア様)に影響がないのは、さすがはクレア様ですね」

「その程度の調整くらい造作もないさ」



 狙いを定めず手あたり次第に火炎球をぶち込み、様々な用途で建てられているであろう多くのテントを爆砕していく。


 火の手は瞬く間に広がっていき、ドワーフたちは消火作業に追われて右往左往。


 とはいえ、ここは敵の本陣なので数は圧倒的にあちらが上のために、消火作業以外にも簡単に人員を割けるようで、暴れ回る私たちへと瞬く間に多くの敵兵が押し寄せてくる。


 いくら機動力に優れているレングルブとはいえ、進路と退路を物量で塞がれてしまうと身動きがとれなくなってしまうが──




『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』




 重厚な咆哮を轟かせるは、指輪の能力を発動して顕現させた火炎竜。

 圧倒的な火力でもってドワーフたちを呑み込んでいき、縦横無尽に炎の洗礼を大判振る舞い。

 必死の形相でドワーフたちが懸命に攻撃を叩き込むものの炎の体には何の効果もなく、逆に猛火の返り討ちにあっており、もはやその場は火炎竜の独壇場だった。


 ちなみに。

 火炎竜で直接兵糧庫を狙わないのは、射程距離が影響していたりする。

 要するに、この場所からでは届かないのだ。

 潜入が得意な密偵でもない限りは、私では兵糧庫近くまで行くことはできず。

 だから出来ることと言えば、こうやって盛大な陽動というわけである。


 


『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』




 思う存分暴れ回った火炎竜がひと際大きな咆哮を上げ、その身を爆散させる。

 顕現時間にも限界があるからだ。

 盛大な爆炎がばらまかれ、爆風がすべてを吹き飛ばし、ダイ国主力軍の本陣の一角を好き勝手に蹂躙。


 爆発の衝撃をアテナの影術で防いでいた私たちは、すぐに陽動を再開。

 蒼雷纏うレングルブの機動力を生かし、アテナの影術のフォローのもと、私の攻撃魔法で現場を混乱の渦へと叩き込んでいく。



「なんなんだいったい……」

「わけがわからん……っ」

「くそ! それでもなんとかしないと……」

「消化を急げ! いや、襲撃者の殲滅を─」

「どっちを優先させればいいんだ!?」



 このような経験をしたことがないであろうドワーフたちが、満身創痍と驚天動地の面持ちで困惑していた。

 未曾有の事態を前に当惑する敵兵を前に、しかし私たちは一切の手を緩めない。

 数では圧倒的に敵が上回っているので、冷静さを取り戻されてしまうと、圧倒的な物量差で簡単に押し切られてしまうからだ。

 


「時間の許す限り暴れまくるぞ!」

「くくく! なかなか面白いじゃないか!」

「私は生きた心地がしませんけどね」



 蒼雷纏うレングルブの体当たり。

 アテナの影術による援護と妨害。

 そして私の攻撃魔法。


 正直言って、私の攻撃魔法(下級魔法)だと火炎竜ほどの効果は見込めないのだが、目的は敵の殲滅ではなくかく乱なので、その意味合いならば十分に効果は得られていた。


 火炎竜による甚大な被害&多くのテントの火災。

 そこに加えて敵地の一角で好き勝手に暴れ回る私たち。


 あくまで一角だからこそ、私たちの独壇場と言えるわけであり。

 もしこの場に他の区画から増援なり援軍が続々と寄越されてしまうと、たちまち私たちは窮地に立たされることだろう。



(ダミアン……まだか)



 蒼雷を纏うことで突進力が増しているレングルブを駆り、敵地を走り回りながら攻撃魔法を放ち続ける私の魔力は、言うまでもなく消費が激しかった。


 敵の本陣なだけあり、敵の数はキリがなかったからだ。


 レングルブとて脚を止めることはなかったが、次第にその顔には疲労の色が。

 アテナとて消耗は隠せない様子で、影術の操作にも陰りが出始めてしまう。



「──とった!!!」

「ぐう……っ」



 横手からの槌を回避し損ない、レングルブの前足1本ががへし折られてしまう。

 それでも転倒だけは堪えてくれたので、身を投げ出されることは回避できた私は抜剣するや、騎乗した状態でそのドワーフを即座に切り倒す。



「大丈夫か! レングルブ!」

「っう……ま、まあ、1本くらいならねぇ」

「とはいえ、クレア様。さすがにこれ以上は……」



 一時的に動きが止まった私たちへと押し寄せる敵兵へと影術で応戦するアテナは、無表情ながらも額から汗を流し始めていた。

 そしてさらには。

 数に差があり過ぎる為に、影術を搔い潜ってきた敵兵が押し寄せてくる──



 ドォォォォン!



 私が()()()()()()()()にて、盛大な爆発音が上がり。

 爆炎と爆煙が夜空へと立ち昇っていく。

 続く様に爆音が連鎖していき、夜空が真っ赤に染まっていった。


 私たちに押し寄せてきていた敵たちから、動揺の気配。

 爆発の方角から、彼らも何が起きたのか理解したのだろう。



「おい、あっちって確か……」

「兵糧庫だろ……」

「まさか……」



 顔色を青ざめる敵たちとは対照的に、私は安堵の吐息をひとつ。



「どうにか間に合ったか」

「クレアナード。われのこの脚を斬ってくれ」

「なに……いいのか?」

「斬られたら痛いが、あとで再生するしねぇ。だから今は、動かないこの脚は邪魔なだけなんだよ」

「……わかった」



 悠長に問答する時間もないので、言われた通りに彼女の動かない脚を切断。

 レングルブは苦痛に顔を歪めた。



「──っう……再生するとはわかってても、キクねぇ……」

「すまん、大丈夫……か?」

「気にするでないよ。われが言い出したことだしねぇ」



 私たちを取り囲むドワーフたちは明らかに動転しており、どうしたものかと顔を見合わせるのみであり。

 


「それでクレア様。どうしますか?」

「ダミアンが逃げ切れるようここで適度に陽動してから、私たちも撤退だ」

「あいよ」

「ショタの面倒を見るのは、年上の務めですしね」

「アテナ、言い方──まあ、いいが」



 私達の襲撃や燃え盛る兵糧庫の消火活動により、ダイ国軍の本陣は混乱の渦へ。



「兵糧庫が……っ」

「飛び火して居住テントに……っ」

「ぶ、武器庫にも火が……火薬に引火するぞ!?」

「さっさと火を消せーー!!!」

「侵入者も逃がすなーっ!」

「消火が優先だろ!」

「俺らはどう動けばいいんだ!?!」

「早く指示をくれ!!!」



 困惑や動揺、動転や狼狽で右往左往するドワーフたち。


 その中を駆け抜けるレングルブは、脚1本がないものの機動性に遜色はなく。

 見れば傷口もすでに塞がっており、出血多量で意識が混濁する心配はないようだった。とはいえ、さすがに口数は少なくなっていたが。



(さすが魔物だな……)



 私も感心するばかりじゃなく、蒼雷刃や攻撃魔法で周囲の敵を翻弄しており。

 背を預けているアテナも、混乱に乗じて影術でやりたい放題していたりする。


 そして──



「よし! 頃合いだな」



 適当に時間稼ぎをした後、私たちは即座に撤退する。

 すぐに報復の意味合いもある追撃部隊が放たれてくるのだが、やはり状況が状況ということもあってか急造だったようで少数であり、待機して罠を張っていた私配下のドワーフ部隊と連携して、返り討ちにするのだった。




 ※ ※ ※




「ダミアン! すぐに傷を見せろ!」



 合流したダミアンは傷だらけであり、今なお出血も見受けられたので、私は慌てて彼を抱き寄せて傷の治療を開始する。



「すまない……無理をさせ過ぎたようだな」

「いえいえ! これは俺の未熟です! クレアナード様の作戦は完璧でした!」



 私に治療されながら力説するダミアンは、なぜか頬が赤かった。

 きっと、傷が痛いのだろう。

 傷つきながらも私をフォローしてくる健気な姿に、心打たれる思いである。



「ふむ。さすがに、もう追撃部隊は来ていないようですね」



 先程全滅させた敵の追撃部隊を埋葬する私配下のドワーフたちを見やりながら、アテナがやれやれとばかりに溜め息を吐いてきた。



「魔力を消費しすぎました。クレア様、あとで食事(魔力)を頂きたいのですが」

「……わかった。お前にも無理をさせたしな」



 かくいう私とて消耗しているので、アテナに魔力を提供したら間違いなく、魔力不足が原因の昏倒をすることだろう。

 とはいえ、精霊である彼女にとって魔力は生命線なので、枯渇させるわけにもいかないだろう。



(寝るのは好きだが昏倒ってのはあまり好きじゃないんだが……仕方ないか)



 内心で自分を納得させつつ、ダミアンの治療を終えた私はレングルブのもとへ。

 彼女は失った脚の切断面を撫でており、近づく私に気付くと顔を向けてきた。



「ん? なんだい?」

「その脚は、すぐに再生できるのか?」

「魔物時代だったらねぇ。ま、いまの状態だと、数日は掛かるだろうねぇ」

「数日か……」

「そんな顔をするでないよ。切れと言ったのはわれなんだ。気にしなくていい」



 気楽に肩をすくめてくるレングルブに、私も少しは気が楽になる。



「クレアナード様。兵糧を失ったダイ国軍は、どう動いてくるんでしょうか?」

「んー……そうだな。もはや、撤退しかないとは思うが……」



 戦の要ともいえる兵糧を失った現状、兵たちの士気は激減することだろう。

 これ以上の戦闘は悪戯に兵に犠牲が出るだけなので、私が指揮官ならば撤退を選択するだろう。

 そして本国に撤退するならば、邪魔をするつもりはないのだが……



「もしこのまま強引に進軍するならば、ダメ押し(さらなる襲撃)をしなくてはならないだろうな」



 出来ればこれ以上不毛な戦争に関わりたくはないが、プリメラ王女に加担すると決めた以上は、その選択をした責任は最後までとらないといけないだろう。



(ハルゼス王子……お前はどう出る)



 兵の犠牲を抑えるために勇気ある撤退をするか。

 または犠牲覚悟で無謀な進撃するか。

 


(……後者、なのだろうな)



 今さら後には引けないだろう。

 非難覚悟で三か国協議を反故にしたのだから、結果を出さねばダイ国に待っているのは破滅だろう。


 なので。

 来たるべく戦に備え、私は仲間たちや配下のドワーフたちに休息を命じる。


 ドワーフたちが竜車に戻るなど、皆が思い思いのことをし始める中、何やら居住まいを正してきたアテナが静かに近づいてくる。

 



「クレア様。そろそろご飯(魔力)を良いですか?」

「……わかった。私たちも馬車へ行こう」



 寝る準備を終えて後、アテナに魔力を奪われた私は案の定、猛烈な睡魔に襲われて昏倒するのだった……




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※




 夜闇に乗じるは、黒装束に身を包むダミアン。

 彼は、いくつもある簡易テントの影を利用して移動しており、巡回するドワーフたちはまるで気づく様子がなかった。



(やっぱりクレアナード様はすごい……)



 この陣容は初見のはずなのに、的確に兵糧庫の位置を予測していたからだ。

 とはいえ、すぐ目の前にある兵糧庫へと続く影がないために、ダミアンはその場の影に身を潜めながら、”時”を待つ。


 やがて──




『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』




 重厚な咆哮。

 夜空が真っ赤に染まるや、たちまちその辺一帯が騒然となる。


 兵糧庫の警備も思わずといった様子で手薄になり、その隙を逃さないダミアンは瞬時に兵糧庫のテント内へと滑り込む。


 食料品が山と積まれている室内に、ごくりと生唾を飲んでしまうものの……

 かぶりを振った彼は、携帯する道具袋から火薬を取り出した。



「もったいないけど……仕方ない、か」



 簡易式の時限装置を仕掛け、別の兵糧庫へと移動。

 同じようなことを何度も繰り返すのだが──



「お前! そこで何をしている!?」

「──っ──あ……」



 予測していなかった背後からの突然の誰何。

 ビクッと驚いた拍子に、ダミアンは手元の火薬をポロッと落としてしまい……


 爆裂。


 飛び火して他のテントも燃え上がり、仕掛けていた爆薬に引火して大爆発。

 爆発が連鎖していき、もはや収拾がつかなくなってしまう。


 願ってもない状況と言えなくもなかったが、それはあくまでも自分の安全を確保した上でのことであり。



「っう……ミスった……っ」



 どうにか爆発の直撃は避けたダミアンだが、受けたダメージに顔をしかめる。

 周囲では、燃え盛るテント群を前にドワーフたちが消火で走り回っていたが、この場で異質であるダミアンに気付くや、彼を取り囲んできた。



「なんだお前は!」

「ここで何をしているっ?」

「まさかお前の仕業か!?」



 ドワーフたちが殺気だっているのは、まあ当然のことだろう。

 とはいえ、悠長に答える余裕などあるはずもなく。

 包囲網を抜けるべく、ダミアンは無言で飛び掛かっていく──




 ※ ※ ※




「火炎の竜だと……」



 司令本部から出たハルゼスは、猛威を振るう火炎竜を唖然と見上げていた。

 そんな彼のもとに、血相をかえているドワーフが。



「アラクネに騎乗する魔族の女が!! しかも精霊までいる模様!!」



 瞬時に脳裏によぎるのは……ひとりの女魔族。

 それが誰かは……わざわざ口にするまでもないだろう。



 元最強魔王クレアナード。



 アラクネや女魔族、トドメとばかりに精霊とくれば。

 もはや彼女以外には在り得ないだろう。



「……あの女、どこまでも俺の覇道を邪魔する気か」



 苦々しく顔をしかめるハルゼスは、拳を握りしめる。


 三か国協議を反故にしたのだから、あの頭の固い女がザム国に味方することは容易に想像できてはいた。

 とはいえ、魔族国自体を巻き込むことはしないだろうと判断し、所詮個人に出来ることなどはたかが知れていると侮り、放置していたのだが……


 まさかドワーフの一個部隊を率いて輜重部隊をゲリラ戦で叩いてくるなど、想定はしていなかった。

 しかも今、厳重に警戒しているはずの本陣に、こうして襲撃までしてくる始末。

 弱体化したことで脅威にはならないと、侮りすぎた結果ということなのだろう。


 すべては自分の油断が招いた事態であり。

 詰めが甘かったとも言えるわけでであり。


 自身の落ち度に対する怒りを、元凶へと向けることで矜持を保つことに。



「クレアナード……忌々しい女め」

「兄者……」



 心配げに弟のハダックが声をかけてくるものの、ハルゼスは怒りの表情のままで思考を巡らせる。



(しかし、だ。何が目的だ? 部隊を率いて来ないところを見ると、襲撃自体が目的ではないと思うが……まさか!)



 彼がハッと気づくと同時に、その考えが正しいことを示すかのように、()()()()から致命的な爆発が。


 兵糧庫から火の手が上がる──というか、爆砕されたことに、周囲のドワーフたちが愕然として騒然となる。



「狼狽えるな! さっさと消火作業を急げ!」

「兄者! おれはクレアナードを倒してくるぞ!」



 武器を構えたハダックがそう進言したところで、別のドワーフが双子王子のもとに駆け寄ってきた。



「襲撃者たちが撤退していきます!」

「なんだとっ? どういうことなんだ、兄者」

「……狙いは、我等の兵糧庫だったということだろう」

「すぐに急造の追撃部隊を放ちましたが……」

「兄者、おれも追撃に出るぞ!」

「待て。いまさら追っても無駄だろう。向こうもそれくらいは想定済みのはずだ」

「しかしだ兄者、こんなにも良い様にやられては……」

「俺もだ弟よ。この借りは、必ず返さなくてはならん」



 腹の虫が収まらない様子の弟の肩をポンポン叩くハルゼスもまた、その双眸にはクレアナードに対する激しい怒りを内包していた。


 その後。

 騒動が収まりを見せるものの、事後処理等で陣内を行き来するドワーフたちは明らかに憔悴を隠せない様子であり、暗い雰囲気に包まれており、その足取りもどことなく重そうだった。



「兵数の損耗率は1割にも満ちませんが、負傷者が多数。また、追撃部隊はひとりも帰還しておりません」

「兵糧の現状は?」



 怒りを押し殺した声でハルゼスが問うと、そのドワーフは顔色を真っ青に。



「ほ、保持する兵糧の……7割強が消失しました……」

「……そうか」



 ハルゼスの迅速な指揮の下に行動していなければ、すべての兵糧を失っていたことだろう。

 だが、7割の兵糧が一瞬で消失した事実は、戦時中では致命的と言えるだろう。

 輜重部隊からの細々とした補給があるものの、それにも限度というものがあり。

 もはや状況は、予断を許さないまでに追い詰められてしまったのである。



「もはや、これまでだな」

「兄者、諦めるのか……?」

「逆だ。もう我等に後はない」



 このまま何も成し遂げられずに矛を収めれば、待っているのは破滅のみ。

 戦争の賠償請求や協議違反による制裁措置等。

 いずれにしても、ダイ国に未来はないだろう。



「ならば、どれだけの犠牲を払おうとも、強行突破して王の証(神の槌)を手に入れる。それしか、いまの我等に勝機はないだろう。幸い、報告では前線に《神の槌》を武器とするプリメラが来ているようだしな。我等のゴールは近いということだ」

「ならばすぐに仕掛けるのか?」

「今夜の件で全体の士気が下がっている。多少は回復させんことには、まともに戦えんだろう。よって決戦は数日後だ。支配下に置いている全拠点からも、この数日で根こそぎ物資をかき集めさせる」



 その指示を各拠点に伝えるべく、ドワーフのひとりが伝令室へと駆けていく。

 気合いを入れるように、バシっとハダックが両の拳を叩いた。



「おれたち兄弟の恐ろしさ、ザム国の連中に見せつけてやろう!」

「いや、ハダック。お前には、重要な役目を任せたい」

「兄者?」

「あの女に、邪魔をされたくはないからな」



 兄から作戦を聞かされた弟は、ひとつ頷く。



「わかった。それが兄者の覇道に繋がるならば」

「作戦は以上だ。ハダック、今日はもう休んでいいぞ」

「兄者はどうするんだ?」

「俺にはまだやることがあるのでな。俺のことは気にするな。いつものことだ」

「そうか、わかった。じゃあ先に休ませてもらうぞ」



 立ち去るハダックの背を見つつ、ハルゼスは誰にともなく呟いていた。



「なぜだ……なぜこうなった……俺の何がいけなかったのだ……」



 ザム国への進軍準備に抜かりはなかった。

 現に、呑気に統一王就任式典の準備で浮かれていたザム国への先制には成功していたのだから。

 想定外があるとするならば、ラオ国の動向だろうか。

 根回しをすべきだったのかもしれない。



「俺の判断ミス……か」



 だからといって、すでにサイは投げられてしまっているのだ。

 いまさら後になど引けるはずもなく。


 さらには、想定外として挙げるともうひとつ……



「クレアナード……」



 この女魔族の介入が、ダメ押しとなったといっても過言ではないだろう。

 補給物資の有無は、戦争に置いては何よりも重要視されるのだから。

 兵の士気にも関わってくるので、彼女の妨害は痛かった。



「あの我が儘王女め……キーカード(クレアナード)をうまく篭絡しおって。だが……最後に笑うのは俺だ。俺こそが、ドワーフ族を導くに足る器なのだからな。ダイ国こそが、ドワーフ族の統一国となるのだ」



 ぎゅっと音が出るほどに、拳を握りしめていた。


攻防が展開される前線は嵐の前の静けさに包まれるのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ