第13話 「魔王様、地上へ」
前話のあらすじ:黒の宣教師と戦闘中です。
爆煙がたゆたい、巨大蜘蛛の石造が鎮座する中。
「がは……ッ」
無造作に腹を漆黒剣に貫かれている私は、込み上げてくるものを我慢できるはずもなく、吐血。
片腕が消失している黒の宣教師は、私を貫通する剣から手を離すや、私の顎を持ち上げると──
あとうことか。
何を想ったのか、血の糸を引く私の唇に口づけをしてきたのである。
まあ当然ながら、恋人同士が交わすような甘ったるいものではなく……
(魔力と体力が……)
根こそぎ奪われていく感覚に、意識が吹っ飛びそうになってしまう。
辛うじて耐えたものの、私は、この感覚を知っていた。
アテナにしょっちゅう強引に魔力を喰われており、それに似ていたのである。
ということは……
「──クレアナード様から離れろおおおおおおおおおおお!」
疾風が激突する寸前に、私は蹴り飛ばされていた。
駆けつけてきたダミアンが私を支えてくれたのだが、蹴り飛ばされた衝撃で腹から漆黒剣が強引に抜かれたことで、さらなる激痛が私を襲うことに。
「っう……」
「クレアナード様!」
「だ、ダミアン……」
私を蹴り飛ばした黒の宣教師は、しかし大きくその場から飛び離れる。
そのことにより、伸びていた黒の手が空だけを掴むことに。
「おやおや。心配して駆け付けれ見れば、男と逢瀬中とは。余裕ですね?」
「……そんなわけ、ないだろうが」
いつもの無表情で私の顔を覗き込んでくるアテナを、弱々しく上目遣いで睨む。
腹の傷が籠手の効果により見る見る再生していくことに、私は安堵の息ひとつ。
しかしながら、魔力と体力を奪われたことで私の保有魔力が激減しており、いまの治療で籠手の蓄積する魔力もなくなったようで、黒の衝撃波をうまく吸収しないと、もう自動回復も発動しないだろう。
「はい、おばあちゃん。お薬ですよ」
「……在り難く貰おう」
揶揄ってくるアテナの言葉は無視するとして。
彼女から受け取ったドーピング剤をひと息に飲み干す。
奪われた体力が回復していく感覚に、私は再び安堵の息を。
「っ……」
しかしその時、傍らにいるダミアンがその場にうずくまる。
見れば、足首を押さえて顔を苦痛に歪めていた。
「ダミアン? 大丈夫かっ?」
「クレア様。ダミアンさんは捻挫しているのです」
「捻挫? それであの動きを……無茶をしたな」
「すいません……黙って見ていられなくて……」
「まあ、おかげで助かったがな。最後の魔力で治療する。動くな」
ダミアンの捻挫を治療したことにより、私の魔力は完全に空となることに。
これでもう、この戦闘では下級魔法すら撃てないだろう。
そんな一方では、王女の周りにもドワーフ族の戦士たちが集まっていた。
「王女様ぁ! ご無事でよかったですぅ!」
「ご無事で何よりです、王女殿下」
「ララン! ジジン!」
彼らの生存に一瞬だけ瞳を輝かせてから、習慣による行動か、プリメラは髪をかき上げる仕草を。
「あったり前でしょ! ワタシは偉──」
言いかけて、ハッとしたように言いよどむ。
「──くないケド、ワタシがどうにかなるわけないじゃない!」
「え……っ!?」
「……頭でも打たれたのですか」
いつもの尊大な態度でないことに、侍女や近衛隊長が驚きを隠せない様子。
そんな彼らを前に、王女は苦笑いを浮かべるのみだった。
「キシシ……形勢逆転、といったところですかねぇ」
友軍が合流したことに、ザオームがキノコを肩に担ぎ直す。
「家畜が増えたところで、餌が増えただけに過ぎん」
たゆたう爆煙を背にする黒の宣教師は、消失していた腕が復元されていた。
闇と共にその手にも漆黒剣が出現していたが、忌々しげに吐き捨ててくる。
「薄い魔力だ。大して回復もできんとは……使えん家畜が」
勝手に奪っておいて酷い言いぐさだったが……まあ、そうだろう。
いまの私は、弱体化しているのだから。
アテナにも薄くなったと言われたことを思い出す。
「私から魔力と体力を奪ったところで、大して影響はなかったようだな」
自分で言っていて悲しくなる気持ちがあるものの、今はスルー。
「趨勢は決したと言っていいだろう。友軍を得た私たちに対し、お前はひとりきり。それともあれか? 崇高な魔人様とはいえ、劣勢となった以上はプライドを捨てて、配下を呼ぶか?」
「趨勢は決しただと……? 家畜が群れた所で、大勢に影響などあるはずもない」
黒の宣教師は、冷笑を浮かべてきた。
「身の程というものを、その身に刻印してやろう」
目を閉じ、ゆっくりと開くと同時に、その両頬に黒い紋様が浮かび上がる。
それに伴い、全身からは闇のオーラが吹き上がり。
その場の空気が、一気に重たいものへと。
「まだこれだけの力を……っ」
「クレアナード様! お下がりください!」
「あのようなのが相手とは……クレア様は、本当にトラブルメーカーですね」
「キシシ……巻き込まれた私も、いい迷惑ですねぇ」
純粋に心配してくれるダミアンにのみ、私は頷くことで応える。
アテナとザオームに関しては、無視でいいだろう。
一方では、王女の取り巻きたちも反応を見せていた。
「王女様は後方に。ここは、我らが。ララン殿も王女の傍に」
「は、はいっ」
「ドワーフ族の勇猛果敢な戦、次期統一王たるワタシに見せてちょうだい!」
王女の掛け声にドワーフ戦士たちが雄たけびを上げ、武器を掲げるのだった。
※ ※ ※
「「「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」
ドワーフ戦士たちが近衛隊長の陣頭指揮のもと、黒の宣教師へと一斉に飛び掛かっていく。
対する黒の魔人は、1対多勢という状況にもかかわらず何ら動じた様子もなく、次から次に群がるドワーフたちを淡々とした様子で迎撃。
四方八方からの攻撃の雨を漆黒の双剣で受け流し、あるいは受け弾き、間断のない逆撃でもって確実に仕留めていく。
「強い……! 負傷した者は後方へ! 動けない者は傍にいる者が援護しろ!」
予想以上の敵に、近衛隊長の声には焦慮が滲んでいた。
指示に従うドワーフたちへと黒の宣教師が情け容赦なく追撃してくるが、配下を守るべく近衛隊長が立ちふさがり、真っ向から激突する。
技量は黒の魔人が上らしく、近衛隊長の全身がたちまち血まみれに。
「ぐう……速い……!!」
「貴様がトロ過ぎるだけだ」
「ぬう……っ」
漆黒の斬撃を躱しきれず、近衛隊長の太ももがざっくりと斬られる。
その衝撃でバランスを崩したところを狙われ、トドメとばかりな一撃が送り込まれてくるも。
「させない!」
死角から飛び込んできたダミアンが、黒の宣教師の首を切り裂いていた。
パッと宙に黒すぎる鮮血が飛ぶ。
舌打ちした黒の魔人は追撃を中断・反転しざまにダミアンへとすくい上げる様な斬撃をお見舞い。
身体がまだ宙にある彼は短剣で受け止めるものの、その衝撃を受け止めきれなかったようで、大きく弾かれてしまう。
「鬱陶しいハエが」
「キシシ!」
「ぐう……ッ」
「いけませんねぇ。注意力散漫は」
ダミアンに意識が向いていたことで黒の宣教師は回避が遅れ、ザオームの放った狙いすましたキノコ爆弾が背中で爆裂。
「「「オオオオオオオオオオオオ!!!」」」
思わずたたらを踏む黒の魔人へと、残りのドワーフ戦士たちが一気呵成に攻め込んでいく。
「──雑魚共が!」
漆黒の双剣が閃くや、鋭利な衝撃波と化している剣風が周囲を吹き荒れ、ドワーフ戦士たちは全身から血風を上げながら吹き飛んでいた。
そしてそのまま、黒の衝撃波が幾重にも放たれてくる。
直撃したドワーフ戦士たちがさらに吹き飛ばされるものの、ダミアンは持ち前の俊敏さで、ザオームはキノコからの触手を盾に、プリメラと侍女はアテナがフォローにはいっており影術で、どうにか事なきを得ていた。
そんな中で私はというと、籠手に魔力を補充させるべく、黒の衝撃波を籠手で受け止めていた──
ピシッ!!!
籠手に埋め込まれている宝玉がひび割れてしまい、黒の衝撃波は吸収されることなく私へと。
「ちょ、マジか!?」
回避できるタイミングでない私は、慌てて髪飾りを発動。
展開された魔法障壁が一瞬だけ受け止めてくれたおかげで、障壁はすぐに突破されてしまうが、私は辛うじて横手に飛び退いて躱すことができていた。
「おいおいおい……嘘だろう……」
愕然とした面持ちで、破損した籠手を見やる。
……まあ、考えてもみれば、当然かもしれなかった。
初代王が現役だったのは何百年も前の話なのだから、彼が使う魔道具もまた、劣化していたのだろう。
整備もしないで酷使し続けた結果、ついに限界が来てしまったというわけだ。
いずれにしても、これで私の戦闘力は激減してしまったわけである。
「……まずいな」
顔をしかめながら、私は戦況を分析する。
ドワーフ部隊はほぼ壊滅状態。
ダミアンとザオームが黒の宣教師と交戦中だが旗色は悪く。
アテナの影術も効果は薄く、プリメラの攻撃魔法もけん制射撃程度だった。
「プリメラ王女! 極大魔法はまだ使えるか?」
「んーん! もう無理! さすがに1日1回が限度だよ!」
「そうか……」
まあ、当然といえば当然だろう。
むしろ、魔法とは相性が悪いドワーフ族でありながらも、極大魔法まで使えるという方が奇跡である。
(決め手に欠ける……か)
魔力が空の以上、蒼雷を誰かに付与するといった手段もとれない。
指輪がまだ残っているが、使ってしまうと切り札を使うことが出来なくなってしまうので、使いどころが難しい。
完全に、手詰まり状態だった。
(……まあ、王女の極大魔法でも仕留めきれなかったのだから、私の切り札を直撃させても仕留めきれるかわからんが……)
何か、決定的な強烈な一撃があれば……
ダミアンたちと黒の宣教師の戦闘を見据えながら思案していると。
ふいに視界に”あるもの”が映り込んできた。
そして脳裏に閃くは、勝利への軌跡。
プリメラ王女へと駆け寄った私は、さっそく作戦を伝える。
「オッケー!」
「アテナは、一瞬でいい。あいつの動きを止めてくれ」
「かしこまりました。一瞬でいいのであれば、造作もありません」
「よし。──これで決めるぞ」
作戦が決まった以上、後はやるだけである。
私たちは、早速行動を開始する──
※ ※ ※
まだしも動けるドワーフ数名が決死の特攻。
彼らの影に隠れてダミアンが死角から急襲。
ザオームがキノコから触手の群れの乱打。
しかしそのどれもが、黒の宣教師に痛打を与えることはできなかった。
決死の特攻をしたドワーフたちは鮮血と共に崩れ落ち。
ダミアンの攻撃も弾かれ、逆に反撃を喰らって吹き飛ばされ。
触手の群れも黒の衝撃波で一掃され、そのままザオームも弾き飛ばされる。
その黒の身体へと巻き付くは、アテナが操る影術。
「小賢しい」
冷笑と共に一瞬で黒の手は吹き散らされてしまうも。
私にとっては、その一瞬で十分なのである。
「喰らえッ!!!」
指輪の力を開放したことで、火炎竜が解き放たれる。
『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
重厚な咆哮を上げて黒の宣教師へと襲い掛かり──
「賢しいッ!」
2条の漆黒の一閃。
ふたつに切り裂かれた火炎竜が、最期の足掻きとばかりに爆炎を飛び散らせる。
その場が爆炎の残滓に覆われ、一時的に視界が塞がれることに。
「……ハエが」
爆炎が薄れていく中、黒の宣教師に動きはなかった。
──否、動けなかったのである。
その右足の甲に、ダミアンが投擲していた短剣が突き刺さっていたからだ。
忌々し気に顔をしかめつつ、その短剣を抜こうとした瞬間──
「おっりゃああああああああああああああああ!!!!」
プリメラの裂帛の声は、頭上からだった。
蜘蛛の石造の頭部に立っていた彼女は、眼下の黒の宣教師目がけて飛び掛かる。
その両手には、神々しく輝く《神の槌》を持って。
「──ちッ」
一瞬だけ、黒の魔人に迷いが生じる。
先に短剣を抜いて機動力を確保するか、あるいは降ってくる敵に黒の衝撃波を放って撃墜するか。
逡巡の後、選択するは機動力の確保だった。
黒の宣教師が飛び離れた直後にその場所に《神の槌》が叩き落され、床に大きなヒビを生じさせる。
「愚かな。自ら引き金を引くなど──」
冷たい嘲笑の言葉は、しかし最後まで続かない。
なぜならば、飛び掛かっていた私がその脇腹に剣を突き差していたからである。
さらには、アテナの影術がその全身に巻き付き。
こちらの意図に気付いたザオームが、キノコの触手で黒の手足を拘束。
そしてダミアンが投擲した短剣が、再び足の甲に突き刺さっており。
「どっせええええええええええええええええええええい!!!!」
渾身の力を込めた王女の振り抜きが、私たちに拘束されて動けない黒の宣教師に直撃していた。
一瞬だけその場の空気が止まり。
動き出すと同時に、凄まじい轟音が。
大気が激震し、眩い閃光がまき散らされる。
そのことで私の剣がへし折れ、キノコからの触手も引きちぎられることになるものの、黒の魔人は声もなく弾き飛ばされており、勢いよく壁に激突。
縦横に壁にヒビが入り、どれだけの威力が込められていたのかを物語っていた。
「……ぐ、がは……ッ」
吐血した黒の魔人が、初めて片膝をつく。
《神の槌》は文字通り、神々の時代の産物なのである。
由来は神から承りしものとのことで、元々が”神”の武器なのだ。
なので威力は言うまでもなく。
その直撃を受けたのだから、いかに魔人といえども只では済まないだろう。
だからこそ、あの一瞬、黒の宣教師は逡巡してしまったのだ。
神の武器相手に、果たして撃墜できるのかどうか。
だったら、回避したほうが良いのか、と。
私の火炎竜はただの目くらましであり、その間にプリメラが黒の魔人の目を盗んで密かに石造を昇り、入手していたというわけである。
「これが《神の槌》……! これさえあれば──って、あれ……体に力が……」
その場に座り込んだ王女は、もう満足に立てないほどに憔悴しきっていた。
それでも《神の槌》を離さないあたりは、生来の勝ち気さゆえなのだろう。
「それなりのリスクはあるってことか……」
命に別状はないようなので、私はこれといって心配はしない。
あの状態から察するに、体力か魔力、気力か精神力といったものを消耗してしまう武器なのだろう。
”神”の武器なのだから当然の代償とも言えるわけであり。
極大魔法を放った後でただでさえ消耗していたのだから、いまの王女が耐えられるはずもないというわけだ。
「まあ、いずれにしても──」
折れた切っ先を、満身創痍の黒の宣教師へと。
「お前の敗因は、人間を見下しすぎたところだ」
「……クックック……」
「何が可笑しい?」
「己が手で何をしたのか、まだ気づかないのか」
「なんだと……」
ピシッ!
蜘蛛の石造にヒビが生じ──
次の瞬間には、石造が砕け散っていた。
その下から現れるは……もはや言うまでもないだろう。
黒々とした表皮に、爛々と輝く8つの目。
下半部こそ床と同化しているものの、野太い8本脚は異様を誇っており。
凶悪な牙が幾本も生えている巨大な咢が、威嚇するように開かれてきた。
『GIIIIIIIIIIIIIIIII…………』
「「「……………」」」
女王蜘蛛の復活を前に、私たちは絶句するしかなかった。
そんな中で、唯一この事態を見越していたらしい黒の宣教師が、ふらつきながらも嘲笑してくる。
「所詮は、家畜の浅知恵だったな。レングルブは《神の槌》で封印されていたと、知らんようだな」
「封印、だと……」
そんな情報、誰も教えては──
「まさか……あの時に初代王が言いかけたのは……」
てっきり女王蜘蛛は、倒されて石造になっていたものと思っていたのだが……
(ネミル殿……なぜ教えてくれなかったんだ……)
”うっかりしてた♪ テヘペロ”というような反応が容易に想像できてしまう。
「ちょ……こんな事態になるとか、ワタシ聞いてないんだケド!?!」
「キシシ……魔人との戦いで消耗している現状、これはさすがに……」
「ここで魔物……でも、クレアナード様は俺が絶対に……っ」
「これは困りましたね。精神世界に戻れない以上、私の身も本気で危ないですね」
それぞれの反応を見せてくる面々だったが、私とて同様である。
(こんなことになるなんて……)
すべては情報不足。
その一言に尽きるだろう……
「さあレングルブよ、存分に暴れるがいい」
勝利を確信した様子で、黒の宣教師が告げてくる。
女王蜘蛛は魔人をしばし見据えた後……
大きく身震いをしたかと思うと、突如としてその身体が崩壊していた。
形として残されたのは、床と同化する下半部のみである。
『『『………………』』』
黒の魔人含むその場にいる全員が唖然として見守る中。
蜘蛛の残骸の中から這い出てくる”もの”が。
人間大の大きさの蜘蛛が1体。
なれど、ただの蜘蛛魔獣ではなかった。
蜘蛛の体には頭部がなく、代わりに女性の人間の上半身が生えていたのである。
「アラクネ種だと……」
その蜘蛛の種族を知識として知った私は、種族名を呟いていた。
蜘蛛型魔獣の中でも変異体であり、その発生率は極めて低く、その戦闘力はピンからキリまで。
人間並みかそれ以上の知能を持ち合わせ、人語すら操れるという。
そういった理由からアラクネ種はレア中のレアといった扱いとされており、倒して部位を回収するよりも生きたまま捕獲して、鑑賞するといったコレクターすら存在するほどである。
当然ながら部位も高値で取り引きされているので、一攫千金を狙う冒険者たちにとっては、まさに宝の山といっても過言ではないだろう。
女王蜘蛛の中から現れたアラクネは、コキッコキッっと首を鳴らしてきた。
「ふう……ようやく動けるよ。肩が凝っちまったねぇ」
意外なほどに、気さくな口調と声だった。
私たちが胡乱げな態度になる中。
黒の宣教師にとっても想定外だったのだろう。戸惑いを隠せない様子だった。
「レングルブよ……どういうつもりだ? なんだその姿は」
「ん? なんだと言われてもねぇ。われの身体は、すでに長きに渡る封印のせいで、この迷宮と同化しちまったのさ。だから身軽に動けるようになるには、こうやって半身を切り離すしかないってわけよ」
「半身を切り離すだと……では、魔物本来の力は……」
「自由と力、どちらを選択するか、だろうねぇ」
「馬鹿な……魔物の存在意義を忘れたのか? 魔物の本分を……」
「魔人さんよぉ。勝手にわれに期待されても困るぞ? こちとら数百年の間、ずっとここで身動きできなかったんだ。考え方だって変わるってもんさ」
「馬鹿な……」
思惑が外れたらしく、黒の宣教師は愕然とした様子に。
私たちはと言うと、これまた意外な展開に驚きを隠せない。
と、そんな時だった。
「──頃合いかにゃ?」
突如としてネミルの気の抜けた声が聞こえたかと思うと。
彼女から貰っていたお守りが独りでに頭上へと飛び上がり、眩い光が放たれる。
直後、その場一帯に巨大な魔法陣が出現。
魔法陣から迸る光に呑まれた私たちの視界は、光で覆い尽くされることに。
一瞬の後、私たちは地上へと移動していた。
位置的には、迷宮出入り口からそれほど離れた距離ではなく。
あの場に倒れていたドワーフたちも全員移動しており、黒の宣教師やアラクネの姿もあったりする。
「ここは……地上……?」
太陽光が温かく、吹き抜ける自然の風が、なんとも心地よかったのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「もう、ダメだ……意識が……」
迷宮内を彷徨う骸骨──初代王は、フラフラした足取りで壁に手をつく。
眼窩の光が頼りなげに揺れており、いまにも消えそうに明滅を繰り返していた。
「……これまで、か……」
意識が薄れていき、その場に片膝をつく。
だが、希望が残っていることで、初代王は安心感も感じていたりする。
(このまま意識がなくなったとしても、きっと彼女たちが……)
その想いは、願うと言うよりも祈りに近かった。
しかし懸念がないわけではない。
魔人の支配下に戻った自分が、彼女たちの邪魔をする可能性もあったからだ。
だから距離を空けたわけだが、魔人に招集されると抗うことはできないだろう。
(惨め……だな)
そして、悔しかった。
自分の命運を他者に握られた上に、また預けなければならないのだから。
もどかしさを感じながらも、何も出来ない……
「俺は……」
と、ふいに声をかけられてきた。
「なんだぁお前さんは」
「アンタ、は……」
自分を見下ろしてくる宙に浮く老人を、弱々しく見上げる。
(誰だ……いや、俺はこいつを知っている……)
魔人の支配下に置かれて暴れ回っていた中でありながらも、薄っすらと覚えていた。生存本能というべき感覚が全力で警笛を鳴らし、結果としてこの老人を避けていたことを。
「可哀想に。あの若ぇのに、良い様に弄られてんなぁ」
「た、頼む……俺を……」
「悪いが、強制復活術には干渉できん。”終わりたい”なら、術者本人をどうにかするしか手はねぇよ」
「……なら、せめて彼女たちの邪魔をしないよう、ここで俺を……」
「足止めってか? んーそんな面倒なこと、したくねぇなぁ」
欠伸をしてくる老人に、しかし初代王は頭を下げて懇願。
「そこを頼む……アンタになら、簡単に出来るはずだ……」
「勘違いしなさんな。そうだなぁ、とりあえず茶でも馳走しようじゃねぇか」
「茶……だと?」
「おれの”空間”はなぁ、おれの意のままなんだぁわ。お前さんを苦しめる支配も、おれの空間の中には及ばねぇってわけよ」
「そんなことが……」
「で、どうするよ?」
問われてくるものの、いまの状態の初代王に選択肢などあるはずもなく。
とはいえ、自分を簡単にどうこう出来るだろう相手に対して、警戒心がないというわけでもなく。
「……どうして、俺に茶を……?」
「んー……先日なぁ、久しぶりに人間と話たんだが……やっぱり話相手がいると、退屈せんのだぁわ」
老人の瞳が柔和に笑む。
「お前さんの状態を助ける代わりに、おれの話し相手になってくれや」
「……面白い提案、だな」
「お前さんは自我を保て、おれは話し相手が出来る。ウィンウィンだぁろ?」
「俺は、もうじき”終わる”だろうが……その間だけでも、いいというならば」
「ああ、構わんよ。暇を持て余すジジイの、一時の娯楽と思ってくれや」
気軽にそう言ってくれる方が、先が短い初代王にとっても気が楽といえた。
「短い間だろうが……よろしく頼む」
「んじゃま、おれの根城に案内しようかぁね」
ふよふよと浮遊する老人の後を追い、初代王もふらふらした足取りでついて行くのだった。
出会いは思わぬところに転がっていたようです。




