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勇者を討伐した魔王様は魔力を封じられた為に解雇される。  作者: 吉樹
第6章 『ドワーフ国編』
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第14話 「魔王様、思わぬ仲間を得る」

前話のあらすじ:地上に強制送還されました。

「なんだなんだ……?」

「突然現れたぞ、あいつら……」

「おい! あれってアラクネ種じゃね?」

「マジかよ!?」 



 等々、突然地上に現れた私たちに気付いた冒険者たちがざわめきを見せる中。



「地上だと──」



 黒の宣教師は、最後まで言葉を続けられなかった。

 なぜならば、その腹から小さな手が突き出していたからだ。



「が、あ……ッ」



 背後から手刀に貫かれた黒の宣教師が、初めて見る愕然とした面持ちで肩越しに視線を向けると。



「反応が悪いネ。()()()()()かにゃ?」



 見たことがないほどに、ネミルの双眸は酷薄に細められていた。



「キサ、マ……」

「積もり話はまあ……以下略ってことで──バイバイ♪」

「ぐッ……があアぁああぁああアアああぁあああアアあ…………!!!」



 全身が炎に包まれた黒の宣教師は、そのままあっさりと燃え尽きる。

 あれだけ私たちを苦しめたというのに、あまりにもあっけない最期だった。



「いまさら魔神なんて時代遅れなのに。()()()()()()君が悪いんだよ」



 憐憫に揺れる声だった。



「ネミル殿、貴女は……」

「にゃはは~♪ クレアちゃん、()()()()したネ! 褒めてあげるよ~ン」



 いつもの見慣れた軽薄な態度に戻ったネミルが、浮遊しながら私の頭をガシガシと撫でてきた。



「……私を利用したのか」

「そう怖い顔しないでよン。結果的にはさ、助かったでしょ?」

「それはそうだが……」

「私は信じてたよ? クレアちゃんなら、穴倉の底にまで行けるってネ♪」

「こんな回りくどいことをせずに、貴女が直接赴けば……」

「ヤぁダよ。ジメジメした所になんて、行きたいわけないじゃん」

「…………」



 私が沈黙する一方では、周囲に来ていた冒険者たちが喧騒を見せていたりする。


 

「アラクネを逃がすな!」

「逃道を塞げ!」

「分け前は平等だかんな!」



 等々血気に逸る冒険者たちが囲んでくるものの、すぐにアラクネ(レングルブ)に襲い掛かってこないのは、やはり私たちが近くにいるからなのだろう。


 そして何よりも、浮遊しているネミルを警戒しているのだろう。


 彼ら冒険者も馬鹿ではなく。

 浮遊魔法を操る者が只者じゃないことくらいは、言われなくてもわかっているというわけだ。



「やれやれ……」



 周囲を取り囲まれて逃道がないレングルブが、ひとつ溜め息を吐くと私にその宝玉のような目を向けてくる。



「クレアナード」

「! なぜ私の名前を……」

「迷宮とわれは、すでに同化していたからねぇ。身体の一部みたいなもんさ。だから迷宮内での事なら、何でも視ていたってわけよ」



 何でもないことのように告げてくるレングルブは、まったく予想だにしないことを言ってきた。



「で、だ。クレアナード、われを”助けておくれ”」

「なんだと……?」

「いまのわれは、見ての通り、ただのアラクネ種だしねぇ。これだけの冒険者に囲まれちゃあ、あっさり蹂躪されちまうだろう。だから、われを助けてほしい」

「……どうして、私に助けを求めるんだ」

「言ったろ? 迷宮内でのことは、すべて見通してるって。アンタは、助けを求める者を見捨てることが出来ない。違うかい?」

「それは……」



 確かにそうだが、しかしそれは人間に関してであり、相手が魔物となってくると話が違ってくるのだが……



「差別するのかい? こうして言葉を交わせる相手を?」



 ダメ押しとばかりにレングルブが言ってくる。

 さすがは、迷宮内でのことはお見通しという事なのだろう。

 私の性格を……把握しているようである。



「それに。助けてくれたら、われの力、お前に貸そうじゃないか。どうよ? なかなかいい提案と言えないかい?」



 そんな提案までしてくる以上、彼女もある意味では必死なのかもしれない。

 それだけ、この状況は彼女にとって好ましくないということなのだろう。



(助けるのは、やぶさかじゃないが……)



 だとしても、確認しておかねばならないことがあった。



「いまのお前は、ただのアラクネ種なんだな?」

「だねぇ。自由を得た代償ってやつさ。生産機能なんかは残してきた半身に置いてきたから、いまのわれは何も生み出さんよ」

「そうか……」



 まあ考えてみれば、魔物としての力が残っているならば、私に助けなんかは求めないだろう。

 そのため、ここで助けたとしてもそれほど影響はないだろうが……



(とはいえ、この状況でどうやって……)



 アラクネ種は、まさに宝の山なのだ。

 それを前に取り囲む冒険者たちの目の色が違うのは、もはや仕方がないだろう。

 だからこそ、こんな彼らを相手に、消耗しきっている私が出来ることは……



(虎の威を借るなんとやらで、あまり気は進まないが仕方ないか)



 状況の変化についていけず、ぼーっとしていた王女へと視線を向ける。



「プリメラ王女。話は聞いていたか?」

「ふえっ? え、ええと……うん、まあ、聞いてたよ?」

「二代目統一王としての、君の力を借りたい」



 そのワードにピクンっと反応して顔色を変えた彼女へと。



「私は、このアラクネを保護したいと思っている。だから君の力を貸してほしい」

「アラクネを……? ……相変わらず、クレアさんって物好きだよねぇ」

「頼めるか?」

「ま、いーよ! ダンジョン内での恩もあるしね!」



 気軽に応じてくれたプリメラは、輝きを放つ《神の槌》を高々と掲げた。



「はーい、注目ーーー! これが何かわかるかなー? この神々しい輝き! まさに神の武器に相応しいよね! ってことで! 王の証たる《神の槌》だよー!」



 周囲の冒険者たちがどよめきを見せ。

 遠巻きに見ていたダイ国王子一行もが驚愕に目を見開く。



「馬鹿な……《神の槌》だとっ」

「兄者……っ」



 双子の王子たちが愕然とする一方では、周囲の反応に気を良くしたプリメラが、声高々に。



「このアラクネの身柄は、ドワーフ国二代目統一王であるワタシが預かるからね! このアラクネに手を出すってことは、ドワーフ国を敵に回すってことだから、その辺よろしくねー!」



 まさに鶴の一声だった。

 アラクネ種と化したレングルブを囲む冒険者たちからは、落胆の溜め息が。



「まじかよ……っ」

「目の前に宝の山があるってのに……!」

「横暴だろ……」

「さすがにドワーフ国を敵に回してまでは……」

「くそが……っ」



 等々、諦めてレングルブの包囲網を解いて去っていく。

 そんな人並みをかき分けて、ダイ国の双子の王子がプリメラのもとへと。



「プリメラ王女!」

「ん? おぉ、ダイ国のハルゼス王子じゃない! それにハダック王子も!」

「本当にそれは《神の槌》なのかっ?」

「フッフーン! ワタシが手に入れたんだからね! これでワタシが、二代目統一王だよ!!!」

「なんて、ことだ……」

「兄者……」



 絶望に肩を落とす(ハルゼス)へと、(ハダック)が心配げな眼差しを。

 そんなふたりを前に、プリメラは満足げな笑顔となり、高笑い。

 改心したとはいえ、やはりそうそう人間変わらない、ということなのだろう。

 傍にいる侍女に慌てて止められており、傷つき座り込んでいる近衛隊長は溜め息ひとつである。



「やれやれ……どうにか命を繋げたかねぇ」



 冒険者たちの未練の視線を受けながらも、レングルブは安堵の息を吐く。

 およそ魔物とは思えない仕草に軽い驚きを感じつつ、私は彼女へと近づいた。



「この場では落ち着けないしな。場所を移したら……詳しい話を聞かせてもらうがいいか?」

「詳しい話? まあ、アンタは命の恩人だしねぇ。アンタがそういうなら、なんでも話そうじゃないか。ま、大した内容じゃあないと思うけどねぇ」



 こうして事態が収束したことで、私たちは馬車へと移動することに。



「…………」



 ネミルは思うところがあったのか、黒の宣教師が消滅した場所をじっと見つめているのだった。




 ※ ※ ※




「キシシ……いろいろとお世話になりましたねぇ。なかなかに刺激的で楽しかったですよ」



 いつの間にか話をつけていたようで、ザオームはプリメラと行動を共にすることにしていたようだった。

 少し寂しい気がしないでもなかったが……もともとが一時的な仲間だったのだから、まあそういうものなんだろうと納得するしかないだろう。



「私としても、いろいろと勉強になったよ」

「キシシ! ギーノくんが恋しくなったら、いつでもザム国に来てください。ギーノくんは、やっぱり貴女の味が知りたいみたいなので」



 キノコのひだから触手が伸びて、うねうねと蠢いており。

 顔が引きつる私にザオームがいつもの如く不気味に笑う一方では、プリメラが私のもとに駆け寄ってきた。



「ワタシの統一王戴冠式には、絶対呼ぶからね! 特等席を用意しておくよ!」

「そうか。楽しみにしているよ」

「準備には、さすがに調整とか何やらで2,3週間くらいはかかると思うから、それまではザム国で適当に過ごしててほしいかなー。何なら、王室で厚遇とかしてもいいけどさ!」

「いや、遠慮しておくよ。とりあえずは、冒険者として適当に過ごすとしよう」

「遠慮しなくていいのに。これでもワタシ、クレアさんには感謝してるんだよ?」

「気持ちだけ、在り難く受け取っておくよ」



 戴冠式での再会を約束してプリメラ王女一行と別れた後、何事もなく馬車へと到着した私たちは車内へと。

 道中でいつの間にかネミルが姿を消していたが、もはや彼女は神出鬼没扱いなので、これといって話題にすることはなかった。



(せめて一言くらいあっても、バチは当たらないと思うけどな……)



 まあ、らしいといえばらしいのだが。


 とまあそんなわけもあり、いま馬車内にいるのは、私、アテナ、ダミアン、そしてアラクネ種と化している魔物のレングルブだった。



「……驚いたな。人型になれるのか」



 私の驚きの視線は、レングルブに注がれる。

 彼女の蜘蛛型の下半身は、綺麗にロングスカートの中にしまい込まれており、見た目だけならば完全に人間だったからだ。

 アテナは相変わらずの無表情だったが、ダミアンも私と同じように驚いている様子だった。



「別に驚くことでもないさ。たぶんだけど、他のアラクネ種もわれと同じように人間に擬態して、難を逃れていると思うぞ?」

「そうなのか……」

「あの、クレアナード様」



 何やら、もじもじした様子でダミアンが言ってくる。



「その、レングルブさんに何か着るものを貸してあげたほうが……」



 すんなり彼女の名前を出してくるのは、レングルブが人型をとっているせいかもしれない。

 というか、彼に指摘されて、私は自分がうっかりしていたことを思い知る。

 確かにレングルブは人型に擬態していたが、8本脚を器用に擬態化させたロングスカートのおかげで下半身はそれでいいだろうが、上半身はそのままだったのだ。

 つまりは……胸が丸出しだったのである。



「エッチですね、ダミアンさんは」

「ちょっ!? だから、俺は何か着るものをって……っ」

「おっぱいをガン見していたのを、私は知っていますよ」

「いやいやいや! 誤解ですから!」

「へぇ……魔物だってのに、そんなにわれの胸が気になるのかい? 雌なら見境なしってかい?」

「いやだから! そういうつもりで言ったわけじゃ……」

「くくく! なかなか愛い奴じゃないか! 違う意味で食べたいねぇ」

「ええ……っ!?!」



 舌なめずりするレングルブを前にダミアンが後退り。

 アテナは相変わらずの無感動の瞳を、悪戯めいた顔のレングルブへと。



「おやおや。レングルブさんは、性欲が旺盛のようですね」

「そりゃあねぇ……こちとら何百年もあの場から動けなかったわけだしねぇ」

「ですが、子グモ? と表現していいのでしょうかね。ずっと生んでいたのでしょう? 番いみたいな雄がいたのでは?」

「いやいや。別に生殖行動した結果ってわけじゃないよ。魔物として備わっている機能みたいなもんかねぇ、だからわれには、特定の相手はいないよ」

「なるほど」

「だから、雄に飢えてるって言ってもいいかもねぇ」

「よかったですね、ダミアンさん」

「いやいやいや! 言ってる意味がわからないですから!!!」



 などなど、何やら盛り上がる一同。

 なかなか適応力が高いアテナとダミアンに、私は内心で舌を巻く。



(というか、レングルブが人間じみてるからだろうな)



 魔物というからには、もっと人間離れした性格なのかと思っていたからだ。



(ダンジョンと同化していたというし、その間の冒険者たちのやり取りを見続けて、人間っぽい性格に変わったってところか……?)



 身動きがとれない彼女は、冒険者たちのやりとりを見続けるしかやることがなく、見続けている内に自然と性格や考え方もが、人間よりになってしまったということなのだろう。

 その事は私たちにとっては不幸中の幸いであり、黒の魔人にとっては計算外だった、というわけである。



「レングルブ。そろそろ本題に入ってもいいか?」

「ん? われはいつでも構わんよ」

 


 話題が変わったことでダミアンが安堵の息を漏らす中、私は改めてレングルブに問いかけた。



「お前の目的は何なんだ?」

「目的……ねぇ」



 天井を見上げた彼女は、小さな溜め息を零す。



「正直言って、われは疲れちまったんだよねぇ」

「疲れた?」

「魔物として生きることにさ」

「……言っている意味がわからないんだが」

「何百年も同じ場所にいてみなよ? 嫌気が差すから」

「それは……」

「最初こそ魔物の本分のもとに行動してたけどさ、封印されてから長すぎる歳月の末に、考え方が変わっちまったのよ。いまのわれは、普通に外の世界を見て回りたくなっちまったんだよねぇ」

「そういうものなのか」



 想像すら出来ない苦痛を味わって来たレングルブの言葉には、重みがあった。

 これが人間だったならば、とっくに精神崩壊していてもおかしくないだろう。

 ……逆に。魔物にとっては、いまの彼女の状態が精神崩壊していると言えるのかもしれないが。



「……お前の考えはわかった。あの時の私に力を貸すという言葉は、方便だったんだろう? 別に私は、お前を縛るようなことは考えていない」



 一応は、レングルブの処遇は私による保護兼監視ということで落着していたが、だからといっていまの言葉通り、彼女をどうこうしようという気はないのである。



「だから好きな場所へ行き、好きなことをすればいいと思うんだが」



 魔物としての力があるならそういうわけにもいかないが、もはやロード種と同等程度の力しかもっていないアラクネ種、そして彼女の様子から人間に危害を加える気もないようなのだし、ならばわざわざ間近で監視する必要もないというわけだ。



「好きな場所で好きなことを……ねぇ」



 そう呟くレングルブの声には、含みがあった。



「さっきのやりとりで、われ──というかアラクネ種は、冒険者共に狙われる確率が高いみたいだねぇ」

「まあ、希少種だからな」

「ですがレングルブさんは、いまみたいに擬態化できるので心配ないのでは?」

「ですよね……正直俺も、ぜんぜん見分けがつきませんし」

「そうかい? まあさすがに”営み”の時は、元の姿に戻らざる得んけどねぇ」

「営み……っ」



 言葉に詰まるダミアンの顔を、レングルブは可笑しそうにのぞき込んでくる。



「何なら、われと()()()()()()()? われはいつでも構わんよ?」

「ええ……っ!?!」

「くくく! 可愛い反応をしてくれるねぇ」

「ダミアンさんはウブですからね」



 揶揄ってくるふたりにダミアンは居心地が悪くなったようで、心無しか肩身を狭くしていた。

 彼のウブな反応を堪能したのか、レングルブは真剣な顔を私に向けてくる。



「まあ、ぶっちゃけた話。人間に擬態しようがひとりじゃ限界はあるってことさ。ましてや、われは人間社会には疎いしねぇ。だから、クレアナード。われが人間社会に慣れるまでの間、われを保護してほしいんだ。その見返りとして、われの力も貸そう。さっき言った取り引き通りさ」

「ずいぶんと弱気なんだな」

「くくく。”弱く”なれば、気弱にもなるもんさ」

「弱く……か」



 他人事ではない単語に、私は思うところがないわけじゃなかった。

 しかしレングルブには、悲壮感はまるでなかった。



「まあ、後悔はしていないよ。こうして自由を得たんだしねぇ。迷宮と同化した状態じゃあ、われはあの場から身動きひとつ取れんかったしねぇ」

「半身を切り離したとか言っていたな」

「ああ、そうだよ」

「切り離されたその半身は、いまも活動しているのか?」

「しているといえばしている、かねぇ。まあ、”われ”という意識がなくなった以上、もはや自動的に魔獣を生み出すだけの道具さ」

「道具……か」

「魔物ってのは、眷属を生み出すように造られた存在だしねぇ。半身には悪いけど、面倒な仕事を押し付けちまったって感じかねぇ。まあ、もう面倒っていう感情すらないだろうけどねぇ」

「お前とその半身は、もう別個の存在ということなのか?」

「んー……感覚だけは繋がってるけどねぇ、まあ、それ以上でも以下でもないって感じかねぇ。だから今のわれには、何もすることはできないよ。自由の代償……まあ、甘んじて受けようじゃあないかい」

「そうか」



 何やら通ずるものを感じてしまう私は、改めて問うた。



「どうして私だったんだ?」

「言ったろ? アンタは責任感が強いし、面倒見もいい。寄生するなら最高の宿主じゃあないかい」

「寄生とか」

「くくく。まあその分、われも力を貸すんだ。アラクネの能力、なかなか便利だと思うぞ?」



 確かに人外の力は、時として人間の力を越える場合も多い。

 だからこそ、魔獣使いの需要が高いのだ。

 優秀な魔獣使いならば、たったひとりで一国の軍にすら匹敵するのだから。



「まあ、私としてはお前が仲間になることに異存はない。アテナ、ダミアン。お前たちはどうだ?」

「私も反対意見はありません。面白そうですしね」

「俺は……まあ、クレアナード様のご判断に異を唱えるつもりはないです」



 ダミアンの言葉にやや含みがあったのは、揶揄われたからなのかもしれない。

 とはいえ、私情を挟むほど子供でもないようである。



「と、いうわけだ。お前がその気なら、私たちがお前を拒む理由はない」

「……そうかい。じゃあ、世話になるよ」



 受け入れの姿勢を見せる私たちを前に、どことなくレングルブが安堵したように見えたのは、気のせいだろうか。



「それで、クレア様」



 話に落着がついたタイミングを見計らい、アテナが問うてきた。



「今後の方針は如何いたします?」

「とりあえずは、プリメラ王女の戴冠式が終わるまではドワーフ国にいようと思う。そういう約束だったしな」

「そうですか。いまさら指摘の必要はないと思いますが、ここはダイ国です。そうなるとザム国へ向かわれるのですか?」

「そうだな……まあ別に、ドワーフ国ならどこに居てもいいような気がするが」

「あ、そういえばクレアナード様」



 思い出したようにダミアンが、ふところから1枚の紙片を取り出してくる。



「王女様の近衛隊長さんから、腕のいい職人がいると紹介状をもらったんです」

「いつの間に……」

「クレアナード様と王女様が話している時です」

「そういえば、視界の端でなんか話してたな」

「はい。クレアナード様の籠手が壊れちゃってますし、他の魔道具もそろそろ一度整備したほうがいいんじゃないかと思って、職人を教えてもらってたんです」

「そうなのか」

「剣も壊れてますし、一度、その職人がいる街に行ってもいいと思います」

「そうか……私のために、気を回してくれたんだな。ありがとう」

「い、いえ! 当然のことなんで褒められることじゃ……っ」



 顔を赤らめてくるダミアンの頭を思わず撫でてやると、彼の頬はゆでだこのよう真っ赤かに。

 そんな様子を見ていたレングルブが、ぽつりと。



「人間感情に疎いわれが言うのもなんだけど、もしかして……」

「慧眼ですね」

「いやいや。わかりやす過ぎじゃないかい?」

「傍で見ていると面白いですよ」

「ほほう……新たな楽しみが増えたねぇ」

「よかったです。レングルブさんも”私側”のようで」

「くくく! 何やらアンタとは、気が合いそうだねぇ」

「ええ、まったくですね」



 何やら話し込むアテナとレングルブは、意気投合したようで不穏な眼差しをダミアンへと向けており。

 背筋に悪寒が走ったのか、当の彼はぶるっと身震いをしていた。



「それでダミアン。その職人はどこにいるんだ?」

「……え。あ、えっと」



 私に問われた彼は慌てて紙片を確認して、地図を広げくる。



「ザム国のコルプ村ってところですね。位置的には、中央に位置してる地下迷宮の北西当たりです」

「なるほど。ということは……ここからだと、この距離だと数日くらいか」

「まあ、そんな感じかと思います」

「ではクレア様。とりあえずの目的地は、コルプ村なのですね?」

「そうだな。せっかく貰った高ランクの魔道具なんだ。壊れたままにしておくのは、もったいないしな」

「この馬車で移動するのかい?」



 何やら目をキラキラさせてくるレングルブに、私はやや胡乱げに眉根を寄せた。



「そうだが……それがどうかしたのか?」

「初めての馬車移動……なんか、ワクワクしちまうだけさ」

「子供か」

「くくく! 魔物として生きてきたわれにとっては、すべてが初めて尽くしなのさ。期待しちまっても無理ないってわけよ」

「そういうもんか」



 人間味に溢れた彼女の姿に、私は若干の戸惑いを。



(もし彼女の考え方が変わっていなかったら……あの場で、とんでもない死闘になってたんだろうな)



 本当に、ダンジョンでは何が起きるかわからない、というものである。



「では、出発しましょう」



 御車席に移動したアテナが、見慣れた影馬を召喚する。

 それに合わせて身を乗り出す感じで、レングルブもが御車席に。



「危ないですよ」

「まあ、気にしないでちょうだいな」

「そうですか。では──」

「おっと! ちょ、こんなに揺れるんかいっ」

「だから危ないと忠告しましたのに」

「くくく! これが馬車移動ねぇ! なかなか居心地がいいじゃあないかい!」



 等々、御車席で子供のように騒ぐレングルブを前に、私とダミアンは苦笑を浮かべるのだった。




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※




「……ん、ここは……」



 闇の中。

 ネミルに焼き尽くされて消滅したはずの黒の宣教師が、ゆっくりと目を開く。

 視界に映るは闇ばかり。



「俺は、あの女に滅ぼされたはず……」



 誰にともなく呟く彼の視界に、”白”が映り込んできた。



「おはよう、寝坊助君」

「お前、は……」



 夜の帳ならぬ白の帳を背にするは、中性的な顔立ちの有翼人だった。

 その顔には冷笑が浮かべられており、黒の宣教師を睥睨してくる。



「──クロエ。俺に何の用だ」

「おやおや。復活させてあげたってのに、ずいぶんな物言いじゃないかい?」

「復活……だと」

「そう。ボクが君を復活させたんだ」

「……馬鹿な」



 愕然とする黒の宣教師の姿に、有翼人──クロエは冷笑を深くした。



「その様子だと、さすがに気づいたようだね? 強制復活術は、対象者は術者に対して絶対服従となることに、さ」

「……必ずしも、その術に抗えないわけじゃない。魔人としての力があれば──」

「ああ、そうそう。言い忘れてたけどね」



 芝居がかった仕草で、クロエが残念そうに落胆してくる。



「やっぱり同族の復活は難しいね」

「……なんだと?」

「復活術は失敗ってことだよ。だから君の力は、本来の半分程度しかないんだ」

「……キサマ……っ」

「怖い顔しないでほしいね。()()()()()()()()わけじゃないよ? まあどのみち、今の君にはそんなこと関係ないよね。もう君は、ボクには逆らえないんだからさ」

「………………」



 ぐっと拳を握りしめるものの、黒の宣教師は口を開かない。



「今後は、必要があれば招集するから、それまでは好きにしてくれてていいよ」

「……クロエ。この俺を”敵”に回したこと、いずれ後悔するぞ」

「あはは! 敵とか言える立場なのかい? 君は少し自分の立場を考え直したほうがいいよ。君はもうボクの”ペット”なんだからさ。靴を舐めろと言われたら、舐めるしかないんだよ? 何なら今、命じてあげようか?」

「………………」

「あはは、冗談だって。そう睨まないでくれるかい? いい子にしていれば、ボクの気まぐれで君の”目的”を手伝ってあげなくもないんだからさ」 

「………………」

「確か君の主は……魔神ジングだったっけ」

「………………」

「健気だよねぇ。今でも主に忠誠を誓って、復活を目論んでいるのだから」

「……お前は、もう主に忠誠はないのか」

「あるわけないよ。もう昔の話なんだしね」

「……ならばお前は、何を目的として動いている」

「君に教える必要はないよ。君は黙って忠犬のように、ボクの言いになりに動いていればいい」

「……必要があれば、呼ぶがいい」



 忌々しそうに吐き捨て、黒の宣教師は闇に溶けるように消えていった。

 その空間にひとりとなったクロエは、にんまりとした笑みを浮かべる。



あの女(ネミル)も、たまには役に立ってくれたね。おかげで僕のコマが増えたわけだし」



 結局あの女は、最後まで自分の存在に気付くことはなかった。

 存外、あの女も抜けているというか、詰めが甘いというか。

 いずれにしても、この状況は自分の独り勝ちと言えたのである。



あいつ(黒の魔人)の戦闘力は落ちた(落とした)けど、まあ人間相手だったらそれでも十分だろうしね」



 とはいうものの、ひとつだけ気になることが。



「あの魔族──ええっと、クレアナード……だったっけ。またあの魔族が関わってきたわけだけど……」



 縁があるのか、あの魔族がトラブルメーカーなのか。

 まあいずれにしても、取るに足らない存在なので、気にしても意味がないだろうと判断するが。



「本気で邪魔になったら、消せばいいだけだしね」



 魔人であるクロエにとっては、自分が暗躍した影響で弱体化した魔族(クレアナード)の存在など、その程度なのである。



「さて、と。火種はあちこちにあることだし、ボクはボクで好きにやらせてもらおうじゃないか。神の時代は終わり、いまはボクたち魔人の時代なんだしね」



 バサッと白の帳を羽ばたかせると、彼女の姿も闇の中へと消えていくのだった。




時代の主役は……



※次話から第7章です。


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