第5話 「魔王様、地下迷宮攻略中。前半戦③」
前話のあらすじ:キノコの性能を目の当たりにしました。
「……まじか」
気持ちよく目覚めた私がキノコテントから出ると、数体の蜘蛛が仰向けになって転がっていた。
いち早く目覚めていたのか、すでにダミアンがひとりで部位回収をしており、そんな彼へと目を向ける。
「迎撃機能がすごいな」
「ですね。俺もテントから出たら”これ”だったんで、びっくりでしたよ」
慣れた動作で部位回収するダミアンは、小さく苦笑い。
「なんかこの様子だと、俺も仮眠じゃなくて本眠でも良かったかもですね」
「外の音は聞こえなかったのか?」
「まったく。たぶん、触手が完全防音の役割も果たしているんだと思います」
「至れり尽くせりか」
私が感心していると、後からテントから出てきたアテナが、珍しく疲れたような欠伸をひとつ。
「……あふぅ……」
「ん? どうしたアテナ?」
「実体化したままでの就寝は、身体の節々が痛みますね」
らしくなく、無表情がわずかに崩れて目の下には隈が出来ていた。
精霊にとって実体化したままで寝るという行為は、それほどまでに負担なことなのかもしれない。
(そういえば……)
いつもアテナは、夜には精神世界に戻っていたことを思い出す。
「辛いようなら、無理はするなよ」
「お気遣い、ありがとうございます。きつくなるようでしたら、また魔力を頂きたいです」
「……まあ、お前に倒れられたら困るからな。私に無理のない範囲でならいいぞ」
「おや。優しいのが逆に怖いですね?」
「失礼な奴だな」
仏頂面で応えたところで、入り口からザオームが顔だけを出してきた。
「皆さん。これから夜中頑張ってくれたギーノくんを労うので、皆さんは先に朝食でもして時間を潰していてください」
私たちの返答を待つことなく、ザオームはさっさと顔をテントの中へと。
入り口が閉められたことで、完全防音性の以上、内部で何が行われているのかはわからない。
「……まあ、確かに。ギーノくん? とやらのおかげで、ダンジョン内でも安心して寝られたのは事実だしな」
「魔法生物って、すごいんですね。なんか俺も、欲しくなってきました」
「だな。夜中安心して寝られるのは、冒険の上ではかなり重要なことだからな」
魔法生物というものを軽視していたのかもしれない。
「これは、今回の事が終わったらラーミアに連絡して、専門機関への援助を強化させたほうがよさそうだな」
「クレアナード様。もしかしたら、魔獣使い増産計画と同じくらいの効果が見込めるんじゃないんですか?」
「ああ、かもしれないな……これは盲点だったな」
ダミアンの指摘に、私は思わず唸る。
そんなやり取りを交わす一方では、アテナが手早く朝食の準備を進めており、ダミアンの回収作業が終わるのと程なくして、完成。
朝食ということで、全体的に軽めのメニューだった。
魔獣や不遜な冒険者の襲撃に警戒しながら、手早く作られたにもかかわらずの絶品料理を堪能した頃合いに……
テントを形成したままのキノコが、ブルッと大きく身震い。
しばらく小刻みに全体が揺れていたが、やがては収まりを見せ。
私たちの視線が向かう中、キノコテントからザオームが出てきた。
「……キシシ」
恍惚の余韻を残した半分蕩けている顔に、薄っすらと紅潮している頬。
息もわずかに上がっており、全体的に汗ばんですらいた。
衣服すらもが少し乱れており。
しかもその口の端からは、つうっと薄っすらと黄ばんだ液体が糸を引く。
「おっと。もったいないですねぇ」
艶のある仕草で啜る。
「………………」
彼女の”この状態”の原因に察しをつけた私は、あえて何が行われたのかは聞かないことにした。
「ザオーム。お前の分の朝食もあるが……」
「申し訳ありません。もうお腹いっぱいなので」
「……そうか」
「栄養満点なので、大変重宝しています。私はアテナ氏のように、料理が出来るわけじゃないですからねぇ」
テントを形作っていたキノコが元の大きさへと。
愛おしそうに腹部分を撫でたあと、いつも通り肩に担ぐ。
(キノコってのは、栄養豊富だと聞くしな……)
ただ、どうやって接種したのかは……追及はしないが。
「時に、ダミアンさん」
すうッとダミアンの横に、アテナが移動してくる。
「はい?」
「ザオームさん……どうやってキノコから栄養を補給したのでしょうね?」
「え……っ」
想像したのだろう、ダミアンの頬が薄っすらと紅潮した。
「ダミアンさんは、どう思います?」
「えっと……俺には、さっぱり……」
「おやおや。嘘を吐くとは感心しませんね」
「嘘なんかじゃ……」
「ささ。クレア様に聞こえるように大声で、いま想像したことを胸を張って仰られてください」
「ちょ、アテナさん……っ」
「さあさあ」
「いや、だから……」
アテナに揶揄われるダミアンは返答に困り、困惑状態に。
ちらちら私を見ては逸らすので、私としてもなんだかつい面白くなってしまう。
だからあえて私は、助け船を出すこともなく、生温かく見守ることに。
「キシシ……私にも聞こえる声でお願いしますよぉ?」
今までの意趣返しとばかりに、当事者のザオームも面白がっている様子。
「ザオームさん……! あなたは、その、恥ずかしくないんですかっ?」
「何がですかねぇ? 別に私は、何も恥ずかしくないのですがねぇ。むしろダミアンくん、君は何を想像してそんなに恥ずかしがっているのですかねぇ?」
「っ──それは……」
「「それは?」」
「…………っ」
”性格の悪いふたり”に責められることになったダミアンは、たじたじとなる。
(ダミアン……まだまだ”青い”な)
ウブな少年の態度に、私は温かい気持ちになるのだった。
※ ※ ※
「さすがに、他の冒険者の姿が少なくなってきたな」
ザオームの先導で通路を進みながら、私はぽつりと呟く。
地下6層くらいになってくると出現する魔獣のクラスも中級が目立ち始めるので、実力のない冒険者は、ここら辺でリタイアせざる得ないのだろう。
ギルド依頼の報酬額の差は魔獣のクラスの差でしかないので、無理をして下層に潜ってリスクある戦闘をするくらいならば、上層部にて下級魔獣を多く倒したほうが効率がいいという考えもあったりする。
クラスが上の魔獣の部位のほうが換金率は高いものの、リスクと手間、どちらを選択するかという話だった。
しかし上層部ではハイリスクハイリターンよりも、手間を選んでも低リスクを選ぶ冒険者が多い為に、逆に魔獣の数が激減してしまうという欠点もあったりする。
それでも高リスクを避けて魔獣の出待ちをするか。
それとも覚悟を決めて高リスクに手を出すか。
そこら辺は、冒険者の自己責任になってくるだろう。
身の丈に合わないリスクを犯せば、当然ながら手痛いしっぺ返しが待っているのだから……
「クレア様。我々は、どの辺りまで攻略する予定なのでしょう?」
「んー……そうだなぁ……」
今回の目的は、あくまでもこの地下迷宮に巣くう魔獣の数減らし。
そしてあわよくば、ドワーフ族の王族一行と接触できればいいかといった程度なので、無理に下層へと潜る必要性はないのである。
「いま私たちがいるのはダイ国側だしな。遭遇できそうなのはダイ国の王子一行ということになってくるが……」
思い出されるは、かつての表敬訪問で国王の隣にいた双子の若きドワーフ。
まるで正反対の印象を受けたものである。
双子の名は確か……
………
……
…
記憶が飛んでいたとしても、仕方ないだろう。
もう昔な上に、その時は簡単な紹介だけしか受けていなかったのだから。
「確か聞いた話だと……地下10階層で3か国の入り口が合流しているみたいだしな。そこまで行けばダイ国だけじゃなく、うまく事が運べばザム国やラオ国の王族一行とも接触できるかもしれん」
「なるほど。では当面の目的地は、地下10階層ということですね?」
「ああ、そうなる。まあ、このメンツなんだ。そこまで高リスクってわけじゃないと私は思うがな」
皆を見回すと、何やらダミアンが張り切ってきた。
「どんな状況だろうとも、クレアナード様は俺がお守りします!」
「そうか。頼りにしているぞ、ダミアン」
「はい! お任せください!」
「キシシ。ついででいいので、私も守ってくれませんかねぇ?」
「ザオームさんにはギーノ君がいるじゃないですか。そちらはそちらで勝手にしてください。俺にとっては、クレアナード様が第一ですから」
にべもないダミアンの対応に、ザオームは低く笑う。
「キシシ……相変わらず、私には手厳しいですねぇ」
「残念ですね。ということは、私も守ってはくださらないのですね」
わざとらしくしょんぼりした感じを見せてくるアテナに対して、ダミアンは慌てたように弁明。
「あ、いやそういうことじゃなくて! ちゃんとアテナさんも守りますから!」
「私は”ついで”なのですね。しょんぼりです」
「いや、だから……っ」
(このふたりが相手だと、すっかりダミアンはイジられキャラだな)
内心で苦笑する私だった。
とまあ、そんな緊張感のない雑談を交わしながら通路を進むことしばし。
ピタリと、先導してたザオームが足を止めた。
「私が先導できるのは、ここまでです」
「そうか」
「力不足がお恥ずかしいですねぇ」
「いや、ここまで迷わず来れただけでも、意味は大きいさ」
地下6階層で引き返したと言っていたので、この場が引き返したポイントなのだろう。これより先からが、いよいよ本格的な攻略になるというわけだ。
「ダミアン」
「はい。こっから先は、俺が先行偵察します」
「無理のない範囲でな」
「わかっています」
頷いたダミアンは表情を引き締め、足早にひとり先行していった。
「キシシ……優秀ですねぇ」
「ああ。頼りに出来る仲間だよ」
「私に対する当たりが強くなければ、評価してもいいんですけどねぇ」
「……お前でも、やっぱりそういうのは気にするのか?」
「いえいえ、そういうわけではないですよ。何も気にはしませんがねぇ。ただまあ、自分に敵意を向けてくる人物をどう思うか、という話かと」
「なるほどな」
こればっかりは個人の自由なので、頭ごなしにダミアンを注意することはできないだろう。
私は他人の感情にまで干渉するほど、独善的ではないのだから。
(時間が解決してくれる……そう思うとしよう)
”流れに任せよう”と私が判断すると、ふいにアテナが口を開いた。
「そういえば。前から気になっていたのですが、このダンジョンの最下層は何階なのでしょう?」
「ん? それは誰も到達していないから、わからないんじゃないのか?」
「ですが、ネミル様は到達なされているのですよね?」
「……あー……確かに、な」
言われてみて、私は初めて気がついた。
我ながら、なんとも間抜けだなと思ってしまう。
ネミルは、初代ドワーフ王と共に最下層に行っているのだ。
ならば、彼女は最下層が何階なのか知っていることだろう。
むしろ知らない方がおかしいという話であり。
なぜあの時、彼女に確認を取っておかなかったのかと、軽く後悔……
「まあ、いずれは私たちも補給の為に地上に戻るしな。そうなればネミル殿のことだ、向こうから接触してくるだろう。だから、その時にでも聞けばいいさ」
そう答えてから、私はある事に気が付く。
「そもそもアテナ。疑問に思ったのだったら、どうしてあの時にネミル殿に聞かなかったんだ?」
「クレア様がそれほど気にしておられなかったので。なので、出過ぎた発言は控えました」
「……お前は、変なところで変な気遣いをしてくることがあるな?」
「それほどでも」
「いや、褒めてないぞ」
そんなやりとりを交わす私たちを前に、ザオームが愉快そうに低く笑ってくる。
と、先行偵察していたダミアンが小走りで戻ってきた。
「クレアナード様! この先の通路を曲がったところが小部屋となっており、数体の中級クラスを目測しました。まだこちらには気づいていないみたいです」
「そうか。数体だけなら、わざわざ迂回しなくても良さそうだな」
「ぶっ殺して、私たちの資金源となって頂きましょう」
「アテナ、言い方が……」
「キシシ……どう言おうが、やることは変わらないのでは?」
「……まあ、そうだけどな」
中級クラスの以上、こちらのメンツを考慮すればリスクは低いと考えられるが、油断は禁物だろう。
「ダミアンが先行してかく乱。その後に私とザオームが突撃。アテナは援護、といったところか」
「安定の戦術ですね」
「俺に異論はないです」
「キシシ……私も同感ですよ」
「よし。危険度は低いと思うが……油断しないでいこう」
妥当な戦術を決めた私たちは、警戒を怠らない体勢でもって、通路の先にいる魔獣たちへと向かうのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「ふわぁあ……退屈だにゃあ……」
大きな欠伸をするネミルは、地下迷宮への入り口上方にて、ふよふよと浮遊していた。誰も彼女に気付かないのは、姿を消す魔法を使っていたからである。
「かといって、かび臭い地下に潜るのは嫌だしぃ」
地下深くへと逃げたあの男が全快を図っているとしても、ネミルにはこれといった焦慮はなかった。
なぜならば、正面からの戦いにおいては彼女のほうが実力が上だからだ。
それゆえにネミルは、強者の余裕でもって、この場でのんびりと待っていたというわけだった。
何の気なしに懐から取り出したのは、小さなオーブ。
「んー……いまのところは、別に何もないかにゃぁ」
映像が出るわけでもないが、伝わってくる感覚により、そう判断する。
クレアナードに渡したあのお守りは、一方的にこちらからの干渉により、一度だけあれを媒介に魔法を発動できる代物だったりする。
万が一の備え、というやつである。
(ほんとは、あんまり干渉するつもりはないんだけどねぇ)
なんだか、放っておけない気にさせられてしまうのだ。
とは言っても。
生きている次元が違うのだから、助けるのは一度のみ、と決めていたが……
すると。
まったりとしたヒマを持て余し中、下の方がにわかに騒がしくなり始めた。
どうやら、冒険者同士で何やら言い争いをしている様子。
耳を傾けてみると、取り分のことでもめているらしかった。
「ふざけんなよ! 俺のほうが倒した魔獣の数は多いんだぞ! それなのになんで均等に分配なんだよ!!」
「パーティ行動の以上は、平等に分配するのがルールだろ!」
「不公平だろが!」
「ちょ、落ち着けって二人とも……」
「うるせぇよ! だいたいてめぇは後衛のくせに、なんで前衛の俺と取り分が同じなんだよ! ああっ?」
「そ、それは俺が回復職だからであって……」
「魔獣を一匹も倒してねぇくせによ! 楽な仕事だよなぁ?」
「それは……」
「お前いい加減にしろ! 回復職がいるからこそ安心して潜れるんだろうが! お前だって何度も治療を受けているだろうが!!」
「リーダー面すんな! お前のそういうところ、正直ムカついてたんだよ!!」
「なんだとっ!?」
「だいたいな──」
「はあっ? この機会だからもう遠慮なく言わせてもらうぞ──」
等々、言い合いはヒートアップしていく。
周りにいる他の冒険者たちは軽く一瞥するものの、関わる気配はなかった。
よけいな厄介事に関わりたくないようである。
「またか……」
「チームワークがないパーティは迷惑だな」
「言い争うくらいなら、さっさと解散すりゃいいだろうに」
すでに見慣れている光景らしく、他の冒険者たちは辟易している様子だった。
(……人間ってのはまあ、欲深いにゃぁ)
昔から変わらない人間の底のない”業”。
まあ、”業”があるからこそ、人間という種は様々な苦境から生き延びられてきた、とも言えるのだが……
しみじみと思うネミルは、そこで苦笑い。
(ま、私も他人のことは言えないケド。命欲しさに魔神に魂売ったワケだし)
人間を捨てたことに、別に後悔などはなく。
あの頃はそうしなければ、生き残れなかったのである。
現在の平和ボケした時代と比べると、当時がどれだけ苛酷だったことか。
人間という種を遥かに超越した神々が跋扈していたのだから、わざわざ言葉にして表現するまでもないと思うが。
(死にたくないって思うのは、生物としての当然の権利だしネ)
想像を絶する神々の時代が終わり、こうして生き延びた以上は、あとは面白おかしく人生を謳歌していきたいのだが……
(いまさら魔神サマが復活されてもねぇ……)
たった1体とはいえ”神”が現世に甦れば、その”神”の意のままとなることだろう。それだけ、”神”の存在は絶大ということである。
まさに、世界は一変することだろう。
どう変わるかは断言できないが、それでもネミルにとっては好ましくない世界になることは間違いなく。
だからこそ、”魔神”の復活は止めなければならなかった。
ひどく面倒くさい事だったが、安穏とした生活を望む以上は、やらねばならない事なのである。
とはいえ……
「労働……したくないにゃぁ……」
辟易した溜め息を漏らしていると、眼下の言い争いは、いつしか刃をぶつけ合う殺し合いへと発展していたりする。
それでも周囲を行き交う別の冒険者たちは、我関せずを貫いていたが。
むしろ、迷惑そうに顔をしかめていたりする。
(クレアちゃんみたいな優秀なリーダーがいないと、こうも脆いもんなんだねぇ)
ネミルとしてもどうでもいい事態なので、完全スルーである。
と、その時。
ふいに違和感が。
(ん? いま、誰かに見られたような……)
ふいに感じた視線。
当然ながら、眼下の冒険者連中ではない。
透明化の魔法は、未だに発動中だからだ。
(気のせい……私も耄碌してきたかナぁ?)
思い返せば、もうかなりの長い時を生きてきているのだ。
まだまだ精神年齢は衰えてはいないつもりなのだが……
「にゃはは~♪ 歳は取りたくないネ♪」
愉し気に笑うのだった。
一枚の白い羽根が宙に舞っていました。




