第2話 「魔王様、唐突の再会をする」
前話のあらすじ:かつての敵を仲間にしました。
「やっほー!」
何の前触れもなく、”彼女”が私たちの前に姿を現していた。
ザム国にある《地下迷宮》への入り口に来たところでの出来事だった。
ちなみに、《地下迷宮》は三か国の中央に位置しているので、各国それぞれにひとつずつ、ダンジョンへの入り口が存在しているのである。
高原のど真ん中に蟻塚のような入り口が口を開けており、その周辺には冒険者たちの簡易テントがいくつも点在していて、多様な種族の冒険者たちが忙しなく行き交っていた。
「……ネミル殿」
私は、苦い想いを抱きながらその人物の名を口にする。
アテナはいつも通りの無反応、ダミアンは何やら唇を押さえており、面識がないザオームはこれといった反応はしてこない。
「にゃはは~~~久しぶりだネ? 元気にしてたかにゃ?」
「どうしてここに?」
「元気にしてたかにゃ?」
「いや、だから……」
「元気にしてたかにゃ?」
「えっと……」
「元気にしてたかにゃ?」
「……ああ。それなりに」
「それは良かったね~! 人間、元気が一番だからネ♪」
相変わらずのネミルのペースに、私は思わず溜め息が漏れてしまう。
(そんなに大事なことなのか……?)
本当に、彼女の考えていることはわからないというものだった。
コホンと咳払いしてから、私は改めて彼女を見やる。
「それでネミル殿──」
私が口を開こうとしたところで、アテナが間に割ってきた。
「積もるお話もありましょう。ここでは何ですので、一度、馬車に戻られては?」
言われてみると。
ここは地下迷宮への入り口付近なので多くの冒険者たちが行き交っており、そんな場所でおしゃべりしていては、彼らの移動の邪魔になってしまうだろう。
そういうわけで私たちは、馬車置き場に置いてきた私の馬車へと。
とりあえずアテナが用意した紅茶セットを囲みつつ。
一息吐いてから、私は改めて切り出した。
「ネミル殿、どうしてこんな場所に?」
「ん~……出待ち、かナ?」
「出待ち?」
「そ。なーんかさ、最奥まで逃げちゃったみたいなんだよね。さすがにさぁ、そこまで追ってくのもメンドいし? どーせ、いつかは出て来ざる得ないんだしネ」
「そういえば、誰かを追っていると言っていたな」
「メンドーなコト考えてる元彼♪ ほんっとロクな事しないから困っちゃうネ♪」
「元彼……」
彼女の軽薄な態度からは、どこまでが事実でどこまでが冗談なのか、いまいちわからない。
「ま! そんなことよりさ! クレアちゃんたちがここに来たってことはさ、このレングルブを攻略に来たのかにゃ?」
「……攻略というか、地下迷宮に巣くう魔獣の数減らしだな」
「なーる。倒したとはいっても、生産機能だけはまだ生きてるっぽいもんネ」
世間話のように何気ない口調だったのだが、ネミルが述べた内容は衝撃の事実が含まれていた。
「……ネミル殿。まさかこの地下迷宮は……」
「ん? 巨大型魔物だよ」
あっさりと告白。
「「「…………」」」
無表情のアテナ以外が絶句したのは、言うまでもないだろう。
「そもそもさ」
ネミルは自分だけが知る知識を披露するのが楽しいようで、その口ぶりは軽快なものだった。
「各地に点在してるダンジョンって、巨大型魔物の成れの果てがほとんどなんだよネ~」
「……まじか」
思い出されるは、世界樹『ガイア』だ。
何も知らないエルフ族に信仰されていたが、その正体は巨大型の魔物だった。
いろいろあって心臓部分たる”核”を破壊したことで、完全に鎮静化させたものだったが……
「普通に考えてみ? 魔獣が無限に湧いてくる場所がさ、普通なわけなくない?」
「……確かに」
言われてみればそうだった。
何かしらの因果関係があって然るべきであり、そこには必ず原因が存在しなくはならないのである。
何の原因もなくポンポン魔獣が出現していたら、とっくにこの世界は崩壊していることだろう。
「そういえば、倒したとかどうとか言っていたが……」
「うん。倒したよン」
「なぜそんなことを貴女が知っているんだ?」
「だって、バムクル君と一緒にレングルブを倒したし。歴史の生き証人ってやつかにゃ?」
「……まじか」
バムクルとは、ドワーフ族の初代王である。
まさか、ネミルと初代王との間にそんな繋がりがあったとは……
「……相変わらず、貴女には驚かされることが多過ぎるな」
「にゃはは~♪ 伊達に長生きはしてないよン」
「ちなみになんだが、なぜ貴女とドワーフの初代王が?」
「んふふ~♪ 女ってのはね、秘密がある方が魅力的なんだよ♪」
「……言う気はない、と言うことか」
「何でもすぐ答えを知りたがるのは、クレアちゃんの悪いクセだネ~」
ケラケラ笑うものの、一度だけ瞳を伏せる。
「まあ、バムクル君はその時の怪我のせいで、あの場で死んじゃったけどね」
「……そういうことだったのか」
「ホントはね? 遺体はちゃんと地上に連れ帰ろうと思ってたんだけどさ。遺言でさぁ、《神の槌》と共に在りたいって。彼はもう死ぬから動けないし、かといって私も《神の槌》には触れないからさ。あの場に置いてくるしかなかったってワケ」
「初代ドワーフ王が消息不明となった理由はわかったが……なぜその事実を遺族に教えてやらなかったんだ?」
「手紙を送ったんだけどね~、うまく伝わんなかったのかにゃ?」
「手紙……なぜ、直接赴かなかったんだ?」
「ん~……メンドかったから? にゃはは~♪」
悪びれた様子もなく笑うものの……きちんと事実が伝わっていれば、もしかするとドワーフ国は分裂してはいなかったかもしれず。
その重要な可能性を知ってか知らずか、ネミルはまるで他人事の様子だった。
「ネミル様、ひとつよろしいですか?」
片手を挙げてきたのは、無表情のアテナ。
ちなみにザオームは興味がないようで、キノコの手入れ中。
「ん? 何かにゃ?」
「地下迷宮が魔物であるならば、移動したりするのでしょうか?」
「移動……かにゃ?」
「ああ、そういうことか。ネミル殿、アテナが聞きたいのは、突然ドワーフ国の真ん中にレングルブが現れたから、それが動くのかと聞きたいんだと思う」
「さすがクレア様。私の言葉足らずを補ってくださるとは」
「伊達に付き合いは長くないからな」
私の補足を受けて合点がいったようで、ネミルが両手を叩く。
「なるほどー! んーー……なんか勘違いしてるっぽいから言っとくけどさ、レングルブって地下迷宮そのものってわけじゃないよン?」
「世界樹のような魔物じゃないのか?」
「地下迷宮は、ただの巣だよ」
「巣……だと?」
「そ。レングルブって魔物は、巣の最深部で兵隊を生み出し続ける女王蜘蛛ってワケ。最終的には巣と同化するから、巨大型魔物って言ったんだよン」
「蜘蛛の巣……キシシ。だから迷宮での魔獣が、蜘蛛型しかいなかったのですか」
キノコで命からがら脱出してきたザオームが、不気味に低く笑ってきた。
「本来ドワーフ国に生息する魔獣は、猪型が主流ですからねぇ……なるほど、納得しましたよ」
勝手に納得する彼女を横目に、迷宮の正体を知った私もどことなく納得する。
「つまりは、女王蜘蛛たる魔物がドワーフ国に移動してきて、そこに巣を作ったってわけか」
「ま、そーいうことになるだろねネ。《神々の大戦》が終わった後っていってもさ、まだ魔物の生き残りがけっこう徘徊してたしネ」
当時を思い出してか、ネミルの双眸が細まった。
「あの頃はねぇ……私もちょっと大変だったんだよねぇ。ひとりの勇者君に付きまとわれちゃってさぁ。それを助けてくれたのがバムクル君ってワケ。だから、そのお礼でレングルブ退治を手伝ったんだよね~」
「勇者……だと?」
「おっと! 私としたことがつい口が滑っちゃったネ! 乙女の秘密を盗み聞きなんて感心しないよン?」
「盗み聞きって……勝手に口を滑らせたんだろうが」
「にゃはは~、いまのは忘れてくれていいよン♪」
誤魔化すように陽気に笑ってくるネミル。
この様子だと、答えてくれる気はないのだろう。
まあ、長生きしているのだから、それこそ”いろいろ”とあるのだろう。
(詮索するのも無粋か)
そう判断した私は、せっかくの機会なので訊ねてみることにした。
「なら、話題を変えよう。ネミル殿、半魔人という技術について知らないか?」
「半……魔人?」
小首を傾げる彼女に、私はこれまでの経緯を掻い摘んで説明。
黙って聞き終えたネミルは、小さく吐息をひとつ。
「そっかぁ……魔族国も大変なことになってたんだにゃぁ」
「部外者ぶらないでほしいんだが……」
「いやいや。だって今の私もう魔王じゃないし? 責任ある立場じゃないよン」
「それはそうだが……」
「んで、結論から言うとね? 悪いけど、私には無理」
半ば予想していたが、こうもあっさり言われると面食らってしまう。
「私って技術屋じゃないし、そういうのは私の専門外かにゃ~」
「そうか……残念だ」
「まあ、私が言うのも何だけどさ、感心できない技術だね」
ネミルは、少しだけ真面目な表情に。
「結局は魔物──んんにゃ、”魔神”の力の一端を使うってわけだし。だから人間には過ぎた”力”だと思うよ」
「過ぎた力……か」
「過ぎたる力は身を滅ぼすってネ! 老婆心で言わせてもらうとさ、私としては魔獣使いの育成に力を注ぐ方が、健全だし安全だし確実だと思うよン」
「……そうか。貴女がそういうのであれば、私たちは間違っているのだな」
「それは違うよン? あくまでも私の個人的見解ってだけだし。いまの魔族国を動かしているのは君たちなんだから、主導権があるのは君たち。好きなようにしたらいーんじゃないかにゃ」
一見すると投げやりな口ぶりだったが、口調とは裏腹に彼女の視線は私を捕らえて離さない。
気圧されてしまいそうな一種の迫力が帯びられている視線に尻ごみしそうになる心に鞭打って、私は逆に真っすぐとその視線を迎え撃つ。
「私とラーミアは、ブレアとは違う。犠牲を伴うのは、それが過ぎた力だったからということがわかった以上、改善策がないのならばすぐに半魔人研究は止める。幸い、私たち魔族には代替案として魔獣使い計画があるしな」
私の言葉と視線を受けたネミルは、迫力が抜けて見慣れた脱力した雰囲気へと。
「そ。まあどういう選択肢を選んでも、いまを生きる君らの自由だしネ。老兵の私は、何も干渉する気はないよン♪」
彼女のその言葉を最後に、この場はお開きとなる。
ネミル曰く「かび臭い地下に潜るのは御免」とのことで、私たちはこの場で別れることに。
と、そんな時、思い出したように懐から小さなオーブを取り出してきた。
「そうそう、これあげるよン」
「これは……?」
「使い捨てのお守り♪ 地下迷宮ってのはさ、何かと物騒だから」
「よくわからないが……在り難く貰っておこう。ちなみに、何か効果とかあったりするのか?」
「んふふ~お守りはお守り♪ 魔力を溜めたり盾を生んだりはできないよン。何かすぐに効果を求めるのは、クレアちゃんの悪いクセかにゃ?」
「……そう言われると立つ瀬がないな」
「あ! それともうひとつ。”大事な事”言っておかないとネ!」
彼女が私に耳打ちして”ある事”を告げてくるものの……
内容に関しては、触れないでおこう。
(どのみち、これからダンジョンに潜るのだしな)
プライバシーが守られる個人だけの空間がない以上は……
「んじゃ皆の衆! 気を付けてね~~~♪」
馬車から出たネミルは空へと上昇していくや、その姿がパッと掻き消える。
「やれやれ。まるで台風だな」
私が溜め息を吐く一方では、アテナが目ざとく気が付いたようだった。
「ダミアンさん、どうなされたのですか? まるで借りてきた猫状態でしたが」
アテナに言われて私も気づく。
ネミルがいる間、最初から最後まで、なぜかダミアンは隅っこで言葉を発することなく、口元を押さえ、まるで気配を消しているような態度をしていたのである。
名指しされて注目を受けることになった彼は、少し慌てたように。
「……あ、いえ……別に。なんでもないです。気にしないでください」
「気にしないで、と言われてもな」
明らかにダミアンの態度はおかしかった。
私と同感だったようで、ザオームも彼女独特の笑みを浮かべてくる。
「キシシ……気になりますねぇ。ええ、気になります。実に怪しい態度です。これは黒ですねぇ。間違いなく、”何か”あったと私は思うのですがねぇ?」
「……ザオームさん、よけいな詮索はしないでください」
「殺意すら滲ませてくるということは、よほど知られたくない”何か”があったみたいですねぇ」
「…………」
「キシシ……怖い怖い。まるで視線だけで殺されそうな感じです」
「ダミアンさんらしくないですね? 私としても気になってしまいますが」
「……勘弁してください。お願いします」
ザオームを殺気を宿した目で睨んでいたダミアンは、アテナにも追及されると、一転してぺこりと頭を下げてきた。
彼女をまだ仲間と認めていないのか、それともアテナの反感を買うと後が怖いからなのか。
後者の気がしないでもないが……
どちらにしてもダミアンは、口を割る気配はまるでなかった。
(ネミルと何があったんだ……?)
ネミル自身は、ダミアンを歯牙にもかけていない様子だったのだが。
さすがに彼にこんな態度を取られると、私としても気になってしまう。
とはいえ、ここまで頑なに言いたくないというのであれば、下手に彼を追い詰めることはできないだろう。
「まあ、お前が言いたくないのであれば、深く聞きはしないさ。アテナ、ザオーム、お前たちもいいな?」
「おやおや、クレア様はお優しいですね」
「キシシ……クレア氏が言うのであれば、仕方ないですねぇ」
私の言葉を受けてアテナとザオームが身を引いたので、ダミアンはどこか安堵した吐息を吐く。
しかしその態度からは、それほど私たちには知られたくない”何か”があったのだと見て取れてしまうのだが。
(ダミアン、ほんとに何があったんだ……?)
私が抱く疑問が解決する日は、果たして来るのだろうか……?
※ ※ ※
※ ※ ※
《地下迷宮》地下5層──
ドワーフ族の一団が、通路を進んでいた。
「あ~~~もう! ほんっと、ムカつくんだけど!? いま思い出しても腹が立つ!!!」
勝ち気そうな瞳の女ドワーフが、苛立たし気に地団駄を踏む。
いかにも分かりやすい我が儘そうな印象を受ける彼女の名は、プリメラ。
ザム国の王女である。
種族の特性として魔法とは非常に相性が悪いドワーフ族には珍しく、彼女は魔法が使えるようで、魔力の媒介となる魔法石がついた杖を持っていた。
「”あいつら”のせいで、大きく出遅れたし!」
王女の怒りを受けて行軍が一旦止まり、王女の隣にいた近衛隊長が冷静な声で言ってくる。
「仕方ないかと。7層まで潜ったところで一度引き返しているのですし」
「ほんっと、冒険者って最低な屑ばっかだよね!」
ダンジョン攻略中、突然、一部の冒険者たちが襲い掛かってきたのである。
どうにか撃退はしたが……そのせいで一度、戻らざる得なかったのだ。
襲撃が失敗した腹いせらしく、攻略に必要な物資の大半が奪われるか、焼き払われてしまったのである。
「なーにが王族を人質に身代金せしめた方が楽よ! バッカじゃないの!! そのせいで他の王子と差が出来ちゃったし!」
「焦慮は必要ないかと。なにせ、最下層が何階なのかすらわかっていないのですから。どのみち、先行するほかの王子たちも一度は戻らないといけないはずです」
「戻る……ねぇ。今更だけど、7階層までは楽に戻れるんでしょうね?」
「それはご心配なく。我等ドワーフ族にしかわからない道しるべを残していますので、9階層までは迷うことはないでしょう。それに、道中についても他の冒険者が魔獣を討伐しているでしょうから、比較的安全かと」
「だーかーら! その冒険者が、信用できないんでしょーが!」
苛立ちを隠すこともなくぶつけてくる王女を前に、近衛隊長は辛抱強く応じる。
「全員が、ああいった屑ではないかと。現に他の冒険者は……」
「あーもう! あーいえばこーいう! アンタはワタシに異論しちゃダメなの! わかる!? ワタシのほうが偉いんだからね!」
「……出過ぎた失言でした。ご容赦を」
「気を付けてよね! ワタシは偉いんだから!」
怒声をまき散らす王女。
そんな彼女へと、気弱な声が。
「お、王女様ぁ……言い過ぎですよぉ」
怯えたように言ってくるのは、侍女服に身を包む女ドワーフだった。
プリメラは、キッと侍女を睨み付ける。
「ララン! ワタシに意見するなんて偉くなったもんじゃない!?」
「そ、そんな意見だなんて……私はただ……」
「あ~~~! もううっさいうっさいうっさあああああああい! とにかく! ワタシは偉いの! だからワタシに意見しちゃダメなのよ! わかった!!?」
「は、はいぃ……ごめんなさいぃ……」
もはや慣れた光景なのか、周りにいるドワーフたちは辟易した溜め息を隠し。
近衛隊長も、苦い顔だった。
いろいろな意味で残念な王女様でした。




