第1話 「魔王様、ドワーフ国へ」
前話のあらすじ:魔族国を後にしました。
ドワーフ国。
総じて手先が器用ということが、主な種族の特色といえるだろう。
世に出回っているほとんどの魔道具や武具がドワーフ国産ということから、どの種族からも特別視されていた。
他の種族にも当然ながら職人は多くいるが、ドワーフ族の腕と比べると見劣りしてしまうからだ。
まさにドワーフ族は、生まれながらの天性の職人、というわけだったのだ。
また、それ以外の理由でも魔族国としては、かの国を重要視していたりする。
ドワーフ国が、人族国との北の壁として役割を果たしてくれていたのである。
魔族国と敵対関係にある北側に位置する人族国が侵攻してくるには、どうしてもドワーフ国を通らねばならず、しかしドワーフ国としては領内を大軍が闊歩するなどは到底容認できない事態だった。
これは別に、ドワーフ国が魔族国を庇っているからというわけではなく。
ドワーフ国は、土着信仰が非常に厚いのである。
戦準備をしている大軍が通るとなれば、歩くだけで土地が踏み荒らされることが想像に難くなく、それゆえに、人族国の大軍の進軍許可を拒んでいたのだ。
人族国としても、輸出されてくるドワーフ国産の武具の数々は決して馬鹿に出来ないので、ドワーフ国の逆鱗に触れてまで、強引に領内を進軍することができない状況というわけだ。
なので、そこまでのリスクを冒してまで魔族国を攻撃するくらいなら、同族同士で領土争いをしていたほうが、まだしもマシ、ということのようである。
ちなみに。
ドワーフ国と言っても一枚岩ではなく、三つの小国が乱立していたりする。
ザム国、ラオ国、ダイ国。
国名はそれぞれの健国王のものらしいが、それだけであり、別にそれぞれの国にはこれといった変わった特色があるわけではなく、単に、元々ひとつだった国が三つに分かれたということである。
ドワーフ国の建国は神々の時代まで遡り。
かつてドワーフ族はいくつもの部族が点々とするだけで”国”ではなかったのが、それらを統一したのが、初代王であるドワーフ王だった。
統一王によってドワーフ族はひとつとなり、王によって安寧を得られていたのだが、突如として国の中央に『地下迷宮レングルブ』なるダンジョンが出現したことで、事態が急変。
そこから魔獣が溢れかえってきたことから、ドワーフ王が精鋭を率い、尚且つ国宝である《神の槌》と共にダンジョンへと潜っていくが……消息を絶ってしまう。
しかしながら事態は鎮静化。
依然として『地下迷宮』内には数多の魔獣が蠢いているものの、もう外には出てこなくなったのである。
これを受けて残された王の子供たちが食い違う主義主張の末に仲たがいして、ついには国を分割。
そして現在に至る、ということだった。
現在の王たちは、統一王の血を引く末裔ということであり、血は薄れたものの、元をただせば血縁者ということなのである。
表立っての諍いこそないものの、ドワーフ国の三国は王が代替わりしてもなお常に統一王の座を狙っており、水面下では様々な応酬が展開されているらしかった。
実のところ私は、三国が裏で勢力争い中に、魔王としてそれぞれの国に表敬訪問したことがあったりする。
しかし部外者である魔族国としてはどこか一国に加担するわけにもいかないので、魔族国はあくまでも中立、ドワーフ国との関係性は非干渉、という決定を下したものだった。
これに異を唱えたのは、当時№2だったブレアである。
どこかに肩入れして統一国の片棒を担ぎ、恩を売り優位な関係性を築こう、と。
当然ながら、私の権限のもとに即却下したものだったが……
──と。ドワーフ国についての大まかな説明は終わりとし、話を本筋に戻すと。
ドワーフ国について耳にした面白い事態とは、各国の後継者たちが、三国の中央に位置する『地下迷宮』に潜り、《神の槌》を持ち帰った後継者の国が統一国としてドワーフ国を治める、という国を挙げての動きになっていたことだった。
ドワーフの三国も、この三竦み状態に疲れ果てていた、ということなのだろう。
誰も生きて最深部まで到達した者がいない『地下迷宮』から国宝を持ち帰ることが出来たのならば、統一王として自分たちを統べても異存はない、ということで意見が一致したらしい。
王自身が潜らないのは、皆が高齢ということもなり、そこまでの体力や気力がすでになくなっているから、ということなのかもしれなかったが……
穿った見方をすれば、ダンジョン内で命を落としたとしても王さえ無事ならば少なくとも国は安泰するから、ということなのかもしれない。
まあそもそもが、国宝級の《神の槌》が初代王に連なる血脈にしか触ることができない、という仕様のせいということもあるのだろう。
当然ながら私は実際に見たことはなかったが、《神の槌》は強力無比な武器として文献に乗っていたので、その分、制約も厳しいということなのだろう。
そして。
ドワーフ国のこの動きに呼応して活気に満ちるのが、冒険者ギルドだった。
『地下迷宮』内は、外にこそ出てこないものの数多の魔獣の巣窟と化しているので、少しでも魔獣の数を減らすべく、各国それぞれがギルドに依頼を出したのだ。
こうして、一攫千金を狙う冒険者たちがドワーフ国に集まることになり。
その中のひとりに私たちも含まれる、という流れというわけだ。
当然ながら目的は報酬金だが、私には別の思惑もあったりする。
王都や王城ならばいまの私の立場では不可能に近いだろうが、ダンジョンという特殊な場所であれば、うまくすれば王族と接触できるかもしれず。
一石二鳥の思惑のもと、私はこの国に来たというわけである──
※ ※ ※
「……ふう。依頼を受注するだけで、こんなにも苦労するとはな」
ギルドから出た私は、疲れた溜め息ひとつ。
ドワーフ国の冒険者ギルドにて登録を済ませ、いざ依頼を受注しようとするも、やはり多くの冒険者でごった返しており、受注するだけでかなりの時間を費やしてしまっていた。
ちなみに。
今私がいるのは、ダイ国領内にある『地下迷宮』付近に位置する街である。
別にこの国に加担しようとかいうわけではなく、ただ単純に魔族国と直接隣接するのは、ダイ国だっただけということなのだ。
補足しておくと、ドワーフ族の身体的特徴としては、毛むくじゃらで大柄な体躯なのが男性であり、成人でも小柄な体躯なのが女性である。
いまでは、街には住民よりも冒険者の方が数が多くなっており、原住民だけではなく他種族の姿も多くあり、活気あふれる通りを我が物顔で往来していた。
多くの冒険者たちが目を惹く美貌である私やアテナにちらちらと好奇の視線を向けてくるものの、ダミアンがあからさまな警戒を飛ばしているために、誰も声をかけてくることはなく。
別に声をかけられたいわけじゃないが、そんなに気張らなくても……とダミアンに思っていても、私は口には出さなかった。
そんなことを言えば、アテナに「やれやれ、男漁りがしたいのですね」と揶揄されるだろうからだ。
「お疲れ様です、クレア様。依頼を受注した以上、すぐ地下迷宮に潜りますか?」
「いや、何が起きるかわからないからな。準備は入念にしたほうがいいだろう」
「と、申されますと?」
「まずは、食料の確保だな」
「それは愉しみですね」
「愉しみ?」
「はい。ドワーフ国でしか手に入らない原産の食材は多いですので」
「なるほど。まあ、料理番のお前に一任するよ」
「金庫番のクレア様。お財布の紐は、緩めておいてくださいね」
「……あまり、買いすぎないようにな」
「一応善処いたします」
「一応、なのか……」
無表情ながらもどことなく瞳をキラキラさせているような様子のアテナに、私は苦笑いである。
すると、なぜか申し訳なさそうな顔をするダミアンが口を開いてきた。
「あの、クレアナード様」
「ん? どうした、ダミアン」
「食材確保ってことは、これから市場に行くんですよね」
「そうなるな」
「えっと、ちょっと別行動してもいいですか?」
「別行動……どうかしたのか?」
「武器屋で、何かいい品があれば欲しいかなって」
「ああ、なるほどな。ドワーフ国の以上、他の国にはない強力な武器とかが普通に置いてそうだものな」
「はい。ですから、俺はちょっと武器屋に行きたくて」
私には蒼雷というオリジナル魔法があるために武器の品質は大して気にしなくてもいいのだが、ダミアンはそうはいかないということである。
「そうか。それは別に問題ないが……金は足りるか? もし欲しい武具が見つかっても金が足りなかったら、遠慮なく私に言ってくれ。それくらいは用立てよう」
「クレアナード様……ありがとうございます。俺もある程度は持ってるんで、大丈夫だとは思います。それに、身の丈以上の武器は選ぶつもりないですし」
「そうか」
「クレア様」
ちょいちょいっとアテナが私の袖を引っ張ってきた。
「ダミアンさんだけ特別扱いですか?」
「お前が買い込む食材は、私の金だろう? 同じことじゃないか」
「意味合いが違います。食材は皆の為であって、私個人のものというわけではありません」
「……つまり。お前も個人の買い物がしたい、ということか?」
「はい」
きちんとした給金で仕えるダミアンに対し、アテナは魔力が報酬となるために、通貨の持ち合わせがないことも、ある意味では当然といえるだろう。
とはいえ、これでは報酬の二重取りになるんじゃ……というツッコミは、まあ良いだろう。
「いくら欲しいんだ?」
「おや? 今日のクレア様は何やら太っ腹ですね?」
「たまには、な」
アテナが要求してきた金額は、まあ許容範囲だった。
その後、落ち合う場所として先に宿屋を決めてからダミアンと別れ、必要な食材を調達後、アテナとも別れることに。
(……ひとりというのも、なんだか久しぶりだな)
ひとり街中をぶらつく私は、そんなことを思っていた。
思えばあの日、魔王城を追い出されてすぐにアテナを呼び出していたので、あれから私はひとりとなることがなかったと言えるだろう。
別に寂しいというわけではなく、逆に鬱陶しかったというわけでもなかったが、なんとなく解放感を感じてもいたりする。
たとえるならば……
結婚した既婚者が独身時代を思い出す、といった感情が近いかもしれない。
まあそんなわけで、私は久しぶりのひとりの時間を満喫することに。
……しかし如何せん。
私がひとりとなった途端、ナンパしてくる男共が多い事多い事。
警戒を飛ばしていた少年がいなくなったことで、チャンスと思われたのだろう。
ちやほやされるのは嫌というわけでもなかったが、鬱陶しいことに変わりなく。
「私にその気はない。諦めてくれ」
いくら男に縁がないとはいえ、行きずりの男と関係する気など一切なく。
「お高く留まりやがって」
私にフラれた男が吐き捨てて立ち去るとの入れ替わりで、新たに私に近づいてくる人物がいた。
「またか……」
辟易する私だったが……
「お盛んなようですねぇ」
女の声、しかも聞き覚えのある声だったので、私は反射的に身構えてしまう。
「キシシ。そう警戒してないでください。お金にならないことはやらないので」
以前、半魔人の生産工場を巡る攻防の最中、私の前に立ちふさがったキノコ使いの女だった。
名前は確か……ザオーム、だったか。
あの時の軍服ではなく、いまは動きやすい短衣姿でいて、私を苦しめた魔法生物であるキノコも、普通に肩に担いでいた。
「元魔王様、なぜこんなところで油を売っているのです?」
「……そういうお前こそ、なぜこの街にいるんだ?」
「キシシ……誰かさんのせいで、仕事先が潰れてしまいましたのでねぇ。ですのでこうして、冒険者として生計を立てることになったのですよ」
相変わらず不気味な笑みを見せてくる彼女は、隠すこともなく冒険者カードを堂々と見せてくる。
ランクは……新米であるEだった。
思わず私は鼻を鳴らして、自分の冒険者カードを見せつけた。
「フフン。私はBランクだ」
「キシシ……勝ち誇られても。わたしは先日、登録したばかりなのですから」
苦笑いしてくるザオーム。
対する私は、つい大人気ないことをしてしまったと気恥ずかしさが。
まあ、平静さを装うことで誤魔化したが。
「新魔王のラーミアは、ブレア陣営の者たちにある程度の条件を化すが、新たに雇い入れている。お前も元はブレア側の人間だが、戦闘力は高いんだ。交渉次第では、再び魔族国でそれなりの地位で働けるんじゃないのか?」
「そうかもしれませんが……なんとも、窮屈そうなんですよねぇ。ブレアの旦那ほどに自由が効くとは、思えないんですよねぇ」
妹の手腕にケチをつけられたことに多少カチンときてしまうが、まあ事実のひとつでもあるので、私はそのことについてはこれといって言及はしない。
「だから自由を求めて冒険者になったと?」
「ええ。それにいまこの国では、一攫千金を狙えるイベントが大々的に行われていますしね」
「イベント、か」
当事者たちにとっては国の行く末を決める重大案件だが、部外者にしてみたら、確かにイベント──お祭りといっても差し支えないだろう。
かくいう私とて、同じような気持ちなのだから。
「元魔王様」
「ん、すまないが、その呼び方は止めてもらえないか?」
「ほう? では、なんとお呼びしたら?」
「んー……別に、何でもいいんだが……」
「何でもいいのでしたら、元魔王様でもいいんじゃないですか?」
「……揚げ足をとらないでくれ」
「キシシ。ではそうですね……クレア氏、とお呼びしましょうかね」
「まあ……それで構わないが」
意外と律儀な奴だったんだな、と思いながらの私が了承したことで、コホンと咳払いしたザオームが改めてきた。
「では、クレア氏。この時期にこの国にいるということは、貴女も地下迷宮が目的なので?」
「まあ、そんなところだ」
「なるほどなるほど。意外とミーハーなのですねぇ、クレア氏は」
「まあ、以前と違っていまは暇を持て余す職種だしな」
「キシシ……実は私、すでに一回ほど潜っておりまして」
「ほう? 私はまだ潜ってないからわからないんだが、どういう感じだった?」
何気ない問いだったのだが、なぜか彼女はほんのりと頬を赤らめてくる。
「私は冒険者になってまだ日が浅いですので、と言い訳をしてから。結論から言うと……ギーノくんがいなかったら、私は死んでいたでしょう」
「ギーノくん……ああ、そのキノコの魔法生物か」
「はい」
「……そこまで難易度が高いダンジョンだったのか」
「というよりも。冒険者の初心者だった私の不手際、といったところでしょうか」
「なるほどな」
「まあお互い、このイベントで稼がせてもらいましょう。キシシ……」
そう述べて立ち去ろうとするザオームを、私は何と気なしに止めていた。
「ザオーム」
「はい?」
「お前さえ良ければなんだが……地下迷宮の攻略中だけでも、一緒に行動する気はないか?」
「……キシシ。驚きの提案ですね」
言葉通り、本当に驚いたのだろう。
目をまん丸にした彼女が、私を見てくる。
「別に、大した提案でもないだろう」
確かに命の取り合いはしたものの、別に憎しみ合ってというわけでもないので、状況と立場が違えば、私としては共闘するのもやぶさかではなかったのである。
それになんというか、彼女はどことなく憎めないタイプだった、というのも理由のひとつだろうか。
……私の裸体を厭らしく見ていた魔獣使いのほうは、願い下げだったが。
「お前のあの広範囲型の攻撃は、敵に回すと厄介だが味方にすると心強いしな」
「キシシ……クレア氏は、なんとも豪胆な方なのですね」
「ダンジョンに潜る以上、何が起こるかわからない。味方は多いに越したことはない。とはいえ、見境なく誰もかれもを仲間にする気はないが、お前の実力はあの時に見せてもらってるからな」
「元魔王様のお眼鏡にかかるとは……キシシ。その提案は、こちらとしても願ってもないものです」
こうして私とザオームは、一時の間だけ”仲間”となることに。
※ ※ ※
ひょんなことからザオームを仲間にして後、宿屋にて仲間たちと合流を果たすのだが、案の定の……
「お前は……!」
「おやおや」
「キシシ……」
三者三様の反応だった。
苦笑いの私が簡単に経緯を説明すると、アテナはあっさりと、ダミアンは不承不承といった感じだったが納得してくれていた。
しかしながら、ダミアンはザオームを軽く睨み付ける。
「……ザオームさん。もしクレアナード様におかしなことをしたら、容赦はしませんから」
「キシシ、怖いですねぇ。肝に銘じておきましょう」
そして時刻的なこともあり、宿屋に備え付けの食堂へと移動。
「良い機会なので、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
アテナが無感動の瞳を、ザオームが席の横に置くキノコを見つめた。
「あの時から気になっていたのですが、そのキノコはどこで?」
「ギーノくんは、ブレアの旦那から頂きました」
「ブレアから……?」
問い返す私に、ザオームはにんまりと笑ってくる。
「私のご機嫌取りだったのでしょうねぇ。なにせ私は”使える人間”ですからねぇ」
「……すごい自信だな」
「キシシ。過信はしていないつもりですよ」
「まあ、お前には実力があるしな。しかし……あいつがご機嫌取り、か」
あの脳筋がご機嫌取りをしていたという意外な事実に私が驚いていると。
「ブレアの旦那の真意はともかくとして。私にとっては、まさに運命の出会いでしたねぇ。私はもう……ギーノくんの”虜”になってしまいました」
うっとりした面持ちでキノコの腹を撫でる。
ぶるっとキノコが身震いしたことから、やはり”生き物”に分類されるのだろう。
(虜……か)
それが”何”を意味するのか。
気になるところだったが聞かない方がいいだろうと判断した私は、話題を変えることにした。
「ところでザオーム。お前はどこまで潜れたんだ?」
「……先に弁明をするならば。あの地下迷宮は迷路となっていますからね。しかも私は単身だったので……地下6階程度、といったところです」
「なるほど」
彼女は気恥ずかしそうにしているが、冒険初心者であり尚且つ単独での攻略ということを鑑みると、決して馬鹿には出来ない実績だった。
迷路ならば尚更だろう。
「なら少なくとも、地下6階までは案内できるな」
「まあ、そういうことになりますねぇ」
「そこまで迷わず行けるのは大きい。頼りにしてるぞ、ザオーム」
「キシシ……元魔王様は、ヒトを煽てるのがお上手ですねぇ」
満更でもない様子となるザオーム。
お茶が入っているカップに口をつけてから、アテナが私へと視線を向けてきた。
「ところでクレア様。現在は3か国の王族が何度も攻略に挑んでは失敗しているようですが、クレア様としては、どこかの国に肩入れするおつもりなのですか?」
「いや、どこにも加担はしない。これはドワーフ族の問題だしな」
「キシシ……私ならば、どこかの国に協力して恩を売って、謝礼金をがっぽり貰いますがねぇ」
「ブレアと同じような考え方だな」
「キシシ……だからこそ、ブレアの旦那のもとでは動きやすかったんですよ」
「なるほどな」
納得顔になる私とは対照的に、ダミアンは厳しい眼差しをザオームへと。
「ブレアは身に余る野心で身を滅ぼしたんです。あなたも気を付けてください」
「キシシ! さっきから君は、私に対しての当たりが強いですねぇ?」
「当たり前じゃないですか。あなたはクレアナード様に害を成したんですから」
「ダミアン、お前の気持ちは嬉しいが、いまザオームは仲間なんだ。だからもうちょっと穏便に、な?」
「……クレアナード様がそう言うのでしたら」
「キシシ……私はこの程度の悪態なんて気にしませんが、私を悪く言うとギーノくんが黙ってないかもしれないんで、その点だけは気を付けてくださいね。キシシ」
いつの間にかキノコのひだからは数本の触手が伸びており、うねうねと蠢いていたりする。
こちらに害を与える素振りはないようだったが。
少なくとも。
食事の場では、やめてほしい光景だった……
※ ※ ※
※ ※ ※
そこは大きな広間だった。
土のような材質で構成されている壁や天井自体が淡く光っているおかげで、陽の光が届かない場所にも拘わらず、視界は確保されていた。
この場で激しい戦闘があったようで、部屋中には痛々しい傷跡が風化した状態で残っている様子。
そんな大広間の中央には蜘蛛を模した巨大な石造が鎮座しており、その背中部分には、神々しい光を放つ槌がめり込んでいた。
そしてその石造の足元には、立派な甲冑を纏うひとりの骸骨が。
大柄な体躯から、その遺体がドワーフ族のものとわかるが……
「目覚めろ、レングルブ」
蜘蛛の石造の頭部に乗っていた黒の宣教師が、漆黒の細身の刃を蜘蛛の頭部に突き刺していた。
……しかし。
何の反応も起きないことに、黒の宣教師は舌打ちを零す。
「ガイアの件で、お前もただの休眠状態かと思ったのだがな」
ちらりと視線を、石造の臀部へと。
「魔獣の生産機能だけは、生きているようだが……」
地面に刺さっている石造の臀部。
良く見れば、その臀部から幾重もの盛り上がりが地面を走っており、それぞれが壁へと繋がっていた。
「……もしくは。”それ”が原因か」
石造の胸にめり込んでいる光を放つ槌に手を伸ばすが──
バチ!
黒の手が触れた刹那、火花が飛び散っていた。
伸ばした黒の宣教師の手は見事に黒焦げと化しており、柄から瞬時に離した煙を上げるその手を、忌々しそうに見やる。
「……面倒な」
何ら痛痒を見せない黒の宣教師は、しばし黙考。
「時間はかかるが”奴ら”を利用するしかない、か──く……っ」
表情を苦悶に染めるやバランスを崩し、そのまま転倒。
地面に落ちた黒の宣教師は、再生されていた手で胸元を強く握る。
「くそが……”あの女”のせいで、自己回復が間に合わんか……」
ガイア近郊で接触して以降、何度も”襲撃”を受けていたのである。
「忌々しい奴だ……」
ゆらりと立ち上がった黒の宣教師が向かうは、甲冑を纏う骸骨のもと。
そして無造作に漆黒の刃をその頭部に突き刺すと、骸骨が一瞬で闇に呑まれ……
『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU…………』
低い唸り声と共に、闇を纏う骸骨が立ち上がった。
「俺の回復の為に、この地に潜る者共の命を刈り取って来い。そして俺に捧げろ」
自身の回復を優先させることでこの最下層を目指す者たちの足が止まる可能性もあったのだが、所詮レングルブは”オマケ”であり、まずは自身の全回復が最優先というわけである。
『………………』
不気味な光が宿る眼窩で黒の宣教師を見つめた後、骸骨兵はその場を後にしようとする。
しかしそこで思いついたように、黒の宣教師が待ったをかけた。
「待て。いまのお前でも、それを握れるか?」
もし可能ならば、わざわざ時間がかかるやり方を選択する必要はないのだが……
『………………』
しばし逡巡した骸骨は石造をよじ登ってくると、僅かな躊躇いを見せつつ槌の柄へと手を伸ばす──
バチ!
眩い火花が飛び散るや骸骨は弾き飛ばされてしまうが、警戒していたのか半ば予見していたのか、骸骨には大したダメージはない様子だったが、その光景を前にする黒の宣教師は舌打ちしていた。
「所詮は成れの果てか。もういい、さっさと使命を果たしに行け」
『……………』
何か言いたげながらも何も言うことはなく、骸骨は静かに立ち去っていく。
その背が見えなくなってから、黒の宣教師は石造の足元に背を預けた。
「……さすがに、こんな奥深くまではすぐに追ってこないだろう」
決して。
”あの女”から逃げてきたのではなく。
戦術的撤退なのである。
「……ふう」
深い溜め息ひとつ。
「俺はどうしても……もう一度、あの御方に会わねばならんのだ……」
自分を魔人化させた魔神。
数多いた魔神の中でも”力ある存在”だった主。
しかしあの最後の大戦で志半ばで倒れた”敬愛する女”。
”彼女”にしてみたら、ただの戯れで自分を眷属としたのだろうが……
「ジング様……必ずや」
主の名前を呟いた黒の宣教師は、そのまま眠るように目を瞑るのだった。
どんな者にも等しく過去はあるのです。




