第15話 「魔王様、妹の決意を知る」
前話のあらすじ:真相を知りました。
真正面から何度も打ち合わされるは、蒼雷の刃と炎の刃。
身体全体がぼやけている相手と、私は刃を交えていたのである。
剣技はほぼ互角だったが……どうしてもその相手は、ぼやけたままだった。
(これは……夢か……)
なぜそう確信したかといえば、その人物だけじゃなく、この場自体が、ぼやけた空間だったからだ。
「※※※※※※※!!」
相手が私に向かって何かを叫んでいた。
しかし記憶にまったく残っていないからなのか、鮮明には聞き取れず。
刃に纏う炎が爆裂したような勢いになったことから、その人物の感情を代弁しているのだろう。
見覚えのある炎の魔剣。
(……そうか。お前がマイアスの父親だったのか……)
結局のところ。
私は最後までその人物の全体図と名前は、思い出せなかったのだった。
………
……
…
「……ん」
目が覚めた私は、一室のベッドで寝かされていた。
だが二度寝の誘惑にあっさり負けた私は、再び目を閉じる──
額にチョップが叩き落されたことで、私は強制的に覚醒することに。
「お目覚めですか? おはようございます、クレア様」
見慣れた無表情で出迎えたのは、もはや言うまでもなくアテナだ。
上体だけを起こした私は、額をさすりながら彼女をジロリとにらむ。
「……過激な起こし方だな?」
「はて? 何のことでしょう?」
「……まあ、しつこく追求はしないが」
白々しくトボけてくるアテナの明らかな凶行に目を閉じることにした私は、ベッドで目を覚ますという事に、何やら既視感を感じてしまう。
「なんだか、こういう目覚めは何度か経験している気がするな」
「それはそうでしょう。しょっちゅうクレア様は、敗北するのですから」
「……敗北、か。そうだな……」
いつものようにディスってくるアテナに、いつもなら嘆息交じりで応じるところだったが、しかし私は自嘲の笑みを浮かべた。
そして、自身の状態に気づく。
「痛みがない……?」
炎刃に貫通されたダメージは、決して軽くはないだろう。
だというのに、何の痛みも感じることはなく。
寝間着の襟首から患部を見てみるも、傷跡すらなかった。
「それはそうでしょう。駆けつけたラーミア様が、全身全霊でもってクレア様を治療なされたのですから」
「そうか、ラーミアが……」
あれだけの重篤の傷を完治させてしまうのだから、妹の治療術の腕は、もはや神がかっているといえるかもしれない。
「アテナ。私が意識を失った後、どうなったんだ?」
「結論から申し上げますと、クーデターは成功しました」
頭を失った陣営は瓦解し、ついには全面降伏したのだという。
最後まで抵抗したのは、命令通りの行動しか出来ない半魔人だったようだが、総力戦に持ち込まれてしまえば数の暴力により、全滅とのこと。
降伏した生き残ったブレア陣営の連中はとりあえず全員を地下牢に幽閉しており、いまは総出で城内の清掃や修復活動に終始しているとのことだった。
「……マイアスはどうした?」
問う私の声が固くなるのは、仕方がないだろう。
「マイアス様もまた、降伏なされました。現在はご自宅にて軟禁中です」
「降伏……だと?」
「はい。ダミアンさんとリングさんが駆け付けたことで、諦めたようです」
「……そうか」
諦めるくらいならば、なぜ行動に移ってしまったのか。
いままで積み上げてきたものを、すべて犠牲にしてまで……
「しかし事が事ですので、ラーミア様のご指示のもと、この事実を知る者は我々のみです」
補足を受けると、どうやらこの場にダミアンがいないのは、いまはマイアスの監視をしているからとのことだった。
あのマイアスが諦めた以上、もう下手な悪あがきをするようなことはないと思うのだが……警戒は必要ということなのだろう。
「公には、魔王との決戦で重症を負い、自宅にて療養中としております」
「……そうか」
私は、静かに目を瞑る。
(マイアス……実にお前らしいな)
彼の実力ならば、いくらブレア戦で消耗していたとしても、逃げきれたはずなのだ。あるいは、玉砕覚悟で死闘を演じて、私を道ずれに……
そのどちらも選択しないであっさり捕まったのは……ラーミアへの贖罪のつもりなのかもしれない。
裏切った自分を、彼女に裁いてもらおうと。
腹心の配下を犠牲にしてまで事に及んでおいて……
本当に、不器用が絵を描いたような男である。
「アテナ。ラーミアは──」
目を開いて問おうとした時。
「お姉さま」
眠るゾーイを抱く妹が、入ってきたのだった。
※ ※ ※
「ではクレア様、何か御用がおありでしたら、遠慮なくお呼びください」
そう告げて一礼したアテナが、入れ替わるように退出していく。
気を利かせてくれたのだろう。
「……ラーミア、お前には命を助けられたな。ありがとう」
妹の目が赤く腫れていることには、あえて触れない。
いちいち指摘するほどに、私はデリカシーがないわけじゃないからだ。
「お姉さまがご無事で何よりでしたわ」
ベットの横に置いてある椅子に座ったラーミアは、下を向いて逡巡したあと、私を見てきた。
「お姉さまには、謝らないといけません」
「お前が私に……? どういうことだ?」
「私は……お姉さまとマイアスを天秤にかけてしまいました。だから私は……もしかしての可能性を、お姉さまに告げなかった……告げられなかった」
「……そうか」
「だから本当に、お姉さまがご無事で良かったですわ……」
「そう自分を責めるな。結局私は、お前に命を救われたんだからな」
「お姉さま……」
言葉に詰まる妹に、私は一拍の間を置いてから。
「……むしろ、謝らなければならないのは私の方だろう」
「え? どういうことですの?」
「私のせいで……お前の人生を狂わせてしまったのだからな」
「それは……今更ですわ。起きてしまったことを嘆いていても、詮無き事ですわ」
「……しかし……」
「それに。私はきちんと、マイアスからの愛情を感じておりました。あれは演技なんかじゃありません。私はそこまで愚かではないですから。だから、お姉さまがご自分を責める理由はどこにもないのですわ」
「……ラーミア。マイアスとは……話したのか?」
「……いえ、まだ。私としても、その、覚悟がいりますので」
「そうか……」
『…………』
部屋に沈黙が落ちる。
先にそれを破ったのは、ラーミアだった。
「それはそうと。お姉さまに、ご報告がありますの」
「報告?」
「ええ。今回のクーデターにより、魔族国を統べる王は不在となりました。ですので、早急に次期魔王が必要となります」
「ああ、そうだな」
その候補としてマイアスを推していたのだが……
聞かされたマイアスの態度から、彼にはその気がないということが伺えた。
かといって、いつまでも魔王の座を空白にするわけにはいかないだろう。
(私はもう、魔王になるつもりはないんだが……)
そんな私の内心を知ってか知らずか、ラーミアは決意の眼差しを向けてきた。
「私が、次の魔王に就こうと思っていますの」
「!? お前が……」
「厳密には、次の魔王までの繋ぎ、ということですけれど」
そう述べた妹は、腕に抱く息子を愛おしそうに見つめる。
「いずれは、この子を魔王にするつもりですわ」
「ゾーイをか」
「はい。いつぞや、お姉さまも仰っておられましたよね。ゾーイは立派な魔王になるだろうと」
「ああ。その思いは、いまでも変わらない」
「私も同感です。だからこの子が立派な魔王になるまでの間、私がこの国を守っていこうと思っているのです」
「……本気か?」
「私も覚悟を決めましたわ。お姉さまにばかり、負担を強いる真似は致しません」
「ラーミア……」
暴君失脚の最大の功労者であるマイアスの妻であり、負傷した彼の意志を継ぐという形ならば、ラーミアが魔王に就くことに異論がある者などはいないだろう。
要職に就いている者ほど、ラーミアの理知と聡明さ、そして人心掌握力は理解しているだろうからだ。
”力”で魔王となった私とは違い。
妹は”智”で新たな魔王となろうとしているのである。
「私はこの子を、絶対に立派な魔王に育てて見せますわ」
「……スパルタな教育は控えてくれよ? ゾーイがグレたら元も子もないからな」
「ええ、飴と鞭はちゃんと理解していますわ」
苦笑いの私にラーミアも、にっこりとちょっとだけ怖い笑みを見せてくる。
「強くなったな……お前は」
「ええ。母は強し、ですわ」
あの雨の日の妹の言葉を思い出す。
(あの時の言葉は、こういうことだったのか)
あの時には、妹はすでに覚悟をしていたのだろう。
(本当にお前は……強くなったな)
感慨深い感情を抱いていると、ラーミアが表情を真剣なものに変えてきた。
「お姉さま」
私を見つめてくる瞳には一種の迫力があり、私は思わず気圧されてしまう。
それだけの覚悟を持っているということなのだろう。
「マイアスのことで、お話がありますの」
ラーミアの話とは──
※ ※ ※
予想通りこれといった反対もなく、ラーミアが無事に新魔王に就任する。
その後 ラーミアの手腕が如何なく発揮され、捕縛していたブレア陣営の生き残りを吸収するという形で、事を穏便に収めていた。
こうして様々な想いが交錯したクーデターは、ラーミアという”智”の魔王を生み出すという形で終結するのだった。
そして。
魔王が変わったことで各国の魔族国に対する態度も、とりあえずは現状維持ということに。
最悪の事態だけは免れた、というわけであった。
しかしながら、今回の一件で大きな変化があったりする。
隣接する人族国のビブリンドが、魔族国に対して態度を軟化させてきたのである。あまつさえ、非公式ながらも不可条約を結ぶ運びになるほどに。
その使節として派遣されてきた人物に、私は驚きを禁じれなかった。
さすがに魔王となったばかりの妹を放ってはおけなかったので、しばらく魔都に滞在することにしていたので、その使節と顔を合わせることになったのだが……
その使節が、仮面をつけていないマーズだったからである。
あの時の旅衣装ではなく、きちんとした正装で。
「驚いたな。まさか、君がビブリンドの王太子だったなんてな」
「黙ってたことは謝ります。あの時は、正体を明かすわけにもいかなかったんで」
「まあ、そうだろうな」
王太子なら無茶なことはするなよというツッコミは、公の場ということもあり、そして他の使節団員の手間、しなかったが。
ちなみに、傍仕えとしてあの時の少女が追従しており、元気そうな姿に安心したものである。
そして会談が終わった後、マーズからオフレコが。
人族国はこちらが把握していた以上に混沌としているらしく、ビブリンド王国としても少しでも”敵”を減らしたいというのが、今回の不可侵条約の本音というわけだったらしい。
「クレアナードさんたちを信じました。実際に僕がこの目で見て身体で感じたからこそ、父上を全力で説得することができたんです」
「そうか……マーズ。君と友好的に再会できて、うれしく思うよ」
「僕もです。人生観が変わりましたから」
こうして魔族国としても、ひとまずは当面の危機は去ったと言えなくもなかったが、だからといって全てが万事解決したわけではなく。
ビブリンドとは非公式ながらも不可侵条約を締結させるものの、人族国全体がそうだというわけではないので、魔族国としては戦力の拡充を図らざる得なかったのである。
そこで、ラーミアたちとじっくりと協議した結果。
半魔人技術の解析を進めると共に、代替戦力として力を注ぐは、魔獣使い。
種族特有の特性なのか、魔族には魔獣使いへのハードルが低かったのだ。
他の種族は個人の適正によるところが大きいのでその数は少なく、魔獣使いの比率は魔族の方が多かったのである。
なので、国を挙げての育成機関を設立する方向で、事が進められることになる。
ドバンを捕らえられてさえいれば、もっと効率的に半魔人の研究が進んだことだろうが……残念ながら、クーデターのあの日、城内にはいなかったのである。
ブレアが討たれたことで雲隠れをすることが予想に難くないので、あの男を捕らえることは困難を極めることになるだろう。
そのことだけが、唯一の心残りと言えた。
そして……
「聖王国ラザローンに気を付けてください」
魔王城を後にする間際、マーズがそんな警告をしてきたことを思い出す。
「中立国を謡っていますけど……なんだか最近、きな臭いんです」
半魔人技術と似たような劣化版勇者の製造方法を、ビブリンドに教えてきたのは聖王国とのことだった。
一国に独占している勇者技術の一部を渡すなど、もはや中立国とは言えないだろう。下手をすれば、それが元で戦乱が拡大するかもしれないからだ。
マーズ曰く。
もしかしたら、ビブリンドでその技術を実験しようとしたのかもしれない、と。
誰かに犠牲を強いる以上、その技術は不完全だと言えるからだ。
まあ……状況証拠だけで、確証があるわけではないが。
「連中の考えがわらかない以上、警戒はした方がいいかもしれません。かくいうビブリンドも、すでに警戒体勢に入っています。己が意に添わなかったビブリンドに対して、連中が何をしてくるかわからないですから」
「聖王国か……忠告、感謝する」
「人族と魔族の軋轢はとても厚いです。でも僕と貴女はこうして和解できたんです。道のりは遠いでしょうけど……いつか、公式の場で正式に友好関係を結びたいと思っています」
「そうか……その日を楽しみにしているよ」
視線を交わす私とマーズは、固い握手をするのだった。
※ ※ ※
その日、ラーミアに呼ばれた私は、城内に移された妹の自室に居た。
移された理由としては、もちろん仕事上の便宜を図るためだろうが。
マイアス宅には、さすがに居づらかったというのもあったのだろう。
「お呼びだてして申し訳ありません、お姉さま」
「気にするな。それよりも、眼の下に隈が出来ているぞ」
「……最近、いろいろと急がしかったですから」
「確かにな」
「でもお姉さまの協力もあって、ようやくひと段落つきましたわ」
「なに、私は大したことはしてないさ」
「いいえ。お姉さまの経験に基づく助言は、すごく助かりましたわ」
「そうか。少なからずお前の力になれたのならば、私も頑張った甲斐があるよ」
ですので、と妹が言葉を続けてくる。
「そろそろお姉さまには、再び自由になって頂きたいと思いまして」
「自由?」
「はい。また冒険者として、各国を渡り歩いて頂こうと」
「それは……私としては、別に断る理由もないが……」
「こう述べるのは憚られますけれど、お姉さまはトラブルに巻き込まれやすいと、私は思っておりますの」
「……否定は、できないな」
これまでのことを鑑みるに、私には否定の言葉がなかった。
そんな私を前に、ラーミアは強かな笑みを見せてくる。
「その結果として魔族国は、お姉さま経由で非公式にでも各国とのパイプを確保したいのです。元魔王のクレアナード。新魔王はその妹。この肩書きを、存分に利用したいのですわ」
「なるほどな」
人族国のビブリンド王国がそうであったように。
ラーミアは、私を通して各国との繋がりを強めたいというわけだ。
「いまマイアスを監視しているダミアンも、連れて行ってもらって構いませんわ」
「いいのか?」
「はい。私には信頼できる者がおりますので、ダミアンの代わりを任せようと思っています」
恐らく妹が示唆しているのは、あの時の馬車の御者や騎士達のことなのだろう。
いうなれば彼らはラーミアの腹心たちなので、事実を知ったとしても無闇に口外などはしないだろう。
「それに……期を見て、マイアスと話をしましたの」
「……そうか」
「ですので、もうダミアンが監視する必要はないと判断しました」
「お前がそう言うのであれば、もう大丈夫なんだな」
「元の関係に戻るには時間がかかるでしょうけれど……私は、待とうと思います」
「そうか。マイアスのことはお前に一任したからな。だから私は、お前の判断を支持しよう」
「ありがとうございます」
強い決意をしている妹に、私もひとつ頷いた。
「何かあればすぐに駆けつけよう。遠慮なくいつでも連絡を寄越してくれ。もう傍受されようが関係ないからな」
「そんなことを仰られると、毎日連絡しちゃいますわよ?」
「ふふ……それでも構わないさ」
「お姉さまったら」
私と妹は、小さく笑い合うのだった。
※ ※ ※
「登録完了です」
「そうか」
魔都オベリスタの城下町にあるギルドにて、私はようやく魔族国で冒険者として登録をすることができていた。
新魔王であるラーミアが、私の冒険者登録を解禁してくれたのだ。
「こちらが魔族国での冒険者カードとなります。無くされませんようお気をつけ下さい。再発行には別途料金がかかりますので」
「わかっている」
事務的な口調の受付嬢からカードを受け取った私は、踵を返して歩きながら、カードを確認する。
(Bランク、か……)
これまでの活躍を鑑みればAランク相当だと思うのだが、それらは冒険者としての活躍ではないために、評価対象外ということなのだろう。
国のトップである魔王のコネを使えばAランクに昇格できるのだろうが、実力と実績で昇格しないと意味がないので、私はそんなつまらないことをするつもりはなかった。
「おめでとうございます、クレア様」
「よかったですね、クレアナード様」
私を待っていたアテナとダミアンに、私はひとつ頷く。
「これで魔族国でも、冒険者として動けるな」
「それでクレア様、今後の行き先はどこになされるのですか?」
「そうだな……またエルフ国に行くのも芸がないしな。ここは、北上してみようと思うんだが」
「北上となると……目的地はドワーフ国ですか」
「ああ。小耳に挟んだんだが、何やらいま、面白そうなことになっているようじゃないか」
「やれやれ。、野次馬根性ですか」
溜め息を吐くアテナに、ダミアンが小さく苦笑。
「まあいいじゃないですか、アテナさん。これといって目的のない旅なんですし」
「ふむ……ドワーフ国でしか手に入らない原産品もあることですしね。料理のレパートリーが増えそうなので、私としても愉しみではあります」
「なら、決まりだな」
冒険者ギルドを出て馬車置き場へと向かう道すがら、アテナが不思議そうに問うてくる。
「クレア様。国を出る前に、マイアス様とはお会いになられないのですか?」
マイアスの自宅は反対方向でいて、しかもここからは徒歩で行けるほど近いために、不思議に思ったのだろう。
「ああ。いま、私があいつと会うのは避けた方がいいだろう」
マイアスのことはラーミアに一任した以上、私の出る幕はないのである。
「あとはもう、時間が解決してくれるだろうさ」
「……俺は、クレアナード様を襲ったマイアス──様を、許すことはできないですけど……」
「そう言うな。お前の気持ちは嬉しいが、因果応報という言葉もある。過去に私がした行いが招いた事態ということだ。記憶になくともな。だから私は、マイアスを糾弾するつもりはないんだ」
散々敵対する者を切り捨ててきておいて、いざ自分が襲われたからと激高するほど、我が儘ではないつもりなのだ。
出来ればマイアスとは、以前のような関係を──そんなことを想ってしまう自分も居てしまう。
「あいつにラーミアへの愛情がまだ残っているのなら、きっとまた……」
祈るように願う私は、歩みを進める。
次の目的地──ドワーフ国へと。
※ ※ ※
※ ※ ※
「──あ、ラーミア様……」
部屋前で警戒していたダミアンは、リングを連れて訪れたラーミアに気付くとお辞儀をする。
「マイアスの様子はどうですの?」
「おとなしくしています。いまのところは、逃げる気配はないです」
「そうですの……彼と、ふたりだけで話がしたいのですけれど」
「それは……武器は取り上げているとはいっても、拘束具を付けているわけじゃないですし……」
「お願いします、ダミアン。私は……彼と話をしないといけないのですの」
「ラーミア様……」
ラーミアの真摯でいて熱意のある視線に負けたダミアンは、小さく息を吐いた。
「俺は部屋の外にいるんで、何かあったら大声を。すぐに助けます」
「ありがとう。リング、貴女もここで待っていてくださるかしら?」
「承知したッス。ただ……くれぐれも気をつけてくださいッスね」
「ええ」
「ゾーイ様を預かるッスか? 昼寝中のようですし……」
「いえ、彼と私の子なんですもの。この子にも、立ち会う権利はありますわ」
「そうッスか。んじゃ、わたしはここで待ってるッスね」
気さくな様子で頭を下げてくるリングに頷き、ラーミアは大きく深呼吸してから、室内へと──
「マイアス」
「……ラーミア、か」
窓際にて椅子に座って外を眺めていたマイアスは、憔悴した眼差しを彼女へと向けてきた。
「魔王就任の件、聞いたよ。おめでとう」
「……ありがとうございます」
「「……………」」
沈黙。
その静寂に耐えられなくなったかのように、マイアスが先に口を開いてきた。
「……ラーミア。僕は……君を裏切った」
「ええ。貴方は、私を裏切りましたわね」
「……お願いだ、ラーミア。僕を……処断してほしい。ほかならぬ君の手で……」
すうっと大きく息を吸い込んだラーミアはゆっくりと歩いていき、まるで死刑囚のような面持ちのマイアスの眼前に立つや──
「マイアス!!!」
盛大な頭突きをかましていた。
頭突きだったのは、腕にゾーイを抱いているからだろう。
「っう──!? ら、ラーミア……!?」
驚天動地の様子でおでこを押さえながら見上げてくるマイアスへと、思いのほか痛かったのか涙目を浮かべるラーミアは、しかし屹然とした態度で言い放つ。
「私たちから逃げないで!」
「──っ──」
息を呑むマイアス。
ラーミアは、先ほどの怒声とは打って変わって、静かな口調で述べる。
「私に罪悪感を持っているというのでしたら、簡単に生を諦めないでください」
「しかし、僕は君を……」
「そうですわね。でも、私は馬鹿な女ではありませんわ。貴方からは、確かに本物の愛情を感じておりました」
「それは……」
「本当に私に対して申し訳なく思っているのでしたら……どうか、私やゾーイの為に生きてください。たとえ、どんなに無様でも、羞恥心に塗れても。それが……私を裏切った貴方の贖罪かと」
「ラーミア……」
言葉がない様子のマイアスは、やがて小さく吐息をひとつ。
「君は……強くなったね」
「お姉さまにも、そう言われましたわ」
微笑を見せてくるラーミアに、しかしマイアスの表情は暗いままだった。
「……たとえ君が赦してくれたとしても。命を狙われた義姉さんは、僕を許しはしないだろう。しかも妹の君を溺愛する義姉さんのことだ、命を狙われたことよりも、そちらのほうに怒りが向いているだろう」
「そのことについてならば、ご心配なく。お姉さまと、貴方のことについて話をしましたわ。貴方の父親を殺したというのであれば、復讐されても当然だと。だから、これといって罰を与える気もない、と」
その言葉を受けて、マイアスが驚きで両目を見開いた。
「……義姉さんは、寛容すぎるね」
「自慢の姉ですわ」
「「…………」」
再び沈黙。
再びその静寂を破ったのは、マイアスである。
「……我が儘をいうようだけど、少し時間が欲しい。気持ちの整理をしたいんだ……」
「そうでしょうね。だから、私は待ちますわ。いつまでも貴方の復帰を」
「ラーミア……君は本当に、僕なんかにはもったいないお嫁さんだよ」
「ふふ、今ごろお気づきになりまして? 頑張らないと、私に相応しい夫にはなれませんわよ?」
「……手厳しいな」
苦笑いするものの、どこか憑き物が落ちたように晴れやかな顔だった。
母は強し……まさにその一言でした。
※次話から第6章です。




