第13話 「魔王様、城内へ」
前話のあらすじ:魔都に到着しました。
「クレアナードだ! クレアナードを討ち取れ!」
「クレアナード様をお守りしろ!」
相反する声を上げ、ぶつかり合う兵士たち。
城内は敵味方入り乱れての乱戦状態と化しており、この後掃除が大変そうだな、等と場違いすぎる感想を抱く私は、ダミアンを連れて王の間へと急ぐ。
「なんか、いつの間にかクレアナード様がこのクーデターの中心になってますね」
苦笑いで言ってくるダミアンに、私は複雑な心境に。
「……おかしな話だ。私をどうこうしたところで、このクーデターに影響などないだろうに」
「士気に影響するんじゃないですか?」
「いまさら私に、そこまでの影響力なんてないさ」
「えっと……クレアナード様は、もう少しご自身について考えられたほうがいいと思います」
「そうか?」
そんなやり取りを交わしつつ、ダミアンとふたりで、時には友軍と協力して、遭遇する敵勢力を打ち倒しながら城内を突き進む。
そして──
「いたぞ! クレアナード覚悟おおおお!」
「クレアナード様をお守りしろおおおお!」
『『『オオオオオオオオオオオオオ!!!』』』
激突する両陣営の兵士たち。
どうやら兵士たちは、まだ私のことを良くも悪くも覚えているようで、敵と味方で正反対の反応を見せてくる。
「……とっくに忘れられていると思っていたんだけどな」
「えっと……クレアナード様のお姿は、一度見たら絶対に忘れないと思います」
「そうか? ……まあ、それなりの自負はあるんだけどな」
もしこの場にアテナが居たならば「やれやれ己惚れですか」と溜め息交じりに言われていたことだろう。
だがしかし、決して己惚れではないのである。
なんせ、かつて城内での抱きたい女アンケートでは、常に1位を誇っていたのだからだ。
……だからこそ、許せないという気持ちが強かった。
私の”女”を侮辱したあの男を。
あいつの最期は、ぜひともこの目で見届けなくては溜飲も下がらないのである。
「それにしても」
ダミアンを連れて見慣れた廊下を走る私は、床に倒れて動かない半魔人を視界に収めた。
「数が思っていたよりも少ないな」
「やっぱり、生産工場を先に破壊したのは正解だったってことですかね」
「結果的には、そういうことになるんだろうな。それと、私への襲撃に向かわせたことで、さらに保有する数が減ってしまったってところか」
こうして半魔人の死体が転がっているのだから、マイアス陣営の兵士たちも戦い方を工夫しているということなのだろう。
とはいえ、やはり無傷とはいかないようで、マイアス陣営にもかなりの被害が出ているようだったが。
そして私たちは進行を再開するも。
曲がり角を曲がったところで、私はふいに足を止めてしまう。
前触れもなくいきなり立ち止まった私を、ダミアンが不思議そうに見てくる。
「クレアナード様?」
「……まだ、あったのか」
しゃがみ込んだ私は、慈しむように、そして懐かしむように、壁にある少しだけ凹んでいる部分を撫でた。
魔王城から逃げるように出ていったあの日、腹いせで壁を蹴ったことで出来てしまったキズ。
まだ修復されていないことに、僅かながらに驚きを隠せなかった。
気づく者がいなかったのか、あるいは放置されているのか。
どちらにしても、そのキズに触れる私には、なんとも感慨深いものがこみ上げてきていた。
「……私は。戻ってきたんだな」
「クレアナード様……」
「……ん。すまない、時間を取らせた」
「あ、いえ……」
立ち上がった私に、しかしダミアンは下手に言葉をかけてくることはなかった。
その後、城内を突き進む私たちは、やがて大広間へと到着する。
そこは王の前へと続く場所なだけあり、熾烈な大混戦が展開されていた。
戦場を見回してみるもマイアスの姿がないのは、混戦となる前に突破したのかもしれない。
半魔人の姿もちらほらあるが友軍の兵士たちが連携して応戦しており、戦闘力が高い半魔人と互角以上の戦況を展開中だった。
「ここを通るのは……さすがに無理か」
「ちょっと厳しいですね」
迂回すれば別の道がなくもないのだが、あまり下手に時間をかけたくないところなのだが……
「クレアナード様!」
私のもとに駆け寄ってくるは、ひとりの騎士。
「お前は……」
見覚えがあるのは当然だった。
その騎士は、マイアスの近衛隊長だったからだ。
名前は確か……
「ご無事でしたか」
「ああ。というか、なぜお前だけがここにいる? マイアスはどうしたんだ?」
「マイアス様は直近の小隊を指揮なされ、この場がここまでの乱戦と化す前に突破されました。私がこの場にいるのは……不甲斐ないことに、敵の足止めを喰らいまして」
「なるほど」
「それはそうと、クレアナード様とここで合流できたのはちょうど良かったです」
「? どういう意味だ?」
「これから私は、隠し通路を通ってマイアス様に合流しようとしていたので。宜しければ、ご一緒に」
「隠し通路だと……」
私は驚きを禁じれなかった。
私が魔王として在任していた頃は、そんなものは存在していなかったはず。
私が知らないだけだったというオチは、在り得ないと思うのだが……
「驚かれるのも無理はありません。クレアナード様が城を去って後、マイアス様が発見なされたのです」
「発見……だと? どういうことだ?」
「マイアス様は、来たるべく日に備え、城内をくまなくチェックしていたのです。そしてその際に違和感を見つけ出され、王の間へと繋がっている隠し通路を発見するに至ったのです」
「そうだったのか……」
衝撃の事実だった。
つまりは、私が魔王在任中にも、その隠し通路とやらは人知れず存在していたということだからだ。
……まあ。
城内をくまなくチェックなんて真似、したことがないので仕方がない、という言い訳を述べるとして。
「詳しい説明は移動しながらと言うことで。ご案内いたします」
「わかった。頼む」
こうして私たちは大広間を後にし、近衛隊長の先導のもと、隠し通路へと。
その隠し通路は長らく人の手がなかったことですっかり荒れ果てていたようで、とても運用できる状態ではなく。
ブレア陣営の隙を突いては、消音魔法を駆使して密かに隠し通路を修繕した、とのことだった。
(やるじゃないか、マイアス)
義弟の強かさに舌を巻いていると、近衛隊長が何もない壁前で立ち止まった。
「ここです」
「見事にわからないな」
「はい。すぐに見抜かれては意味がないですから」
「それもそうか。ダミアン、お前の目から見てもわからないか?」
「……俺から見ても、まったくわからないですね」
壁を手でさするダミアンも、本当にこの先に通路があるのか半信半疑の様子。
「では、開きます」
近衛隊長が壁の一角に手を当てて小声で何事かと呟くと、音もなく壁の一部が開かれるや、一本の通路が私たちの前に姿を現していた。
扉が開かれると共に魔法の明かりが灯ったことで視界も確保されており、修繕のおかげなのか埃ひとつなく、しかもちゃんとしたそれなりの広さも誇っていた。
「すごいな……」
感嘆の声を漏らす私は、そこで我ながら間抜けにも、今更な疑問に気が付く。
「こんな隠し通路があるのならば、どうしてここを通って部隊を送り込まな──」
私の言葉は、最後まで言えなかった。
なぜならば、近衛隊長がまったくの予想外の行動に出ていたからだ。
「え──っ」
突き飛ばされるは、ダミアン。
と同時に、近衛隊長が私に体当たりを食らわせてきた。
「うお……っ」
隠し通路へと弾かれる私と、廊下に弾き飛ばされるダミアン。
近衛隊長は間断のない動きで壁の一部に触れるや、即座に隠し扉が閉じられる。
つまり……ダミアンと分断されたということだった。
※ ※ ※
「どういうつもりだ」
すぐに立ち上がって問う私の声に険が宿るのは、無理もないだろう。
それと共に警戒しながら近衛隊長から距離をとり始める私を前に、近衛隊長は静かに抜剣してきた。
「ここで貴女を亡き者にできれば、と思いましてね」
「……まさか。ブレアの息がかかっていたとはな」
なんてことだろうか。
マイアスの腹心である近衛隊長が寝返っていたなど。
こうなってくると、マイアスの身が案じられてくる。
だがこれで、この隠し通路が有用されなかったことにも説明がいくというものだった。
マイアスが信頼を寄せていたであろう近衛隊長が裏切っていたとなれば、この通路は襲撃用ではなく、万が一に備えてのブレア用の逃走路になるのだから。
「もはや問答は無用。──お覚悟!」
「ち──っ」
突っ込んでくる近衛隊長。
私も抜剣しざまにその斬撃を真っ向から受け止めてから、刃に蒼雷を纏わせる。
瞳に蒼い光を映す近衛隊長が、にやりと口の端を吊り上げてきた。
「かつての貴女にならば、私など到底かなわないことでしょう。ですが、いまは違いますよ」
「下種が。寝返った動機はなんだ? 金か? 名声か?」
「教える義理はないですね」
「そうか……まあ──どうでもいいがな!」
蒼の小爆発。
刃に纏う蒼雷を爆裂させたのだ。
その衝撃でたたらを踏む近衛隊長へと踏み込みざまに、再び蒼雷を纏わせた刃で斬りかかる。
しかしながら、さすがはマイアスの近衛隊長を務めているだけあるのか、私の果断の一撃は防がれてしまう。
「ちっ」
「斬撃の威力が軽い……弱体化とは、ここまで貴女を弱くしてしまうのか。かつてのあの圧倒的感が、まるで感じられないとは」
「五月蠅いな。だったら何だというんだ? お前には関係のないことだろう」
「そうですね。ここで貴女を仕留められるのであれば、願ってもないことです」
そのまま私と近衛隊長は剣劇戦を展開。
悔しいことに、剣技はほぼ互角といったところだろうか。
こうなると勝敗の鍵となるとは、単純に膂力ということになってくる。
言うまでもなく、弱体化している今の私では、こいつと比べると圧倒的に劣っていることだろう。
まあ、弱体化うんぬんの前に、単純に男女の差といってもいいかもしれないが。
こうなってくると、攻撃魔法が使えないのが痛かった。
恐らくは、この通路自体にあらかじめ魔法封じの結界でも張っているのだろう。
マイアスの目を盗んで用意周到に準備されていた、ということなのだろう。
まんまと騙された私は……なんと間抜けなことだろうか。
……現状、自嘲は後回しにするが。
「ぐ……っ」
「とった!」
力任せに押し切られてバランスを崩した私へと、ひと息に踏み込んできた近衛隊長が剣を一閃させてくる。
「ちい!」
「逃がさん!」
迎撃が間に合わない私は後方に飛び退くものの、しつこく追撃してくる近衛隊長が剣を閃かせ。
さすがに着地直後を狙われてはどうにもならず、辛うじて身を捻るが私の左腕が切り裂かれてしまう。
尚も攻撃を叩き込もうとする近衛隊長なれど、私とてやられてばかりではなく。
「調子に乗るな!」
「な……っ」
剣での迎撃が間に合わないのならば、別の手段を取ればいいだけの話であり。
蒼雷をまとった左手で振り切られてきた刃を打ち払い、そのことで体勢を崩した近衛隊長へと、蒼雷を帯びた蹴りをお見舞いする。
「ぐう……っっ」
腿の骨を砕かれた近衛隊長が壁へともたれかかり。
一息で距離を詰めた私は、渾身の力を込めて蒼刃を突き込む。
その一撃は狙い違わず近衛隊長の鎧の隙間──脇部分に吸い込まれ、柄から肉の感触が伝わってきた。
蒼の切っ先が反対側の肩先から突き出たことから、もはや致命傷だろう。
「が……はぁ……っ」
血塊を吐き出すが私の剣に貫かれていることで倒れるに倒れられない近衛隊長は、空いている手を私へと伸ばそうとしてくる。
勝敗は決したが、さすがに警戒はするべきだろう。
なので私は剣を引き抜きざまに身を翻してその手を交わしており、間断なくトドメとばかりに袈裟懸けに近衛隊長を切り捨てていた。
蒼雷を帯びた血の糸を引いて倒れ込む近衛隊長。
床に倒れた彼の身体の下に、鮮やかな血の華が咲いていく。
……しかし。
私に返り討ちに合ったというのに、近衛隊長はなぜか満足気な顔だった。
「わ……私の役目は、果たし、た……」
「役目……だと?」
意味がわからない私は問い詰めようとするが、すでに不可能なことに気付く。
意味不明な言葉を最後に、近衛隊長が事切れていたからだ。
「役目……どういうことだ……?」
しばし考えたあと、ある可能性に気が付いた。
「まさか……時間稼ぎ?」
だとすると、ここでいつまでも足止めを喰らうわけにはいかないだろう。
「……いや、しかし……」
本当に時間稼ぎが目的ならば、何もわざわざこの隠し通路の存在を明かす必要性もないわけで。
それとも、ダミアンと分断してここで私を倒すことが本命だった……?
真相を知る者はすでに事切れているので、もはや憶測の域を出ない。
とりあえず、ジクジク痛む先ほど斬られた腕の傷を治療魔法で癒してから。
「……ちっ。ダメか」
ダミアンと合流できないかその場を調査してみるが、どうやっても隠し扉を開くことはできなかった。
「仕方ないな……」
優秀なあの子のこと。
きっと何かしらの手段で、すぐに私に合流してくれることだろう。
そう判断した私は、単身なれども先に進むことに──
※ ※ ※
※ ※ ※
「ダメだ……っ、くそ!」
壁の破壊を試みようとするダミアンは、しかし壁がビクともしないことに、腹立たし気に蹴りを入れた。
当然ながらそんなことで開くはずもなく、逆にダメージを負ってしまった彼は、足を押さえて蹲る。
「っう……それにしても、なんであのヒトはこんなことを……」
嫌な予感がしてしまうのは、仕方ないだろう。
焦燥感がこみ上げてくるダミアンは、すっくと立ちあがった。
「とにかく、早くクレアナード様と合流しないと!」
ここまで来た以上は、あの大広間に戻るよりも迂回ルートを取ったほうが早く。
それゆえにダミアンは、すぐに走り出していた。
しかし、そんな彼の前に立ちふさがるは、2体の半魔人。
すでにどこかで戦闘してきたようで、その半魔人たちは全身が傷だらけだった。
だがこうしてダミアンの前にいる以上、友軍の誰かしらを打ち倒してきたということなのだろう。
(2体……せめて1体だけだったら……っ)
2体が同時に相手となると、さすがに苦戦は必須だろう。
相手にしないで強引に突破するという手もあるが、追ってこられたら、それはそれで面倒なことになってしまうだろう。
そのため、自分をターゲットとしてくるこいつらは、この場で仕留める必要があった。
(こうなったら……もう形振り構ってられない!)
こんなところで時間を喰うわけにはいかないダミアンは、ダメージ覚悟で早急に半魔人を倒すことを決意する。
被虐趣味があるわけでもないので、出来れば傷を負いたくないところだが……仕方ないだろう。
(クレアナード様、どうかご無事で……っ)
覚悟を決めたダミアンは、2体の半魔人へと飛び掛かっていった──
※ ※ ※
「な、なあ。さっきの俺、格好良かったよな?」
敵勢力を打ち倒した兵士のひとりが、仲間に話しかけていた。
「クレアナード様をお助けして、ここは任せてください! ってさ。きっと俺の顔、覚えてくれたよな?」
「どうだろうなぁ」
「俺らなんてよ、その他大勢のひとりじゃねぇの?」
一息つく兵士たちは、ひとり興奮する兵士を冷めた様子で見やる。
しかし興奮する兵士は、彼らの態度を意に介さない。
「いま、クレアナード様って一介の冒険者なんだよな? だったらこの戦いが終わったら、俺仕事止めて、クレアナード様の仲間になろうかな」
「はあ? ふざけんなよ。お前だけズルイだろ」
「お前だけがクレアナード様を慕ってるわけじゃねぇんだぞ」
そうだそうだ、と他の仲間たちが同意してくる。
皆、内心ではクレアナードを狙っていたのである。
いままでは魔王ということから手の届かない存在だったが、いまでは手が届く位置におり。
夢を抱くな、というほうが無理というものだった。
「俺……この戦いが終わったら、クレアナード様に告白するんだ」
沈黙を守っていた別の兵士が、ぽつりと独白してきた。
「ちょ、お前っ」
「それフラグだから!」
「わかってて言ってるだろ」
仲間たちにツッコまれ、独白した兵士が苦笑い。
と、その場に新たな敵勢力が。
その中には、強化兵である半魔人の姿が見受けられた。
「マジかよ、あの強化兵が混じってるぞ」
「面倒くせぇんだよな、あいつら」
「ってか、気持ち悪いわ」
兵士たちは辟易した溜め息を吐いてから、表情を引き締める。
「泣き言はここまでだな」
「ああ。いまはあいつらを排除しないことには、先の話なんて馬鹿げてる」
「クレアナード様に、この戦いの勝利を捧げよう!」
クレアナードに恋慕する兵士たちは、淡い期待を胸に戦闘を繰り広げる──
※ ※ ※
「……よく、この状況下で呑気にお茶を啜れますね」
馬車内にて、ズズズっと音を立てて両手で持ったお茶を飲むアテナを前に、女官が呆れたような声で言ってくる。
その言葉を受けたアテナは、小さく吐息を吐いてから。
「私たちが焦っても、何も現状は変わらないのではありませんか?」
「それは、そうですけど……」
「私たちが今出来ることは”待つ”ということのみです。ならば、座して待つしかないでしょう」
「……達観してますね。さすがは、あのクレアナード様の直属のお付きですね」
「この程度のことで狼狽していては、トラブルメイカーであるクレア様のお傍にはいられませんからね」
いつものように軽くディスるアテナだったが、その発言に対する反応がこれといってないこともあり、何やら少しだけ寂しそうに溜め息ひとつ。
そんな一方では、眠るゾーイを抱くラーミアは思い詰めた表情で一点を見つめていたりする。
「ラーミア様? どこかお加減が……?」
心配そうに聞いてくる女官に、ハッとしたような感じでラーミアが我に返った。
「心配いりませんわ。皆のことを想って憂慮していただけですわ」
「お気持ちお察しいたします。マイアス様もクレアナード様も、きっとご無事で帰還されるかと」
「……ええ。アテナの言葉を借りるわけではないですけれど、いまの私たちに出来ることなんて、信じることだけですものね」
神妙な表情で述べるラーミアの言葉を受けて、アテナが芝居がかった仕草で。
「信じる者は救われる。誰かが宣っていた名言です」
「宣うとか……しかも誰が言ったか覚えてすらいないとは」
女官が苦笑い。
ラーミアもクスっと小さく笑う。
「クレア様はとにかく悪運が強いので、心配は杞憂でしょう」
アテナはいつもの無表情で淡々とした様子だったが、そこで初めて気づいたように小首を傾げた。
「そういえば、リングさんのお姿が見当たりませんね?」
「え……」
「アテナさん、今頃お気づきになられたのですか?」
「何やら、この場が落ち着いているなとは思っていたのですが」
「……まあ。リングさんは陽気な方ですからね」
”落ち着きがない”を”陽気”とフォローする女官。
ラーミアも苦笑しつつ。
「リングには……”ある事”を頼んだんですわ」
「そうだったのですか」
とだけ答えたアテナは、それ以上何も言うことはなく、再びお茶を啜り始めた。
「え……? アテナ、その内容を聞いてこないのですの?」
「ラーミア様。私は空気が読める優秀なメイドなのです。ラーミア様の口ぶりと態度から、訳アリと推察したので下手な追及は避けました」
「……さすがですわね」
「なので。私から問うことは致しません」
「アテナさんにそう言われると、私も聞くことは出来ませんね……気になっていたんですが」
どうやら女官も理由は聞かされていなかったようで、しかしアテナの言葉の後では問うのも躊躇われる雰囲気となってしまったことで、小さく溜め息を吐く。
「……すべては、私の杞憂であればいいのですけれどね」
そう呟くラーミアの瞳は、僅かに揺れているのだった。
外からの騒音にもまるで起きる気配がない赤子に脱帽です。




