第12話 「魔王様、魔都へ」
前話のあらすじ:一時の休息をしました。
(……ん? なんだ……泣き声……?)
みんなが寝静まる真夜中。
ふいに目が覚めた私は、外から泣き声が聞こえてきていることに胡乱げに眉根を寄せた。
夜中はアテナは精神世界に帰るので姿がないのはいつものことであり。
リングもぐーすか寝ており。
女官も気づかない様子で静かに寝息を立てており。
唯一気づいていたダミアンが無言で御車席を指してくるので、そこでようやく私は気が付いた。
(なるほど。ゾーイの夜泣き、か)
外からの赤子の泣き声と妹の姿がなかったことで、状況を把握する。
ダミアンに頷いた私は毛布を手に取ると、音をたてないように御車席へと。
案の定、御車席には泣きじゃくるゾーイを優しく抱くラーミアが座っていた。
「寒くないか?」
「お姉さま?」
妹の肩に毛布をかけた私は、その隣に座ると自前の毛布に包まる。
「ありがとうございます……起こしてしまいましたか?」
「ゾーイのせいじゃないさ。アテナに、早くに意識を奪われた影響だろう。それよりも、どうして外に出ているんだ? 地味に夜風が冷たいから風邪を引くぞ?」
「寝ているみんなを起こすわけにもいかないですし」
「気を遣う必要なんてないだろうに。赤子とはそういうもんだろう?」
「そういうわけにも」
母親の顔で微笑するラーミアが、なんだかとても眩しく見えてしまう。
劣等感や羨望とは違う感情だとは思うが……
気を紛らわすべく、私は泣きじゃくるゾーイの頭を撫でてやる。
「ほら、ゾーイ。いつまでも母親を困らせるもんじゃないぞ」
すると。
今まで泣いていたゾーイが、目をまん丸にして私を見つめてくるではないか。
突然の変化に、私は驚いて戸惑ってしまう。
「な、なんだ……?」
「ふふ、別に驚くことないですわよ? 赤ちゃんっていうのは、何か興味のある別なことが起きると、泣くのを忘れて、そちらに意識を向けるものなのですわ」
「そ、そうなのか……さすがに、詳しいな」
「ふふ、母親歴何年だと思っているのですの?」
「そうか。すっかり母親なんだな、お前は」
「ええ。それはもう、ばっちりと」
私と妹は笑い合う。
ゾーイが再び泣き出すのもあれなので、私はしばし赤子の頭を撫で続ける。
どれくらいの時間が経っただろうか。
いつしかゾーイは静かに寝息を立てており、眠っているのを確認した妹が口を開いてきた。
「お姉さま。お姉さまは幸──」
何やら言いかけ、一旦中断して言い直す。
「いまの生活は、楽しいですの?」
「そうだなぁ……」
問われた私は夜空を見上げた。
この一帯には街がないために、街灯などで邪魔をされることもないので、満点の星空を存分に堪能できる。
「自由気ままではあるな。全てが自己責任ゆえに国を巻き込むこともない。自由に行動できるのは楽だし、それを楽しいと表現するのならば、そうかもしれないな」
「そうですの……ではお姉さまは、もう魔王に戻られることはないのですね」
「マイアスという適任者もいることだしな。弱体化した私がしゃしゃり出る場面でもないだろうさ」
無責任ということなかれ。
言葉通り、もう私の出る幕はないのだ。
老兵は静かに去りゆくのみ、である。
……老兵という年齢ではないが。
「ですが……未だにお姉さまを支持する者は多いですわ」
「魔族国は実力主義だ。いまの私には、他を統べるだけの”力”はないよ」
いまの私は、間違いなくマイアスよりも戦闘力が劣っているのだ。
ならば、どちらが魔王として相応しいか、という話である。
「お姉さま。私は、純粋な戦闘力だけが”力”とは言えないと思いますわ」
「確かにな。だったらラーミア。お前にも魔王としての資格はあると思うぞ?」
「え?」
「お前の人心掌握力もまた、ひとつの”力”と言えるだろう。私にはない強さだ」
「……ですけど。私には戦闘力がありませんわ」
「ならば、守ってもらえばいいだけの話だ。それにお前には、マイアスがいるだろう? 独り者の私とは違い、お前はダンナに守ってもらえるじゃないか」
「それはそうですけれど……」
「ラーミア。新魔王となるあいつを支えてやってくれ。お前たちになら、魔族国を安心して任せられる」
「お姉さま……」
「それに、だ」
寝息を立てるゾーイの頭を撫でる。
「お前たちには、こうして可愛い後継者がいる。お前とあいつの子なんだ、きっと立派な魔王になってくれるだろうさ」
「お姉さま……」
私の信頼の眼差しを受ける妹の瞳は、複雑な感情の露わなのか、僅かに揺れているのだった。
※ ※ ※
「お前の相手はこっちだ!!」
疾駆しざまに蒼雷刃を叩き込む。
蒼の一閃は狙い違わず襲撃者へと吸い込まれていくものの、割とあっさりとした動きで長剣で受け止められていた。
つばぜり合いとなったことで、私と襲撃者の視線が急迫する。
私の気迫の視線と交わるのは──アテナとは意味合いが違う無感情の目。
感情を意図的に押し殺しているというわけではなく。
こいつには、本当に感情というものがまるでなかったのだ。
灰色の肌に、色素が抜け落ちている白髪。そして意思のない瞳。
──半魔人。
魔都オベリスタがもうすぐ見えてくるだろうという当たりで、半魔人で構成された部隊が、何の前触れもなく襲撃してきていたのである。
突然地面から飛び出してきたことから、この地点で待ち伏せしていたのだろう。
1体1体が地味に一騎当千弱の戦闘力をもっている為に、なかなか厄介だった。
私たちの陣容は、馬車を中心とした陣形。
全体を見回せるようアテナが馬車上にて、戦況に応じて影術で援護。
ダミアンがスピード重視で、リングが意外とパワープレイでそれぞれ応戦。
言うまでもなく非戦闘員のラーミアと女官は馬車内で待機であり。
そして私も、影術の援護のもと半魔人と切り結んでいた。
(直接こいつらを送り込んでくるとは……もうなりふり構っていられないといったところか)
それだけブレアにとって私という存在は、もう看過できなくなったということなのだろう。
マイアス陣営と睨み合いをする現状、下手に戦力の分散は避けねばならないというのに、だ。
ブレーンであるドバンがまだ帰還していないからなのかは知らないが、時期尚早というか早計と言わざる得ないだろう。
まあ、向こうが勝手に自分の足場を崩してくれるのであれば、手間が省けていいのだが。
(あの時、私に屈辱を与える為だけに見逃したことを、後悔するがいいさ)
あの時に受けた女としての屈辱は、今も尚、脳裏に強く焼き付いていたりする。
根に持つな、という方が無理な話だろう。
(とはいえ……こいつら、鬱陶しい限りだな)
簡単に倒せない半魔人に、私は焦慮よりも苛立ちを感じていた。
1体でこれだけ手ごわいのだから、これが部隊単位で量産されることになれば、確かに魔族国の将来は安泰なことだろう。
民に犠牲が出ない方法ならば、もろ手を挙げて量産体制をすぐに確立させるところだが……
「!? 防がれた……っ」
持前のスピードで半魔人の意識をかく乱しつつ、そいつの死角へと回り込み様に短剣を繰り出すダミアンだったが、予想外にその半魔人が長剣で受け止めたことに、思わず驚いていた。
さらには、そのまま反撃が叩き込まれてくるので慌てて短剣で受け流し、再び俊敏性で応戦。
「後輩君はツメが甘いね!」
踵落としで半魔人のバランスを崩したリングが、華麗な身のこなしでそのまま回し蹴り。
明らかに首の骨が折れたところへ、間断のない流れる様な追撃でもって確実にトドメを刺す。
着地直後を別の半魔人に狙われるものの、リングは巧みな体捌きで回避しており、そいつと真正面から応戦。
「皆さん、早く敵の数を減らしてください。私にも限度というものがあります」
馬車上から敵の足止めや味方の援護で影術を操るアテナも、無表情ながらも苦しそうな雰囲気だった。
半魔人と私たちの数の差は言うまでもなく、高い戦闘力が地味に厄介ながらもアテナの足止めがあるからこそ互角以上の戦況なので、彼女の魔力が尽きる前にケリを付ける必要があった。
「そんなことはわかっているが──ちいっ!」
正面の半魔人と切り結んでいるところで側面から別の半魔人が斬りかかってきたために、私はやむを得ず腕輪を発動。
展開された物理の盾が、その斬撃を受け弾き。
正面の半魔人へと火炎球を放って爆発で吹き飛ばしざまに、側面の半魔人へと踏み込み、蒼の一撃を送り込む。
ただの雑魚でない半魔人は難なく長剣で受け止めており、私とそいつはそのまま剣戟戦を繰り広げることに。
そんな私の背後からまた別の半魔人が強襲してくるも、それはアテナの影術によって拘束され、気づいたダミアンがそいつの迎撃に回ってくれていた。
「ならば私はこいつを!」
剣を打ち合う正面の半魔人へと、私は攻勢をかける。
蒼雷刃を切り込むと見せかけて、半歩後退。
いわゆるフェイントである。
この動きに対して半魔人が戸惑い、その結果として動きに停滞が生じた。
いくら戦闘力が格段に高いとはいえ、やはり経験値が違うということだろう。
さすがに量産兵に、熟練の経験値を付与するといったチート的なことは出来ないらしい。
「ハッ!」
裂帛の声を吐いた私は、そいつの脇をすり抜けざまに一撃をお見舞いする。
さらに反転後、翻した蒼雷刃で追撃を。
その衝撃で体勢を崩して距離をとろうとする半魔人だが、逃がすつもりもなく。
氷結魔法にてそいつの足元を凍らせて動きを封じたところで、トドメの斬撃を。
(1体倒すのに、こんなに手間取るとはな……)
面倒くさいの一言だった。
しかし泣き言も言っていられないので、私は次の標的へと。
その後も私たちは、アテナの援護のもと、半魔人部隊と戦闘を繰り広げる。
私含む密偵ふたりも手傷を負っていくが、それはもう仕方がなかった。
それだけ、半魔人という強化兵が面倒くさい奴らだったということである。
そして──
蒼雷の軌跡が迸り。
黒すぎる血の糸を引きながら倒れていくは、半魔人。
「ふう……」
最後の1体を切り伏せた私は、いつの間にか肩で大きく呼吸をしていた。
ふたりの密偵はまったく疲れた素振りを見せてはいないのに、この差であった。
弱体化しているいまの私の体力は、何かを使って底上げしていなければ、この程度ということなのだ。
(アテナに薬をもらわなかったのは、失敗だったな)
突然の襲撃だった為に、アテナ印のドーピング剤を貰う暇がなかったのである。
ダミアンは私を心配そうにちらちら見ながらも、リングと共に生き残りがいないか半魔人の死体を確認しており、呼吸の乱れがなかなか収まらない私のもとへと、馬車上から降りていたアテナが近づいてきた。
「お疲れ様です、クレア様。やはりご老体には、酷な戦いでしたか」
「……お前、という奴は。疲れている時くらい、労ってくれたら、どうなんだ?」
「切れ切れで言われても、聞きづらいですね」
やれやれとばかりに息を吐いてから、懐から取り出したのは小瓶。
そして無表情と淡々とした棒読みの口調で。
「じゃじゃーん。私特性の不思議と元気が出るお薬です」
「……何も知らないと、ヤバい薬のように聞こえるのが、不思議だな」
「では、飲みませんか?」
「……いや、もらおう」
受け取った私は一気に小瓶の中身を飲み干し──大きく息を吐く。
「ふう……本当に不思議と元気が出るから──不思議だな」
「世界の七不思議のひとつくらいですね」
「いやいや。さすがにそれは大げさだろうが」
「夢がないですね、クレア様は」
「現実的なんだよ、私は」
アテナに小瓶を返したところで、安全を確認した上で馬車から出てきたラーミアが、私のもとに小走りで近寄ってきた。
ゾーイの姿がないので、恐らくは女官に預けているのだろう。
「お姉さま! いまお怪我を!」
「ああ、すまない」
妹に治療を受けながら、私は周囲を見回す。
どうやら生き残っている半魔人はいないらしく、確認作業を行っているダミアンとリングはホッと安堵の息を吐いていた。
「半魔人、か……とんでもない兵だな」
これが大量生産できれば、魔族国の将来は安泰だろう。
まだまだ先の話になるだろうが、いつ敵対する人族国が統一されるかと、ビクビクする必要もなくなるだろう。
……しかし。
「……リスク、か」
「民を犠牲にする技術なのですわよね……」
「どうにかならんもんかなぁ……」
「魔都に戻ったら専門機関に精査させますけれど……時間はかかりそうですわね」
「こうなると、何が何でもドバンを生け捕りにして、吐かせるしかないな」
ドバンは半魔人の第一人者という立ち位置にいるのだから、問い詰めれば、何かはわかることだろう。
現状、あいつが逃げ込む先は魔王城──現魔王の庇護下しかないのだから、生きてさえいれば居場所などはすぐに判明することだろう。
(あいつの口を割らせる手段……やはり、拷問か……?)
いろいろと考えていると、私の治療を終えた妹がクスっと笑ってきた。
「お姉さまってば、すごく悪い顔していますわ」
「……仕方ないだろう。正攻法では、あいつの口を割らせられそうにないしな」
あちらからの取り引きを蹴った以上、素直に言うことを聞くとも思えない。
そして何よりも、自国民だけでなく他国民すら犠牲にしても良しとするような奴なのだ。
そんな奴に、それこそ非人道的な行いをしたとしても、何ら罪悪感など沸かないというものである。
「お気持ちはわかりますけれど……でもまずは、現魔王を倒さなくてはなりませんわね」
「ああ、そうだな。まずはブレアを倒さないとな」
魔都に着いたら、さっそくマイアスと合流しなくては。
いまの私だけでは無理だろうが、義弟と協力すれば、ブレアにも打ち勝つことができるだろう。
(……しかし。マイアス……来てくれなかったか)
常に冷静沈着でいて聡明なマイアスのことだから、ブレアの行動など容易に予測できるはずなのだ。
だから援軍なり自ら出向いてきてくれるかと思っていたが……
こうして魔都を目前にして私のもとに来たのは、私を狙うブレア陣営。
まあ……マイアスにとっても、いまの彼の立ち位置を鑑みると、下手に動けないということなのだろう。
それこそ、時期尚早となったブレアの二の舞になってしまうだろう。
そうなってくると、下手にマイアスが動かなかったのは、ある意味良かったのかもしれない。
(それすら計算しての行動、か)
私情を挟まず、合理的に大局を見据える手腕。
私は改めて、マイアスという人物を評価するのだった。
※ ※ ※
「ようやく着いたか」
夕方過ぎに、私たちは魔都へと到着していた。
久しぶりの魔都に感慨深いものがこみ上げてくるのだが……
残念ながら、感傷に浸る暇はないようだった。
街門前には人だかりができており、何台もの馬車が立ち往生していたのだ。
どうやら魔都への出入りが制限されているようで、困惑する人々の声がざわつきとなっていた。
「なんだ……?」
御車席から街門前付近の光景を見やる私は、さすがに胡乱げに眉根を寄せる。
「俺がちょっと聞いてきます」
馬車から飛び降りたダミアンが駆けていき、街門を守衛する兵士のひとりと何やら会話をした後、急いで戻ってきた。
「大変です! クレアナード様っ」
「何があったんだ?」
「その……]
私に問われたダミアンは、ラーミアをちらっと一瞬見てから。
「マイアス様が、クーデターを起こしたようで……」
「なんだとっ!?」
「──っ──!?」
息を呑んだ母の動揺を察したのか、ゾーイが泣き出した。
慌ててラーミアが宥める中、私は拳を握りしめる。
「早すぎる……! なぜだ……なぜ私を待たなかったんだ、マイアス……!」
増産できなくなった保有する半魔人の一部を私に差し向けたことで、ブレア陣営の戦力が低下したとして、その機会を好機ととったのかもしれない。
(確かに、いまのブレアに下手に時間を与えるのは危険、か)
追い詰められたあいつが、どんな手段に打って出るか予測もできない以上、早期決着は望ましいとも言えた。
そして逆に考えると、当初の予定通りとも言えるかもしれないだろう。
私が”囮”となったことで、ブレア陣営の戦力が低下し、こうしてマイアスが決起する好機を作れたのだから。
(いまの私と合流するよりも、そのほうが合理的といったところか)
私は己惚れてはいないつもりである。
もはや私は、最強魔族ではないのだ。
ゆえに、戦力として数えられなかったとしても、別に何とも思いはしない。
あの冷静沈着なマイアスが判断したのだから、きっと彼だけでもブレアを討てるということなのだろう。
とはいえ、この場で事の顛末を見守るほど、私は出来た人間ではなく。
(私をこき下ろしたあいつの最期は、見届けないとな)
固く胸の内で決意している私は、アテナに指示を出して街門へと。
そして№2であるマイアスの妻というラーミアの権力を笠に、立ち往生する人々をしり目に難なく魔都へと入ってく。
なんであいつらだけ……といった視線が向けられてくることに、ラーミアが吐息を漏らしてきた。
「なんだか申し訳ないですわ……」
「仕方ないさ。状況が状況なんだしな」
不気味な程に静まり返る街並み。
この時間帯ならば人の往来が多いだろうに、ひと気はまるでなく、殺気だった兵士たちが点々と佇んでいるのみであり。
目抜き通りを走る私の馬車を怪訝そうに見るが何も行動に移らないのは、馬車の中身が私ということを知らないからか、あるいはマイアス派の兵士たちだからか。
現状では確認している時間的猶予もないので、いまはスルーすることに。
やがて、見覚えのある城門が見えてくる。
普段は閉じられているのが常だが、いまは開け放たれており、そこから見える中庭には死屍累々の山が築かれていた。
両陣営の兵たちの死体があちこちに転がっており。
その中にはちらほらと、半魔人の亡骸も。
怒号や剣戟音といった戦闘音があちらこちらから聞こえてくるので、今も尚、戦闘が続いているということなのだろう。
(こんな形で、この門を潜ることになるとはな)
あの日、あの時は、ただただ逃げることだけを考えていた。
逃げ遅れたら、最悪の結末が待っていると思っていたからだ。
なんと、惨めだったことか……
それなのに、いま、自らの意志でこの門を潜っている。
あの時、こんな日が来るなんて思いもしなかったというものである。
(運命の悪戯……というやつか)
だとしたら、運命の女神とやらは、よほど私が嫌いらしい。
逆説的に、こんな運命を強いる女神など、私としても願い下げではあるが。
「停まれ!!!」
城門前広場に到着したところで、私の馬車は複数の武装する兵士たちに取り囲まれてしまう。
強引に突破しても良かったのだが、さすがに車内に非戦闘員がいる以上無理はできないので、その場にて停車させられることに。
「ち……面倒だな」
「もしブレア陣営の兵なら、厄介ですね……」
車内にて舌打ちする私に呼応して、ダミアンも懐に忍ばせている短剣の柄に手をかける。
ラーミアは眠るゾーイをぎゅっと抱きしめ、彼女を庇うように女官が身を寄せるものの。
「クレアナード様! 大丈夫みたいッスよ!」
いつのまにか馬車の屋根上に移動していたリングが、開けられている戸口から顔を覗かせてきた。
「彼ら、マイアス様の配下ッス!」
リングの言葉に先に反応するは、馬車を取り囲む殺気だっている兵士達だった。
「クレアナード様……?」
「まさか……っ」
「この馬車にはクレアナード様が!?」
動揺を見せる兵士たち。
さっきまでの殺気は一瞬で消え失せており、逆に、期待に胸膨らませる視線が向けられてくる。
(そこまで期待されると出づらいな……)
かといって、いつまでもこのままというわけにもいかないので、私は唇を引き締めて外へと出る──
『おおおおおおおおおっ!!!』
『クレアナード様だ!!!』
歓喜に震える兵士たち。
「いつ見てもお美しい!」
「あの氷のような美貌……未だ健在だったか!」
「ああ……俺たちの女神様……っっ」
等々、興奮を隠そうともしない様子で口々に私を賛辞してくる……
「まだ人気があったようで良かったですね、女神様のクレア様」
「……アテナ。お前の言葉には、何気にトゲがあるな?」
「そうですか?」
しれっと小首を傾げるアテナは無視するとして、ひとりの兵士が私の元に駆け寄ってきたので、彼へと視線を向ける。
その兵士は私の視線を受けて頬を紅潮させながら。
「お、俺──私は、この隊の指揮を執るジェイズと申します!」
「そうか。状況を教えてほしいんだが」
「はっ! 現在、半数以上の重要拠点は制圧しております。敵勢力の件の強化兵が厄介となっておりますが、計画通り滞りなく、戦況はこちらが優勢かと」
「なるほど、な」
敵勢力という言葉に、私は苦い想いを抱かされる。
同じ魔族だというのに、私たちは何をしているのか、と。
これでは、同族同士で勢力争いをしている人族を笑えないというものだった。
「……それで、いまマイアスはどこに?」
「精鋭部隊を陣頭指揮なされ、現在は城内に。目的地は、現魔王が立て籠もる王の間です」
「そうか」
いち兵士が迷いなく”立て籠もる”と表現するほどに、ブレア陣営は劣勢ということなのだろう。
「君たちは、この一帯の守備についているんだな?」
「はい!」
「ならば、私の馬車を頼む。中にはラーミアもいる。妹を守ってほしい」
「ラーミア様も……!? わ、わかりました! 身命を賭してでも必ずや!!」
その隊長だけでなく会話を聞いていた兵士たちもが、一斉に敬礼を送ってくる。
くすぐったい気持ちを抱きつつ、私は馬車へと移動して車内へと顔を入れた。
「私は今からマイアスのもとに行く。お前たちはここで待機していてくれ。万が一ということもあるから、護衛としてリングは置いていく」
「了解ッス!」
「お姉さま……お気を付けて」
心配そうな顔をする妹に頷いてから、私はふたりを連れて城内へと向かおうとするが、そこへ隊長が駆け寄ってくる。
「あ、お待ちを! いま精霊避けの結界が張られているので、精霊族は城内に入れません!」
「そうなのですか──あうち」
警告を聞いたにも拘わらず城門を潜ろうとしたアテナが、光に弾かれていた。
その様を見て、私は嘆息する。
「おいおい……いま、警告されただろうが」
「そこは一応、確認をしておかないとと思いまして」
「まあ、それもそうだが……」
「なので、決して被虐趣味のあるクレア様とは違いますので」
「お前という奴は……いちいち私を貶さないと気が済まないのか?」
「それほどでも」
「褒めてない」
私とアテナのいつものやり取りを前に隊長が目を丸くする一方で、私は内心で舌打ちひとつ。
(アテナを連れていけないのは痛いな……)
魔王城では多くの精霊が働いているので、劣勢のブレア陣営が少しでも敵になりえる存在を排除するべく、城の防衛機能を発動させたのだろう。
とはいっても、皆がアテナのように戦闘力を持っているわけではないのだが……
(あっちにとっても、精霊は戦力になると思うんだがな)
それだけ、ブレア陣営が混乱しているということか。
……あるいは。
私がアテナを連れてくることを警戒してか。
(さすがに考えすぎか……まあだが、いずれにしても、アテナを連れていけないのは痛いな)
弱体化している今の私にとって、アテナの援護はなくてはならないのである。
ここで事が収まるまで待つという選択肢もあるが……
私の女としてのプライドをズタズタにしてくれたブレアの最期を見届けなくては、腹の虫が収まらないというものであり。
ここは多少無理をしてでも、現地に向かう決意に揺らぎはなかった。
(単身で敵地に向かうというわけでもないしな)
友軍があちこちにいるだろうから、リスクは言うほど高くはないだろう。
優勢という状況も、私の私情の後押しをしてくれた。
「アテナ、ラーミアたちの警護を頼む。結界が壊され次第お前を呼ぶから、そのつもりでいてくれ」
「わかりました。クレア様、ご武運を。ダミアンさん、私の分までクレア様をお願いします」
「任せてください!」
仕切り直した私は、ダミアンを連れて城内へと──
※ ※ ※
※ ※ ※
──ギィン!
甲高い音と火花が飛び散る。
王の間にて、趨勢を決する最後の戦いが行われていたのである。
部屋の中央で刃を交えるは、ブレアとマイアス。
すでに両者の配下たちは血の海に沈んでおり、この場にて息をしているのは、このふたりのみだった。
とはいえ、ふたりともがすでに満身創痍といった様相だった。
だがしかし、決して一歩も引かず、熾烈な剣戟戦の応酬を繰り広げていた。
「クソが……! 忌々しい!!!」
回避し損ねて頬を裂かれたブレアが、怒りの表情で吐き捨てる。
対するマイアスは、冷たいと表現できるほどに冷静だった。
「隙を見せた君が悪い」
すでにブレアに対する敬称はなく、切り結ぶマイナスは淡々と告げてきた。
「義姉さんに──クレアナードに気を取られ過ぎだ」
「……そのどこまでも暗い目。それが、お前の本性というわけか!」
ブレアの負け惜しみに、マイアスはピクンと眉根を動かす。
「僕は、あの目的の為に今日まで生きてきた。その好機がいまなんだ。だから……君はここで排除させてもらう」
「くくく……! お前がそこまで魔王の座に固執していたとはなぁ!? 今までのいい子ちゃん振りは、その野心を隠すための演技だったというわけか!」
「何とでも言うといいさ。でもね、君にはこれでも感謝しているんだ。君のくだらない野心のおかげで、僕は半ば諦めていた目的を遂げることができるんだからね」
「なんだと……? どういう意味だ……?」
「君は良く踊ってくれたってことだよ。でも、もう邪魔なんだ。退場してほしい」
「貴様……この俺を愚弄にするか……!」
「勘違いしないでくれ。馬鹿にはしていない。利用はしたけどね」
「貴様アっ!」
吼えたブレアが怒りに任せて怒涛の連撃を叩き込む。
しかしマイアスは、冷静に炎の魔剣で応戦。
「義姉さんが来るまでには、決着をつけておきたいんだけどね」
「それはこちらとて同じことよ!」
ふたりにとって、クレアナードはキーマンという位置づけに関してだけは、一致しているようだった。
ふたりの決着の行方は……




