第10話 「魔王様、別れる」
前話のあらすじ:目的を果たしました。
生産工場だった廃村を後にする馬車が2台。
その御者は、ラーミアの護衛役だったふたりの騎士である。
半魔人の搬送用にこの村にあった馬車を利用して、拉致されていた者たちを、それぞれの祖国に送り届けることにしていたのだ。
そして停車している3台目──人族国へと向かう馬車の御者は、ラーミアの馬車の御者を務める騎士だった。
妹の馬車と護衛の馬は、とりあえず一時の間この村に置いていくとして、ラーミアたちは私の馬車にて、魔都へと向かうというわけだ。
馬車へと乗り込む解放された面々は、戸惑いの様子ながらも私たちに謝辞を述べていた。
とはいえ。
人族以外の面々は素直に礼を述べてきたものの、当の人族の面々は複雑な表情だった。
しかし表立って事を荒立てないのは、現状を理解しているからだろう。
精神的に疲弊しているとはいえ、そこまで愚かではないということである。
(まあ、事が事だしな。下手をしたら国際問題になるが……)
このまま祖国に帰してしまうと、事件が露見するのは言うまでもなく。
だからといって、事件をもみ消すために、彼らを皆殺しにするわけにもいかないだろう。
彼らをこの先ずっと軟禁するというわけにもいかないので、私は素直に祖国に帰す判断をしていた。
(全ての責は現魔王にあるんだしな。あいつには、その責任をとってもらおうじゃないか)
どのみち、あの男には退場してもらうのだから、全ての責任を押し付けてもいいだろう。
というか、そもそもの元凶なのだから、責任をとってもらうのは当然のことだったが。
「クレアナードさん」
最後の人族が馬車に乗り込んだ所で、まだ意識のない少女を背負うマーズが話しかけてきた。
「今回は、本当にありがとうございました。貴女たちと出会って無かったらと思うと……」
「そう気負うな。ただの偶然の産物だ」
「ごめんなさい。僕は、その……誤解していました」
そう告げたマーズは、次の言葉を紡ぐのに一拍の間を空ける。
「……魔族は、邪悪な存在なんだと思っていました」
「まあ、悪い奴もいれば良い奴もいる。それだけのことだ」
「……そう、ですね。当然のことなのに。この国に来なかったら。貴女たちに会っていなければ。僕は、いまもその凝り固まった考えだったと思います」
「そうか。君の魔族への見方が変わってくれたのは、私としても嬉しく思う」
微笑する私を、マーズが仮面越しの視線でじっと見つめてきた。
「クレアードさん。貴方はこの後……先の言葉通り、現魔王を討つのですか?」
「……ああ。あの男が魔王のままだと、魔族国がダメになってしまうからな」
「そうですか……」
「マーズ。魔王の名前が変わった時は、魔族を、魔族国を信用してほしい。少なくとも次の魔王に就く者は、現魔王のような屑じゃないのは確かだからな」
「貴女が、次の魔王にならないのですか?」
「私は……もう魔王になるつもりはないよ。”自由”を知ってしまったからな」
「自由……ですか。確かに、権力者に自由ってないですもんね……」
含みのある口調だったが、まあ彼にもそれなりの事情があるということだろう。
すると、御者を務める騎士が声をかけてきた。
「マーズ君。そろそろ……」
「あ、はい、すいません」
謝った彼は、少女を背負いながらも居住まいを正して、改めて私を見てくる。
「クレアナードさん、いろいろと本当にありがとうございました。僕は、貴女のことを決して忘れません。貴女から学んだことも全て」
「そうか。教えた甲斐があるよ」
「いつか……人族と魔族の関係が良好になったら、改めてお会いしたいです」
「……その日が来るのを、心待ちにしているよ」
困難であることは間違いないだろう。
人族と魔族の関係は、もはや修復不可能にまで陥っているのだから。
だがこうして、魔族の私と人族のマーズがわかり合えたのだ。
だからいつか、きっと、両種族の関係も……
「ではクレアナードさん、そして皆さん。いつか、友好的に再会できることを……」
祈りに近い願いの言葉を最後に、マーズが馬車へと乗り込み。
御者がラーミアに目配せしてから、彼を乗せた馬車が出発していった。
(友好的な再会、か)
少なくとも、戦場では絶対に会いたくはない。
まあ、まだ幼い彼が今すぐに戦場に立つということは、さすがにないだろうが。
「行ってしまわれましたね」
「ああ、そうだな」
出会いと別れがあるのは、世の常であり。
一期一会は、旅の醍醐味でもあるのだ。
だから一抹の寂しさはあれども、再会の時を楽しみにするのみ。
「お姉さま、この後はどうするのですの?」
「とりあえずは、この施設を探索だな。研究や実験の資料などがあれば、全部持っていく。理解できないにしても、出来る者に見せれば、半魔人という技術の一端を知ることができるかもしれんからな」
こうしてマーズたちを見送った私たちは、無人となっているであろう施設内へと向かうことに。
※ ※ ※
「……これは。想像以上に酷いな」
すえた匂いが鼻を突く。
戦場で場数を踏んできている私とはいえ、思わず顔をしかめていた。
アテナは相変わらずの無表情だったが、傍らにいるダミアンもが険しい表情に。
はっきり言うと、施設内は胸糞が悪くなるような光景だったのだ。
用途不明な怪しげ気な装置がいくつも並んでおり、いくつもある寝台にはべっとりと血糊が。
床のいたるところにも血だまりが出来ており、黒く変色すらしていた。
ここでどれだけの非人道的な行いが繰り広げられていたか……想像するだけで吐き気がするというものだった。
「クレア様。ここは本当に生産工場なのですか? 拷問部屋ではないですよね?」
「……材料にされた者たちにとっては、拷問部屋だったことだろうな」
淡々としながらも、やはりアテナも思うところがあるのか目を細めており、彼女にそう答えた私はベットに手を置いて、静かに黙祷を捧げた。
「……それにしても。ラーミアたちを外に残してきて正解だったな」
とてもではないが、こんな凄惨な光景、見せられないだろう。
赤子のゾーイにとっても毒であり、情操教育に悪影響を及ぼしかねないだろう。
このような光景は予測できていたために、彼女たちには外の残骸の調査を頼んでいたのである。
とはいえ、何が起こるかわからないために、彼女たちの護衛としてリングを同行させていた。
「もしかするとまだ敵が潜んでいるかもしれない。各自、警戒して調査してくれ」
効率と時間短縮を考えて、私たちは分かれて調査することに。
ダミアンとアテナは他の部屋へと向かい、その場に残った私は、室内をくまなく調べる。
何枚もの資料が出てくるも、ざっと目を通しただけでは、まったくの意味不明だった。
「素人目では、まあ仕方ないよな」
なので、とりあえず手あたり次第に押収することに決め、中身を確認することもなく道具袋へと突っ込んでいく。
「……ん? これは……」
ふいに、床に落ちている”もの”に気付いた私は、それを手に取った。
「白い羽根……か」
大きさからすると、鳥のものではないだろう。
そうなると、可能性として高いのは有翼人のものということになってくるが……
「解放した者たちの中にも有翼人は何人かいたが……」
白羽根族はいなかったはず。
まあ、何人もの人間が犠牲となっているようだから、その中のひとりに白羽根族の者がいたのかもしれない。
「……半魔人というのは、どこまで罪深い存在なんだな」
量産できれば強力な戦力となるだろうが。
現状では、あまりにもリスクが大きすぎた。
運用するには、やはり改善しなければならないだろう。
「こんな時、本当にネミル殿が居てくれればな」
元魔王であり、現代に生きる魔人でもある魔族の女。
居て欲しくない時には居て、居て欲しい時には居ないという、理不尽な存在。
役に立たない……とまでは言わないが、非難の念を抱いても仕方ないだろう。
彼女の名を呟いてしばし待つものの……
何も変化が起きないことに、私は嘆息ひとつ。
そして苦笑い。
「さすがに、噂をしても都合よく出てきてはくれないか」
古代の人間であり魔人である彼女ならば、犠牲を必要としない半魔人の技術を知っているかもしれないと思ったのだが……
まあ、居ないのであればアテにしても仕方なく。
目につく資料を手あたり次第に押収していくと、その場にダミアンが駆けこんできた。
「クレアナード様! アテナさんがあっちの部屋で、ドバンの配下らしい男を捕らえました!」
「そうか、やはりまだ隠れていたか」
そいつから何かしらの情報が聞き出せるかもしれない。
私はダミアンの案内のもと、アテナと彼女に拘束されている男がいる部屋へと足早に移動する。
「! クレア、ナード……っ」
影術によって拘束されているローブの男が、私を前にすると目を見開いてきた。
その反応に過敏に反応したのは、怒りを表現するダミアンだった。
「呼び捨てにするなんて!」
「まあ、落ち着けダミアン」
「ですけど……!」
「お前の気持ちは受け取っておく。私の代わりに怒ってくれてありがとう」
「クレアナード様……っ」
嬉し気に言葉に詰まる彼に頷いてから、私は改めてローブの男を見据える。
当然ながら……私には一切の面識はなかった。
恐らくは、あの時の精霊メイド同様、こちらは知らなくても、あちらが一方的に私を知っているというパターンなのだろう。
「さて。お前が知っていることを洗いざらい吐いてもらおうか」
「わ、私は何も知らない! 本当だ! ドバン様に命じられるまま、私は指示されたことをしていただけなんだ! 他の奴らもだ! 半魔人に関する詳細を把握しているのは、ドバン様だけだ!」
「……ちっ。ドバンだけ、か」
現状、この男が嘘を吐く理由などはないだろう。
あっさりとドバンを売った様子からも、忠誠心はなさそうなのだから。
「ドバンの背後に何者かがいる、といったことも知らないか?」
「知らない! 私は言われたことだけをしていただけなんだ! だから私は何も──」
「悪くないと言いたいのか!!」
激高の声を上げたは、珍しくダミアンだった。
ビクっと震えて押し黙った男の胸ぐらをつかみ、怒りの視線を突き差す。
「あんたには罪の意識はないのか!? 言われた通りのことをやっただけだから、自分には罪はないって!?」
「そ、それは……」
「あんたは最低だ! あんたみたいな奴は──」
「ひっ……」
抜き身の短剣で男の首を切ろうとするダミアンだったが、直前で私が彼の手を押さえていた。
「止めないでください! クレアナード様!」
「ダミアン、気持ちはわかるが……お前が手を汚す価値もない人間だ」
私に諭されたことにより、ダミアンは怒りの矛先をしぶしぶ収める。
命を拾った男が安堵の息を漏らすが、影の拘束が強まったようで咳込み始めた。
「安心してください。殺しはしません。少しだけ、痛めつけるだけですので」
「ひっ……」
「アテナ……お前もか」
「クレア様。私にも感情というものがありますので。このような外道、少しくらい痛めつけてもバチは当たらないかと」
「仕方ないな……少しだけだぞ」
「え……っ」
「さすがクレア様。わかっていらっしゃる」
「ちょ、庇ってくれるんじゃ……」
「勘違いするなよ。私も、このふたりと気持ちは同じだからな」
「そんな……っ」
「では、許可も出たことですし、心置きなく」
「ま、待って──ぎゃあああああああああああああああ!?!」
男の絶叫が木霊する。
しばしの後、解放された男がその場に崩れ落ち。
意識を失っているようで、ぐったりとしている男は身動きひとつせず、口からは泡が噴き出ていた。
「……クレアナード様。こいつ、どうするんですか?」
「そうだな……とりあえず、牢にでも放り込んでおくとしよう。馬車と馬を回収しに来たあいつらに、その時にでも連行してもらおう」
「なるほど……この場で”処罰”しないで、法の裁きを受けさせるんですね」
不満そうなダミアンに、私はひとつ頷く。
「私たちが手を下す価値もないしな。それに……いまの私たちには、処罰する権利もないだろうさ」
いまの私たちはただの冒険者に過ぎず、許せないからと感情に任せて殺せば、それはただの殺人なのである。
「……優しいんですね、クレアナード様は」
「それはどうだろうな?」
「え……?」
「半魔人に関する情報を知る、唯一の生き証人かもしれんからな。洗いざらい情報を吐かせるために、相当な拷問を受けるんじゃないか?」
「拷問……でもこいつ、言われたことだけやってたから、何も知らないって……」
「だとしても。それこそが、こいつへの罰だと思わないか?」
私は、場違いだなと思いながらも苦笑を見せた。
「拷問官も遠慮はしないだろう。なにせ相手は、罪人なんだからな。死ぬのが先か、狂うのが先か。いずれにしてもこいつは、この場で殺されていたほうが良かったと思うだろう」
「く、クレアナード様……」
「驚きました。まさかクレア様に、そのようなサディスティックな一面がおありだったとは」
「私だって、怒るという感情がないわけじゃないからな」
こうして私たちは男を牢に放り込んだ後、手あたり次第に資料を一切合切持ち出して、ラーミアたちと合流後に、村を後にするのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「マーズ様ぁ、魔族国とのこと、どうするつもりなんですかぁ?」
馬車内にて、他の面々に聞かれないような小声で妖精──レビーが問うていた。
とはいえ、解放された面々は皆が疲れ果てており、ほとんどの者が眠っていたので、会話を聞かれる心配は皆無だったのだが。
「ああいう良いヒトたちがいるのがわかった以上ぉ、徹底抗戦って姿勢はぁ……」
肩先に停まる妖精に問われるマーズは、答えるのにしばしの時間を要す。
「……僕は、あのヒトを信じようと思う。だから……父上を説得しようと思う」
その口調には、決意が込められていた。
「そもそもが、父上も民に犠牲を出す強化兵の計画には反対していたしね。でも魔族国の脅威に対抗するために、已むに已まれず、聖王国が持ち込んできた計画に乗ってしまっただけだし」
「きっとびっくりするよねぇ。いっつもおとなしいマーズ様がぁ、意見を言ったらぁ」
「そうだね。でも、僕もあの計画は良く思ってなかったのは事実だよ。だけど父上と同じく、魔族国に対抗するには仕方ないことだって、諦めて自分を納得させてたんだ。でも、その魔族国内で国を変えようと動いているヒトたちがいる……それを知ってしまったら、もう民に犠牲を強いる計画を良しとするわけにはいかないよ」
「マーズ様のぉ、価値観を変えちゃう出会いだったんですねぇ」
「大きい収穫だった、って言えるね。アイリを助け出せて、しかも僕自身も成長することができたんだから……本当に、クレアナードさんには感謝だよ」
その言葉に嘘偽りはなく、心の底からの想いだった。
そしてマーズは、安らかに眠っている少女の頭を撫でながら。
「もし本当に魔王の名前が変わるなら、友好的な関係を築きたいと思ってるんだ」
「わお。そこまで発展しちゃうのぉ?」
「まあ、純水な想いだけじゃないけどね。当然だけど、打算も働いてるよ」
口元に、苦笑いとも見える微笑を浮かべる。
「魔族国と良好な関係を築ければ、この戦争を生き残れるかもしれないからさ」
戦争とは、人族国同士による覇権争いを指していた。
すでにいくつもの国が滅び、勝ち残った国は勢力を拡大してすぐに次の標的へと侵攻しており。
人族国は、まさに泥沼の様相を呈していたのである。
そして魔族国と領地を接するマーズの国もまた、その戦禍のど真ん中に……
「マーズ様ったら悪い顔してる~っ」
「僕だって国を、そしてみんなを守りたいからさ。手段は選んでられないよ。それにさ、次の魔王になるヒトはきっとクレアナードさんの関係者だろうから、信じてもいいと思うんだ」
元魔王という単語が気にはなったものの、それが彼女の良しあしを決める材料にはならないので、いつかゆっくり話すことができる機会がくれば、その時に改めて聞こうと、マーズは思っていた。
そしてその場が設けられたとしたら、その時こそは自分の素性も明かそうと……
(クレアナードさん……魔族国を変えてくださいね)
マーズは、切に願うのだった。
※ ※ ※
「はあ、はあ、はあ……っ」
暗い森の中、ドバンは必死に走っていた。
(こんなはずじゃなかった……こんなはずでは……っ)
ここまで大敗するとは、完全に予想外だった。
あのふたりとの戦いで消耗しているはずなので、クレアナード一派をあの場で一網打尽にできる自信はあったのだ。
それなのに……
(ああ、くそが! やけに腹が減る……っ)
もう手あたり次第だった。
虫でもなんでも、とにかく食せそうなものは何でも咀嚼する。
それでも空腹は──底のない飢えは、一向に収まる気配はなかったが。
すると、ふいに声が聞こえていた。
「どこに行くんだい?」
姿を現したのは、白の羽根を持つ忠誠的な有翼人──クロエだった。
彼女を視認したドバンは、血走った目で掴みかかろうとする。
しかしクロエは悠然とした態度で躱しており、伸ばした手が空を切ってしまったドバンは、憎々し気な眼差しを女へと突き刺していた。
「クロエ!! この飢えはなんなんだ!? 聞いていないぞ!!?」
「飢え、ねぇ。元々魔物にはさ、飽くなき飢えが備わっているからね。だからそれはさ、魔物の組織と適合できなかった不具合って感じかな? 適合できれば飢えはうまい感じで抑制されるはずなんだ。だから君の場合は、力は得られるけれど、所詮は失敗作ってわけさ」
「な……私が、失敗作だと……っ」
愕然とするドバン。
そんな彼へと、クロエが無造作に近づく。
「それはそうと──」
何の予備動作もなかった。
クロエの右手から放たれた魔力槍が、ドバンの胸を貫いていた。
飛び散った鮮血が彼女の頬に付着しており、クロエは妖艶な舌使いでペロリと舐めて「まっず」と微笑。
「が、あ……っ」
成すすべなくその場に崩れ落ちたドバンは、大きな血塊を吐きながら愕然とした面持ちで、冷酷に微笑する女を見上げた。
「な、なぜ……」
「言ったろ? ボクは裏方に徹してるんだ。だからボクの存在が表に出るかもしれない可能性はさ、潰しておかないと」
要は。
クロエはドバンという男を見限ったということである。
「準魔人にでもなれていたら、まだ使い道もあったんだけどね。失敗作には、用はないってことだよ」
「こ……こんな、ところで……」
力尽きたドバンが、がっくりとその場に頭をつけた。
もはや、彼が動くことはなかった。
「まあ、証拠隠しの意味合いもあるけどさ、せめてもの慈悲と思ってもらいたいかな? 失敗作には、ずっと”飢え”が付きまとうことになるんだからさ。君の精神じゃ、どのみち正気を保っていられなかったろうしね」
事切れたドバンの額から紅の石を回収。
色が濃くなっている事に、クロエは意外そうにしながらも満足げに笑んだ。
「思ってたよりも、だね。何が起因してるのかな? まあ、後でゆっくりと検証しようか」
ポケットに無造作に突っ込む。
そしておもむろに、空を見上げた。
「元魔王、クレアナード……か」
事の顛末を”視ていた”彼女は、その名を呟く。
間接的にだが、自分が関与したことで失脚した負け犬……のはず。
そんな奴にせっかくの実験を邪魔されたのは、計算外としか言えなかった。
それとも、ドバンたちが不甲斐なさ過ぎた、と言えなくもないが。
「あいつの後任だったんだっけ」
脳裏によぎるは、裏切者。
かつては、肩を並べて戦った仲だったが……
ぎゅっと拳を握りしめた後、ひとつ溜め息。
「とりあえず、魔族国は失敗、と。まあいいさ。他にも火種はばら撒いてるからね。ボクはそれを影から育てるだけさ」
呟いたあと、闇に溶けるように消えていった。
その後。
ドバンの遺体は、匂いに釣られてやってきた野良魔獣により咀嚼され。
こうして彼の痕跡は、完全にこの場で途絶えるのだった。
骨すら残らなかったようです。




