第1話 「魔王様、魔族国へ」
前話のあらすじ:獣人国を後にしました。
獣人国を後にした私は、道中でウルとレアンを拾い、一路、魔族国へと。
黒エルフ領を経由するために、さすがに寄り道している場合じゃないので、白エルフ領の兄妹エルフの家に寄ることはなく、そのまま北進していく。
遠くからでも見えるただの樹木と化した世界樹が目に入ると、なかなか感慨深い思いが湧き上がってくるのは、当然といえば当然だろう。
あそこでは、本当にいろいろとあったのだから。
(しかし……さすがにまだ、この辺りの復興は進んでないか)
世界樹の暴走による痛手からまだ立ち直れていない土地や人々を横目にしていると、馬車から身を乗り出して周りをキョロキョロ見ているウルの頭を、レアンが掴んで中へと引っ張り込む。
「おら。クソガキ」
「ふえ?」
「落ちたらあぶねーだろ」
「お姉ちゃんってば、あたしを子供扱いしすぎだよー」
「ガキが何言ってんだか」
何だかんだ言っても、やはりレアンは妹を大事にしているようで、どうも過保護な面があったりするのだが……果たしてそれを、姉は自覚しているのかどうか。
微笑ましい姉妹のやり取りに、私はどことなく癒される気持ちである。
(ま、姉から見たら妹はいつまでも子供だしな)
かくいう私も、久しぶりに妹のラーミアに会えるのが楽しみだったりする。
まあとはいっても、魔族国に入ったらすぐ会えるというわけではなく、首都である魔都オベリスタまで行かなければならないが。
「クレア様、前方を」
「どうかしたか?」
御車を務めるアテナからの声に、私は御車席へと。
私たちの馬車が走る街道の前方には、その両脇にボロボロの姿の黒エルフたち数人が立っていた。
その手には、壊れかけの茶碗やコップなどを握っており、近づいてくる私たちに期待が込められた目を向けてきている。
「……物乞い、みたいですね。クレアナード様、どうします?」
表情を引き締めてくるダミアンに合わせ、私も表情を引き締めた。
「無視する」
「ふえっ?! クレア!? なんで無視するのっ? 助けてあげないの?」
ウルは非難というよりも純粋に驚いてきており、そんな彼女へと私は述べる。
「ひとりに施せば、残りが自分も自分もとなる上に、下手をしたら彼らの間で諍いが起きるかもしれない。私たちが気まぐれで施した物を巡ってな」
「そうかもだけど……」
「それに、私は一方的に施すという行為はあまり好きじゃないんだ。一見すると施しというのは人助けと思われがちだが、結局のところは、相手を見下しているってことだからな。お前よりもこっちのほうが立場が上なんだよという優越感。そして『どうだ施してやったぞ感謝しろ』ってな。まあ、極論だが」
「……難しいんだね」
「この手の問題は、この国の王に任せるしかない。毎日あるかどうかもわからない一時の施しなんかよりも、恒久的な現状改善のほうが、彼らにとっても有益なんだからな」
もちろん、その一時の施しでその日の食い扶持を確保できるのかもしれないが、結局はその日だけのことであり、根本的な解決にはならないのである。
まあ、彼らにしたらその一日一日が大事なことなのかもしれないが……かつては国を統べていた側の私としては、その場しのぎよりも、どうしても恒久的な安定を考えてしまうのだ。
なので、今回の災害支援をどうするかは、国王の手腕次第ということである。
……とはいえ。
やはり私は甘いらしく。
その場にいた全員に、平等に行き渡るように食料を配布していたりする。
(仕方ないじゃないか)
内心で言い訳をする私。
泣きじゃくる赤子を見せられては、そのまま素通りなど出来るはずがなかった。
大人は多少の空腹は我慢できるだろうが、幼い子供にもそれを強いるのは、さすがに酷なのだから。
「クレア様。先程の長々としたご高説は、どこへ行かれたのでしょう?」
馬車を発進させたところで、やはりアテナがちくりと揶揄してきた。
気恥ずかしさから私は、ポリポリと頬を掻く。
「いや……赤ちゃんを見せられたら、さすがに見過ごせなくないか? 根本的な解決には、ならないとわかっていても」
「やれやれ。クレア様のご判断に異を唱えるつもりはありませんが、食料ががっつりと減ったので、魔族国に着いたらどこかの街で補給しないといけませんね」
「……まあ、そうなるだろうな」
仕方がない結果ではあった。
食料というものは、なにも無尽蔵というわけではないのだから。
「あたしは一時でも、あの人たちがお腹いっぱいになるなら、いーと思うよ!」
「クレアナード様は、お優しいですから」
「優しいとは違うんじゃね? オレから言わせたら、甘ちゃんだろ」
三者三様の評価をしてくる三人だった。
※ ※ ※
「え~~……アルペンには会っていかないの?」
街道脇に広がる森手前にて、ウルがしゅんとしてきた。
この森の奥に彼女の自宅があるのだが、さすがにここからでは、それなりの時間を喰ってしまうのだ。
別に会いたい気持ちがないわけじゃないのだが、まずは一国も早く、マイアスたちと合流しないといけないからだ。
でなければ、白エルフ国の兄妹エルフ宅にも寄り道をしているところである。
「私の方の急用が無事に片付けば、必ず寄らせてもらう。アルペンにもそう伝えておいてくれ」
「ぶー……」
「おら、クソガキ。なにムクれてやがる。急用なんだから仕方ねぇだろ」
「だってお姉ちゃん……アルペンだってさ、きっと早く会いたがってると思うし……」
「ったく。これだからてめぇはガキなんだよ。大人の事情くらい察しろっての」
「ぶー……」
「つーわけだ、クレアナード。この空気の読めねぇガキはオレが責任もって連れてくからよ、アンタは気にせず急用を片付けてくれや」
「すまないな」
ウルの頭をガシガシ乱暴に撫でるレアンに私が小さく苦笑すると、そのレアンが口元に不敵な笑みを乗せてきた。
「オレらの力が必要な時は、遠慮なく言ってくれや。このクソガキはともかく、オレは戦力になるぜ?」
「あー!? お姉ちゃんズル! あたしもあたしも!!」
「てめぇは獣化が普通に出来るようになるまでお預けだ!」
「え~~~っ」
「ふふ……助かるよ、ふたりとも。まあ出来る限り、ふたりに迷惑をかけないよう立ち回るつもりだが、もしもの時は頼りにさせてもらおう」
「おう。遠慮すんじゃねぇぞ」
「じゃあまたね!」
こうして私たちは、狼族の姉妹と別れることに。
森の中へと見えなくなるまで見送ってから、ダミアンが私へと向き直ってきた。
「ではクレアナード様、先を急ぎましょう。この先を行ったところで、待ち合わせしておりますので」
「待ち合わせ? 誰とだ?」
「それは、行ってみてのお愉しみです」
悪戯を企む笑みを見せる彼に私は小首を傾げ、ちらりとアテナを見やるが、彼女も知らない様子。
「とりあえず向かってみましょう。現地につけば、嫌でもわかることでしょうし」
「まあ、そうだな」
アテナの言葉は至極もっともなので、私たちはダミアンが示す場所へと。
森沿いに伸びている街道を進むことしばし、T字路に差し掛かった辺りで、街道脇に停めらている馬車が見えてきた。
見渡す限りその馬車しかないことから、どうやら待ち合わせ相手というのは、その馬車に乗っているのだろう。
私の馬車のように幌付きの室内の奥行きが広いタイプではなく、対面式の椅子が備え付けられている箱型であり、頑丈そうな扉と窓が付けられていた。
華美すぎず地味過ぎず、絶妙なラインを維持しており、まさに所有者のセンスが映える馬車だった。
御車は武装している屈強の男であり、同じく武装する騎士が騎手である二頭の馬が、馬車を守るように配置されていた。
そして場違いな感じで、馬車の上で横になって空を見上げている人物がひとり。
その服装はダミアンが着用している忍び装束なれど、多少のアレンジが加えられていたのは、お年頃の女の子だからなのだろう。
まあ、口元を覆うマスクをしているので、オシャレをしてもあまり意味がないように思えるのだが……
近づく私たちに最初は警戒する騎士たちだったが、どうやら私たちのことを知っていたようで、正体を認識すると、すぐに警戒を解いており。
それに合わせて少女が馬車から飛び降りて、馬車内へと何か声をかけていた。
「……ん? あの家紋は。まさか……」
「アテナさん。あの馬車の横に停めてください」
「わかりました」
その馬車の隣に、私たちの馬車が停められる。
すると、頑丈そうな扉が開かれ。
中から姿を現した人物を見た私は、素直に驚いてしまう。
「ラーミア……」
「お姉さま!」
馬車から降りた私に、妹のラーミアが抱き着いてくるのだった。
※ ※ ※
「お久しぶりですっ、お姉さま! ご壮健そうで何よりですわ!」
やや興奮気味なのは、よほど私との再会が嬉しいのだろう。
そこまで喜んでくれるとこっちとしても嬉しいかぎりだが、私は困惑を隠せなかった。
「お前も元気そうで安心したが……どうしてここに?」
「お姉さまが魔族国に戻られると聞いたら、居ても立ってもいられなくなりまして」
「それは姉として嬉しいが、ちょっと不用心すぎじゃないか?」
「さすがに、そこまで筋肉ダルマも愚かじゃありませんわ」
「そうか? それならばいいんだが」
「そういえば。野盗が一度だけ襲い掛かってきましたけれど、護衛の皆さんのおかげで、返り討ちにしていますわ」
「野盗……か」
思い出されるは、かつて私が城を追い出された際、追手として現れた一団だ。
あの時と同じなのか、それとも本当にただの野盗だったのか。
まあ、ラーミアが無事ならば、どちらでも構わなかったが。
「ちょっと、リング先輩!」
ラーミアの馬車の屋根に飛び乗ったダミアンが、再び屋根の上にいた密偵少女に詰め寄っていた。
あぐらを掻いていた彼女は、呑気な様子で片手を挙げる。
「よー後輩くん。君も元気そうやね」
「えっと……先輩、もしかして気づいていないんですか?」
「なにがよ?」
「森に、何人かの監視が潜んでるんですけど」
「え? マジデ? ……んー……ヤッベ、マジだわ」
「ちょ、勘弁してくださいよ。俺の先輩なんだから、しっかりしてくださいよ!」
「わりーわりー。ちょっち油断してたわ」
あぐらを掻いていた密偵少女──リングは、馬車上から身を乗り出してきた。
「クレアナード様! 後輩君──ダミアンを借りていいッスか?」
「ん? どうかしたのか?」
「ちょっち虫を退治したいんスよ」
「虫?」
「先輩が呑気にしてたせいで、気づくのが遅れたみたいです」
「うるさいね、後輩君。もっと先輩の顔を立てなさいよ」
「失態を犯しておいて、立てる顔もないですってば」
「あーいえばこーいう。わたしは君を、そんな風に育てた覚えはありませんよっ?」
「いや、そういう問題じゃ……」
逆ギレしてくる先輩密偵に、たじたじのダミアン。
どうやら彼は、彼女のことが苦手のようである。
私が許可を出したことで、ふたりの密偵は即座に森へと消えていき。
音もなく交戦状態に入ったのか、木々の間から鳥が飛び立つのみだった。
さすがは隠密に優れた者たちによる戦闘、といったところだろう。
「ラーミア様! ゾーイ坊ちゃんが起きちゃったようです!」
馬車から降りてきた眼鏡をかけた女官の両手には、泣きじゃくる赤子が抱かれていた。
途端にラーミアは妹から母の顔になり、息子──ゾーイを優しく抱き上げる。
「おーよしよし。ごめんねー、離れちゃって。起きたらママがいなくて、びっくりしたのかな~?」
慣れた様子で赤子をあやす妹の姿に、私は少しだけ複雑な心境に。
(ラーミア……すっかり母親なんだな)
私にとってはいつまでも可愛い妹なのだが、私の手を離れた妹は夫を得て、いまでは一児の母なのだ。
もう昔のように”私だけの妹”ではないというのはわかっているのだが、どうしてもやはり、寂しいと思ってしまう自分がいてしまう。
そんな私の内心を知る由もないラーミアは、赤子を抱きながら私のもとへと。
「ほーら、クレア叔母ちゃんですよー」
「ゾーイも元気そうだな、。ちょっと見ない間に大きくなったもんだ」
「そうですの? 毎日見ているせいか、そんなに実感がないのですけれど」
小首を傾げて息子を眺めるラーミアを眩しく見ていると、私の袖をちょいちょいっとアテナが引っ張ってきた。
「ねえねえ、クレアおばあちゃん」
「……わざと言い間違えるんじゃない」
「どちらでも良いではありませんか」
「雲泥の差だろうが。ったく。で? どうかしたのか?」
私が問うと、アテナは右の手のひらを空へと向ける。
「ひと雨きそうなので、馬車に戻られてはどうでしょうか? 赤ちゃんは免疫力が低いですし、ゾーイ様が風邪を召されてもよろしくないかと」
言われてみれば、なんだか雲行きが怪しくなってきていた。
「私、お姉さまの馬車に乗りたいですわ」
「ん? 別に構わないが、椅子はついていないぞ?」
「そうなのですの?」
「長旅には、車内で横になって寝られるような空間が必要だからな」
「長旅……そうですわよね。いまのお姉さまは、旅をなさるのですよね」
少し寂しそうにラーミアが表情を曇らせる。
妹がなぜそんな態度をとったのかわからない私が問おうとした時、その場に密偵ふたりが戻ってきた。
「クレアナード様、ひとり逃がしたッス」
「そうか」
「先輩があそこであんなミスするからですよ!」
「ちょ!? 内緒にしてって言ったじゃん!」
「嫌ですよ、俺まで同罪なんて」
「こんの後輩は……なんて薄情な!」
「痛っ! そうやってすぐ暴力を振るうところ、先輩の欠点ですよね!」
「君がわたしを売るからでしょー!」
言い合い、もみ合いを始めるダミアンとリング
私はというと、ダミアンの意外な一面に驚いていたりする。
(この子は、こういう表情や態度もするのか)
私の前では一度も見せたことのない顔と、年齢相応ともいえる元気な姿。
私に遠慮していたからなのだろうが……一抹の寂しさは覚えてしまう。
(いまの立場的には、もう上司じゃないんだけどな)
私の心情を察したらしく、すうっと私の横にアテナが移動してくる。
「クレア様。ヒトにはそれぞれ、二面性というものがありますからね」
「……まあ、そうだな」
「そういうクレア様も、二面性をお持ちではないですか」
「ん? 私は別に、誰に対しても普通だと思うが……」
「夜になると、まるで別人のように乱れ──」
アテナのセリフは唐突に止まる。
なぜならば、私が口を塞いだからだ。
「アテナ。時と場所を考えて”冗談”は言おうな」
「ふがふが……」
そんな私とアテナのやり取りを懐かしそうに目を細めて見ていたラーミアが、気を利かせてくれたのか話題を変えてきた。
「でもお姉さま、どうしましょう? ひとりに逃げられたということは、お姉さまが魔族国に戻ってきたことを、あの筋肉ダルマに気づかれてしまいますわ」
「まあ、最初から囮役として来ているんだ。構わないさ」
と、ポツポツと小雨が降り始めてきたために、私たちは場所を変えることに。
私の馬車に乗ってくるは、いつもの面々と、妹とその赤子、そして側近である密偵少女だ。
「思っていたよりも、すっきりしていますのね」
「つーか、物がほとんどないんスねー」
「たいていの物は、道具袋に収納できるしな」
低級品の道具袋が多いのは、その中に生活必需品等をしまっているからだ。
持ち運びに不便な大き目の道具袋も、中には布団など、何かとかさ張るものが。
そして食料等日持ちしないものは、失脚したあの日に持ち出した、質量保存の魔法が内包しているA級品の道具袋である。
「まあ、見栄えよりも機能性重視だな。ほら、とりあえずこれに座ってくれ」
「ありがとうございます、お姉さま」
私が道具袋から取り出したクッションに座るラーミアは、抱いているゾーイを落とさないよう気を付けながら、その感触を確かめるように何度か座り直す。
「すごいですわ……一見すると安っぽそうな造りなのに、このふわふわする座り心地……」
「何も高級品なだけが、最高のクッションじゃないってことだな」
結局は、職人の腕次第ということなのだ。
魔王に就くまでは普通の市民の暮らしをしていたわけだから、今更驚くことではないのだが、図らずも魔王の座に就いたことで、基本的なことをすっかり忘れていたのである。
なんだかんだいっても、魔王の生活水準は高かったからだ。
失脚したことで思い出した私とは違い、現在進行形で高水準の生活を享受しているラーミアには、まさに目から鱗が出る思いというわけなのだろう。
その一方では、ワクワクした面持ちで何かを待っていたリングが、何も渡されないことにショックを受けたようで、非難の眼差しを私へと向けてきた。
「酷いッス。わたしにはクッション、なしッスか?」
「ん? お前も欲しかったのか?」
「モチッスよ! 女の子にクッション! これ鉄板ッスよ!?」
「いやいや。先輩、分をわきまえてくださいよ」
「どーいうイミさ! 後輩君はさ、わたしに厳しすぎない? あ! あれか! 好きな子にイジワルしたくなる心境ってヤツ? あはは、やだナー! わたし年下には興味ないってのにぃ」
「勘違い甚だしいのに、しかもフラれるとか……まあ、俺は別にどうでもいいんですけどね」
「ですよね。ダミアンさんが恋い焦がれているのは、別の方ですもんね」
「っ!? アテナさん! よけいなこと言わないでくださいよ!?」
「おっ? 後輩君ってば、いっちょ前に好きな人いるんだ? 生意気ー!」
「先輩、意味がわからないですから。別に俺が誰を好きになろうが──」
「はい、自供とれました~っ。好きな人いるってことだよね~?」
「うぐ……っ」
言葉に詰まるダミアンは、アテナとリングが相手だと不利だと悟ったのか、馬車内の隅っこへと非難していく。
「逃げるな逃げるな~。ゲロっちゃえよ? 楽になるぜ~ダンナ!」
「相変わらずですね、リングさん。ヒトを面白半分で揶揄うのは、褒められたことじゃないですよ?」
「アテナっち、あんたが言う? クレアナード様をいっつも揶揄ってるくせに」
「私の場合は、愛が込められておりますので、ノーカンなのです」
「だとしたら、あんたの愛は重すぎるっしょ。キッツイわ~」
「それほどでも」
「いやいや、褒めてないから。つーかさ、このやり取りも久しぶりってか、あんたも相変わらずだねぇ」
「リングさんのS気質には負けます」
「ナニ言ってんだか。あんたのほうがSでしょうに」
「いえいえ。私など──」
「だったら、わたしだって──」
などなど、自覚のないふたりが言い合う様を見て、私は小さく苦笑してしまう。
(どっちもどっち。五十歩百歩だな)
と、苦笑していた私をじーっと見つめてくる妹に気付く。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。ちょっと安心しました、城を追い出されてから、お姉さまはちゃんと笑えてるのかなって」
「……そうか、心配かけていたんだな」
いつしか本降りとなってきており、幌を叩く雨音が強くなってくるのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
ピリピリとした緊迫感が立ち込める中、魔王城の会議室では定例の国政について話し合いが行われていた。
一触即発とまではいかないものの、官僚らは気が気じゃない様子。
いますぐにこの場で殺し合いが起きかねない雰囲気に、戦闘力のない面々が戦々恐々としているのだ。
その中心にいるのは、現魔王であるブレアと、№2であるマイアスだった。
いまは両陣営の答弁代表者同士が討論を展開しており、両陣営のトップは黙して顛末を見守っていた。
「ですから! 半魔人なる強化兵の製造情報の開示を要求します!」
「国防に関わること故、この場での発言は控えさせて頂きたいと」
「国防ならばなおの事! なぜ国を同じくする我々に説明できないのですか!」
「機密事項故、どこから情報漏えいがあるがわからないので……」
「ここは国の中枢ですぞ! そのような戯れ言で──」
両陣営が熱弁を振るっている中、数人からは恒例のガヤが。
「なにが国を同じくするだ! 同じなのは国だけじゃないか!」
「情報漏えいはそちらの不手際だろうが!」
「信頼できる相手じゃないと言外に言ってるのがわからんのか!」
「言葉遊びはもうたくさんだ! 事実だけを言いたまえ!」
「そもそもの原因は──」
「それを言ったらそちらだって──」
等々、相手陣営を口汚く罵っていく。
そのことで、さらに現場の空気を悪くさせていくのだが、対立する陣営同士なので、ある意味ではもう仕方がない風景と化していた。
それゆえに、各陣営のトップであるふたりは、沈黙に徹していたのだ。
ここで自分たちが表立って対立することの意味を、理解しているからだ。
お互いに”準備”がまだ整っていない以上、決定的に対立することは、まだ出来ないのである。
そんな白熱する会議室のブレア陣営側には、異質な兵隊が無言で警戒に当たっていた。
灰色の肌に、色素が抜け落ちている白髪。
そして意思のない瞳。
男女の性別に区別なく、感情そのものが消えているのではと思われる彼ら兵隊こそが、件の強化兵──半魔人だった。
彼らは命令待ちをしているかのように微動だにせず、まるで本物の人形のようだった。
と、ブレアにひとりの高官が何事かを耳打ちした次の瞬間。
「なんだとっ!?」
声を荒げた彼は、顔色を変えて勢いよく立ち上がっていた。
わなわなと震える全身は怯えているからではないようだったが、両手はぎゅっと握り締められる。
白熱する論戦から一変して、しん、と静まり変える会議室。
皆の視線が顔色を変えている魔王に注がれる中、発言する人物が。
目の色を変えている彼とは対照的に、冷静な態度のマイアスである。
「どうかしましたか? 陛下」
言葉遣いが敬語なのは、ここが公の場であって、曲がりなりにも今はブレアが最高権力者であるからだ。
「マイアス……お前、知って──」
危うくの失言を堪えるが、耳ざとく聞いていたマイアスは、小首を傾げる。
「知る? いったい、何のことを仰られているのでしょう?」
「……何でもない。会議を続けるとしよう」
苛立たしそうに席に座り直すものの、それから行われる会議には、集中できない様子だった。
現魔王の様子を受けて官僚たちも困惑気味でした。




