第12話 「魔王様、獣王と和解する」
前話のあらすじ:獣王に負けました。
目が覚めた私がまず最初に感じたのは、全身を駆け巡る激痛だった。
「っ……ぁ……」
あまりの激痛に、思わず声が漏れ出てしまうほど。
痛みで身動きが出来ない私は、必死で喘ぎ、どうにか呼吸だけは確保する。
(なんだ、この異様な痛みは……)
ふと脳裏を過ったのは、アテナの言葉。
(……まさか。あの時言っていたアテナの覚悟とは、”これ”のことを指していたのか……?)
この地獄のような筋肉痛と神経痛の嵐を。
激痛が後から後から押し寄せてきて、関節という関節が悲鳴の大合唱である。
さすがに気が狂うほどとまでは言わないが、それでも気が滅入ることに変わりはなかった。
アテナから一切反応がないことからも、彼女も精神世界にて、この苦しみに悶絶しているのだろう。
いつもならば、私がこんな状態なら揶揄のひとつでも言ってくるだろうからだ。
(ほんとお前は、肝心なことは言わないんだよな……)
まあとはいえ、苦痛の地獄が待っていると教えられたとしても、あの現状、手段なんて選んでいられなかっただろうが。
──とはいうものの。
実際にこんな地獄を味わった後だと、今度は躊躇してしまうことだろう。
生死がかかった場面でも、だ。
それだけ、この”地獄”は筆舌にし難いものがあったのだ。
(二度目は……ないな)
硬く心に誓う一方で。
そこで私は、初めて気が付いた。
(私は、生きているのか……?)
痛みのせいでまったく動けない私はベッドに寝かされており、そこから眼だけで周囲を見やると、どうやらいま私がいるのは、小部屋のようだった。
整理整頓されており、誇りがひとつも落ちていないことから、ちゃんと人の手が行き届いているということなのだろう。
(ここはどこだ……?)
私が胡乱げになっていると、部屋のドアが開けられ入室してくる人物が。
彩鮮やかな花が活けられている花瓶を両手に持つ、ダミアンである。
彼は私の意識が戻ったことに気が付くと、小走りで駆け寄ってきて花瓶をベット脇の棚に置き、私の顔を覗き込んできた。
「目が覚められてよかったです、クレアナード様」
「……ダミアン。状況が、わからない。説明を、頼めるか……?」
全身の痛みのせいでうまく喋れず、切れ切れになってしまうが仕方ないだろう。
なので多少聞きづらいだろうが、ダミアンは何も指摘しなかった。
「そうでしょうね。俺も、最初は当惑しましたから」
ダミアンの説明によると。
私が意識を失った後、獣王の命令で治療班がすぐに呼ばれ、私たちは手厚く看護されたという。
そしてこの部屋は、バモンズの居城だった一室とのことだった。
意味がわからなかったが、口を挟まないで、彼の説明に最後まで耳を傾ける。
私に勝利を収めた獣王は、崩壊している市制を立て直すために、しばらくこの都市に駐留することにしていたらしい。
そして反乱に参加した市民らへは、なんとも寛大ともいえる処置を行っていた。
反乱の罪を一切問わないことを条件に、都市の復興に手を貸してくれ、と。
「……意味が、わからないな。奴は、何を考えて、いるんだ?」
「えっと……俺もよくわからないです。なんか初めから獣王は、王弟を討つつもりで自分の師団を動かしたようでした」
「なん、だと……?」
ますます訳が分からなくなってくる。
ならばなぜ、私たちはあんなにも必死で獣王と戦ったのだろうか。
獣王が最初から愚弟を殺すつもりなのだったとしたら、獣王が私たちと戦う意味がないのだ。
しかしながら、合点がいくこともあった。
獣王がなぜ、あのタイミングで現れたか、である。
ちょうど獣王が弟を討伐するために進軍していた最中に、私たちが先に反乱を起こしてしまったということだ。
もしかすると、反乱のタイミングがもう少しズレていれば、私たちは何のリスクも負うことなく、王弟バモンズを排除できていたのかもしれず……
(まさに、運命の悪戯だな……)
「たぶんその辺りの説明は、コルモンデス様本人から聞けると思います。なにせ、クレアナード様が目を覚ましたら、ゆっくりと話がしたいと仰っていたので」
「そう、か」
ダミアンが獣王のことを敬称で呼んでいることから、もう獣王は、私たちの敵ではないのだろう。
そしてダミアンが、説明を続けてきた。
内容は、ウルたち狼族のことである。
元凶だった王弟バモンズが死んだ以上、もうレアンを人形化させておく理由もなく、そのため彼女を元の状態に戻すべく、解毒薬がある故郷の村へと連れ帰ることになったらしい。
レオが責任をもって族長らに事の顛末を説明してくれるようなので、村に着けばすぐに解毒薬を投与して、元に戻してくれることだろう。
(よかったな、ウル)
とはいえ、さすがに心配だったらしく、姉の身を案じるウルは、合流したレイカと互いの生還を喜んでから、レオたちについて行くことにしたようだった。
ちなみにその後、竜人姉妹は兎の獣人を連れて、こちらに挨拶もなくさっさと去ったようである。
まあ、その頃の私はずっと意識がなかったのだから、仕方がないといえば仕方がないが。
(せめて私が起きるまで待ってくれても、な)
らしい双子に、苦笑いしつつ。
一安心したことで心地よい睡魔が襲って来たので、身動きできない私は、身を委ねることに……
※ ※ ※
それから数日後。
ようやくまともに喋れるまでは回復したものの、私は相変わらずベッドから動けなかった。
その間、ダミアンが献身的に介護してくれており、女の手が必要な時は女性の獣人が、私の身の回りの世話をしてくれていた。
依然としてアテナが姿を見せないのは、私と同じく、いまも苦しんでいるからなのだろう。
いまのところ一度も会いに来ない獣王にしても、都市の復興が忙しいのだろう。
腐敗しきった市制や愚弟の取り巻きだった官僚の見直し等、やるべき事は山のようにあるからだ。
「熱っ」
「あっ、すいません! 少し温度が高かったようです……っ」
「いや、気にするな。私が少し猫舌なだけだ」
いま私は、腰辺りにクッションを置いて上半身だけを起こしており、ダミアンにスープを飲ませてもらっていたわけなのだが、思いのほか、そのスープが熱かったのである。
舌先がジンジンと痛みを伝えてくる中、私はふと思ってしまっていた。
アテナならば、ちゃんと私の猫舌も計算して、適切な温度に調整してくれていただろうな、と。
(恵まれていたんだな、私は)
内心で苦笑い。
いなくなって初めて、その存在の大事さに気付かされたわけだ。
……まあ、回復すればすぐ会えるわけなのだが。
「──目が覚めたようだな? 元魔王殿」
揶揄い交じりの声と共に入ってきたのは、戦装束ではなく動きやすい衣服に着替えている獣王だった。
「……私のことを調べたのか」
「我が国の諜報機関は優秀だからな」
室内に備え付けの椅子を引っ張り出した獣王は、ベットの横に置くと、ダミアンへと視線を向けた。
「すまんが、席を外してもらえるか? 王同士として、話がしたいのだ」
「……わかりました」
「そう表情を険しくするな。なにもクレアナードを取って食うわけではない」
「そんなつもりは……では、俺はこれで」
ダミアンが退出したことで獣王が椅子にドカッと座り、私は小さく吐息する。
「いまの私は王じゃない。”元”なんだが」
「同じようなもんだろう。細かい事を気にする性質じゃないんでな、我は」
気さくな獣王の態度に意外だなと思う私は、そこで気が付いた。
あの戦いの最後、私が食いちぎった獣王の右耳が、再生されていることに。
「その耳は……」
「ん? ああ。我のもとには、優秀な治療師が揃っているからな」
「獣人族は、魔法を使えないはずだ」
「その通り。ゆえにその治療師は、白エルフ族だ」
「なるほど、な」
そう答えてから、私はやや上目遣いとなって獣王を見上げる。
言うのが躊躇われたというのもあるが、厚かましいかな、とも思ったからだ。
「あの状態の耳を修復できるのなら……いまの私の状態も、治療はしてくれないのか?」
「なんだ、そんなことか。急にしおらしく我を見てくるから、何事かと思ったぞ」
「……私も治療魔法は使えるが、そこまで高度なレベルじゃないからな」
「ふむ……。結論から言うとな、治療師には無理と言われたぞ。外傷と内部のものは違うとな」
「……なるほど」
魔法も万能ではない以上、仕方ないといえば仕方がないということなのだろう。
この地獄からまだ解放されないことにげんなりしつつ、私は気持ちを切り替えることにした。
「獣王コルモンデス。今回の一件は、いったいどういうことなんだ? 弟を殺された怒りで、私たちと戦闘したわけじゃなかったのか?」
「我は一言も”怒っている”とは言っていないぞ? ”困ったな”とは言ったがな」
「……言われてみれば」
「我がバモンズを討つつもりだったのでな、先を越されたので、だから困ったと述べたまで」
「じゃあ……なぜ私たちと戦うことになったんだ?」
「目の前で強者と戦える機会がありながら、それをみすみす見逃すと? 据え膳食わぬは男の恥、だろう?」
「……まじか」
当たり前のことのように言ってくる獣王を前に、私は軽く眩暈を覚えてしまう。
あれだけ必死になり、いろんな覚悟を決めたというのに、私たちが勝手に勘違いしていただけだったとは。
しかも現状、私はこんな地獄を味わうことになっている……
まるでピエロである。
「……恥ずかしくなってくるな」
私が思わず呟くと、獣王が身を乗り出してきた。
「何を恥ずかしがることがある? むしろ誇るべきだぞ。この我をあそこまで追い詰めたのだからな。あの場にいた者たちは皆精鋭揃い。その連中が声もなくお前の雄姿に見入ったのだ。かくいう我もな。称賛されこそすれ、恥ずべきことなど何ひとつない」
「……価値観が違うということか」
「ん? 男と女の、ということか?」
「……まあ、そんなところだ」
濁した私は、本題に入ることに。
「獣王よ」
声に険が宿るのは、獣王の判断に異があったからである。
これまでの状況を推察した私は、彼の言動の真意を見抜いたからだ。
「このテンゼを”人柱”にしたんだな?」
「ほう……さすがは一国を預かっていただけはある。我の──”王”の考えを読むか」
私の指摘に、椅子に座り直した獣王が、表情を鋭いものへと変えていた。
※ ※ ※
「昨今、国の中枢の腐敗が目に余っていたのでな。歴代の王たちの負の遺産だ。国に住まう民のためにも、早急に手を打つ必要があった。それゆえに我は、バモンズをここの領主としたのだ」
こともなげに獣王が告白してくる。
「不思議なことに、腐った者同士は自然と集まる習性があるからな、しばらく放っておくだけで、勝手に集まってくれたわけだ。おかげで、中枢に巣くう膿をあぶり出し、一掃することができたぞ」
「類は友を呼ぶ、か」
夜の街灯に虫が群がるように、暴君という名の街灯に、甘い汁を吸いたがる害虫が集まったということなのだろう。
王宮では獣王が目を光らせているために息苦しく、それゆえに同じ穴のムジナである愚弟が統治する都市へと、自然と足が向かったというわけだ。
「我の読み通り、次々とキナ臭かった重鎮連中が自らテンゼへと出向していったぞ。愚にもつかぬ理由をあれこれと言い残してな」
くっくと思い出し笑いをする獣王。
そして期を見て腐敗連中を一掃しようと出撃したタイミングと、テンゼの市民らによる反乱が重なってしまった、ということだったのである。
(ただの脳筋王というわけではないようだが……)
なんとも豪胆な手法だった。
確かに合理的といえば合理的だろうが、私はそのやり方を是とは出来なかった。
国民の為とは言っているが……
(大を救うために小を切り捨てるなど、私には在り得ない判断だ)
大小に関係なく、民は民なのだから。
だから私としては、犠牲を是とする結果など、決して容認は出来ないのである。
「私は、お前のやり方を認めることはできない。苦しんだテンゼの市民に何と説明する気だ」
「ふむ……クレアナードよ。どうやらお前は”優しい王”だったのだな。だが……”良き王”とは言い難い」
「……どういう意味だ?」
「時には苦渋の判断も必要になるのが王というものだ。優しさだけでは国は守れない。そのことは、我が指摘せずともわかっているのではないのか?」
「それは……」
「男と女の価値観の違い、という言い訳は認めんぞ」
「……それでも私は。犠牲を出す結果を認めない。他にも方法があったはずだ」
「頑固な女だ。それこそ、性別に関係なく、個としての価値観の違いだな」
獣王は、苦い顔で言い募る私にやれやれと溜め息を吐いてから。
「むろん我とて、このままでいいとは思っていない。ゆえに、テンゼ市民へのあらゆる援助は惜しまぬつもりだ。反乱の罪も問わなかったしな。これまで国のために苦渋に耐えてきてくれた分、我は彼らが立ち直るまで全力を尽くす覚悟でいる」
「……受けた心の傷は、そう容易く癒えはしないぞ」
「それでもだ。すべては最初から覚悟している。だからこそ今回の計画を実行に移したのだ。でなければ、民を犠牲にするような”愚策”に手を染めたりはせん」
「……そう、か」
獣王の覚悟を、私は甘く見ていたのかもしれない。
ある意味では、よほど私よりも王としての器が大きく、王として相応しいのかもしれない。
まあ結局のところは。
王としての在り方はヒトぞれぞれ、ということなのだろう。
政務をほったらかして出歩く王もいれば、母親に逆らえないマザコンの王もいるのだから。
私には私の、獣王には獣王の、王としての信念のもと、国を想うことに変わりはないのだろう。
「──お話中、失礼致します」
ドアがノックされたかと思おうと、ひとりの獣人が入室してきた。
その獣人から耳打ちされた獣王は、溜め息ひとつ。
「そうか、もうそんな時間か」
椅子から立ち上がった獣王が、名残惜しそうに私を見てくる。
「我には、まだまだやらねばならん仕事が残っているのでな、この辺で仕事に戻ることにしよう」
「なんだ、抜け出してきたのか?」
「クレアナード。お前がどういう人物なのか、知りたかったのでな」
「……満足のいく結果か?」
「有意義な時間を過ごせたぞ。出来ることならば、お前が王だった頃に会っていたかったものだ」
「その準備はしていたんだけどな……縁がなかったんだろう」
「縁……か。だがこうして我とお前は知り合うことができた。これもまた、縁と言えるだろう」
「……そうだな」
私がそう答えると、獣王は思い出したように身に着けているペンダントを外すと、それを私に渡してきた。
「これは?」
「身体能力が向上するペンダント、いわるゆる魔道具だ」
「まさか、私にくれるのか?」
「我に、弟殺しをさせてくれなかった礼だ」
「……最強の獣王が身に着けていた魔道具、か」
「なんだ、これでは不服か?」
「いや、そうじゃないさ。いまの私にとっては、とても在り難い。素直に受け取っておこう」
「そうか……本当に在り難く思えよ? この我が女にプレゼントなど、お前が初めてなのだからな」
「そうなのか?」
「お前の言葉を借りるなら、女に縁のない人生だったのでな」
にやりと笑い、獣王が踵を返す。
しかし入り口付近で立ち止まるや。
「……時にクレアナード」
獣王はこちらに顔を向けることなく。
「兄弟の歯車がかみ合わなくなったのは……いつなのだろうな。もう思い出すことも出来ん」
いつも自信に溢れていた声は、驚くことに、なんとも心細かった。
いま獣王は背中を向けたままなので、私からは彼がどんな表情を浮かべているのかは見えない。
「だからこそ……我はお前に本当に感謝しているぞ。堕ちたとはいえ、バモンズは血の繋がった弟なのだからな」
「コルモンデス……」
獣王は顔を向けてくることはなく、そのまま立ち去っていくのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「あ~~~もうっ! 何なんですのっ、あの奇妙な兵隊は!?」
バンっとテーブルを叩いたのは、怒り心頭の魔族の淑女──ラーミアだった。
せっかくあと少しでブレア陣営の切り崩しも終わり、クーデターまで時間の問題というところまでこぎつけたというのに、予想外の展開によって一気に失速していたのである。
「あの兵隊のせいで、事を起こせなくなってしまいましたわ!」
「そうだね。数はまだそこまで多くはないけれど、僕たちもまた、準備をやり直さないといけなくなったね」
冷静に述べるラーミアの夫──マイアスは、彼女が叩いた衝撃でこぼれてしまった紅茶の中身を、慣れた動作でタオルでふき取る。
ラーミアは悔し気に震える拳を、ぎゅっと握り締めた。
「せっかく、もうすぐお姉さまの居場所を取り戻せると思いましたのに……」
いくら外堀を埋めてきたとしても、本丸の戦力が異常なほどに高まりつつあるために、下手に事を起こせなくなってしまったのだ。
残念ながらマイアス陣営には戦闘力が高い人材は少なく、ブレア陣営にいきなり現れた奇妙な兵隊に対する手段がなかったのである。
今まではブレア陣営も同様だったことから拮抗した状態であり、陣営の頭数の奪い合いという様相だったのだが……
「異質な兵隊……半魔人と呼ばれているようだけど、ブレアたちは、どっからそんなおかしな技術を手に入れたんだろうね」
その技術は、人知を超えているといっても過言ではないだろう。
魔人と冠することから、勇者と対となるあの魔人を指しているのかもしれないが、そうなってくると半魔人を製造する技術は、現在人族が独占している勇者を作る技術と相当ということになってくる。
「もしかして……あの筋肉ダルマたちの背後に、何者かいるのかしら?」
「んー……どうだろう」
ラーミアが抱く疑問は、残念ながら現状では答えが出ない疑問だった。
現段階では何も証拠がないため、ただの憶測にすぎないからだ。
いずれにしても……
「半魔人という名の異質な兵隊、詳しく調査する必要があるね」
「ここまで来て足踏みだなんて……お姉さまに顔向けできませんわ……」
喜怒哀楽が豊富な妻とは違い、マイアスは冷静に状況を分析するのだった。
クーデターは先送りのようです。




