第11話 「魔王様、勇者化する」
前話のあらすじ:想定外の獣王との対決です。
「これは……まさか」
アテナが私の中へと溶けていく。
それに伴い、今まで感じていた疲労感が薄れ、底を尽きかけていた魔力が増幅する感覚が。
勇者化したことによる相乗効果なのかもしれない。
──そう。
私はいま、精霊のアテナと同化したことで、勇者と化していたのである。
なぜアテナがこの方法を知っていたのかはわからなかったが、それでもなんとなく私は理解していた。
儀式も装置も何もなしなのだから、この勇者化が一時のものであることに。
つまりは。
勇者化が維持されている内に獣王を倒し、この場の敵勢力を打ち倒さねばならないということである。
とはいえ、恐らくというか間違いなく、この方法は裏技の類なのだろうことが想像に難くなく。
この勇者化が解かれた後、どんなデメリットが待ち受けているのか怖くなってしまうが、それは生き延びた故の証であり、いまを生き延びられなければ考えても仕方がないので、いまはスルーすることに。
精鋭部隊だけじゃなく、もう身動きが出来ない状態の仲間たちもが、驚きで目を見開く中。
「ほう……? ここへきて勇者と成ったか」
獣王が面白そうに顔を歪めるや、口の端から流れていた一筋の血を乱暴に拭う。
「本当に興味深い女だ。この我が、まるで幼子のようにワクワクさせられるとは」
「……私は。──いや、私たちはまだ”生”を諦めてはいない」
「その生存本能、驚嘆に値する」
素直な賛辞を受けた私は、両目を閉じて深呼吸。
(アテナ……お前の”力”使わせてもらうぞ)
同化した彼女からの反応はなかったが、応じているように感じられ。
「獣王コルモンデス! 私にお前を断罪する権利はないが、愚弟を野放しにした罪は償ってもらうぞ!」
そもそもが、それが全ての原因なのだ。
獣王がしっかりと愚弟を管理していれば、こんなことになりはしなかった。
さすがに、獣王もが愚弟と同じく腐っているとは思えないが……
もし獣王も腐っているのならば、もう獣人国に明るい未来はないだろう。
ピクンっと初めて眉根を動かした獣王は、しかしすぐに戦闘態勢へと移行。
「先ほども述べたが……我が弟は、誰にも殺させるつもりはなかった。だがもはや、それは過去のこと。いまの我は、お前との決着を望んでいる。ゆえに我は、全身全霊でもってお前を迎え撃とう」
全身から凄まじい闘気が吹き上がり始めた。
いよいよ本気、ということである。
それはつまるところ。
獣王とて、これまでの戦闘で消耗しており、もう力を温存する余裕がないことの現れだった。
(最強の獣王だろうとも、私と同じ人間ということか。痛みも感じれば”限界”もある、と)
かつて最強を誇っていた魔王の私が失脚したように。
この世には、絶対強者というものは存在しないのだ。
だから絶対者と錯覚してしまいそうになる獣王もまた、いつかは地に伏せることになるのである。
「私はクレアナード! お前の首を獲る者の名だ!」
吼えた私が先に仕掛け、対する獣王も吼えた。
「さあくるがよい! クレアナード!」
獣王にとっては弟の敵討ち。
私たちにとっては生存を懸けて。
最後の戦いが始まる──
※ ※ ※
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
獣王の咆哮。
しかし精霊のアテナと同化しているいまの私には、まったく無意味であった。
一切の遅滞なく肉迫した私は、影術を発動させる。
「ぐ……っ!?」
獣王の影から飛び出すは、拘束を目的とした手ではなく、貫通を目的とした影の錐だった。
手だとばかり思っていたのだろう獣王は回避が遅れ、体の各所が裂かれていた。
獣王が思わぬ攻撃に体勢を崩したところへと、私は間断のない追撃を叩き込む。
今度繰り出すは、私の影から飛び出した巨大化させた拳である。
「ぬう……ッ」
さすがに直撃を受けるほど、獣王は鈍重ではなかった。
振り落とされる影の巨大拳の側面に蹴りを叩き込んでおり、軌道を逸らすことで防いでいたのである。
だが私の攻撃は終わらない。
「まだだっ!」
私の影が大きく広がるや、そこから私を模した影の分身が複数飛び出し、獣王へと同時攻撃を敢行。
「なんだと!?」
驚きに目を見張る獣王だったが、さすがに対応は早かった。
見事な体捌きと両手の爪で影たちの攻撃をいなしており、即座に繰り出す鮮烈な反撃が、確実に影たちを粉砕する。
影の分身があっさりと全滅してしまうが、私は確かな手ごたえを感じていた。
(これがアテナの力……か)
彼女がこれまでやったことのない攻撃方法を次々と繰り出すことができるのは、いま私が勇者化しているからこそ、可能になっているのだろう。
次々と頭の中にイメージが湧いてくるのだ。
現代の勇者の力は、両者の相性が関係してくると、かつて説明を受けたことがあったことを思い出す。
ここまで戦闘力が高まるということは、私とアテナの相性は抜群ということなのだろう。
なんだかんだいっても、アテナは私のことを第一に考えてくれており、だからこそ私もまた、アテナを信頼しているのだから。
これで相性が悪かったら、それこそ嘘である。
……だからこそ、よけいに背筋が凍ってくるというのもあった。
これほどの力を発揮した後、勇者化が解除されると、どれほどの反動が押し寄せてくることか。
正規のやり方じゃない以上、どんな反動だろうとも文句が言える立場ではないのだが……
(いま考えるのは……後回しだな……)
だらだらと先延ばし、ということなかれ。
まずは、この場を生き延びることが最優先だからだ。
「実に面白い!」
最後の影分身を真っ二つに切り裂いた獣王が、愉悦にその双眸を染める。
「勇者化すると、ここまで劇的に変わるとはな!」
喜悦する獣王を前に、私は苦い顔を隠せなかった。
私が繰り出す影による攻撃は、ことごとくが不発に終わっており。
そのことが意味することは、勇者化しても尚、私は獣王の強さには届かないかもしれない、ということだったからだ。
まだ私が、この力を使いこなせていないというのも、あるのだろうが……
(くそ。雑念は後だ。いまはとにかく、こいつを倒すことだけに専念するしかない!)
ここで倒さねば、私たちには後がないのだ。
王弟殺しの断罪による処刑が、すぐにでも行われることだろう。
もとより覚悟の上だが、こんなにも理不尽な結末は、さすがに容認できるはずがなかった。
この戦い事態が、本来ならば在り得ないのだから。
ならば……最期の瞬間まで戦い抜き、無様でも何でも足掻くのみ、である。
「私は……とことん足掻いてやる!!!」
「来るか! お前の全てを受け止めてやろう!」
私が飛び出したのに合わせ獣王も動きだし、瞬時に私たちの距離は0となる。
耳に痛い激突音が響き。
飛び散るは、銀と蒼の火花。
そのままその場にて、爪と蒼刃をぶつけ合う私と獣王。
影を纏う事で足りない力分を補い、私は真っ向から獣王と打ち合う。
拮抗する戦いを演じる私だが、比例してみるみる体力が減っていく。
魔力は有り余っているというのに、体力が追い付いていない様子だった。
正規じゃない裏のやり方による弊害なのかもしれい。
(贅沢は言っていられないがな!)
そもそもが裏技だろうが何だろうが、アテナとの同化がなければ、獣王とこうしてまともに相対していることなど、ありえなかったのだからだ。
体力が尽きる前に決める必要があるならば、そういう戦い方をするのみであり。
有り余っている魔力を投入する戦法に切り替えることにした。
獣王と肉迫戦を繰り広げながら、私は近距離から上級魔法を叩き込み始める。
爆炎が吹き上げ、烈風が巻き起こり。
万雷が迸り、氷結が砕け散る。
しかし──獣王に致命打を与えるには至らない。
だが、まさに一進一退の攻防を展開していることから、いつしか獣王の勝利を信じて疑っていなかった精鋭部隊からも、戸惑いの声が漏れるようになっていた。
「まさか……いや、しかし!」
「あの女魔族はなんなんだ……」
「陛下があれほど楽しそうにするなど……」
一方では、巻き込まれまいといつの間にか端に移動していた私の仲間たちも、固唾を呑んでいる様子だった。
「クレアナード様……っ」
「クレアすごい……」
「クレアナード殿、まさかここまでとは……」
それぞれの観戦者の視線を集めながらも、私と獣王は熾烈を極める攻防を──
※ ※ ※
「ハアッハッハッハ! これほど血沸き肉躍る戦いは久方ぶりだぞ!」
「ちい……っ──これでもまだ届かないのか……っ」
蒼刃に脇腹を裂かれるのも構わずに踏み込んできた獣王が、そのまま爪を繰り出して来る。
回避するタイミングではない私は、影術でもって受け止める選択を。
直後に影の壁に衝突してくる爪は一瞬の遅滞の後、影を突き破ってきてくるも、すでに私は後方に飛び退いており、その一撃は空を貫くに終わっていた。
体勢を立て直したい私だったのだが、そこから獣王の身体が伸びあがるように疾駆しており、瞬く間に私との距離を踏破・爪のラッシュが浴びせられてくる。
「そらそらそらアッ!!!!」
「く……っ」
獣王の連撃は繰り出す事に苛烈さを増していき、受け捌く私はいつしか防戦一方になってしまう。
攻撃魔法を放つ余裕がなくなった私は、影術を駆使してひたすら守りを固める。
だがそこで、私は初めて気が付いた。
影が吹き散らされるたびに、アテナの気配が薄れて行くことに。
最初は気のせいかと思っていたのだが、その疑念はやがて確信へと。
使い勝手のいい影術なれど、リスクもあったということなのだろう。
もしくは、これもまた裏技による弊害なのかもしれないが。
影術の使い方は頭の中に自然と流れてくるのだが、肝心なことまでは教えてはくれなかったようである。
(アテナよ……いつもお前は肝心な説明が足りないぞ……っ)
この場で彼女とやり取りができるならば、間違いなく「聞かれませんでしたので」と答えてくることだろう。
思わず苦笑いしてしまう私の様子に目ざとく気づいた様で、連撃を浴びせながら獣王が感嘆の声を飛ばしてきた。
「この状況で笑うか! 面白い女だ!」
獣王の攻撃を捌きそこない、私の肩先が切り裂かれる。
なおも獣王は連撃を止めず。
「なればこそ! 我も! 切り札を──使おうぞ!!」
圧倒的な手数による連撃から一転して、一瞬だけ動きを止めた獣王が、近距離から私めがけて”切り札”とやらを叩き込んできた。
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
いままでとは違う、獣王の咆哮だった。
確固たる形を持ち、衝撃波を伴う雄叫びが、私へと一点集中して放たれてくる。
「この距離でだと──っ」
もはや温存している場合ではなかった。
影術を総動員して、幾重にも影の壁を形成する。
瞬く間に影の壁は剥がれ落ちていき、あっさりと粉砕されてしまったことで、直撃した私は大きく弾き飛ばされていた。
とはいえ、かなり威力を相殺されていたようで、その一撃が致命傷となる事態だけは免れてはいたが。
「ほう……まさか我の切り札を防ぐ、か」
肩で大きく息を吐く獣王は、言葉とは裏腹に実に嬉しそうだった。
対する私は、よろよろと立ち上がりながら……喪失感を感じていた。
(いまので、完全にアテナの気配がなくなったな……)
彼女とのメイド契約が失効されていないことから判断するに、アテナは消滅したわけではなく、精神世界に強制的に送還された、といったところなのだろう。
一安心といえば一安心だが……
現在保有する魔力に変動がないものの、彼女の気配がなくなった途端に、私は影術を扱えなくなっていた。
つまり。
もう私には時間がないということである。
影術があってこそ、獣王と対等に戦えていたのだから。
私の勇者化も、もう間もなく解けることだろう。
強引にでもなんでも、決着を付ける時が来たのだ。
全ての魔力を投入して発動するは。
私の最後の切り札であり、最強の攻撃──最上位魔法。
すなわち──
『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
召喚されし猛火竜が、力強く雄々しい咆哮を轟かせた。
今までよりも猛々しいのは、この最上位魔法は投入する魔力量によってその威力を変質させるからだ。
これまでは指輪に蓄えられた魔力によって発動できており、それはあくまでも、発動できる最低限の魔力量にすぎなかったというわけである。
王弟を消し飛ばした時の比ではない圧倒的な猛威が室内の温度を急上昇させ。
周囲の空気を燃やし尽くしながら獣王めがけて爆進していく。
生物の根幹を揺さぶる炎の恐怖を前に、さしもの精鋭部隊は恐慌状態となっていたが、ただひとり、獣王だけは一切怯んだ様子もなく、爆炎の根源めがけて逆に突貫していた。
「ッウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
猛火竜に負けず劣らずの獣王が吼え。
次の瞬間。
あろうことか、猛火竜がぶった切られていた。
絶命の咆哮を轟かせた猛火竜が、最後の足掻きで爆炎を周囲に吹き散らし。
炎の中から飛び出してきた獣王が、炎を纏いながら私へと急迫する──
「馬鹿な……っ」
愕然とする私は反応することができず……伸びてきた獣王の右手が、私の首を握りしめていた。
「っう……」
「捕らえたぞ……クレアナード」
まるで悪戯が成功したかのような無邪気な笑みを見せる獣王が、そのまま片手でもって私の身体を持ち上げてくる。
「驚くことはあるまい? お前とて我の切り札を破っているのだからな。お互い様だろう?」
首を握られた状態で身体を持ち上げられた私は、当然ながら息が詰まっていた。
「ぐ、は……」
「どうした? これで終わりか?」
爛々と輝く双眸で私を見据えてくる獣王に、私は思わず戦慄する。
それと共に物凄い疲労感が押し寄せてくるのは、ついに私の勇者化が解けてしまったからだ。
つまりは……もういまの私には、獣王に抗する手段がなくなっていたのである。
私は……このまま首を握りつぶされて殺されるのだろう。
勇者化しても尚、私では最強の獣王には届かなかったのだ。
……だがしかし。
最期の一瞬まで諦めたくない私は、必死で打開策を試行錯誤する。
そんな折り、一瞬だけ脳裏を過るは……
「わ…し…ま、だ……」
「ん? 何を言いたいのだ? よく聞こえんぞ?」
余裕の表れなのだろう。
うまく喋れない私の言葉を聞くために、獣王がその耳を私の口元へと。
その刹那、私は最期の力を振り絞り、行動に移っていた。
「っがあああああああああ!?」
獣王から初めて悲鳴が上がる。
それも無理はなかった。
なにせ、私にその片耳を食いちぎられていたのだから。
私の最期の悪あがき。
せめて殺される前に、一矢報いたかったのだ。
ウルが何度も噛みついていたのを、思い出したのである。
望んだ結果を得られたことに、私は満足げに笑む。
(お前の右耳、冥途の土産に持っていくぞ……)
予想外の激痛のためだろう。
獣王が反射的に私を床へと叩きつけており、全身が激しい衝撃に襲われた私は、そこで意識が途切れるのだった……
※ ※ ※
※ ※ ※
「「「へ、陛下……!?」」」
片耳を失った獣王へと精鋭部隊の面々が駆けつけようとするも。
「狼狽えるな! この程度問題ない!」
獣王は片手で彼らの動きを制すと、意識を失っているクレアナードを見下ろして、豪胆に笑い飛ばしていた。
「なんとも愉快な女ではないか! 命乞いかと思えば、まさか我の耳を食いちぎるとは!」
そのまま踏みつぶすのかと思いきや、予想に反して獣王は、優しい動作でクレアナードを抱き上げる。
「おい誰か! 早く治療班を連れてこい! このままでは、この女が本当に死んでしまうぞ!」
「え……っ」
兵士たちが戸惑いを見せるのも無理らしからぬことだった。
なにせ、たった今まで死闘を繰り広げた相手を、助けると言っているのだから。
しかし獣王の命は絶対の為に、これといった反論もなく、兵士たちが治療班を呼びに行く。
「……獣王陛下。貴方は、何を考えているのだ……? 我等を、処刑しないのか……?」
ふらつきながらも、大剣を杖代わりにして立ち上がるレオが、困惑に揺れる声で問うた。
ダミアンとウルも同じ様子であり。
そんな彼らへと、気絶しているクレアナードを優しくお姫様抱っこする獣王は、にやりと笑いかける。
「なぜ我が、お前たちを処刑しなければならんのだ?」
「それは……俺たちが、貴方の弟を殺したからだ……」
「ああ、そのことか」
合点がいったとばかりに獣王はひとつ頷くと、驚きの告白をしてきた。
「もともとバモンズは、我が始末するつもりだったからな」
あまりに予想外すぎる答えに、一同は言葉なく、絶句するのみだった。
ならばなぜ、自分たちは死闘を演じたのか、と。
絶句する彼らに獣王は不敵に笑うのでした。




