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第6話 「魔王様、王弟への反乱分子と接触する」

前話のあらすじ:下準備の最中です。

 情報収集すること数日。


 王弟側にバレない程度にひと通り調べた結果、城内へと侵入できそうな経路は見当たらなかった。

 警備兵の数があまりにも多く、まったく隙がなかったのだ。

 よく有り勝ちな下水道からの侵入という手段も、残念ながら不可能だった。

 ご丁寧に、下水道にも見張りが配置されていたからである。


 思うように城内の情報が手に入らない現状。ただただ時間だけが過ぎていく……



 そこで私たち──というか竜人姉妹が、しびれを切らしたのか手法を変える提案をしてきた。

 その方法は……私たちでは決して出来ないことだった。



 ひとりの男と共に竜人姉妹が路地裏へと消えていき。

 興味津々な様子で覗きに行こうとするウルをアテナががっちり押さえ。

 しばしの間、私たちは待たされることに。


 ………


 ……


 …



 小一時間程が経った頃。



 げっそりしながらも満足げな表情を浮かべてる男と、肌艶が良くなっている竜人姉妹が出てきた。

 レイカは少し乱れている衣服を淡々と直しており、ライカも衣服がやや乱れていたもののそのままで、夢見心地な様子の男へと艶っぽい仕草でしな垂れる。



()()()は前払い。後払いも欲しかったら”城内の見取り図”頼むよ? 警備兵のアンタになら、簡単な仕事っしょ?」

「あ、ああ。わかった。必ず用意する。だから、その……ちゃんと後払い、してくれるんだよな?」

「モチよ。アンタが約束を守ってくれればね? 期待してくれていいさね」

「そっちの妹さんも、また姉さんと一緒にしてくれるんだよな?」

「……約束は守ります。そちらが守れば」

「へ……へへ。じゃあ、すぐに見取り図を用意してくる!」



 下卑た笑みを浮かべた男が、足早に立ち去って行った。


 ダミアンは顔を赤らめて空を見上げており、耳をピクピク動かすウルはアテナが両目を押さえており。

 私は、乱れた衣服をようやく直し始めるライカへと声をかけた。

 声が少しだけ険しくなってしまうのは、私には、あまり好ましいとは思えなかったからだ。



()()()()()()は、よくやるのか?」

「男ってのは単純だからねぇ。利用できるもんは何でも利用するのが、アタシらの流儀さね」

「……そうか」



 私には決して真似できないことをあっさりしてしまうことに、ある意味では感心してしまう私の顔を、顎に手を当てながらのライカがのぞき込んでくる。



「アンタほどの美人なら、どんな男でもコロっと手玉にとれそうだけどねぇ」

「……私にそんな度胸はないよ」

「度胸ねぇ……アタシらにしたら、もうただの流れ作業なんだけどねぇ。そんな躊躇するもんかね?」

「……姉さん、私たちも最初の頃は、そういうウブな反応だったと思う」

「ありゃ? そうだっけ?」



 妹の指摘に肩をすくめてみせたライカは、なぜか標的をダミアンへと変えた。



「そうそう、ダミアン君」

「え……あ、はい?」



 まさかここで自分の名が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。

 ダミアンは驚いたような様子だった。

 その彼を瞳に映すライカは、まるで肉食獣のような瞳へと。



「君に()()()があるならさ、いつでも”相手”してあげるよ?」

「え……ええっ? いやいやいや……そんなこと急に言われても……っ」

「アッハハ! 顔真っ赤にしちゃって! ウブだねぇ。クレアナードは相手してくれないのかい?」

「えっと……俺は、その……」

「おい、ライカ。うちのダミアンに変なことを言わないでもらえないか? どういうつもりだ」

「いやさぁ……ダミアン君を篭絡しておけば、いつでもアンタを利用できるかなーって思って」

「……姉さん、さすがにこのタイミングではまずいと思う。本気で篭絡する気なら、クレアナードさんの目がない所でしないと」

「ありゃ、そっか。アタシとしたことが先走っちゃったねぇ」 



 あっけらかんと言ってくるライカをきつく睨みつつ、私は戸惑いを見せるダミアンを優しく抱き寄せる。

 「え……」と全身を緊張させて両目を見開く少年と、あえて視線を合わせない。


 なんというか……面白くなかったのだ。


 別に、ダミアンは私の所有物というわけではないのだから、彼が誰と何をしようが私には関係ないことだし、それを責めるつもりも筋合いもないのだが……


 この感情を漠然と言い表すならば。

 可愛がっているペットが自分を無視して他人にすり寄っているのを見ている感覚、といったところだろうか。

 もちろんダミアンはペットではないし所有物でもなく、むしろ弟の感じが強いのだが……



(案外私は、独占欲が強かったんだな……)


 

 自分の意外な一面に少し驚きながらも、私はダミアンを抱く両腕に力を籠める。



「ライカ。ダミアンに下手に手を出せば、さすがに私も黙っていないぞ」

「へぇ……」



 私の反応が予想外だったのか、面白そうにライカが目を細めてきた。



「そんなに大事ならさ、唾でもつけときなよ。それすらしないで自分のものだって主張ってさ、ずいぶんとまあ、身勝手な話と思わないかい?」

「それは……」

「く、クレアナード様! 俺は……その、誘惑には屈しませんから! だから安心してください!」

「ダミアン……」

「ありゃまあ……すっかり従順ってかい」



 健気なダミアンを前に、ライカはすっかり毒気を抜かれたように脱力。

 と、話にひと段落がついたのを見計らったように、無表情コンビ(アテナとレイカ)が。



「……姉さん、さすがに悪ふざけがすぎると思うけど」

「同感ですね。クレア様は激おこですよ。もうプンプンです。これ以上の悪ふざけは、今後の共闘関係に影響が出ることでしょう」



 ふたりに叱責されるライカは、降参とばかりに両手を挙げてひらひらさせる。



「はいはい、アタシが悪かったですよ。()()()のでさ、ちょっと興奮が残ってたのカモ? ま、軽いジョークってことで許してよ、クレアナード」

「……申し訳ないです、クレアナードさん。姉さんには、こういう()()()があるんです」

「なるほど、な」



 深々と頭を下げてくるレイカの説明を受けて、私はダミアンから離れた。

 その彼から少しだけ不満の気配がしたのは、なぜだろうか。

 とはいえ、いまはそのことを追求するタイミングでもないので、とりあえずはスルーする。



「ライカ。共闘関係とはいえ、節度は守ってくれ。細かいことを言うつもりはないが、お互いに最低限のルールってのはあるだろう?」

「はいはい、わかったってば。でもさ? お節介ながらも言わせてもらうさね。釣ってる魚にはさ、たまには餌を上げないと、そのうち逃げられちゃうよ?」

「……肝に銘じておこう」



 私とライカがとりあえずの和睦を見せる一方では。



「あわわ……これが大人の世界なんだぁ……」



 アテナが離れていたことでひとり取り残されていたウルが、私たちのやり取りについていけない様子で、オロオロとするばかりだった。




 ※ ※ ※




 竜人姉妹の活躍(?)もあり、城内の見取り図入手に目途が立つ一方では、もうひとつの収穫があったりする。



 下調べの最中に、領主──王弟に不満を抱く勢力と接触することができていたのである。



 どうやら彼らも城について隠れて調べていたようで、目的を同じくするために、同じような行動をする彼らが目についたというわけだ。

 こちらが声をかけた時は驚かれて、最初こそトボけられたものだったが、精霊という立場を利用してのアテナが巧みな話術で信頼を得ており、私たちは彼らが拠点とする場所へと。


 古びたレストランの奥の部屋が領主への不満分子たちの拠点となっていたようで、先に室内にいた獣人たちが胡乱げな顔で私たちを見てきた。

 服装から判断するに、この都市の住人たちだろうことがわかる。


 私たちを案内した獣人が、室内の奥にいる壮年の獣人に耳打ちする。

 ざっと室内を把握した結果、その壮年の獣人がこの場にいる者たちのリーダー格、といったところなのだろう。


 互いに自己紹介をした後、その場にいる獣人たちの視線が集まる中、リーダー格の壮年獣人が重い口調で切り出してきた。



「このテンゼ(他民族都市)は、あの王弟が領主になってから、変わってしまいました」



 重税や圧政は言うまでもなく。

 王弟に気に入られた女性が次々と強引に城に連れて行かれてしまい、連れて行かれた彼女たちは、未だに戻ってこないという。

 安否を気にかける者たちが城へと詰め寄るものの、王弟への謁見もままならず、警備兵によって門前払い。

 尚もしつこく取りすがる者については、暴力すら振るわれて黙らされるという。



「かくいう私も、被害者のひとりなのです。娘が……戻ってきません」



 壮年獣人が沈痛に告白する。

 他の獣人たちも同様らしく、皆が皆、悔し気に唇をかみしめていた。



(なるほど。こういう理由だったのか)



 私は納得する。

 昼間だというのに、この都市には住民である若い女性が出歩いていなかったからだ。

 変だなとは思っていたが、連れて行かれるのを警戒して、家に引きこもっていたというわけなのだろう。


 とはいえ、いくら若い女性とはいっても、さすがに冒険者を生業としている者は普通に街中を歩いてはいたが。

 連れて行く側としても、リスクを考慮してのことなのだろう。

 だからこそ、私や竜人姉妹に関しても、何も起きなかったというわけだ。



(無抵抗の市民だけを狙う……か。屑、としか言えないな)



 私が内心で吐き捨てる一方では、壮年獣人が震える声で言葉を続けていた。



「あの王弟による圧政は筆舌にしがたく……すでに住民たちは我慢の限界なのです」



 覚悟の反乱は、すでに住民全員の意見が一致らしかった。

 まあ、この場にはいない王弟側の人間は、別だったようだが。



「しかしながら、私たちには王弟を倒せるだけの実力者がいなかったことで、なかなか決起を起こせませんでした」



 王弟は腐っても最強の種族である獅子族である以上、基本的に身体能力が高い獣人族とはいえ、ただの住民である彼らには王弟を倒せる者はいなかったのである。

 王弟の息がかかっているために冒険者ギルドに依頼を出すわけにもいかず、かといって断念する選択肢ももはやなく、準備だけは進めていたということだった。


 しかし先の言葉通り、住民たちはもはや我慢の限界であり。

 玉砕覚悟でもって反乱を起こそうとしている矢先に、私たちが来たということらしかった。



「仮に反乱が成功したとしても、報復で獣王に滅ぼされるぞ?」



 私が問うと、壮年獣人は深い溜め息を吐いてきた。



「覚悟の上です。愛する者を奪われる平穏に何の意味が? 我等は失った誇りを取り戻す。それがたとえ……滅亡を意味していたとしても」



 他の獣人たちも、重々しい態度で同意を示してくる。


 圧政に対する不満。

 家族を奪われた絶望。

 住民に対する理不尽すぎる処遇の数々。


 理由は様々だったが、ひとつだけはっきりしていることが、領主バモンズへの怒りと不満だった。



「どうか、我等の誇りを取り戻す戦いに協力してほしい。そのためならば、我等はあなた方に対する協力は惜しみません」

「……そうか。覚悟をしているというのであれば、私たちには拒否する理由はないな」



 住民たちの協力は、思うように情報収集がいかなかった私たちにとっては、なんとも在り難いことだった。

 そして覚悟をしている以上、住民ではない私がとやかく言うべきことではないのだろうが……



「「「おお……!」」」



 私達の協力に素直に喜びを示す獣人たちを前に、私は苦い感情を隠せなかった。

 竜人姉妹やアテナはこれといった反応はなかったが、ダミアンも苦々しい表情で押し黙っており、ウルに関しては唇をかみしめて、ぎゅっと拳を握りしめていた。



(ここで私があれこれ言っても、覚悟を決めている彼らを侮辱することになるしな……)



 彼ら住民は誇りなき”生”よりも、誇りある”生”を選択したのだ。

 ならば、部外者である私には、彼らの決意を否定する権利などないだろう。


 私が出来ることと言えば……王の愚弟を亡き者にすることぐらいである。

 そのことで獣王の怒りが私個人に向いてくれれば、もしかしたらこの都市は滅亡を免れることができるかもしれず。


 結局のところは、私が手を汚すこと以外、今回の事態を収束することはできないらしい。


 しかし逆をいえば、私がドロを被れば全てがうまくいくかもしれないということでもあり。

 私に自己犠牲精神があるというわけではないが、誰かが獣王の怒りを買わねばならないというのであれば、やはり私が手を挙げてしまうだろう。


 種族や立場が違えども、かつては私も民を導く立場にいた身なのだ。


 だからこそ、直接的には関係ないとしても、私には苦しみに喘ぐ民を見捨てることができなかった。

 悲壮な覚悟をしているとなると、なおさらだろう。


 民無くして国の発展などはありえず。

 民が居るからこそ、国は発展していくのである。


 その守るべき民が蔑ろにされる現状を、元とはいえ王である私は見過ごすことができなかった。



(落ちぶれたとはいえ……私とて、一時は王を冠する立場にいたのだからな)



 改めて私は、決意をさせられるというものだった。




 ※ ※ ※




「力のある男が前面に出るのは当たり前として。力のない女子供や老人でも、戦う術がないわけじゃない」



 私の講義に聞き入る面々を前に、私はこれまでの経験で蓄積してきた知識を教えていた。

 反乱分子と協力することになった後、リーダーの獣人から頼まれていたのだ。

 戦い方のノウハウを教えてほしい、と。

 いくら基本的な身体能力が高い獣人とはいえ、一般市民の以上、まともに戦う術は知らなかったというわけである。


 竜人姉妹はさっさと帰っていたものの、ダミアンとウルは一般市民に混じって聞き入っており、アテナは端っこで両目を閉じて静かに待機していた。



「道端に転がる石とかゴミなんかを投擲するだけでも、十分に援護になる」

「でも……」



 ひとりの女獣人が、恐る恐るといった感じで声をあげてきた。



「いくら敵側といっても、同じ人間に石を当てるっていうのは、ちょっと抵抗が……」

「必ずしも当てる必要はないさ。敵側に向かって空に放り投げるだけでも、牽制となるからな」

「なるほど」

「後、油や熱湯などを敵に向かってぶちまけるのも効果的だな。後は──」



 その後も、想定できる事態に備えての対応を教えた後、その場は解散となる。

 後は、この場で知識を蓄えた者たちが、ネズミ算式に他の皆に広め伝えていくだけである。



「……ふう」



 魔王として多くの人々の前に立つことが多かったので、この程度の講義は造作もないことだったのだが、さすがに久しぶりに長く喋ったことで喉が渇いてしまっていた。当時はこの程度、なんてことはなかったのだが……ブランク、なのだろう。


 そんな私の状態を察してくれたアテナが、道具袋から出していた飲み物を差し出してくる。



「お疲れ様です、クレア様」

「ん、すまない」



 喉の渇きを癒していると、感心した様子の壮年獣人が話かけてきた。



「ありがとうございます、クレアナード殿」

「いや、これくらいは大したことじゃないさ。……というか、私以外の冒険者に教授を仰がなかったのか?」

「……現状、どの冒険者を信用していいのか、わからなかったもので」

「なるほどな」



 冒険者ギルド自体が領主側にいるために、安易に冒険者を信用できなかったということなのだろう。

 私もその冒険者のひとりなのだが、彼ら反乱勢力が私を信用してくれたのは……やはり、精霊であるアテナの存在が大きいのだろう。

 獣人国というのはエルフ国同様に、精霊信仰があるからだ。



「今後も、来たるべき日に備え、我等に知識をご教授ください」

「私に出来る範囲であればな」



 深々と頭を下げた壮年獣人にそう応えてから、私たちはその場を後にする。

 通りへと出たところで、ふいにアテナが私の袖を引っ張ってきた。



「クレア様」

「どうした?」

「今回の件、私の手柄は大きいかと」

「……まあ、そうだな」

「昨日、魔力を頂いたばかりですが、今回の報奨としてよろしいでしょうか?」

「……別に、空腹ってわけじゃないんだろ?」

「別腹、というやつです。女子のお腹には、そういう異次元が存在しているので」

「昨日の今日で魔力を吸われると、さすがに私としてもキツイものがあるんだが」

「なるほど。クレア様は、手柄に対して褒美を与える気はないと?」

「いや、そうは言っていないだろうが。ああ、もうわかったわかった。ただ、それは宿屋に戻ってからな? さすがに魔力が回復しきっていない現状、意識を保っていられる自信がない」

「わかりました。宿につくまで我慢することにします」



 意外とあっさり引きさがったアテナに、私は軽く驚いてしまう。



「ほう? 物分かりがいいな。てっきり、そんなの関係ないとか言って、襲い掛かってくるかと思ったぞ」

「クレア様。私とて子供ではないのですよ。我慢という精神は、ちゃんと持っています」

「ちょくちょく私を襲う人物の発言とは思えないな?」

「きっとその時、クレア様は夢現だったのでしょう」

「堂々とまあ、トボけてくれる……まあ、いいけどな」



 そんなやり取りを後ろで見ていたウルが、ダミアンへと。



「クレアとアテナって、ほんと仲がいいよね」

「えーっと。まあ、見ようによっては、そうかも、ね」



 などと、少し困った様子で応じていたのだった。




 ※ ※ ※


 ※ ※ ※




(……あー……もう、ムリか……)



 檻の中に囚われているレアンは、顔面蒼白だった。

 目も虚ろであり、もはや焦点も合ってはおらず。

 飲まず食わずでここ数日を耐えてきた彼女は……ついに、限界が来てしまったのである。



(腹と背中がくっつく……気持ちわる……)



 希望がなければとっくの昔に諦めていたことを考えると、この苦しみを味わうこともなかったわけであり。

 なんとも皮肉な状況にレアンが苦笑いを浮かべてぐったりしていると、彼女の前に現れる人物が。


 悲壮な表情を浮かべている大男──勇者レオだ。


 おぼろげな視界の中で匂いで彼だと察したレアンは、持ち前の負けん気でもってニヤリと笑う。



「レオさんよぉ……まるで死刑執行人、だなァ……?」

「……もはや抵抗はできまい」

「さぁね……? そう、見せてるだけかもなァ……?」

「ハッタリだな」



 言い切ったレオが檻の鍵を開けるや、キィッという音と共に檻が開かれるが……

 

 レアンは、ピクリとも動かなかった。

 ──否。

 動けなかったのだ。

 限界を迎えてしまった身体は、もはや言うことを聞いてくれなかったのである。



「……チッ。ここまで、かよ……」

「その苦しみも……じきに終わりを迎えよう」



 檻の中に入ってきたレオは、手に小瓶を持っていた。

 その中身の液体は、もはや言うまでもないだろう。



「……レアン殿。貴殿の犠牲は、決して無駄にはしない」



 嚙みしめるように静かな口調で、レオが述べる。

 そして抵抗できないレアンの口を片手で開くや、小瓶の注ぎ口を彼女の口へと。


 渇きに喘いでいる喉は、たとえその液体が人体に有害であることがわかっていても、ひりつく喉の渇きを癒そうと、意思に反して貪るように飲んでいく。

 確かに喉の渇きは癒えていくものの……それに伴い、意識が薄れていくことに。



(……時間は稼げるだけ稼いだ。あとは……頼むぜ……)



 小瓶の中身を飲み干してしまったレアンの意識は、どこまでも深い闇の底へと落ちていく──



安らかな寝顔だったようです。

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