第7話 「魔王様、反乱に紛れる」
前話のあらすじ:反乱分子と接触しました。
住民の協力もあり、情報収集は順調だった。
反乱についての人員やその後の対応など、着々と準備が進められていく中。
私たち(主にウル)にとっては、好ましくない情報がはいってくることに。
狼族の輿入れである。
どうやらレアンの頑張りも、この数日が限界だったらしく。
その日、朝一で狼族の馬車がこのテンゼに到着してしまったのだ。
馬に騎乗する狼族に警護されながら通りを進むは、頑丈な造りの一台の馬車。
窓や戸口が閉められているので車内こそ見えないが、形状が私の馬車と似ていることから、恐らく車内は横になれるようなスペースがあり、屈してしまった人形となっているレアンが寝かされているのだろう。
そして、さすがに匂いまでは隠せないようで、二階建ての宿の窓から盗み見ていたウルが、過敏に反応を見せてきた。
「お姉ちゃんと……レオさんがあの中にいるよ……っ」
「……そうか。やはり、あの勇者も来るか」
私たちの直前の奪還を警戒してのことだろう。
予想していたとはいえ、私は苦い声を隠せない。
「お姉ちゃん、いま助けるからね──」
「いや、待てウル」
「ふえっ?」
「いま、この場で仕掛けるのは、さすがにまずい」
「でも……このままじゃお姉ちゃんが……」
「ウルさん。気持ちはわかりますが、ここはクレア様のご判断が正しいかと」
淡々とした様子で、アテナが私の言葉を補足してくる。
「当然、狼族の戦士たちも私たちの襲撃を警戒しているでしょう。その上、ここは敵の本丸と言ってもいい場所です。ここで戦闘が起きれば、すぐに領主の兵隊が駆けつけることでしょう。そうなってしまうと、数の利で押し切られ、レアンさんの奪還どころではなくなってしまいます」
「でも……」
「ウル、わかってくれ。いまの状態じゃ、私たちは準備不足なんだ。確実にレアンを奪還するためには、準備が必要なんだ。だから今は……私を信じて耐えてくれ」
「クレア…………うん。わかった。クレアを……信じる」
震える声で下を向くウルの頭を、私は優しく撫でる。
「約束する。必ず助けると」
「……うん」
そんな私たちの葛藤をよそに、通りを堂々と進む狼族の馬車は、そのまま城へと入城していった。
ウルが匂いでわかったのだから、間違いなく勇者レオも、この都市に私たちがいることは把握していることだろう。
にもかかわらず何も動きがなかったのは、花嫁の”納品”を優先させたかったからかもしれない。
いずれにしても。
こうなると、もう私たちに時間は残されていなかった。
たいていの場合、奇襲や襲撃は警備の目が薄くなる夜に行われるのが定石だが。
夜まで待っていたら、手遅れになってしまうだろう。
レアンが孕まされた後では、救出しても意味がないのである。
強引でもなんでも、愚弟を一刻も早く始末しなくてはならないだろう。
(できれば、レアンがこの都市に連れて来られる前にケリをつけたかったが……)
愚痴っても仕方なく。
むしろこのタイミングということは、レアンがギリギリまで頑張ってくれたということなのだろう。
(もっと早ければ、それこそどうにもならなかったからな)
私は取り急ぎ、領主への反乱分子へと連絡を取り付ける──
※ ※ ※
「……なるほど。確かに、急なお話ですな」
リーダーの獣人は静かな声音だった。
「申し訳なく思うが、こちらも事情が変わってしまったんだ。これ以上、時間をかけることができなくなってしまった」
「いえ、お気になさらず。どのみち、いつかは決起しなければならないのです。それが早まっただけのこと。すぐに各地区の代表者を集めます」
「すまないが、頼む」
彼らの反乱が加わることで、私たちの目的を成功させる可能性が高まる以上、無理を承知でも頼る他なかったのである。
慌ただしい半日が過ぎるものの……
住民たちにとっても今か今かと待ちに待っていたらしく、急な決行にも拘わらず、彼らの表情は希望に満ち満ちていた。
すでにあらかたの準備も終わっており、反乱決行日をいつにしようか、という最終的な段取りまで進めていたことも功を奏しており。
ついに……住民たちの”怒り”が爆発する時が訪れることに。
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
武器を手に、立ち上がる住民たち。
対するは、戸惑いを隠せない城の警備兵。
「な、なんだっ!?」
「反乱だとっ?」
「おい誰か! 急ぎ閣下に連絡を──」
たちまち城は、押し寄せる群衆たちと警備兵の戦闘の場へと。
戦闘音が各所で間断なく上がり続け、警備兵や群衆らの怒号がひっきりなしに飛び交い、その場は収拾がつかない混沌状態に。
住民たちひとりひとりの戦闘力は低いものの、集まればそれは脅威となり、これが群れた市民たちの最大の強さだったのである。
領主は──王の愚弟は、市民を軽視しすぎたのだ。
背後には獣王がいることから、きっとタカを括っていたのだろう。
何をしても、市民は黙っているだろうと。
その驕りが、いまの反乱へと繋がっていたのである。
逆を言えば、それだけ獣王が絶対的だったとも言えるが、所詮は虎の威を借る狐だったというわけだ。
市民たち怒りの発露はすさまじく、情け容赦なく、数の暴力でもって警備兵たちを蹂躙していく。
警備兵たちもこの都市の住民が多かったが、王弟側にいる以上、彼ら虐げられてきた市民たちにとっては決して許せない裏切り者だったからだ。
「ひ……ま、待ってくれ──」
「黙れ裏切りものが!!!」
命乞いする警備兵の頭部へと、聞く耳もたない住民の怒りの一撃が。
「くそが! おとなしく税と女を差し出していればいいものを!」
「市民は奴隷じゃないぞ!!」
「娘を返して!!」
ひとりの市民を殴り飛ばした警備兵へと何人もが四方から押し寄せ、対処しきれなくなったその警備兵が、たちまち血の海に沈んでいく。
「な、なにをしている! 早く戦線の維持を──」
「ダメだ! 数が違いすぎる!!」
「このままじゃ──ぎゃあああああ……っ」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
戦意を喪失しつつある警備兵たちと、怒りで通常以上の力を発揮する群衆。
戦況は混沌と化していくものの、反乱分子側が優勢となり始めていた。
それもそのはず。
数でいえば、圧倒的に警備兵の方が少ないのだからだ。
こうして暴徒寸前にまで変貌した群衆による反乱は。
これまでの鬱憤を晴らすかのように。
まるで堰を切ったダムの崩壊の如く。
瞬く間に、他民族都市テンゼを呑み込んでいく──
※ ※ ※
「うっし。こうやって侵入できた以上、こっからは別行動さね」
パシっと両手を叩いたライカが言ってくる。
反乱のドサクサに紛れて、私たちは城内へと侵入を果たしていたのである。
東西南北の城門からはひっきりなしに戦闘音や怒号が聞こえてきており。
各城門は死守されているようだったが、それだけに警備兵たちの注意は城門に向けられているために、城壁の一角から侵入していた私たちは、気づかれることはなかったのだ。
それでもさすがに城内に入れば気づかれてしまったものの、兵の大半が城門の死守へと回されているようで、私たちへと攻撃してくる敵の数は少なかった。
(私たちだけだったら、こうも容易く城に侵入することはできなかっただろうな)
いかに覚悟した群衆の力がすさまじいのか、ということだろう。
こうなってくると、竜人姉妹と共闘関係にならなくてもよかったのでは……と思ってしまうが、それはあくまでも結果論に過ぎないのである。
それに、群衆の反乱はあくまでも城門に敵兵を集めることであり、城内に関してはやはり私たちしかいないので、竜人姉妹との共闘は必要となってくるだろう。
「お互いに派手に暴れ回ってさ、いま以上に敵をかく乱しようじゃない。その上で、自分たちの目的を果たす。んでさ、無事に生き残れたら、今度酒でも飲みかわそうや」
「ああ、そうだな」
ライカが出してきた拳に、私も拳を合わせる。
一瞬だけ視線が交わる私とライカ。
思惑は違えども、いまこの一時だけは、アテにしてもいい陽動要員なのだ、お互いにとって。
そして私たちは、ここから別行動をとることに。
その後、見取り図を頼りに私たちが向かうは、王弟バモンズがいる部屋だ。
遭遇したひとりの警備兵を尋問した結果、いまバモンズが居るのは謁見の間らしいので、私たちは寄り道をすることなく、一直線に謁見の間へと。
城内はまるで迷路のように複雑であり、竜人姉妹が事前に見取り図を入手していなければ、間違いなく迷子になっていたことだろう。
(なんだかんだあっても、あの姉妹もやはりプロなんだな)
あの姉妹は冒険者ランクこそ私より低いものの、冒険者としての基本スペックが、私とはまるで違うということなのだろう。
感心すると共に悔しさも感じてしまうが、いま気にしても仕方ないので、思考の隅へと追いやることに。
そんな私に同行するは、隠密に長けたダミアンは言うまでもなく、援護が頼りになるアテナに加え、狼少女──ウルの姿もあった。
まだまだ未熟な部分が多いので、私としては彼女は安全な宿にでも待機していてほしかったのだが、意外と責任感が強かったらしく、一緒に戦うと駄々をこねてきたのだ。
この様子だと勝手に着いてくる気満々だったため、目の届かない場所で危ない目に合われるよりは、目の届くところにいてもらった方が、私としても安心できるというわけである。
「ぐふ……っ」
私の剣に突き刺されて事切れた兵士が、壁によりかかってそのまま崩れ落ち。
その一方では、ダミアンが別の兵士の首を掻っ切っていた。
さすがに城内ということもあり敵兵との遭遇率も高かったのだが、想定以下ではあったりする。
(うまく敵兵を二分できているようだな)
竜人姉妹、さまさまだろう。
彼女たちとの共闘がなければ、ここまでうまく事が運ばなかったのだから。
「ねえ、クレア」
血の海に沈む敵兵の遺体を前に、ウルが揺れる瞳で私を見てきた。
「いいのかな? その、このヒトたちは敵だけど、あっさり殺しちゃって……」
「いいか、ウル。お互いが命をかけたやり取りをしているんだ。当然、私も切られる覚悟をもっている。要は、殺るか殺られるか。その差に過ぎないんだ」
どうやらウルは、まだ割り切った考え方は出来ないようである。
まあ、無理もないだろう。
冒険者の狩りの標的は魔獣や害獣であり、同じ人間ではないのだから。
もしかすると、ウルにとっては今回のが初めての対人戦なのかもしれない。
さっきからウルが敵兵相手に躊躇しているのが気になってはいたので、ひそかにアテナに彼女の援護をするように指示をしており、事なきを得てはいたのだが。
「まあ、お前が無理に手を汚す必要はないさ。露払いは私たちだけで十分だしな。ただ、王弟戦ではお前の力もアテにしているから、その時は頼むぞ」
「それなら大丈夫! 贅肉が相手だったら、良心の呵責なんてないよ!」
「そうか。それは頼もしいな」
その後も、散発的に遭遇する敵兵を打ち倒しながら進む私達だったが。
それは、何の前触れもなかった。
曲がり角を曲がったところで、声をかけてくる人物が。
「やはりクレアナード殿か」
苦々しい声で私の名を呼ぶのは、これまた苦い表情の勇者レオだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
時はしばし戻り。
「ぐふふ……お前の噂は聞いているぞ? 狼族の勇者、レオよ」
長椅子にだらしなく座る王弟バモンズが、傍らに控えさせる半裸の女獣人から果物を食べさせられながら、眼前にて片膝をつく狼族の大男を睥睨する。
「まさかお前ほどの人物が、わざわざ花嫁を送り届けてくれるとはなぁ」
「……期日が遅れに遅れたこともあります。これ以上、期日が遅れる事態を避けるためです」
「ほう……まあよいわ。我が手元にようやく花嫁が届いた、という事実だけが重要だからな」
途端に下卑た瞳となった王弟の視線に、人形と化しているレアンが映り込む。
いま彼女はぐったりとしており、数人の狼族たちが運ぶ担架に乗せられていた。
「ぐふふ……見た目は合格だ。体つきも、なかなかに良さそうだ。起きていればなんとも勝ち気そうだが……それはそれで、またソソられるわ。ぐふふ……」
「……閣下のお眼鏡に適い、我等狼族一同、心より……」
「ああ、良い良い! 世事はいらん。どうせ心にも思っていないのだろうからな」
「それは……」
言葉に詰まるレオは、しかしそれ以上の事は言えなかった。
王弟が指摘したことは事実だったからだ。
そういう反応をまるで気にしないらしく、王弟はイヤらしい笑みを浮かべる。
「ぐふふ……まだこんな時間だしな。まだそういう気分じゃあない。すぐに花嫁の部屋を用意しよう。ついでに、勇者殿たちにも部屋を用意しようじゃないか。ゆらりと休まれるが良い。今日一日くらいであれば、歓待しよう」
言外に、明日にはさっさと去れよとばかりな発言に、しかしレオや控える狼族の面々は、恭しく頭を垂れるのみ。
立場が、あまりにも違いすぎるからだった。
※ ※ ※
人形と化しているレアンは、身動きひとつ取ることなく、安らかにベッドで眠っていた。
そんな彼女の身の回りの世話をするのは、女性の狼族たちである。
男の狼族は別室にて待機しており、さすがにレオはその立場から監視する役目もあるために、女性だけの部屋であるこの場に姿があった。
バルコニーにて外の空気を吸うレオは、どこまでも表情が暗かった。
いまのレアンは安らかに眠ってはいるものの、夜になれば、絶望が待っていることだろう。
意識がないことが、唯一の救いだろうが……
(本当に、これでいいのか……)
これまでに何度も繰り返されてきた自問自答。
答えの出ない難題に、いつも逃げ口上とばかりに導き出されるは、村のため。
もはや……仕方がないことなのである。
「レオ。ここまできた以上は、もう後戻りはできないわよ」
静かな声音で言ってくるミゲルに、レオは小さく吐息。
「……わかっている。もはや悩んでも仕方ないことくらい……」
それでも思い悩むレオは、ふいに思い出す。
都市の通りを行く最中、あの女魔族や同胞の匂いが感じられたことを。
彼女たちはいま、この都市に潜伏している。
恐らくは、自分たちがこの城に来たことも、すでに把握していることだろう。
(クレアナード殿……この状況、貴殿は何を仕出かす……?)
警戒すると共に、僅かに期待をしている自分がいることに驚かされる。
と、そんな時だった。
今まで穏やかだった街並みが、一転して騒々しいものへと変わったのだ。
それに伴い、城内もが騒がしくなり始める。
明らかに只事ではない事態。
通路を慌ただしく行き交う兵士たちからは「反乱だ!」等と切迫した声が。
当惑する女獣人たちへと、レオは即座に指示を出していた。
「お前たちはこの部屋に留まり、レアン殿を警護してくれ」
「わ、わかりました……!」
「それでレオ殿はどちらに?」
「何が起きているのか確認してくる。決してこの部屋に誰もいれるな」
ミゲルと同化したレオは、勢いよく部屋から出ていくのだった。
※ ※ ※
「なんだとっ? その情報は本当なのか!?」
情報が錯綜する中、数名の部下を引き連れ廊下にいた隊長兵士は、もたらされた報告に声を荒げた。
報告を持ってきたその兵士は、焦慮を滲ませながらも頷く。
「物見からの報告では、間違いないかと」
「なんてことだ……反乱だけじゃなく城内の侵入者でも忙しいというのに……っ」
押し寄せる暴徒は辛うじて城門で凌いでいるものの、城内に侵入した者たちはどうやら二手に分かれているようで、対応が後手後手となっていたのでかる。
「なぜこのタイミングで……いや、それよりも! このことを閣下は?」
「通信機器がマヒしており、まだ報告が出来ていません」
「ならば、すぐに直接報告に行くしかあるまい。事が事だ。すぐに閣下のお耳に入れなければ──」
突如、前方の曲がり角から飛び出してきた女魔族が、火炎球を叩き込んでくる。
反応が遅れて爆発に巻き込まれたふたりが吹き飛ばされ。
間断なく床を這うような低姿勢で疾駆してきた少年魔族が、逆手に持つ短剣で、報告へ向かおうとしていた兵士の首を切り裂いていた。
「侵入者か! さっさと殺せ!!」
部下に指示を出しざまに抜剣しようとする隊長兵士なれど、足元の影から飛び出してきた黒の手によって拘束されてしまう。
「なんだこれは……っ」
動揺から思わず視線を黒の手に向けるものの、ハッとして正面を見やると、すでに眼前に女魔族が踏み込んできていた。
氷のような視線に射すくめられてしまった隊長兵士は、言葉を無くしており。
そんな彼へと、女魔族が蒼い雷を纏う剣を一閃していた。
身体を深々と切られ致命傷を負った隊長兵士は、吐血しながらも……
(氷のような美貌……まさか……)
実際に見たことはなかったが、噂で伝え聞いてはいたのだ。
魔族国で、最強を誇っていた女の魔王のことを。
まるで、氷のような絶世の美女だと。
だとしても、ひとつの疑問が残る。
失脚したと風の噂では聞いていたが……
(なぜ、ここにいるんだ……)
その疑問が解消されることはなく。
隊長兵士の意識は、そこで途切れるのだった。
謎の報告が王弟の耳に届くことはありませんでした。




