第5話 「魔王様、情報を集める」
前話のあらすじ:竜人姉妹と共闘関係になりました。
竜人姉妹と共闘関係になったとはいえ、下準備が必要であることに変わりなく。
逸る気持ちを抑えながらも、数日を情報収集に割くことになる。
失敗が許されない以上、準備に数日の時を要してしまうのは、仕方がなかったのである。
何が起こるかわからない為に、とりあえずは同じ部屋に居た方がいいだろうということで、私たちは宿泊施設の6人部屋を借りることに。
そしていま現在、この部屋にいるのは三人のみ。
私とウル、それにレイカという、珍しい組み合わせだったりする。
ダミアンとライカは情報収集に出向いているからであり。
単純に居残り組みは、隠密の分野である情報収集に向いていないためだ。
密偵という職業柄のダミアンはともかくとして、大雑把なライカもが得意だったのは驚きだったが。
アテナもいま姿が見えないのは、現地──城周りで張り込みをするダミアンへと、差し入れを持って行っているからである。
手持無沙汰の私たちは、それぞれが思い思いのことをして、昼下がりの午後を過ごす……
「…………」
レイカは自分のベッドに腰かけて、物静かに読書をし。
「ふんぬぬぬぅ! ふぎぎぎぎぎぃっ!」
なにやら、ウルが自分のベッドの上で踏ん張っていた。
顔を真っ赤にして歯を食いしばり、全身に力を込めて力んでいる彼女へと、私は驚きの視線を向ける。
「おいおい、どうした? ウル。トイレか? 我慢すると身体によくないぞ?」
「違うよぉ!? 我慢なんてしてないから!」
今度は違う意味合いで頬を赤らめたウルは、手振り身振りで説明してきた。
「獣化の練習だよ! 少しでも早く使えるようになりたくてさ!」
「なるほどな。で? いまの気張っている態度が、その練習になるのか?」
「うーん……わかんない!」
「は……?」
「いやだってさ。どうやったら獣化できるのかもわかんないんだよ? この前クレアと模擬試合した時は、知らない内に出来てただけだし」
「そうか……レアンは、具体的には教えてくれなかったのか?」
「気合いだ! だってさ」
「……らしい説明だな」
「そうだけどさぁ、そんなこと言われたってわかるわけないじゃん」
拗ねたように頬を膨らませたウルはベットに腰かけ、足をプラプラさせる。
「お姉ちゃんはさ、ちょっとガサツなんだよね。もうちょっと細かい事にも注意を向けてほしいよ」
「……まったくもって同感ですね」
読書していたレイカが本をパタンと畳み、会話に入ってきた。
「……私の姉も、大雑把すぎるのが玉に瑕なんです」
「お~~~! あたしとレイカさんって、同じキョウグウなんだね!」
「……困った姉を持つと、妹は苦労させられます」
「ほんとほんと! ほんとだよね!」
姉談義に華を咲かせるウルとレイカ。
一見すると合わなそうなふたりだったが、意外な共通点から距離が一気に近づいていた。
「……あの時だって──」
「そうそう! あたしもさ──」
「……それは惨いですね。かくいう私も──」
「まじかー! あたしのお姉ちゃんもさ──」
不平不満を言い合うふたりだったが、どことなく楽しそうなのは、やはり姉のことが好きなのだからだろう。
悪口であって悪口ではなく。
かといって褒めたたえるわけでもなかったが。
妹としての立場を共有するふたりの会話は、尽きることがなかった。
そんな彼女たちを前に、私は小さく自嘲。
(妹……か。ラーミアは私のことを、どう思ってくれているんだろうか……)
いま現在、魔族国において私の居場所を守ろうとしてくれていることから、悪く思われていることはないだろうが……
それでも、不安になってしまう。
私は、妹に十字架を背負わせてはいないだろうか、と。
妹を守るために、私の青春時代は消えたといってもいいだろう。
別にそのことで妹を責めるつもりはまったくなく、私が自分の意思でそうしたのだから、妹は一切何の気負いもする必要はないのだ。
私自身も、そんなことは求めていないのだが……
意外と妹は、負けん気が強く、責任感が強かったりするのだ。
(私の願いは、あの子が幸せになってくれることだけなんだけどな)
だからこそ私は、失脚した後、妹の世話になることはしなかったのだ。
私が傍に居れば、必ずトラブルに巻き込んでしまうだろう。
優しい夫と出会い、子供にも恵まれ、温かい家庭を築いているのだから、それを壊したくなかった。
それなのに。
私の想いとは裏腹に、いま妹は夫と共に、陰謀渦巻く策略の渦中にいる……
(私は、そんなこと望んではいないというのに)
まあ……散々国民の為に骨を折ってきたその結果が、弱体化したからもういらん、というのは、さすがに面食らってしまったのは事実だったが。
だから妹は、私以上に怒っているのだろう。
私を失脚させた上で情け容赦なく城から追放した、現魔王を。
とはいえ、ブレアと良好な関係を築けていなかった私の不手際も原因のひとつでもあるのだから、一概にブレアだけが加害者という認識は、多少は誤りかもしれないだろう。
いまにして思えば、認めたくないが……当時の私は最強魔王という傲りがあったようで、ブレアとの関係改善に着手しなかったのだからだ。
いざとなれば、どうとでもできる、と。
……恥ずかしいかぎりの失態である。
だから一方的にブレアを悪者にする考えは、少し違うのではないか、と最近の私は思うようになっていたりする。
こうして魔族国を離れ遠い地にいることで、私の考え方も少しは変わったのかもしれない。
まあ確かに、未だに私を狙ってくるのはしつこいと言わざる得ないが、そもそもの原因を作ったのは私であり、改善する機会があっても放置していた私の責任でもあるのだ。
ダミアンを通じて何度も私の旨を伝えているはずなのだが……残念ながら、妹は聞く耳を持ってはくれないようだったが。
(それだけ私のことを想って怒ってくれている、ということなんだろうが……)
だからといって。
何度も言うが、私はそんなことは望んではいないのである。
妹には、平穏無事な生活を送っていてほしかったのだから。
(やれやれ。現実というのは、ままならないもんだな……)
姉の想い、妹知らず、といったところか。
現に、私の目の前にいるウルとレイカは、レアンとライカへの口撃をヒートアップさせているのだから。
姉の立場として言わせてもらうと、さすがにそれは違うだろう、という気持ちになってくる。
(まあとはいえ。姉の側である私が、この会話に入るのは躊躇われるけどな)
いつ終わるとも知れない妹たちの不満合戦に耳を傾けながら、それを参考にする私は、自分の妹への接し方を改めて考え直していた。
ちなみに。
ダミアンらの連絡網は改善されたようで、各国に連絡役が配置されており、他国においては通信機を使って連絡を取り合い、魔族国内においてだけは、傍受をされないように直接マイアス宅へと赴くという形になっているようだった。
こうして連絡網が改善されたこともあり、私と妹が直接話す機会はないものの、多少のタイムラグがあるがお互いの近況を知ることが、出来る状況になっていたのである。
※ ※ ※
情報収集で忙しいダミアンとライカとは対照的に、暇を持て余している居残り組みの私たちは、レイカの提案もあり、この都市の冒険者ギルドに足を向けていた。
獣人国でも一応は冒険者として動けるようにしておいたら? と言われたので、暇つぶしがてら、というわけである。
ちなみにいま姿のないアテナはというと、精神世界に戻っていたりする。
ダミアンに差し入れを持って行った際にひと悶着あったようで、「精霊の自分はあまり外に出ない方がいいかもしれません」と言って、用があれば呼んでくれと。
確かに、この国で魔族と精霊が一緒にいれば、何かと目立ってしまうだろう。
いまは情報収集の最中なのだし、下手に目立つ行動は避けたほうがいいかもしれず、事が解決するまでの間、街中でアテナに実体化するのを控えてもらうのは、ある意味では正解かもしれなかった。
ギルドの壁には様々な内容の依頼書が張られており、その前には多くの冒険者たちが受ける依頼を探しているようだったが、なぜか彼らの雰囲気は暗かった。
舌打ちや顔をしかめながらも、しぶしぶといった感じで依頼書を手に、受注するべく受付カウンターへと。
「……これは、酷いな」
ひとつの依頼書の内容を見た私は、思わず呟いていた。
ウルも同様らしく、信じられないとばかりに目を丸くしている。
レイカはすでに知っていたようで、これといった反応はなかった。
「なるほどな。どうりで、冒険者たちの様子がおかしいわけだ」
報酬額が、明らかに低いのである。
少なくとも他国では、同じような内容で難易度の依頼ならば、この提示されている報酬額よりも2、3割は増していることだろう。
「信じらんないや。この依頼なんてさ、バーブルでならもっと報酬額高いよ」
魔族国で冒険者として生計を立てていたウルにしても、この国──というか、この都市での報酬額の低さは、驚きに値するものだったようである。
「まさかとは思うが……ギルドがピンハネしているのか?」
「……ピンハネした行き先がどこかは、わざわざ言うまでもないですよね」
「まじか……」
レイカの淡々とした指摘を受けて、私は愕然としてしまう。
王弟バモンズは、とことんクズということなのだろう。
「でもさでもさ? なんでみんな、報酬が低いのわかってて依頼を受けるんだろ?」
「……この辺り一帯では、このテンゼにしか冒険者ギルドがないからだよ」
姉への不満大会ですっかり仲が良くなっているのか、いつの間にかレイカの言葉遣いは、ウルに対してだけはタメ口に変わっていたりする。
「へぇーそうなんだぁ」
「というか、ウル。なんで獣人族のお前が知らないで、竜人族のレイカに説明を受けているんだ?」
「だってさぁ、あたしが冒険者になったのって魔族国に着いてからだし。だからそれまでは、冒険者ギルドなんて関係なかったんだよね」
「ああ、そういうことか」
言われてみればもっともな話だった。
冒険者ギルドに用があるのは冒険者だけであり、一般人にとっては無縁の場所なのだから。
「……クレアナードさん。とりあえず、この国での登録を済ませるだけでも意味はありますよ。この都市以外のギルドでしたら、ちゃんと正規の報酬額ですから」
「そうか」
「じゃ、登録しに行こ!」
「いや待て、ウル」
「ふえ……?」
元気よくカウンターへ向かおうとするウルの手を掴んで、引き寄せる。
「私は問題ないが、いまお前が登録するのはまずいんじゃないか?」
「どーして?」
「狼族の族長の一族ということがバレてしまえば、厄介なことになりかねん」
「あー……そっか」
ギルドと領主が繋がっているのだとしたら、その報告はすぐに領主の耳に届くことだろう。
そうなると、すぐに兵を寄越されかねないために、いまウルが登録するのは避けるべきなのである。
「じゃあ、クレアだけ登録するの? なんかズルっこくない?」
「いやいや、別にズルくはないだろう。それにせっかくここまで足を運んできたのに、何も収穫なしというのも骨折り損になるだろ?」
「ぶう……」
「……ウルちゃん、今回の件が片付いてから登録したとしても、遅くないと思うよ」
「レイカがそういうなら、そうする……」
まるでレイカが姉のようだな、と思いつつ、私は受付カウンターへと。
竜人姉妹は以前にも獣人国を訪れているようで、その時にすでに登録を済ませているらしく、いま登録するのは、何の問題もない私だけである。
いつも通りの手続きを済ませた私が戻ると、何やらレイカがひとりの獣人に絡まれていた。
周囲にいる冒険者たちは、よけいな諍いに巻き込まれたくないとばかりに、見て見ぬふりである。
「……いい加減にしてくれませんか?」
「はあっ? ふざけんなよっ! てめぇら姉妹のせいだろうが!!」
息巻いてくる獣人に怯えたようにウルがレイカの影に隠れており、しかし当のレイカは何ら態度を変えておらず、むしろ辟易している様子だった。
そんな彼女の態度が癇に障ったらしく、獣人が彼女の胸倉をつかみあげた。
「あの時てめぇらが裏切ったせいで、俺らのパーティは全滅しちまったんだぞ!? わかってんのか!!?」
発言から察するに、どうやら以前、竜人姉妹とパーティを組んだことがあるひとりだったようである。
全滅という言葉から、彼以外のメンツは亡くなったということなのだろう。
顔に唾が飛んでくることに顔をしかめつつも、一切怯んだ様子のないレイカは、相変わらずの無気力な声で反論。
「……裏切ったも何も。あのままダンジョン攻略を続けるのは無謀と主張したのに、私たちの意見を聞かないから、私たちは先に戻っただけですけれど」
「そのせいで俺らは全滅したんだよ!」
「……私たちが離脱した後でも、攻略を継続する判断をしたのはご自分たちでしょう?」
「うるせぇ!」
「や、やめなよぉ! レイカは悪くないよぉ!」
「ガキが黙ってろや!!」
「ひっ──」
思わず飛び出したウルが割って入るものの、激高して我を忘れているのか、獣人が小さな狼少女へと拳を振り上げる──しかし、その拳が振り落とされることはなかった。
寸前で、私がその獣人の腕をとっていたからだ。
「さすがに、子供に手を挙げるのは大人気なくないか?」
「部外者は黙っててもらおうか!」
「このふたりは私の連れなんだ。ならば私は、部外者じゃないと思うが? ──というか」
私はそこで、意地の悪い笑みを浮かべた。
「まだ気づいていないのか? 私が止めていなかったら、今頃お前の胴体は真っ二つだぞ?」
「なにを言って──なっ!?」
絶句する獣人の胴体には、いつの間に抜き放っていたのか、レイカの対の小剣の切っ先が当てられていた。
刃と触れている部分の衣服が、はらりと垂れ下がる。
「「「おお……」」」
披露されたレイカの腕前に、傍観する冒険者たちから小さな歓声が。
「……いい加減にしてください。文句があるなら、姉の方にどうぞ。きっと私と違って、友好的に相手をしてくれると思います」
「くそがッ! どっちが姉か妹かなんて知るかよ! てめぇら、ロクな死に方しねぇぞ!!」
負け惜しみに捨て台詞を吐いた獣人は、踵を返してさっさと立ち去って行く。
面倒くさそうに吐息するレイカが対の小剣を鞘にしまい、ウルがそんな彼女へと輝く目を向けていた。
「いつ抜いたの? ぜんっぜん見えなかったよ! もしかしてレイカって、とっても強いの!?」
「……うん。私は強いよ。とっても」
「おーーー! ねえねえ! あたしと練習試合しようよ! ね!」
「……今度ね」
我が儘な子供相手への逃げ口上を口にするレイカに、私は内心で苦笑だった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「すごいな、ライカさんは……」
ガードレールに腰かけてサンドイッチを食べながら、さりげなく周囲を注視するダミアンは感心していた。
彼の視線の先にいるのは、ひとりの竜人女性──ライカである。
驚くことに彼女は、変に演技するでもなく自然体でもって街並みに溶け込んでおり、城の周辺をうろついていてもまったく不自然じゃなかったのだ。
表現するならば、暇を持て余している冒険者が城の観光に来た、といったところだろうか。
「ある意味、天性のものなのでしょうね」
ダミアンに差し入れを持ってきたアテナは彼の隣に腰かけており、通りを行く人々から好奇の目を向けられてくるが気にならない様子で、マイペースでもって溜め息ひとつ。
「クレア様にもあそこまでとは言いませんが、もう少し社交性を持っていただきたいものですね。そうは思いませんか? ダミアンさん」
「いや、俺に同意を求められても、返答に困りますよ……」
ダミアンが困り顔になっていると、そんな彼らへと話しかけてくる人物がいた。
「精霊を連れてるなんて珍しいな? しかも子供の魔族とは」
身なりから、城の警備兵だろうことが見て取れた。
巡回兵、といったところだろうか。
声をかけられたことに内心で舌打ちしつつ、ダミアンは立ち上がる。
「えっと……」
「少年。その精霊、いくらなら売る?」
「え……」
「俺が買ってやろうっていってるんだ。ほら、早く答えろ。子供じゃ絶対に稼げない額の代金を払ってやるよ」
城に仕えるていると、金回りがいいのかもしれない。
ただの巡回兵でさえ、この態度なのだから。
とはいえ……これは困った事態だった。
当然ながら、ダミアンにアテナを売る気はないし、そもそもがそんな権限もありはしないのだから。
それに、ここで下手な断り方をして騒がれると、今後の活動に支障をきたすことだろう。
(どうしよう……)
すると突然、アテナがダミアンの後ろから抱きしめてきた。
「え……」
「申し訳ありません。私たちは特別な関係なのです。それで故郷から逃げてきたのです。どうか見逃していただけませんか?」
「逃げてきただと……?」
「私たちに関わらなければ、貴方には何の迷惑もかかることはないでしょう」
言外に、関わればよけいな面倒事に巻き込まれるぞ、と言われた兵士は、口惜しそうにしながらも引き下がると、さっさと立ち去っていく。
所詮は偶然の出会いによるただの興味本位であり、面倒事に巻き込まれるのは御免被るというわけだ。
「あ、あのアテナさん。俺の後頭部に、その、当たってるんですけど……」
「ええ。わかってやっています」
「えっと……」
「冗談はさておき」
すうっと離れたアテナが、ダミアンへと頭を下げてくる。
「申し訳ありませんでした。私のせいで目立つ結果となってしまったようで」
「あ、いや、そんなことは……」
「だから責任をとって、事態を収めたつもりなのですが」
「ああ、それでさっきの説明に……」
「このままここに留まると、また余計な事があるかもしれませんので、私はこの辺で」
去っていくアテナの後ろ姿を見やりながら、ダミアンは無意識に後頭部を撫でているのだった。
彼にはラッキースケベ体質があるのかもしれません。




