九十話 『宗及ノ鉄砲』 一五六十年・吉乃
「種子島・・・?」
包みの中は、鉄砲だった。
銃身の鈍い輝いていて、木材の土台は削ったばかりの木特有の匂いがかすかに残っていた。
煤も一切ついていない。拭いた後もない。
未使用の、作られたばかりの鉄砲だった。
「近江国友村で作られた、鉄砲でございます。まだこの世のどこにも出回っていない、うちが入手した最新のものですな」
誇らしそうに、宗及殿が説明してくれた。
ここ十年ほどで日ノ本に出回った南蛮の真新しい武具、鉄砲。
畿内で精力的に作っていることは、商人として話には聞いていた。
宗及殿が店を出している堺の町もそうだし、京の本能寺や、さまざまなところで大名商人が銭を出して種子島の生産場所をこしらえているらしい。
その中にひとつ、近江の国友村というところも近頃鉄砲を作り始めていると聞いている。
元々、鍛冶場の村だった国友は、その腕が鉄砲の製鉄と相性が合っていたみたい。
けど・・・
「その鉄砲が、どうなされたのですか?」
私は、宗及殿の狙いが読めなくて首をかしげる。
確かに真新しいもので珍しい武具ではあるけど、そのように期待を寄せて見せられるようなものじゃない。
この津島にだって、種子島を扱う商人は何人かいる。織田家だって、何丁か持っているはずだ。
「ただの種子島ではございません。国友の腕の粋を集めて作らせたものでありましてな・・・今までの種子島とは比べもんにならぬ、戦自体を変えてしまう武具でございます」
「戦を変える・・・種子島がですか?」
「ええ、これまでの刀槍弓矢はこの鉄砲に取って代わると、手前は思うとるのです」
私はいまいち、理解ができなかった。
鉄砲が、戦を変える・・・? ましてや槍や弓に取って代わるなんて・・・?
確かに、鉄砲は新しい武具だ。
だけど新しいがゆえに、使い勝手がとても悪い。
戦のこともてんで知らない女で商人の私ですら、そのくらいは容易に想像がつく。
まず、鉄砲じゃ敵は殺せない。
着物のみの無防備な姿ならともかく、通常武士は甲冑を着ているはずだ。鉄板で出来た甲冑を、鉄砲の弾が突き抜けるには、ある程度近い距離で撃たなければならない。
七十間 (130m)も離れてしまえば、確実に敵を殺すことは出来なくなってしまう。
そして仮に近い距離まで敵をひきつけて、種子島で撃ち殺したとしても。
種子島は、次の弾を撃つまでに酷く時がかかる。
銃身を掃除して、玉薬 (火薬)を入れて、弾を入れて、火縄を新たにかけて・・・どんなに手際よくことを進めても、いざ戦になればその手間が致命的だ。
敵は一人じゃない。軍勢で、攻めかかってきているんだ。
一人殺せたところで、玉入れに手間取っている間に他の敵に討ち取られてしまう。
離れれば、敵を殺せない。
近ければ、玉入れに手間取って役に立たない。
撃った時のその大きな音で、敵兵や軍馬を驚かせることはできる。
お侍が鉄砲を使うときは、そういった敵に威圧をかける用途が大半だ。
そんな武具を、宗及殿は誇らしそうに私に見せびらかしている。
戦を変えるなんて、大きなことを口にして。
「今までの鉄砲と変わらぬと思うてくださいますな。この種子島は今までの倍、玉薬を込めてもびくともせぬ丈夫な作りでしてな。弾薬を多く込められる分、威力も射程もこれまでの比になりませぬ。玉が届くだけなら百間 (220m)先まで。五十間先の敵なら、確実に撃ち抜ける代物でございます」
五十間先の敵を撃ち抜ける・・・それはすごい・・・
すっと、宗及殿は私が手にしている種子島を奪い取って
「この距離ならば、強固な城の門ですら、撃ち抜けるのでございます」
銃口を私に向けて、にやりと笑った。
とっさの出来事に私は思わず肝を冷やしてしまう。
弾が入っていないとはいえ、そんな物騒なものを女の私に向けないでほしい・・・
「手前どもが駿府に参ろうとしておったのは、この種子島を今川様にお届けするためでございました。まさか、尾張で足止めを食らうとは思うておりませんでしたわ」
そう、だったんだ・・・
そりゃ、帰蝶さまの前でそんな話はできないよなぁ・・・
「でも、それは変な話ですよ」
ふと浮かんだ疑問を、私は口にする。
「宗及殿は今川へ武具を届けに参られたのに、どうして駿府へ赴けないのでございますか。今川が戦支度をしているのなら、むしろ宗及殿には早く種子島を持ってきてほしいはずです」
「手前も、それが不思議に思っとったのです。ですが・・・先程のことで、得心致しましたわ。手前どもは、きっと今川様に諮られたのございましょうなぁ・・・」
「諮られた・・・?」
「手前は商人でございますし、戦のことはてんで無知でございますが・・・商いの謀事なら、多少覚えもございます。手前どもはきっと、この津島を殺す『毒』なのでございましょう」
宗及殿は、確かに言った。
自らを、『毒』と。
「ある意味今川様は、この種子島を撃つよりも多くの者を死に追いやる使い方をしておるのでしょうな」
「どういう、ことでしょうか・・・」
「先程の女性が、申しておりましたな。今川様は、この津島を灰燼ひとつ残さず潰すつもりだと」
私は、宗及殿の話に耳を傾けながら頷く。
「ですが手前の見たところ、この津島は商人が治める町でございましょう? いくら織田に親しいと申しましても、その自治は吉乃殿ら商人が担っておる――堺と同じでございますな。ここは、どのお武家様にも属さぬ、中立の町です。その町を、今川様が焼いてしまってはあまりにも風聞が悪い。事実がどうであれ、形式は力のない商人の町を武家の軍勢が焼き払うこととなる」
そうだ。
武家が商人や市井の民に手を出すことは、さすがに道理にもとる。
今川が兵を出すのはあくまで織田家から領地を奪うためであり、尾張の民を虐殺するためなどではない。
尾張に攻めた軍勢が、無辜の民が数多くいるこの津島を焼くなんてことになれば・・・今川は、周囲の国から非難を受けるに違いない。
海道一の弓取りと名を馳せた大大名であるから、その分その失墜もきっと大きくなる。
今川だって、それだけは避けたいはずだ。
「ところが津島で、この最新の種子島が数多く見つかればどうでございましょう・・・? 今川様が尾張を攻められ、この津島を征服したとき、そこに手前ども堺の商人と、大量の鉄砲があれば・・・」
「それって・・・っ」
宗及殿の仰っしゃりたいことを察して私は、つい息をのんでしまう。
それって・・・言い逃れのできない、最悪の状況じゃない・・・
今の今川には、津島を焼く大義がない。この津島が中立の商人の町で、今川と織田の戦に何も関わりがない以上は。
でも。もしも。
この鉄砲を、今川に見つかれば。
津島が、積極的に戦に加担している絶好の証となる。
津島の町が、武具兵糧を尾張に持ち込んでいるから尾張は乱れるのだと。
津島が、その元凶なのだと。
そう、言われてしまえば。
津島の町を潰す、大義名分を今川に与えてしまう――
今川義元は、ここぞとばかりに津島を潰してしまうだろう。
・・・っ、そこまで謀事を練って、宗及殿を尾張で足止めしているなんて――――
「端から、今川様の狙いはそこでございましょうな。手前どもも、吉乃殿ら津島のお方も、商人はみな海道一の弓取りにしてやられましたな」
これが、海道一の弓取りの計略・・・
私たちは始めから、今川義元の権謀術数の中にいた。
戦は、武士が戦うだけのものじゃない。
武家も、商人も、誰もかもを巻き込んで、今川義元は着々と尾張を陥れようとしている。
私たちの、商いですら。
今川義元は、己の戦の道具にしたんだ・・・
とても、悔しい。
悔しくて、悔しくて、堪らない。
私たちは、一所懸命に商いをしているというのに。
私たちの商いによってみなに富が巡っていくようにって。
誰も彼も、商人もお侍も百姓も。みなが豊かになって笑えるような国を、世の中を、そういうものを私たちの商いによって生み出していくんだって。
それはとても尊くて、崇高なものだって想いを持って。
商人であることの、誇りと矜持を持って。
私たちは、日々商いを重ねているっていうのに――っ!!
こんな、私たちの商いを貶めるような真似をされて・・・っ!!
「・・・宗及殿は、どうなされるおつもりですか? そこまで、今川の狙いをお察しになられて」
私は、唇を噛みながら宗及殿に尋ねる。
「そうですなぁ・・・まぁ、多少今川様に腹も立ちますが、手前は堺の商人でありますからなぁ・・・商いが出来ないとなるなら、早く堺に戻るべきだと思うております」
当然の、理屈だと思う。
宗及殿は堺の商人で、お侍でもなければ尾張の民でもない。
この尾張にも、そして織田にも今川にも何一つ義理なんて持っていない。
商人なら、商いが出来ないと知れば堺に引き返すべきだと私も思う。
今川の仕打ちに、腹立たしく思ってもいるのだろう。
けど、宗及殿だって商人の矜持をお持ちのお方だ。
一時の激高に流されて、首を突っ込まなくてもいいところにまで首を突っ込むことをしないはずだ。
私たちは、武家じゃない。
商人なのだから。
「・・・ただ」
そこで言葉を切って、宗及殿はじっと私の顔を見つめていた。
その瞳は、ただじっと前を見据えていて。一寸も、視線を揺らさない。
「このまま黙って帰ろうとは思うておりません。手前も、商人の端くれ。何も出来ずに売り物と一緒に堺へ逃げ帰るのは、あまりに情けのうございます」
それは、商人としての面子の話だ。
わざわざ、遠く堺からこの尾張・・・そして目的地は駿府まで足を運んでいるんだ。
なのに何も売れずに手ぶらで戻るなんて、私だって宗及殿の立場なら情けなくて店に帰れないと思う。
商いは、私たちにとってお侍の戦と同じだ。
負けて逃げ帰れば、その先に待つのは身の破滅だけ。
まして、商人は噂話を食って生きているような生き物だ。
手間を掛けて駿府まで赴いたのに無銭で帰ってきたなんて噂が流れば、その後の商いにも大きな影響が出るに違いない。
堺の大商人である宗及殿にとっては、そんな噂ひとつだけでも店の名に大きな傷がつく。
店が大きければ大きいほど、ひとつの綻びが大きな穴に繋がっていく。
なにかひとつ、一矢報わなければいけない。
でないと、きっと商人じゃない。
「そこで、吉乃殿にお話があるのでございます」
宗及殿は、鋭い視線を向けてじっと私の顔を見据える。
手にしていた種子島を、そっと目の前に置いて。
「手前どもが今川様にお売りするはずだったこの種子島、その数、五十丁。生駒屋さんにお譲りたいと思うておるのです」
変わらぬ丁寧な物腰で、確かに私にそう告げた。




