金の槍、銀の槍
カルデラ湖の中央、靄が晴れた先にその人影は立っていた。
そう、立っていたのだ。カルデラ湖の水の上に間違いなく、もっとも水深が深いであろう湖の中央にその人影はただ静かに立っていた。
湖の中央に佇むその姿は神々しく、女神のようにも見えた。
赤褐色の髪、整った美しい顔、植物の装飾のついた白のベール、白と緑を基調としたドレスにも金色の刺繍で植物の葉や蔦などを模した模様が入っている。その両手にはそれぞれ金色の槍と銀色の槍を持っていて、その槍からは見るものを圧倒するかのような圧を感じられた。
なぜ?なに?どうして……?紬の混乱は加速する。見知らぬ人影が唐突に雷と伴に現れたのだ。混乱するのも無理はない。ましてその人物は槍という武器まで所持している。
どこから?どうやって?少なくともカルデラ湖の中央に今まで隠れていたなんてことはないはずだ。
紬の知りうる知識では理解できない何かが起きている。見た目は人のように見えるが、本当に人間なのだろうか?
遠くからでも感じ取ることができる圧倒的な存在感。今まで紬が遭遇してきたどの存在よりも格が違うのだと本能的にわかってしまっている。
そして彼女は動き出す。なにかを探すようにあたりを見渡していたかと思うと、掴んでいた槍の柄から指が離れる……。支えを失った金の槍と銀の槍が湖の水中に落ちる……ようなことはなく、ひとりでに浮き上がり彼女の周囲に浮遊し始めた。
そして彼女は空となった手を空中に付き入れた。空中に開いた穴としか言えない得体の知れない穴に手を突っ込んでいるように見える。彼女の手の先は穴から先は見ることができない。異次元空間。どこかの猫型ロボットの何でも入っているポケットのように、その穴は別の空間につながっているように見えた。
そして彼女が穴から引き抜いた手が持っていたものに紬は見覚えがあった。
赤く分厚い本。赤いハートカバーの装丁の表紙に三文字の漢字でタイトルが記されている本。
『龍辞苑』……。彼女の取り出した本は紬がこのカルデラ湖に投げ捨てた本と同じものに見える。
そして彼女が静かにその本を開いた……。




