その315 好奇心では死なない猫
そういえばそうだった! ナナっさんはおちゃめ機能全開な人なのだった!
考えて見ればトイレに居座った幽霊を把握した上で、あえて放置していることに、違和感を覚えるべきだったかもしれない。
本当に幽霊だったらナナっさんは普通に祓っていそうなものだ。
今頃あの人、おまぬけな私の姿を想像してほくそ笑んでいるのかなぁ……。
どうせならその顔が見える位置にいて欲しかった! 眼球に焼き付けるから!
「まあ、ナタ学院長もゲームで完敗したのは本当に悔しかったと思いますよ」
「ええ、デュエルは常に本気なのは当然です。決闘者ですから」
「その謎のポリシーは分かりませんけども」
「というかポチが徒歩で消えてしまったのですが、ここから私たちどうすればいいんでしょうか?」
流石に幽霊だと思っていた人が徒歩で去っていくとは思っていなかったもので、私はまだまだ混乱している。
約束通りなら記憶を消して貰える手筈なのですが……。
「多分、主人のお店に帰っていると思いますよ」
「やっぱりガチ帰宅だったんですね……では私たちもpoachに移動しますか」
「ええ、それがいいと思うのですが……その前に、ラウラ、最後に確認しておきたいことがあります」
「角煮でも確認でも何でも来いですよ」
「食べたいなら今度作ってあげますが……さておき、記憶についてです。本当に消してしまっていいんですか?」
ずいっと顔を近付けて念押ししてくるヘンリー。
これだけの至近距離で見ても崩れることのない圧倒的な美顔に私は思わずくらくらしてしまう。
芸術品を見て眩暈を覚えることをスタンダール・シンドロームと言うのだけど、その感覚に限りなく近い!
まあ、あれは天井画を長く眺めるせいだと言われているのだけど、その場合でも私の視点が低すぎて常に上を眺めている状態なので間違ってもいない。
常時天井画を眺めている感じだったのか、私は!
「ラウラ? 何故頭を揺らしているのですか?」
「い、いえ、いつも芸術館気分だなんてお得だなって思って……えっと、記憶ですね? はい、全然消しちゃっていいですよ。そもそも、もう覚えていないものですからね。間違いなく黒歴史ですし、思い出さなくてもいいと言う方が正しいかも……」
「貴女のそういう軽いところは非常に魅力的ではありますが、逆にこっちが不安になってしまうんですよね。記憶を失っても、貴女は立派なものでしたよ」
更に念押しするヘンリーの顔は真剣そのもので、軽く答えてはいけないと思った私は、再度考えてみることにした。
どうやらヘンリーは私の記憶を消すことに躊躇を覚えているらしい。
気持ちは分からなくもないけれど、私の視点からすれば既に消えているような記憶なので、別段思い出したいとは思わないのだ。
それは記憶がない状態の私を見たくないと言うのもあるのだけど、それ以外にも理由があって──
「──だって、ヘンリーにとって思い出して欲しくない記憶なんですよね? だったらその記憶は私にとっても思い出す必要のない記憶です」
推しファースト、それが私の偽りざる本音だった。
彼にとって嫌な記憶なら、私も見る必要はない。興味がないと言えば嘘になるけれど、そんな私如きの好奇心は些末な問題だ。
「……それを本心で言っているのがラウラの怖いところですね」
「怖がられても困りますけども!」
幽霊と言うことでさんざん恐怖してここに来た私だけれど、今度は逆に何故かヘンリーが私を恐れていた。
本当に何故? 見た目は暗めで多少お化けっぽいかもしれないけども!
長めの髪で貞子の真似が出来るのが特技です!




