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闇路作法  作者: 野中
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四幕

如月一清。

その一党は、謎と神秘とに合体した存在である。

生きて動く神話だ。

古株の盗賊たちの間でも、彼らのことはつかめない。

それが常識である。






しかしその伝説も、今宵で終幕だ。






炎が押しかけてくる家屋の中、襖を蹴破った男たちは、火の海の真ん中に黒々と凝固する影を見た。

数は、ひとつ。

影はヒトの形をしている。

長身、蓬髪。青年だ。

露な顔立ちは、端正である。

飛び込んできた男たちを見ても、自若として動じない。


だが、現れた男たちの顔ぶれをつらつら眺め回したときいささか落胆したようだ。






「…なんだ。まだ来ないのか」






不敵な呟きを落とし、青年は周囲を舐める炎の舌など見えないかのごとく立っている。

いや、その青年こそが、より正しい火炎の化身とも見えた。

まるで炎を従えているように、見る者の意識を制するのだ。

しかし、そのようなことはあり得ない。

そもそも火は、飛び込んできた男たちが放ったものだ。


彼らは今宵、この屋敷に如月一清の一党が現れると聞いた。

無論、はじめは話半分に聞き流した。

あの一清がそう簡単に、尻尾を掴ませるはずがない。

だが、万一事実なら。






如月一清。神出鬼没の無双の男。






彼を、もし討つこと叶えば。

名を上げるには、一清は極上の贄だった。

生唾を飲み込み、男たちは刃を抜き払う。彼らは察した。

ここに、たった一人残っている黒尽くめの男こそが、如月一清そのヒトだと。

刃の切っ先が、すぐにでも届く距離だ。






数刻前。

彼らは見ていた。

複数の影が巣へ帰る鳥のように、間断なく屋敷へ飛び込んでいったのを。

間違いない。

あれは、如月一清の一党。

情報は、真実だった。


動きがなくなったのを見計らって、火をつけた。

屋敷の人間のことなど考えていない。

狙った獲物の退路を防ぐことができればそれでよかった。






だが今、目前に立つのはただ一人。

他はどこに隠れたのか。知らない間に逃げ去ったか。

だが、どうやって。


…頭領だけを置いて?


「火をつけたのは、アンタ方なのかな。あの子がこんなことするとは思えないし。ふうん。まあいい。ついでだ」

凝固した黒炎と見えた一清の姿。

言葉を切ると同時に、男たちの視界からそれは消失した。

彼らが現実の認識に驚愕する前に。


一清の声が、彼らの背後から流れた。




「掃除、しておこうかねぇ」




声音は、叡智の明るさを湛えながら、酷薄な静謐に満ちている。

一清の片手が翻った。

男たちが振り向く直前。

複数の心臓が、背中から貫かれた。

ほぼ同時に、全てが動きを止める。


多方向への刺突は、刹那に為された。

まるきり無防備な身体は、遊びに用意された的のようだ。


凶行に及んだ一刃。

血塗れたそれが鞘に納まる間に、振り向こうと動きかけていた男たちの身体が、くるりと回り、よろめきながら崩折れる。


黄金に澄んだ火に埋もれ、浄化されていく彼らを右京は無感動に見下ろした。


今夜の仕事は成功だ。

が、裏で一清たちの動向がもらされたのは間違いない。


小雪か。そうとしか、考えられないが。


右京は首を捻る。

他者を巻き込むことなど、小雪は不本意と思う女だ。

一清の命を他者に任せるくらいなら己で、と考える。


彼女なら。


無論、小雪に情報を与えた時点で、相応の覚悟はあった。

だが今宵のすべてが小雪ゆえとは、右京にはどうしても考えられない。


情が深く潔い、物事に体当たりで立ち向かう小雪。


彼女に策を弄するやり口はあまりにそぐわない。

しかも、まだ小雪は姿を現さないのだ。

これだけの騒ぎになったと言うのに。


部下たちは、先に去らせた。

複数、待つ気配が残っているが。

何が起ころうと手出し無用と言う右京の厳命には従うだろう。


だが、小雪は彼らを警戒しているのかもしれない。

それとも何か不測の事態が起こったのか。

情報を与えたことで、小雪に危難が及んだ可能性も無視できない。






不安が胸を噛んだ。顔に子供じみた心脆さが浮かぶ。






その視界の隅を、動くものが過ぎった。

炎ではない。ヒトの形をしていた。女だ。小雪か。


右京は息をひいて、そちらへ顔を向けた。


一面、炎の海。

しかも、いつ崩れてもおかしくない家屋の中だ。

というのに、右京は安堵した。

小雪が無事だったことに。


意識が一斉に、女の姿を追う。

その時。






柱が倒れかかった。右京目がけて。

無論、火柱だ。

音はなかった。

間近に迫る直前まで、右京はそれに気付けなかった。

周囲の倒壊にも動じず、立ったまま炭化する柱だ、と警戒の範疇外へ置いていたせいだ。


かろうじで、真正面から受けるのは避けた。

それでも、右京は火柱に押し倒される。

衝撃に、息が詰まった。


動けない。焼ける。


身体を、灼熱の細い芯で無数に貫かれたようだ。

だが右京は、声を出さない。

表情も変えない。

柱の下から抜け出るべく、冷静に思案する。

右頬の下辺りが、焼け爛れて無惨な様相を呈していた。

柱の下敷きとなった肉体も似たようになっているだろう。

それでも、右京は動じなかった。

動じなかったが、これはまさしく、死闘。


彼のそばに誰かが立ったのは、その時だ。


相手は抜き身の刃を持っている。

刃の、炎の中でも冷たい輝きが視界を射た。

絶体絶命の袋小路を前に、右京は笑う。

名乗り合いはしない。

呼びかけもしない。

だが、右京にはそこにいるのが小雪と分かった。


待ち人、来たる。


しかし実際のところ、右京には計画などない。

再度小雪と対峙して、どうするかなど、考えていなかった。

ただ、魂の根源から盗賊である一清として向き合えば、小雪と刃を交える覚悟も定まるだろうと思っただけだ。


昨日、覚悟がなかったのは右京の方だ。


だが、甘かった。悟らずを得ない。

右京には斬れない。小雪を斬ることはできない。


無論、一清としても。


右京に、殺人に対する禁忌などなかった。

生きるための技術だ。

石を打って火を起こす。

そういったこととなんら変わらないことだ。


だから一年前、小雪に手を差し伸べたのは、贖罪ではない。

あのとき、小雪が何者か、右京は悟っていた。

にも関わらず、彼女を連れ帰った理由は。






大半は、気紛れ。それを操ったのは、憐憫と、小雪に対する好奇心。






今にも消え果てそうな少女が、本当に盗賊なのだろうか。

闇の、同族なのだろうか?

小雪は、苛烈とも残忍とも無縁に見えた。

むしろ、羽をむしられ、翼を折られた小鳥。

彼女の中に垣間見えたのは、童めいた無力さだ。


小雪の流した涙は清かった。

それを目にしたとき、右京の中にはじめて息づいた感情は罪悪感だったか。


懸命になり、のめりこんだのは右京の方だ。

徐々に感情を取り戻していく小雪。


そこに右京は、安らぎを得た。


右京のような者でも、誰かを手助けできるのだと。





ただ優しくあることもできるのだと。






今までの彼とは全く無縁と見えたものが右京の内側から生まれ落ちた。

対象が、小雪以外の誰かだったとしても同じように感じたか。

おそらく、それはない。


小雪なればこその。


小雪は漫然と生きていた右京に、光を教えてくれたのだ。

それは彼の中から照射する。


内部で突如息づき始めた根強いもの。


一時手元に囲い、飽きるか、危険になれば、殺せばいい。






割り切っていたはずなのに。






小雪はそれをあっさりと踏み超えた。

右京は薄く笑う。


今は別の意味で割り切れていた。





己を殺すのが小雪なら、いい。


小雪になら、許そう。






思った右京の耳を音が掠めた。

刃が、大気を切る音だ。






それは右京の意識の糸をも切って、失せた。








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