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乙女と恋と愛と Ⅵ‐Ⅱ



完全に油断していた。



リオの話に大人しく耳を傾けていたロザリーに、誰もが拘束の手を緩めていたのだ。

最後までロザリーの肩に触れていたアレンも、治療が終わって大人しくなった女性をいつまでも押さえつけてはいなかった。

シスターたちを守る駐在所のメンバーとしてあってはならない失態に、誰よりも顔を青くしてロザリーを止めようと動いたが、間に合わず。


初速と火事場の馬鹿力で、ロザリーは手を伸ばした。


ベッドを転げるように落ちて、自分の腹に刺さっていたものへと。

そこへアルベルトたちが入ってくる。

ロザリーは自分の首へ刃を当て、ゆっくりと後ずさり、距離を作っていく。


彼女は、リオの説得がうまくいかない時は、はじめからこうすると決めていた。



「あの子に……あの子に…シスターを攫うよう、仕向けたのは、私です…!!」



ゆっくり、力強く、はっきりと述べたロザリーの姿は、潔ささえ漂わせていた。

それが真っ赤な嘘だとわかっていても、信じ込ませる力強さがあった。



「あの子は、ユリアンは何も知りません。私があの子にわからぬよう、仕組みました」


「おばさん!!」


「来ないでっ!!」



とうに血の気は失せ、脂汗に濡れた髪を張り付かせたロザリーは、アルベルトのよく知る、気心の知れた優しいおばさんとはまったく別の顔をしていた。

本当は、とてもじゃないがこんな向こう見ずで危ういことを出来る人じゃないことを、アルベルトはよく知っていた。


突然屈み、両手両膝をついたアルベルトにテレーゼは目を見張る。



「ごめん、ごめんおばさん!!エラが、本当に申し訳ありませんでした…っ」



アルベルトは謝罪していても、頭は下げずに彼女から目を逸らしていない。

それを見たテレーゼは、この場にいる全ての位置関係を素早く把握した。


ロザリーは壁を背にテレーゼたちのいる入り口から最も遠い場所におり、その少し手前には倒れて治療道具の散乱した台車。

それからアレン、リオ、エイプリルがおり、シーツの落ちたベッドや椅子などがある。

ロザリーとアレンたちの距離はほんの数メートルだが、テレーゼたちはそのまた数メートル離れていて、ロザリーとの距離はまだかなりある。



(こんなことならもう少し様子を見てから入るんだった…)



治療所の入り口はあの扉だけだったが、魔術師を呼べば壁をぶち壊して入るなり出来たものを…



(いや、壁もかなり強固に作られていたはず…一瞬で壊せる魔術師は少ないか。なら、どのみちこうなったかも)



防犯上、出入り口が一箇所なのが仇となった。

対聖職者誘拐を考えられての構造で、転移魔法でも使わなければ逃げ道をひとつに絞れる。

危険人物が治療所の外にいれば、中から扉を閉めれば篭城もしやすい。

窓は広い天窓のみ。

しかも60年程前までは礼拝堂だったものを改装して使っているため、天井はかなり高い。


そのため、テレーゼたちは半分程開けてある入り口からしか中の様子を知る手立てがなかった。

彼らが到着したとき、既にロザリーの手に凶器はなかったのだが、シスター・エイプリルとアレンの身体でロザリーとリオの姿がほとんど見えなかったのだ。

凶器がどこにあるかの特定もままならず、仕方なく犯人の精神状態が落ち着くまで待ったのだが…



おそらく彼女の上司は魔法で盗聴して事態を把握しているだろうが、死のうとしているのは、あろうことか教会に武器を持ち込んだ侵入者。

しかも、聖職者に便宜を図らせるためにやってきた被疑者の親族。

あの上司が応援をよこすとは、テレーゼには到底思えなかった。

騎士のアルベルトはともかく、保護課のテレーゼの仕事はあくまで聖職者の保護だ。

罰することはあっても助ける義理はないし、あの母親が嘘っぱちの自供をして自害しても、はっきり言って無意味だ。

そんなものに揺り動かされるほど、保護課の仕事は甘くない。



(それどころか、今頃腸煮えくり返ってんでしょうよ…)



正直言うとテレーゼだって、死ぬなら一人で勝手にひっそりやってくれと思う。



(けど、今後を考えると出来れば生きて確保したい)



これはテレーゼの推測だが、アークライトはこれから自分たちが守っていくことになる少女の心内も見定めるつもりでいたに違いない。

結果、少女の覚悟は彼の期待していた以上だっただろう。

アルベルトが惹かれるのもわかる気がした。




「………アルベルト…」



一方、首に包丁を当てたままではあるが、動きを止めたロザリー。

死を覚悟した彼女の中では、様々な記憶が蘇っていた。


最愛の息子を授かり幸せの絶頂にいた頃から、夫に先立たれ息子と二人で生きていく覚悟決めた時。

引っ込み思案だった息子に、同い年の孤児の女の子の友達が出来た事。

気弱な息子は度々振り回されていたが、笑顔が増えて明るくなった。

喧嘩をしても、可愛らしい理由ばかりだった気がする。

けれど、女の子が行き過ぎたことをすると、決まってその子の兄が謝りに来てくれていた。

妹を引き連れて、仲直りさせていた。


あの頃の、まだ小さかった姿と重なる。


それにロザリーは、いつもこんな風に返していた。



「―――いいのよアルベルト…お互い様、なんだからっ。ユリアンだって、エラと、またっ仲良くしたいはずだから…っ!」



涙が溢れて止まらないのに、優しい思い出ばかりが頭を過ぎって笑みが浮かぶ。



(許してユリアン…)



「やめなさいロザリー!!」


「おばさん!!」



もうだめだ、と踏み出した者たちより、当てた刃で切る方が早いに決まっていた。



「っああ!!」



それは首を切った悲鳴でも、血を流したロザリーへの叫びでもなかった。


何かの衝撃で弾き飛ばされたロザリーを、この機を逃すかとばかりにうつ伏せに押さえつけるアルベルト。

腕を捻りあげられたロザリーは何がなんだかわかっていない様子で、シスター・エイプリルとアレンもだったが、アレンはハッとしたように、ロザリーとは別の方向に弾き飛ばされていた包丁を、今度は後生大事に拾い上げた。

一人動かずにジッとロザリーを見ている背中に、テレーゼは「やはり」と声をかける。



「やはり…あの光はあなたが…」



あれに酷似した光景を、テレーゼもアルベルトも昼間見たばかりだ。



「わ、わかりません…あの時も、今も夢中で……」



確かに魔力を使ったような感覚はあるのだが、リオには自分が何をしたのかはよくわかっていなかった。

その様子に一瞬上司の介入を疑ったが、テレーゼは即座に否定し、やはりリオの防御魔法によるものだと推測する。

あのようにピンポイントで弾き飛ばすには、いくらアークライトといえども、見える距離で状況を把握する必要があるからだ。



「リオ…あなたそれは、防御魔法ですか…?」



シスター・エイプリルが「いつの間に…」と目を丸くする。

砦ではエラの保護者として話したシスターには、防御魔法については触れず、ロザリーと同様事件の経緯のみを説明していたからだ。



「そのようですね…自覚はまだのようですが、この件はまた後でお話しましょう」


「はい」


「!そうですね」



才能があればあるほど何者かに目を付けられる可能性が高い。

テレーゼがひとまず要求した沈黙を、エイプリルは正しく理解した。

リオもなんとなくそんな空気を感じていたので頷く。




「わ、たしは……」



失敗したという事実を受け入れがたいロザリーは、未だ放心していた。

その隙にアルベルトは後ろ手に両手を拘束し、ロザリーを立たせる。



「ごめんおばさん……でもお願いだ。俺がこんなことを言うのはおこがましいかもしれないけど、ユリアンの将来を考えるなら、あいつの気持ちも考えてやってくれ。あいつから、一番大事なものを奪うんですか」


「っうっぐぅうう…っァァァあァっ」



涙を拭う手も返してやれないやるせなさを抱えて、アルベルトはロザリーを連行していった。



食い入るようにその後姿を見ていたリオもまた、やるせない、歯がゆさに拳を握り締めていると、その手を包む手があった。



「…シスター…っ」


「泣いてはなりませんよリオ。わかっています。けれど…あなたが泣くことではないのですから」


「…はい」


「あなたはよく、頑張りましたよ」



そっと抱きしめられて、リオは余計に歯を食いしばらなくてはならなくなった。

優しくされるほうが、涙腺を刺激することもある。



「……シスター…それ、絶対泣かせようとしてます…」


「あら」



言われて顔を合わせてみれば、泣くまいと必死になっている顔がなんだかおかしくて、エイプリルはつい「ふふふ」と笑ってしまった。

若干リオの目が恨みがましい感じになったが、余計にそれが笑いを誘っているのにリオは気づいていない。


テレーゼは、そんな二人を見て笑みを浮かべる。



「ところで、あなたは駐在所の警備員ね」


「はっはい!アレンといいます!!こっこのたびは度重なる失敗を」


「彼女を治療所に入れた件に関しては、こちらが情報を与えていなかったことを考慮し責任は問いません」


「はっ」



駐在所は元々、保護課が置いた教会への関所。

つまりは警察署と交番みたいなもので、保護課で実際に任務についているテレーゼは、彼らにとっては上官も同じである。



「しかし、取り除いた武器を再び奪われたことに関しては別です」


「はっ!申し訳ありませんっ!!」


「凶器は私が預かり、保護課へ戻ります。あなたは一度駐在所に侵入者の件とその子供を勾留していることを知らせなさい。子供たちの罪状が確定していないため、そちらへの連絡は控えていましたが仕方ありません。これ以上教会内を危険に晒すわけにはいきませんから」


「はっ!」


「その後は保護課へ来るように」



アレンから包丁を受け取ると、テレーゼはシスター二人へ向き直った。



「シスターたちからは明日またお話をお伺いします。今日はもう遅いですから。お休みください」


「はい。ありがとうございます。テレーゼ」


「ありがとうございました」


「いいえ。元はといえば、みすみす侵入者を許した我々の失態です。申し訳ありませんでした」


テレーゼは胸に手を当て、膝を折る。

慌ててアレンもそれに続いた。



「そんなことはありませんよ。たとえロザリーと知り、目的がわかっていたとしても、私たちは彼女の治療を拒みはしなかった。あなた方が止めたとしても…だから、同じことです。ありがとうございました」


「はい」




やがてテレーゼとアレンも治療所を出ていくと、治療所は一気に静まり返った。



「さてリオ」


「はい。シスター」


「まずはお掃除ですね」


「はい。明日もまた患者さんがみえるかもしれないですからね」



エラたち、ロザリーの処分。

聖職者の扱いや身分制度。

わからないことばかりだが、リオにとっての長い一日は、ようやく終わりを見せようとしていた。





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