表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まだログアウトしない、私たちへ  作者: 汐見沢はるか
PR
5/8

返事だけが、少し遅れる

 21時31分。


 集合時間までは、まだ三十分近くあった。それでも彼は、もうゲームにログインしていた。画面の中で、レンは街の端に立っている。今日は、その向こうに、これから声でつながる人たちがいる。


 所持品を開く。回復薬はある。能力を上げる食事アイテムも、昨日のうちに買ってある。装備の耐久値も確認した。戦っている途中で壊れることはない。


 準備は、ゲームの中では数字で分かる。問題は、表示されないもののほうだった。


 昨日セナが貼ってくれたメモを、もう一度開く。


『最初は足元範囲。そのあと、線がついた人は左右。初回は、集合位置と左右だけ見ておけば大丈夫です』


 短いのに、何度読んでも、頭の中で形が定まらなかった。動画も、最初の1分だけ見ればいいと言われていた。けれど彼は、その1分を十回近く見ている。戻して、止めて、また戻した。


 見ているだけなら、分かるような気がした。でも、自分の画面で同じことが起きたとき、同じように動けるとは限らない。


 チームチャットを開く。


 トウマが「飯と薬、持った。えらい」と書き、リリカが「自画自賛…」と返している。


 入力欄に「こんばんは」と打つ。少し眺めてから、消した。


 21時47分。


 ミナトの名前が表示された。


「みなさん、準備できたら通話のほうお願いします。レンさんも、聞こえるかだけ確認できれば大丈夫です」


 通話に入るという操作だけは、自分で押さなければならない。部屋には、すでにセナとリリカが入っている。続いて、トウマ、カイの名前が増えた。


 最後になった。


 まだ時間前だ。そう思いながら、彼は入室ボタンを押した。


「こんばんは」


「こんばんは。聞こえています」


「レンさん、こちらの声は大丈夫ですか」


「あ、はい。聞こえます」


「では、今日は確認中心で進めます。崩れたら続けずに、一回仕切り直します」


 セナが続けた。


「見るのは二つです。足元範囲と、線の位置。左と言ったら、画面の左で統一します」


 セナの説明は、短く、迷いがなかった。


「こういうときのセナさん、説明が説明書なんだよな」


 トウマが言った。


「分かりやすいなら問題ないと思いますけど?」


「いや、褒めてる。多分。」


「多分って…」


 リリカが笑いまじりに止めた。


「俺の役割は?」


「転がる役」


「不名誉すぎる」


「実績あるじゃん」


 確認そのものは雑ではなかった。ミナトは淡々と準備を進めていた。


「では、一回行きます」


 画面の端に、ミナトからの招待が表示された。


「パーティに参加しますか」


 彼は少し遅れて、承認を押した。画面の左側に、六人分の名前と体力が並ぶ。レンの名前も、実際のパーティ欄に入っていた。


 突入確認の音が鳴る。彼は「はい」を押した。


 暗転のあと、広い円形のフィールドに出た。


 中央には「継書の守人アルケウス」と表示された細長い人型の敵が立っていた。顔は仮面のようで、周囲には頁のような光片が静かに浮いている。


 動画では何度も見たはずなのに、自分のキャラクターの正面に立つと、名前より先に大きさだけが目に入った。


 セナのメモには、第1形態、記録の門番、と書かれていた。最初に見るのは、足元範囲と、線の位置。


「まず中央です」


「レンさん、こっちで大丈夫です」


 ミナトのキャラクターが少し動く。彼はその後ろについた。


 戦闘が始まった。


 足元に円が出る。彼は、画面の中央と足元を交互に見た。


「一回目、足元来ます」


 地面が赤く光る。彼は外へ動いた。少し大きく避けすぎた気がしたが、足元に広がった範囲には触れなかった。


「大丈夫です」


 セナの声で、指先の力が少し抜けた。


「次、線です。マークついた人、左右で」


 レンの頭上に、光る印が出た。


「レンさん、左で大丈夫です」


 左。その一語が、一瞬だけ宙に浮いた。


 自分から見て左なのか。画面の左なのか。敵を正面に見たときの左なのか。


 分かっているはずだった。さっきメモにもあった。動画でも見た。たぶん、画面左でいい。


 それなのに、確認するより先に、他の人の動きを見てしまった。半拍遅れて、レンが動く。線が伸びる。地面が光る。避けたつもりの場所で、鏡の破片のような光が弾けた。


 レンの体力が、一瞬で消えた。


 画面の中で、レンが膝をつく。


「レンさん、今の惜しい。ちょっと近かった」


「すみません」


「一回仕切り直します。今の位置だけ確認しましょう」


 ミナトが言った。戦闘が最初に戻る。その直後、ミナトの声が少しだけ変わった。


「あー……あそこか、迷うよね」


 いつもの整った言い方ではなかった。うっかり漏れた独り言のように聞こえた。それだけなのに、閉じていた扉が一枚だけ薄くなった気がした。


「出た。ミナトさんの素」


「今の素なんだ」


「じゃあ俺も普通にしゃべっていい?」


「最初から普通にしゃべってたのでは…?」


 ミナトの声は、すぐにいつもの調子へ戻った。


「レンさん、左は画面基準で見てください」


「方向は合っていました。足りなかったのは距離です。次は一歩外で」


「俺ならそこから逆にも逃げる」


「やらないほうがいいやつ」


「参考にならない実例としては優秀です」


 彼は、笑えばいいのか、もう一度謝ればいいのか分からなかった。ただ、必要なことだけを言われるほうが、何度も慰められるより息がしやすかった。


 次に同じことが来る。また黙っていて、また遅れたら、同じになる。


「あの」


「はい」


「次も、左って、画面の左で……いいですか」


「はい。画面の左です」


 セナが答えた。


「次、自分が先に動きます。レンさんは、それを見てからで大丈夫です」


 もう一度、戦闘が始まる。敵が中央に戻る。足元に範囲が出る。外へ避ける。線がつく。


「レンさん、左です」


 今度は、ミナトのキャラクターが先に動いた。彼はその後ろを見る。画面左。さっきより一歩外。範囲の端が伸びる前に、レンの足がそこへ入った。


 鏡の破片のような光が外側で弾けた。今度は、レンに当たらなかった。


「今ので大丈夫です」


「基準合いました。次もそこです」


「今のはいいじゃん」


「レンさん、もう俺より上」


「比較対象を下げない」


 彼は返事に迷った。褒められたのか、巻き込まれたのか分からない。


「ありがとうございます」


 結局、それだけ言った。そのあと、何度か同じ動きを確認した。毎回うまくいったわけではない。集合が遅れて、セナに「戻るのが少し早いです」と言われた。それでも、最初に倒れた場所だけは、次から踏まなかった。


「今日はここまでにします」


 ミナトが言ったのは、予定より少し早い時間だった。


「初回なので、無理に先へ進めません。次は、そのあとの集合から確認します」


「最初の線は、もう大丈夫そうですね」


「最初の山場は越えた感じ?」


「最初から山場って言わない」


「じゃあ、最初の段差」


「それはそれで低すぎる」


 戦闘中の短い指示とは違う、終わったあとの間だった。彼は、終わったことにほっとしていた。同時に、終わったから抜けられる、とは思えなかった。


「レンさん」


 ミナトに呼ばれて、彼は画面から目を上げた。


「はい」


「今日やってみて、難しそうなら早めに言ってください。続けられそうなら、次も同じ時間で考えています」


 返事は、すぐには出なかった。


 きつくなかった、と言えば嘘になる。左に動くのが遅れた。声を出す前に迷った。何度も、自分だけ反応が遅れている気がした。


 けれど、嫌だったわけではない。間違えたら、直す場所を言われた。分からなければ、聞いたら答えが返ってきた。一回だけ、自分の足で正しい場所に立てた。


「次も」


 彼は言った。


「行けると思います」


「了解です。では、次も同じ時間でお願いします」


 ミナトの返事は、それだけだった。大げさな歓迎も、安心させるための長い言葉もなかった。ただ、予定がひとつ決まった。


 通話を抜けると、部屋の中が急に静かになった。


 ゲーム画面には、まだレンが立っている。チームチャットには、ミナトの短い連絡が流れていた。


「今日はここまでです。次回も同じ時間で考えています」


 彼は、入力欄にカーソルを置いた。


「お疲れさまでした」


 それだけ打って、送信する。


 返事は、今日も少し遅れた。


 動きも、声も、誰かより半歩遅かった。けれど、その半歩のあとに、すぐ次の言葉で埋められるわけではなかった。


 レンは画面を閉じずに、次回の時間だけをもう一度見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ