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(仮確定1)第2話 二度目の水面

第2話 二度目の水面


朝、目が覚めた時、悟志は夢を見ていた気がした。


水面に、月が映っていた。


それだけだった。


怖い夢ではない。

誰かに呼ばれたわけでもない。

何かを告げられたわけでもない。


ただ、暗い水の上に、白い月が静かに浮かんでいた。


悟志はしばらく天井を見ていたが、すぐに布団から起き上がった。


夢は夢だ。


朝から深く考えるほどのことではない。


隣では、朋美がまだ静かに眠っていた。悟志は起こさないように寝室の扉を閉め、廊下へ出た。


すぐに、愛犬のベルが軽い爪音を立てて近づいてくる。


「おはよう、ベル」


しゃがんで頭を撫でると、ベルは嬉しそうに尻尾を振った。


リビングでは、セキセイインコのピーコが、かごの中で首をかしげている。


悟志の姿を見るなり、羽をふくらませた。


「ピーコ、おはよ!」


「おはよう、ピーコ」


ピーコは得意げに胸を張った。


コーヒーメーカーのスイッチを入れると、豆の香りが部屋に広がっていく。


窓の外には、いつもと変わらない朝があった。


道路を走る車の音。

通学する子どもたちの声。

どこかの家の玄関が閉まる音。

遠くで鳴る自転車のベル。


平穏な朝だった。


夢のことは、コーヒーを飲む頃には、ほとんど薄れていた。


朋美が起きてきた時も、悟志はその話をしなかった。


「おはよう」


「おはよう。今日は研究所?」


「ああ。午前中に高原と少し確認することがある」


「帰りは?」


「いつも通りだと思う」


「分かった。気をつけてね」


いつもの会話だった。


悟志は朝食を終えると、鞄を持って玄関へ向かった。


「行ってくる」


ピーコがすぐに真似をした。


「いってくる!」


「そう。行ってくる」


悟志は少し笑い、家を出た。


自宅から研究所までは、自転車で二十分ほどだった。


住宅街を抜け、川沿いの道へ出る。朝の空気は少し冷たく、頬に心地よかった。


空は青く、雲は薄い。


夢に出てきた月など、もうどこにもなかった。


研究所に着くと、悟志は自転車を駐輪場に停め、受付を通った。


白い壁。

静かな照明。

廊下の奥から聞こえる機械の低い稼働音。


研究室の扉を開けると、高原彗がすでに机の前に座っていた。


高原は、悟志の研究プロジェクトを補助している若い研究助手だった。経験はまだ浅いが、細かな違和感に気づく目がある。


「おはようございます、小泉先生」


「おはよう。早いな」


「昨日の資料、少し見直していました」


高原は端末の画面を悟志へ向けた。


「この部分、今入れると広がりすぎる気がします」


悟志は椅子に座り、画面を覗き込んだ。


数行読んで、頷く。


「確かに。ここは保留でいい」


「削らないんですか?」


「消すには惜しい。でも、今は扱わない」


高原はノートに短く書いた。


保留。今は扱わない。


悟志はその文字を見て、少しだけ笑った。


「研究計画というより、人生訓みたいだな」


「先生が言うと重く聞こえます」


「そんなに重い話じゃない」


「でも先生、気になるものを放っておくのは苦手そうです」


悟志は返事に詰まった。


悪気のない言葉だった。


それでも、なぜか朝の夢が一瞬だけ頭をよぎった。


水面に映る月。


悟志はすぐに画面へ視線を戻した。


「ここは別ファイルに移す。今日は、今扱えるところだけ整理しよう」


「はい」


午前中は、そのまま仕事で過ぎていった。


資料を確認し、必要な部分だけを残し、広がりすぎる話は切り分ける。


研究所の日常は、いつも通りだった。


ただ一度だけ、紙コップの水面に天井の白い光が映った時、悟志はふと夢を思い出した。


暗い水。

白い月。


それだけだった。


その日の夕方、悟志はいつも通り自転車で家に帰った。


空は薄い橙色に染まり始めていた。満月にはまだ遠い、細い月が空の端に浮かんでいる。


夢に出てきた月とは違う。


悟志はそう思いながら、住宅街の道を抜けた。


家に着くと、ベルが玄関まで駆け寄ってきた。


「ただいま、ベル」


リビングからは、ピーコの声が返ってくる。


「おかえり!」


「ただいま、ピーコ」


朋美はキッチンで夕食の準備をしていた。


「お疲れさま」


「ああ。ただいま」


「今日は早かったわね」


「普通だよ」


「あなたの普通は、時々遅いから」


悟志は苦笑した。


夕食のあと、悟志はしばらくリビングの窓から外を見ていた。


細い月が、少しだけ高くなっている。


その時、ピーコがかごの中で小さく鳴いた。


「つき」


悟志は振り返った。


「ピーコ?」


朋美も顔を上げた。


「今、月って言った?」


「聞こえたな」


「普段から言ってた?」


「いや。あまり聞かない」


二人はピーコを見た。


ピーコは何事もなかったように止まり木の上で羽をふくらませている。


悟志は小さく笑った。


「月が見えたのか?」


ピーコは首をかしげた。


「ピーコ、いいこ!」


「そうだな。いい子だ」


その時は、それ以上意味を考えなかった。


ただ、朝に見た夢の水面が、一瞬だけ胸の奥に戻ってきた。


その夜、悟志はまた夢を見た。


水面があった。


まただ。


夢の中で、悟志はそう思った。


昨日も、この水面を見た。


今度は、前よりも近かった。


足元には古い石畳がある。周囲には木々の影があり、どこかの境内のようにも見えた。


空には、白い月が浮かんでいる。


昨日見たものより、少し丸い。


その月が、水面にも映っていた。


空の月と、水の月。


二つの月が向かい合い、その間に細い道があるように見える。


悟志は水辺に立っていた。


怖くはない。


けれど、ただの夢にしては、やけに静かだった。


水の奥で、淡い白い光が揺れた。


人の姿は見えない。


声も聞こえない。


それでも、その光の向こうに誰かがいるような気がした。


悟志は一歩近づこうとした。


だが、足は動かなかった。


まだです。


言葉が、耳ではなく胸の奥に置かれた。


悟志は息を止めた。


次の満月の日に。


水面が、小さく震えた。


水鏡神社へ。


その名が浮かんだ瞬間、月の光が水面いっぱいに広がった。


水鏡神社。


知らない名前のはずだった。


少なくとも、すぐに思い浮かぶ場所ではない。


それなのに、夢の中では妙にはっきりしていた。


次の満月の日に。

水鏡神社へ。

急がないでください。


淡い白い光が、静かに遠ざかっていく。


悟志はもう一度、足を動かそうとした。


けれど、やはり動かなかった。


まだ行く時ではない。


そんな感覚だけが残った。


そして、夢はそこで途切れた。


悟志は目を覚ました。


部屋は暗かった。


隣では、朋美が静かに眠っている。


今度は、すぐには起き上がれなかった。


昨日も見た。


今日も見た。


同じ水面。

同じ月。

そして今度は、場所の名前まで出た。


悟志は静かに手を伸ばし、枕元のノートを取った。


暗い中で、短く書いた。


水面。

月。

二度目。

水鏡神社。

次の満月。

急がないでください。


書き終えた時、リビングの方から小さな声が聞こえた。


「まつ」


悟志は顔を上げた。


ピーコの声だった。


少し間を置いて、もう一度聞こえる。


「つき、まつ」


悟志はノートを見つめた。


夢の言葉と、ピーコの声が重なった。


それでも、すぐに意味を決める気にはなれなかった。


ただ、最後に一行だけ書き足した。


まだ、ただの夢として扱う。


翌朝、悟志はいつもより少し早く起きた。


水鏡神社という名前が、まだ頭の中に残っていた。


リビングへ行き、ノートパソコンを開く。


検索すると、その名前はすぐに見つかった。


水鏡神社。


都内の外れにある、小さな古い神社だった。


大きな観光地ではない。

詳しい由来も、ほとんど載っていない。


ただ、境内の奥に小さな池があり、満月の夜には月をよく映すらしい。


悟志は画面を見つめた。


夢の中の石畳。

木々の影。

月を映す水面。


それらが、検索結果の小さな写真と重なって見えた。


写真の中の池は、何の変哲もない池だった。


ただ、静かだった。


朋美がリビングに入ってきた。


「早いわね」


「ああ」


「何か調べもの?」


悟志は少しだけ迷った。


一度だけの夢なら、話さなかった。


けれど、二度続いた。


それに、ピーコの言葉もある。


「昨日も、同じような夢を見た」


朋美は少し表情を変えた。


「同じ夢?」


「水面に月が映っている夢だ。今度は、場所の名前が出た」


「場所?」


「水鏡神社」


悟志は画面を朋美に見せた。


「調べたら、実在した」


朋美はしばらく写真を見ていた。


「普通の神社に見えるわね」


「ああ」


「でも、夢に出た名前が本当にあったのね」


「偶然かもしれない」


「そうね」


朋美はすぐには否定しなかった。


「でも、気になる?」


「少しな」


「真人さんに話してみたら?」


悟志は画面から目を離した。


「真人に?」


「夢だけなら笑われるかもしれないけど、二度続いて、実在する場所の名前が出たんでしょう。あなたが一人で考え込むより、軽く聞いてもらえば?」


悟志は少し考えた。


相談というほどではない。

まして、何かを信じたわけでもない。


ただ、こういう話を軽く聞いてくれる相手として、真人の顔が浮かんだ。


「そうする」


松田真人は、悟志の幼馴染で、精神科医でもある。朋美とも大学時代からの付き合いで、三人は互いの性格をよく知っていた。


悟志はスマートフォンを手に取り、連絡先から真人の名前を開いた。


短くメッセージを打つ。


少し変な夢を見た。今日、時間あるか。


送信してから、悟志は画面を伏せた。


夢は、まだ夢だ。


それでも、水面に映った月の輪郭は、朝になっても消えていなかった。


真人から返事が来たのは、昼前だった。


夕方なら少し時間がある。いつもの喫茶店でいいか。


悟志は短く返した。


助かる。


夕方、悟志は研究所を出て、真人との待ち合わせ場所へ向かった。


古い喫茶店だった。


大学時代から何度も来ている店で、窓際の席からは通りを歩く人々が見える。木製のテーブルには細かな傷があり、店内にはコーヒーの香りと、控えめな音楽が流れていた。


少し遅れて、真人が入ってきた。


「待たせたか」


「いや」


真人は向かいの席に座り、悟志の顔を見た。


「で、変な夢って?」


「いきなりだな」


「夢の相談で呼ばれたからな」


真人は軽く笑った。


その反応に、悟志は少し安心した。


大げさに受け止められるより、そのくらいの方がいい。


「水面に月が映る夢を見た」


「それだけか?」


「最初はそれだけだった」


「最初は?」


「二晩続けて見た。二回目は、場所が少しはっきりしていた。古い神社の境内みたいな場所で、池に月が映っていた」


真人はコーヒーを注文しながら頷いた。


「同じ夢を続けて見ること自体は、そこまで珍しくない」


「分かってる」


「疲れや気になっていることが、似た形で夢に出ることもある」


「それも分かってる」


悟志はスマートフォンを出し、水鏡神社の検索結果を見せた。


「ただ、二回目の夢で、水鏡神社という名前が出た。調べたら実在した」


真人の表情が、ほんの少し変わった。


「夢に出た名前が、現実にあったのか」


「ああ」


「行ったことは?」


「覚えがない。少なくとも、すぐに思い出せる場所ではない」


真人は画面を見つめた。


「都内の外れか。古い神社だな」


「境内の奥に池がある。満月の日に月をよく映すらしい」


「夢と一致している、と」


「偶然かもしれない」


「もちろん、偶然の可能性はある」


真人はコーヒーを一口飲んだ。


「他には?」


悟志は少し迷った。


夢の話だけなら、まだ軽い。

だが、ピーコの言葉を言えば、少し奇妙になる。


「ピーコが言った」


「ピーコ?」


「うちのインコだ」


「ああ」


「昨日の夜、“つき”と言った。夜中には、“つき、まつ”と聞こえた」


真人はすぐには答えなかった。


悟志は少し苦笑した。


「おかしいだろ」


「いや」


真人は静かに言った。


「インコが人の言葉を真似ること自体は、おかしくない」


「そうだな」


「ただ、そのタイミングが気になる、という話だな」


「そういうことだ」


真人はしばらく黙っていた。


窓の外では、信号が変わり、人の流れがゆっくり動き出している。店内はいつも通りだった。


だが、真人の沈黙は、先ほどまでとは少し違っていた。


「悟志」


「何だ」


「ここから先は、詳しくは話せない。個人情報に関わる」


悟志は顔を上げた。


「患者の話か?」


真人は否定しなかった。


「ある少年がいる。名前も年齢も、詳しい事情も言えない」


「分かってる」


「本人と保護者の同意がない限り、詳細は話せない。ただ、匿名化して言える範囲で言う」


真人は、少し声を落とした。


「その子が、最近、似た夢を繰り返し話している」


悟志は、カップに伸ばしかけた手を止めた。


「似た夢?」


「水に月が映る場所にいる。向こう側に、白っぽい光がある。誰かに、まだ来てはいけないと言われる」


悟志は言葉を失った。


水面。

月。

白い光。

まだ。


自分の夢と、重なっている。


「その子は、水鏡神社のことを?」


「名前までは言っていない。ただ、母親の話では、数日前に水鏡神社の近くを通ったらしい。満月に近い夜だったそうだ」


「池を見たのか」


「そこまでは分からない。だが、その日を境に、同じ夢の話をするようになった」


悟志は窓の外を見た。


現実は、何も変わっていない。


通りを歩く人々。

店員の足音。

コーヒーの香り。

窓に映る夕方の街。


その中で、自分の見た夢と、見知らぬ少年の夢がつながっていく。


「偶然か?」


真人はすぐに答えなかった。


「偶然の可能性はある」


「医者らしいな」


「そう言うしかない。ただ……」


真人は悟志を見た。


「お前の夢の話を聞いて、まったく関係ないとは言い切れなくなった」


悟志は息を吐いた。


「少年は、その夢を怖がっているのか」


「強い恐怖ではない。むしろ、気になると言っているらしい。ただ、繰り返すから家族が心配している」


「白い光については?」


「“向こうで待ってる”と言ったそうだ」


その言葉に、悟志の胸の奥が小さく震えた。


夢の中の水面。

その奥にあった淡い白い光。

誰かがいるような感覚。


悟志はカップを両手で包んだ。


「真人」


「何だ」


「俺は、これを何かの現象だと決めつけるつもりはない」


「それでいい」


「でも、完全に夢として流すには、材料が増えた」


真人は頷いた。


「だから、分けろ」


「何を?」


「お前が見た夢。ピーコの発話。少年の証言。水鏡神社が実在すること。この四つは、それぞれ別の事実として置け」


「つなげるな、ということか」


「急いでつなげるな、ということだ」


真人は静かに続けた。


「人は、意味を見つけたい時、点と点を早く結びすぎることがある。今は、点を増やすだけでいい」


悟志は小さく頷いた。


「満月の日に、水鏡神社へ行こうと思う」


真人は少し目を細めた。


「夢に従うためか?」


「違う。実在する場所を確認するためだ」


「なら止めない」


「来るか?」


真人は少し考えた。


「まだ行かない」


悟志は意外に思った。


「来ないのか」


「今の段階では、お前と朋美さんが普通に見に行くくらいでいい。俺が同行すると、かえって大ごとになる」


「それもそうか」


「ただし、帰ったら連絡しろ。何もなければ、何もなかったと教えろ。何かあったなら、その時は聞く」


悟志は頷いた。


「分かった」


真人は最後に、少しだけ表情を和らげた。


「それと、夜中に池へ飛び込むなよ」


「子どもじゃない」


「お前は、分からないものを見ると近づく」


「……否定しにくいな」


「だから言っている」


そのやり取りで、少しだけ空気が軽くなった。


喫茶店を出る頃には、外はすっかり暗くなり始めていた。


悟志は駅へ向かう途中、スマートフォンで朋美に連絡した。


真人に話した。あとで説明する。


すぐに返事が来た。


分かった。気をつけて帰ってきて。


短い返事だった。


けれど、その短さが、悟志にはありがたかった。


帰宅すると、ベルが玄関まで駆け寄ってきた。


「ただいま、ベル」


リビングでは、ピーコがかごの中で羽をふくらませている。


「おかえり!」


「ただいま、ピーコ」


朋美はテーブルにお茶を置いて待っていた。


「真人さん、何て?」


悟志は椅子に座り、喫茶店での話をできる範囲で伝えた。


少年の個人情報は伏せる。

真人も詳しくは話していない。

ただ、水面に月が映る夢、白い光、まだ来てはいけないという言葉が重なった。


朋美は黙って聞いていた。


話し終えると、静かに言った。


「あなた一人の夢ではないかもしれないのね」


「まだ分からない」


「でも、偶然と決めるには、少し重なりすぎている」


「そうだな」


朋美は窓の外を見た。


月は、まだ満ちていない。


「満月の日に行くの?」


「ああ。普通に見に行く。何もなければ、それでいい」


「私も行くわ」


悟志は彼女を見た。


「いいのか」


「一人で行かれても、帰ってきてから同じ話を聞くことになるでしょう」


「信用がないな」


「あるから一緒に行くの」


朋美は、当然のように言った。


その時、ピーコが小さく鳴いた。


「つき」


悟志と朋美は、同時にかごの方を見た。


ピーコは首をかしげている。


そして、もう一度だけ言った。


「まつ」


悟志は何も言わなかった。


朋美も黙っていた。


ただ、その声だけが、静かなリビングに残った。


満月までの数日、世界は何も変わらなかった。


悟志は研究所へ行き、いつものように高原と短く言葉を交わし、資料を確認し、帰宅した。


朋美はいつも通り家のことをし、ベルはいつも通り玄関まで迎えに来た。ピーコは、時々「ピーコ、いいこ!」と得意げに鳴いた。


夢のことを忘れたわけではない。


だが、悟志はあえて深追いしなかった。


まだ、ただの夢として扱う。


その線を、越えないようにしていた。


そして、満月の夜が来た。


悟志と朋美は、水鏡神社の鳥居の前に立っていた。


大通りから一本奥へ入っただけなのに、そこは妙に静かだった。


石造りの鳥居には薄く苔がつき、奥には短い石段と木々の影が続いている。大きな神社ではない。観光地でもない。近所の人が通り過ぎる時に、少し頭を下げるような、小さく古い神社だった。


朋美が鳥居を見上げて言った。


「普通ね」


悟志は頷いた。


「普通だな」


それが、かえって少しだけ救いだった。


夢で見た場所だからといって、何かが光っているわけではない。空が歪んでいるわけでも、境内から不気味な気配が漂っているわけでもない。


どこにでもありそうな、古い神社。


それだけだった。


悟志はスマートフォンを確認した。


真人には、到着したら連絡すると伝えてある。


画面には、数分前に送ったメッセージが残っていた。


水鏡神社に着いた。これから境内を見る。


返信はすぐに来ていた。


無理はするな。何もなければ、そのまま帰れ。


悟志は画面を閉じた。


「真人さん?」


朋美が尋ねた。


「ああ。何もなければ帰れって」


「真人さんらしいわね」


「まったくだ」


そう言いながら、悟志は鳥居の奥を見た。


夢の中で見た石畳。

木々の影。

月を映す水面。


それらが、この先にあるのかどうかを確かめに来た。


夢に従うためではない。


ただ、現実の目で見るために。


「行こうか」


朋美が静かに言った。


悟志は頷いた。


二人は鳥居をくぐった。

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