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第13話 ノアとの約束

森野夫妻には、無理に名前へ触れないよう伝えてある。


今はそれぞれの記録を残し、夢や違和感を照合するだけで十分だった。


異世界へ連れていくには、まだ早い。少なくとも悟志はそう判断していた。


焦ってはいけない。


悟志は、その言葉を何度も自分に言い聞かせた。


翌日、悟志たちは再び水鏡神社を訪れた。


目的は、閉じられた記憶を無理に開くことではなかった。


現実世界のノートにまで空白が現れた以上、これ以上、何も知らないまま進むのは危険だった。だからこそ、まず自分たちの状態を確かめる必要があった。


どこまで覚えているのか。

どこまで力が戻っているのか。

そして、どこから先が危険なのか。


水鏡神社の池に近づくと、水面が静かに揺れた。


風はない。


けれど、池の中央から淡い光が広がっていく。


前回よりも、悟志の手は震えていなかった。


朋美が隣で小さく頷く。真人は周囲を確認し、高原はノートを握りしめている。


「行こう」


悟志が言うと、三人は静かに頷いた。


水面の光が四人を包む。


世界が反転した。


足元の池が空へ昇り、夕暮れの空が下へ沈んでいく。身体が浮くような感覚が一瞬だけ続き、次の瞬間、柔らかな風が頬を撫でた。


光が薄れていくと、悟志たちはユグドラシル神殿の庭に立っていた。


白い石の柱。

遠くにそびえる巨大な樹。

淡い金色の空。

現実世界とは違う、やわらかな風。


そして、悟志の目の前にはノアがいた。


小さな精霊の姿が、淡い金色の光をまとって宙に浮かんでいる。


その姿を見た瞬間、悟志はようやく息をつけた気がした。


「ロキ様」


ノアは小さな手を腰に当てた。


「今回は、ちゃんと準備して来ましたか?」


悟志は鞄からノートを取り出した。


「もちろんだ」


ノアはじっと悟志を見た。


「本当でしょうか」


「本当だ。撤退条件も決めてきた」


朋美が紙を取り出した。


「誰か一人でも危険だと思ったら戻る。ノアさんが止めたら必ず従う。無理に閉じられた記憶を開こうとしない。そう決めました」


ノアの耳がぴくりと動いた。


それから、少しだけ光が強くなった。


「それなら、少し安心しました」


「少しだけか」


悟志が言うと、ノアは即答した。


「ロキ様ですから」


高原が小さく笑った。


悟志は肩をすくめる。


「俺の信用が低い」


「過去の積み重ねです」


「反論できないな」


軽いやり取りだった。


だが、悟志の胸の奥には、別の感情があった。


また会えた。


その事実が、思っていた以上に大きかった。


現実世界に戻ってから、ノアの記憶は少しずつ薄れていった。ノートを読めば思い出せる。ピーコの言葉でも戻ってくる。けれど、それでも完全ではなかった。


今、目の前にいるノアを見ると、自分がどれだけこの再会を望んでいたのか分かった。


悟志は、少しだけ真面目な声で言った。


「ノア」


「はい」


「待たせて、悪かった」


ノアは目を丸くした。


風が、一瞬だけ止まったように感じられた。


「ロキ様が……また素直に謝りました」


「またそれか」


「珍しいことが続くと、不安になります」


「謝ったのに不安になるな」


ノアはしばらく悟志を見つめていた。


淡い金色の光が、少しだけ揺れる。


「……お帰りなさい、ロキ様」


その言葉は、とても静かだった。


悟志は返事をするまでに、少し時間がかかった。


「ああ。ただいま」


朋美は二人のやり取りを黙って見ていた。


真人も何も言わなかった。


高原だけが、少し照れたように視線を逸らしている。


ノアはすぐに表情を引き締めた。


「それで、今日は何を確認する予定ですか?」


悟志はノートを開いた。


「閉じられた記憶を無理に開けるつもりはない。今日はまず、今の俺たちがどこまで力を扱えるのかを確認したい」


ノアは少し驚いたように悟志を見た。


「力の確認、ですか」


「ああ。前回は戦いの中で突然使った。自分たちが何をしているのかも分からなかった。次に何か起きた時、また同じでは危ない」


朋美も頷いた。


「自分の力を把握しておくことは必要だと思います」


真人が続けた。


「ただし、負荷を確認しながらです。危険ならすぐ止めます」


高原は少し緊張した表情で、自分の背中を気にした。


「僕は……また翼が出るか分かりません」


ノアは高原を見た。


「無理に出そうとしなくて大丈夫です。力は、命令して引きずり出すものではありません」


「じゃあ、どうすれば」


「思い出そうとするのではなく、今ある感覚を確かめてください」


その言葉に、悟志は前回の戦いを思い出した。


ノアはあの時も言っていた。


思い出そうとするのではなく、感じてください、と。


ノアは地面に降りた。


「今日は、閉じられた記憶には触れません。神殿の庭にある結界石を使って、力の反応だけを確認します」


「結界石?」


高原が尋ねると、ノアは庭の奥を指した。


そこには、低い石柱がいくつも並んでいた。白い石でできた柱の上には、淡い光の輪が浮かんでいる。


前に来た時には気づかなかった。


ノアが小さな手を上げると、石柱の一つが静かに光った。


「これは訓練用の結界石です。攻撃を受け止めたり、力の流れを測ったりできます。閉じられた記憶には触れません」


朋美がすぐにノートへ書く。


「訓練用結界石。閉じられた記憶には触れない。力の反応確認用」


ノアは頷いた。


「はい。朋美様、記録が早いですね」


「記録しないと、現実世界で薄れるかもしれないから」


「正しい判断です」


その時、庭の向こうから羽音が聞こえた。


「ピーコも、きろく!」


セキセイインコのピーコが飛んできて、切り株のような木の机の端に降り立った。


その後ろから、赤ちゃんの光体もふわふわと近づいてくる。


「ロキ、きた」


光体は嬉しそうに揺れた。


悟志は膝をついた。


「また会えたな」


「ロキ、おきた」


「俺は毎回それを言われるのか」


ノアは当然のように答えた。


「よく寝ていましたから」


「否定してくれ」


「事実は大事です」


ピーコが羽を膨らませた。


「ロキ、ねる!」


高原がこらえきれずに笑った。


悟志は額を押さえた。


「味方がいない」


朋美が微笑む。


「みんな正直なのよ」


ノアは木の机の上に小さな板を置いた。


「光体、ピーコ。今日は見学です。邪魔をしてはいけません」


「けんがく!」


「ピーコ、しずか!」


そう言ったそばから、ピーコは木の板をつつこうとした。


ノアがすぐに止める。


「ピーコ、触ってはいけません」


「ちょっとだけ!」


「ちょっとでも駄目です」


その日常のやり取りに、悟志の胸が温かくなる。


だが、今日はそれだけではない。


力を確認する。


自分たちの中に残っている力の輪郭を、もう一度確かめるのだ。


ノアは最初に悟志を見た。


「ロキ様から始めます」


「俺か」


「はい。前回、ロキ様の力は不安定でした。まずは形を作るところからです」


悟志は結界石の前に立った。


白い石柱の上に、淡い光の的が浮かぶ。


それは敵ではない。


ただの光だ。


それでも、悟志の右手には緊張が走った。


彼は手を開いた。


金色の火花が、指先に集まり始める。


小さな雷のような光が、手のひらの中で弾けては消え、また戻ってくる。


高原が息を呑んだ。


「前より、はっきり見えます」


朋美は光の動きを観察していた。


真人は悟志の呼吸を見ている。


ノアが言った。


「ロキ様、握り込まないでください」


「握らないと逃げそうなんだ」


「逃げるのではありません。流れているのです」


「難しいな」


「昔から、考えすぎると下手でした」


「研究者としては致命的だな」


「戦う時は、です」


悟志は苦笑した。


だが、ノアの声に従い、力を押さえつけるのをやめた。


手の中の金色の光を、握るのではなく、流す。


すると、光は少しずつ形を変えた。


細い線になる。


線が重なり、一本の短い槍のような形になる。


完全ではない。


先端は揺れ、柄の部分も不安定だった。


だが、確かに槍だった。


ノアの光が少し強くなった。


「形になりました」


悟志は息を止めた。


「これが……俺の力」


「まだ一部です」


「一部でこれか」


「ロキ様は本来、もっと扱えました」


悟志は金色の槍を見つめた。


その光は美しかった。


同時に、怖かった。


自分の中に、こんな力がある。


それは誇らしさではなく、責任の重さとして胸に落ちた。


ノアが結界石を指した。


「的を壊そうとしないでください。触れるだけです」


「触れるだけ?」


「はい。力をぶつけるのではなく、届かせるのです」


悟志は頷いた。


金色の槍を、光の的へ向ける。


前回の戦いのように投げつけるのではない。


ゆっくりと伸ばす。


槍の先が的に触れた瞬間、結界石が淡く震えた。


光の輪が広がる。


神殿の庭に、低い音が響いた。


大きな破壊音ではない。


鐘を遠くで鳴らしたような、澄んだ響きだった。


ピーコが羽を広げる。


「おおー!」


光体も強く光った。


「ロキ、できた」


悟志は手を下ろした。


金色の槍は、細かな光になって消えた。


途端に、腕が少し重くなる。


「思ったより疲れるな」


真人がすぐに近づいた。


「めまいは?」


「ない。腕が重いくらいだ」


「記録します」


高原が慌ててノートに書いた。


悟志、金色の槍を形成。

的を破壊せず接触。

結界石が反応。

使用後、右腕に疲労感。


ノアは満足そうに頷いた。


「前より安定しています。ただし、調子に乗ってはいけません」


「まだ何も言ってないだろ」


「顔が言っていました」


朋美が笑った。


「ノアさん、よく見てるわね」


「ロキ様を見張るのは私の役目です」


次は朋美だった。


ノアは別の結界石を光らせた。


「朋美様は、結界の構造を読んでください。力を広げすぎず、見える範囲だけで構いません」


朋美は静かに頷いた。


彼女の周囲に、白銀の細い線が浮かび上がる。


それは糸のようでもあり、数式の軌跡のようでもあった。


線は空中で交差し、結界石の周囲に広がっていく。


高原が驚いたように呟いた。


「綺麗だ……」


朋美は目を細めた。


「これは、単純な円じゃないわ」


「何が見えますか」


ノアが尋ねる。


「層になっている。外側の膜、内側の支え、その間に細かい補正線がある。壊れた時に全体が崩れないように、いくつもの構造で支えている」


ノアの耳がぴくりと動いた。


「そこまで見えるのですか」


朋美は白銀の線を少し動かした。


結界石の光が、柔らかく応じる。


「この結界、守るためだけじゃない。内側にいる人が外へ出る時にも、負荷を減らすように作られている」


ノアはしばらく黙っていた。


「正しいです」


「やっぱり」


「朋美様の力は、構造を読む力が強いようです」


悟志は朋美を見た。


彼女は驚いているようで、どこか冷静だった。


初めて見るものを、怖がりながらも観察している。


それは現実世界の朋美と同じだった。


朋美は白銀の線を収めると、小さく息を吐いた。


「少し頭が重いわ」


真人がすぐに確認する。


「痛みは?」


「痛みではない。複雑な図形を長時間見た後みたいな疲れ」


高原が記録した。


朋美、白銀の線で結界構造を読む。

多層構造、補正線、負荷軽減機能を確認。

使用後、頭部疲労感。


次は真人だった。


ノアは少し慎重な顔で言った。


「真人様の力は、負荷を整える方向に向いています。攻撃ではなく、乱れを戻す力です」


真人は自分の手を見た。


「癒し、というより調整か」


「はい。傷を治すだけではありません」


ノアは小さな結界石を光らせた。


その光は、他の石より少し不安定に揺れている。


「この石は、わざと力の流れを乱してあります。整えてみてください」


真人は石の前に立った。


胸元から、淡い白い光が広がる。


その光は杯の形を取りかけた。


完全な杯ではない。


だが、両手の間に水を受けるような、柔らかな形があった。


真人はそれを見つめた。


「なるほど」


「驚かないんですか?」


高原が思わず聞く。


真人は淡々と答えた。


「驚いています。ただ、驚いても状況は変わりません」


「すごいですね……」


真人は淡い杯の光を結界石に近づけた。


揺れていた石の光が、少しずつ落ち着いていく。


激しく抑えるのではない。


乱れた波を、元の流れに戻すような動きだった。


やがて、結界石の光は安定した。


ノアが頷く。


「成功です」


真人は手元の光を見つめた。


「これは、治すというより、戻す力だな」


「はい」


「無理に正しい形へ押し込めるのではなく、本来戻ろうとする方向を助ける」


ノアは少しだけ嬉しそうに光った。


「真人様らしい理解です」


真人はわずかに笑った。


「医療にも近い」


高原が記録する。


真人、淡い杯状の光を形成。

乱れた結界石を安定化。

力の性質は治癒だけでなく、正常化・調整に近い。


最後は高原だった。


彼は明らかに緊張していた。


「僕、本当にできるんでしょうか」


ノアは高原の前に立った。


「できるかどうかではなく、今どこまで反応するかを確認します」


「飛ぶんですよね」


「少しだけです」


「少しだけが一番怖いんですが」


悟志が言った。


「無理なら止めていい」


高原は少しだけ考えた。


それから、首を振った。


「やります」


声は震えていたが、逃げてはいなかった。


ノアは庭の一角へ案内した。


そこには、風の輪のような光が浮かんでいる。


「この輪の中では、落下の衝撃が和らぎます。高く飛ぶ必要はありません。翼を感じるだけで十分です」


高原は深く息を吸った。


目を閉じる。


背中に、淡い光が集まり始めた。


最初は小さな羽のようだった。


だが、少しずつ広がっていく。


不完全な光の翼。


前回より、形ははっきりしていた。


高原は目を開けた。


「出た……」


ノアが言った。


「風に逆らわないでください」


「どうやって」


「支えられている感覚を探してください」


高原は恐る恐る足元を見る。


風の輪が、彼の周囲でゆっくり回っている。


次の瞬間、高原の体がふわりと浮いた。


「うわっ」


彼は慌てて手を動かした。


翼がばたつき、体が少し斜めになる。


真人が一歩動きかけるが、ノアが止めた。


「大丈夫です。風の輪の中です」


高原は必死に姿勢を戻そうとした。


「右に流されます!」


朋美がすぐに言った。


「左肩を少し下げて。翼を動かそうとしないで、体の向きを変えるだけ」


「左肩……!」


高原は言われた通りにした。


すると、体の傾きが少し戻る。


宙に浮いている時間は短かった。


ほんの数秒。


だが、確かに高原は地面から離れていた。


そして、落ちるのではなく、自分で戻った。


石畳に足が触れる。


高原は膝に手をつき、荒い息をした。


「飛べた……?」


ノアが頷いた。


「はい。少しだけですが、飛べました」


高原の表情が変わった。


恐怖と驚きと、少しの喜びが混ざっていた。


「僕が……」


悟志は静かに言った。


「すごいな」


高原は顔を上げた。


「先生」


「前回より、ちゃんと自分で戻った」


高原は少しだけ笑った。


「はい」


ピーコが羽を広げた。


「イカロス、とんだ!」


光体も嬉しそうに揺れる。


「とんだ」


高原は照れたように笑った。


「名前はまだ慣れないですけど……少しだけ、嬉しいです」


真人が体調を確認する。


「動悸は?」


「あります。でも、怖かったからだと思います」


「めまいは?」


「ないです」


「よし。今日はここまで」


「えっ、もうですか?」


真人は静かに見た。


高原はすぐに頷いた。


「はい、ここまでです」


全員が少し笑った。


神殿の庭には、穏やかな時間が戻っていた。


悟志はノートを見た。


四人の力。


金色の槍。

白銀の構造線。

淡い杯。

光の翼。


それぞれが、少しだけ形を取り戻している。


派手な勝利ではない。


だが、確かな一歩だった。


その時、木の机の上に置かれた板が、わずかに黒く滲んだ。


全員が反応した。


黒い修正痕。


だが、前回のように広がらない。


細い線が一つ、木の板の端に現れただけだった。


ノアがすぐに手を上げた。


「今日はここまでです」


悟志は頷いた。


「分かった」


即答だった。


ノアはまた驚いた顔をした。


「本当に聞き分けています」


「そこまで驚くな」


朋美が記録する。


力の確認後、木の板に小規模な黒い修正痕。

拡大なし。

ノアの判断により訓練終了。

全員同意。


黒い修正痕は、しばらくすると薄れて消えた。


悟志はそれを見届けながら、拳を握った。


あれは敵として襲ってくるものではない。


だが、確実に何かを閉じている。


そして、自分たちが力を使うことで、閉じられた記憶の輪郭に近づきすぎると反応する。


それだけは分かった。


ノアは木の机の前に立ち、静かに言った。


「今日の確認は成功です。ですが、忘れないでください。力が戻ることと、記憶が戻ることは同じではありません」


悟志は顔を上げた。


「どういう意味だ」


「力だけが先に戻れば、危険です。なぜ使うのか、何を守るのかを思い出さないまま力を振るえば、間違えます」


その言葉は、庭に深く落ちた。


悟志は金色の槍の感覚を思い出した。


あの力は美しかった。


だが、扱いを誤れば傷つける。


ノアは続けた。


「だから、ロキ様。急がないでください」


悟志は静かに頷いた。


「分かった」


「本当に?」


「本当にだ」


ノアは少しだけ光を強めた。


「では、今日は合格です」


「合格?」


「はい。よく我慢できました」


悟志は苦笑した。


「完全に子ども扱いだな」


「褒めています」


「なら、受け取っておく」


ピーコが机の上で跳ねた。


「ロキ、がんばった!」


光体も揺れた。


「がんばった」


高原が笑い、朋美も微笑んだ。


真人は静かに記録を終えた。


悟志は庭を見渡した。


白い石の神殿。

巨大な樹。

木の机。

ノア。

光体。

ピーコ。

仲間たち。


閉じられた記憶は、まだそこにある。


黒い修正痕の向こうに、まだ触れてはいけない何かが眠っている。


けれど、今はそれでいい。


今日、自分たちは壊さずに進んだ。


無理に開けずに、確かめた。


それは、かつてのロキならしなかった選択なのかもしれない。


だからこそ、今の悟志が選ぶ意味がある。


ノアが言った。


「ロキ様」


「何だ?」


「次に来る時も、今日のように準備してください」


「分かった」


「怠けてはいけません」


「分かってる」


「本当に?」


「本当に」


ピーコがすかさず言った。


「ロキ、ねる!」


悟志は空を仰いだ。


「やっぱり信用されてない」


ノアは真面目な顔で頷いた。


「信頼は、積み重ねです」


その言葉に、悟志は少しだけ笑った。


積み重ね。


記憶も、記録も、信頼も。


すべて、一度に戻るものではない。


少しずつ積み重ねるものなのだ。


悟志はノートの最後に書いた。


今日は、力を取り戻した日ではない。

力を急がず扱うことを学んだ日。


そして、その下にもう一行加えた。


ノアとの約束を、守った日。


神殿の庭に、淡い金色の風が吹いた。

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