第九話:南門の手前で
おはようございます!
朝の更新です。
南門へ向かうEランクたちと、北へ向かうチヅルたち。
六頭立ての大型馬車が、砂利の街道を一定のリズムで叩きながら進んでいく。水律、陽光が天頂へと近づく陽5刻の少し前。宿場村リロを出発して約二刻半、目的地であるローガン村まで、半刻の距離にある丘陵の登り坂手前に差し掛かった頃だった。
(……いる。三体。左側の茂み)
リロを出てから絶え間なく魔力探索を続けていたチヅルは、隠密スーツのフードの下でワインレッドの瞳を鋭く細めた。すぐさま感覚強化魔法を自身に施し、視覚と聴覚を極限まで底上げする。拡張された感覚は、魔力探索が捉えた不快な波長をより細部まで解像し、脳内へ敵の配置図を立体的に描き出した。
「止まって!」
チヅルの鋭い制止に、御者が驚いて手綱を引く。馬車が軋みを上げて停止すると同時に、チヅルは音もなく地面へと降り立った。Eランクパーティーの冒険者たちは、突然の事態に一瞬たじろいだが、すぐに武器を手に周囲を警戒する。
「ユイちゃんは右。ラズベルちゃんは左をお願い!」
「了解だぜ、リーダー!」
「ええ、任せてちょうだい」
ユイとラズベルが、ダークグリーンの影となって左右へ展開した。直後、茂みから飛び出してきたのは三体のゴブリンだった。棍棒を振り回し、獲物を前にした下劣な笑みを浮かべている。
「きみたち、行商の馬車とでも思ったのかな……まずは視界をもらうよ」
チヅルが腰のマジックポーチからスリンガーを抜き放ち、三連射。放たれたのは『爆焔礫』だ。
パンッ、パンパンッ!
見事にゴブリンたちの顔面で礫が爆ぜた。威嚇程度の威力だが、至近距離での破裂は魔物たちの視界を奪うには十分だった。三体のゴブリンは目を押さえて悶絶する。
「ナイスだ、チヅル! 剣技・陽炎!」
ユイは音を立てることなく瞬時に間合いを詰めると同時に、左手親指で白綱の鯉口を切った。大気が朧の如く揺らめき、彼女の全身から放たれる魔力の残像が滑るようにスライドする。その刹那、白綱の刀身が鮮やかな弧を二つ描き、二体のゴブリンの首が宙を舞った。
一瞬の出来事だった。斬られた後もゴブリンの意識は落下の直前まで残留し、自らの胴体が眼下を通り過ぎていく様子を認識して、絶望の顔を浮かべていた。
陽炎は、見る者を魅了するほど美しい剣技だ。だが対峙する敵にとっては、二度と遭遇したくない悪夢でしかない。太刀筋から僅かに遅れて斬撃の残像が超高温を伴って追走するその情景は、演舞のようでありながら、切断面を瞬時に炭化させる。一滴の血すら吹き出させない、冷徹な死の舞だった。
「ふぅ……!」
残る一体の側面に、ラズベルが音もなく肉薄した。隠密スーツに身を包んだ小柄な姿からは想像もつかない剛腕が、愛用の大型フライパンを振り抜く。
――グシャッ。
鈍く重い、頭蓋が陥没する音が響いた。ゴブリンは悲鳴を上げることすらできず、地面に叩きつけられて絶命した。
「……よし。お掃除完了」
チヅルがスリンガーを収める。戦いが始まってから終わるまで、十回の呼吸にも満たない。馬車の上で固まっていたゼッペルらEランクパーティーの面々は、信じられないものを見たという顔で、ぽかんと口を開けていた。
「すごい……一瞬で……」
「切断面が焼けてる……。それに戦闘の痕跡がほとんど残ってないわ……」
彼らの感動と畏敬の念が混じった視線を受けながら、チヅルはテキパキと指示を出した。
「魔物の死骸を放置すると仲間を呼び寄せるから。大きな麻袋に詰めて馬車に載せて。村に着いたら、自警団の指示に従ってすぐに焼却処理をお願いね」
***
魔物の死骸を積み込み、戦闘の痕跡を隠蔽したことを確認すると、チヅルは馬車の横で全員を見渡した。ここからが、真の作戦の分かれ道だ。
「いい? ここから先は別行動だよ」
チヅルは、隠密スーツのネックゲイターを少し下げ、真剣な眼差しで語りかけた。
「ここにゴブリンがいたということは、魔物が散開している可能性があるということ。特に、あたしたちが探索するルートから離れている村の東側は、あたしたちの目が届かない。十分に警戒してほしいんだ」
「分かりました、チヅルさん」
ゼッペルが真剣な面持ちで頷く。
「南門から村に入ったら、まず自警団長に合流して。結界石の起動準備と、村人の避難経路の確認を最優先でお願い。……ポーション管理はエマちゃん、あなたのパーティーの担当だよ。間違いないね?」
「はい! 責任を持って預かります」
エマが、王国紋章の入ったポーションケースを抱えて力強く答えた。
「赤い信号弾が上がったら、それがあたしたちからの合図だよ。状況を見て結界石を起動して。……もしあたしたちからの合図がなくても、村への攻撃が始まったら躊躇わないで。自分たちの判断を信じて使ってほしい」
ゼッペルが一歩前に進み出た。
「わかりました。……チヅルさんこそ、くれぐれも」
「うん、ありがとう。……じゃあ、行って」
チヅルは手綱を握る御者へ向かって、「この子たちをお願いします!」と声をかけた。コーチボックスに深く腰を据えた御者はサムズアップで応え、絶妙なテンションで手綱を握り直す。ホイップが空中でしなり、「ピシッ」という乾いた音とともに、重厚な馬車がゆっくりと動き出した。十二名を乗せてローガン村へと向かっていく馬車をしばらく見守っていた三人は、ゴブリンが現れた西側の茂みへと、音もなく姿を消した。
***
馬車が丘を越えると、東の丘陵地帯の裾野に広がるローガン村の全貌が露わになった。高さ約三エムの、年季は入っているが頑丈そうな丸太製の防壁。その四隅には見張り台が立ち、黒曜月の昼前の、どこか張り詰めた空気の中に佇んでいる。
陽5刻を過ぎた頃。大型馬車が南門に接近すると、見張り台にいた自警団員が驚いたように身を乗り出した。
「誰だ! 所属を名乗れ!」
「マーレンの冒険者ギルドより派遣された支援部隊だ! 『潮鳴りの鉄錨』発行の紹介状を持っている!」
ゼッペルが馬車から身を乗り出して叫ぶ。慎重に、しかし力強く、丸太の門が内側から開かれた。馬車が村の中へ滑り込み、全員が降車したのを確認して、再び門が閉じられる。村の中は、異様な静寂に包まれていた。籠城している村人たちの不安が、少し冷えた風に乗って伝わってくるようだった。
「よく来てくれた……! 自警団代表のガストンだ。騎士団が来られないと聞いて絶望していたが……まさかこんなに早く増援が来るとは」
黒い髭が顎を覆い尽くす逞しい体つきの中年男性が、駆け寄りながら話しかけてきた。
「騎士団の代わりに、俺たちが来ました。……途中で魔物との戦闘がありましたが、そちらの先行部隊が現在、村を迂回して北側の森林地帯へ偵察に向かっています。俺たちはその間に、村の内部と防備を固めます。すぐに打ち合わせをお願いしたい」
ゼッペルが落ち着いた声で応じた。そして他の若手冒険者たちも入村と同時に、それぞれの持ち場へと動き出す。昨夜の夕食で培われた信頼と連帯感が、迷いのない行動となって表れていた。
***
一方、村の外壁を大きく西側に迂回したチヅルたちは、起伏の激しい丘陵を駆け抜けていた。静音仕様のブーツが、草地を叩く音を最小限に抑え込む。
「魔力探索……。うん、西側にはまだ大きな集団の反応はないね。今のところ静かだよ」
チヅルは移動しながら常に周囲の魔力干渉を確認していた。三人は村の防壁から一定の距離を保ちつつ、北西部へと回り込んでいく。やがて、北門の外に広がる、五十エムほどの開けた平原と、その先に口を開ける深い森が見えてきた。
「東の丘陵の森林地帯……あの森林の奥に、魔物の発生源があるというわけか」
ユイがネックゲイターを上げ、白綱の柄に手をかける。黒々とした森の入り口は、昼間だというのに光を吸い込むような不気味な静寂を保っている。
「なんとなくだけれど、森の奥から嫌な気配がするわ」
ラズベルの言葉に、チヅルは地図を一度だけ確認して頷いた。
「北西に凡そ四ケイエム。森林の中にある開けた高低差のある場所だから、すぐに見つけられると思う。地理的に見てここの盆地は、潜伏場所としては最適だよ。集落を作っているかもしれないし、洞窟のようなところに住み着いているかもしれないね」
彼女の研ぎ澄まされた直感は、確実に魔物の心臓部へと近づいていた。
「まずは盆地を目指そう」
三人は再び森の奥へと向かって、影のように滑り出した。背後で、ローガン村の北門の見張り台が遠ざかっていく。チヅルは一度だけ振り返り、持ち場を守る自警団員のシルエットに視線を投げた。特に変わった様子はない。
(先に進もう)
声には出さず、心の中でだけ呟いて、チヅルは前を向いた。ダークグリーンの隠密スーツが、深い森の色彩と同化し、三人の気配は完全に世界から消えた。
戦いの幕が上がりました。
本日19時過ぎの更新に続きます!




