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第三話:緊急度で選ぶ

 チヅルの問いに対し、マリアは迷いのない手つきで手元の山積みの書類を整理し、視線を真っ直ぐに向けた。その瞳は寝不足による微かな充血を帯びていたが、宿る意志は岩のように固い。


「そうよ」


 短く、きっぱりと言い切る。その拒絶に近いほどの断定に、チヅルはわずかに目を細めた。ギルド内に満ちる喧騒が、一瞬だけ遠のいたような錯覚に陥る。


「……普通に考えて、一つの村の存亡にかかわる危機なんだから、王国騎士団が動くべきじゃないんですか? ギルドへの委託なんて二の次でしょう」


 食い下がるチヅルの言葉に、マリアは重苦しい溜息を吐き出し、声を一段と潜めた。カウンター越しに伝わってくる彼女の魔力の揺らぎは、極限まで張り詰めた弦のようだった。


「騎士団は今、北の森の件に可能な限りの部隊を最優先で投入しているから、今すぐに別部隊を編成できる状況ではないのよ。騎士団長であるライアン様は、最前線の現地指揮所であるアルカンシールに直々に陣を構えて指揮を執っているわ。……正直に言って、小隊規模の部隊編成すら厳しい状況なの」


(ああ、やっぱりそういうことか……)


 チヅルは内心で納得した。蒼玉月そうぎょくづきの四巡目の頃、つまりふた月ほど前から北の森が騒がしくなり、シドーが対応に当たっていることはチヅルも把握していた。当然アルカンシールに指揮所があるという話も耳にしていたが、まさか主力の旅団規模――つまり、千人を超える重装騎士や魔導兵まで投入されているとは思いもしなかった。それはもはや、一地域の警備ではなく「戦争」の規模だ。


「マリアさん、北の森の件って……やっぱり、例の『噂』のことだよね?」


 マリアは深く頷き、苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「公式には未確認よ。けれど、北の森で『竜』の目撃情報があったという、たった一つの噂に騎士団は縛り付けられているわ。竜は、成長とともにその個体能力を爆発的に増していく『出世生物しゅっせせいぶつ』。火属性を例に挙げれば、若い火竜から始まり、三百環さんびゃくかんを超えれば周囲を焦がす炎竜、千環を超えれば一国を灰に帰す爆焔竜ばくえんりゅうへと至るわ。仮に、それが若い火竜クラスの個体であったとしても、討伐には大隊から旅団規模の組織的戦力が不可欠になる。王国が慎重になるのも無理はないわ」


「王国騎士団は、目撃情報があったという出所不明の噂だけで、それほどの国家戦力を張り付かせているのか?」


 ユイが身を乗り出すようにして口を挟んだ。その瞳には、かつてないほどの鋭い光が宿っている。彼女の故郷には存在しなかった「最強の生物」への、本能的な警戒心が露わになっていた。


「たとえ出所不明の噂であろうと、無視して被害が出れば王国の失態になる。……今回のローガン村の件も、村から騎士団へ正式な討伐要請が出されたけれど、簡単には戦力を割くことはできない。だから騎士団側が、ギルドへ先行して現状を把握するための調査依頼を出してきたの。いわば、騎士団の代わりにあなたたちへ『先行偵察』という名の死線を委託した形ね」


 マリアの説明が一段落したかと思われたその時、ユイがカウンターを叩くような勢いでまくしたてた。その勢いに、近くのテーブルで酒を飲んでいた冒険者たちがぎょっとしてこちらを振り返る。


「確かに竜の噂については、マーレンの冒険者なら誰でも知ってるぜ。ただ、マジで目撃したって情報は未だにひとつも聞かねー。……マリアさん。あたしたちがジャイアントボアの討伐に行ったとき、あのアークボアを倒せたのは、一番厄介な闘気殻とうきかくが、強力な火属性の魔法かブレスによって既にズタズタに壊されていたからだった。竜によるブレスの可能性があるってことは、あたしたちからマリアさんに報告済みだよな? それ以外に、何か国を動かすほどの有力な情報でもあったのか?」


 ユイの、核心を突くような鋭い気迫に、過労気味のマリアはわずかに気圧されたように身を引いた。


「……少なくともギルドには、あなたたちが報告した情報以外に、確かな事実は何も届いていないわ。騎士団が何を掴んでいるのかまでは、私たち受付嬢には降りてきてないのよ」


「ユイちゃん、ちょっと落ち着いて。マリアさん、困ってるじゃない」


 ラズベルがユイの肩を優しく叩き、包み込むようになだめて割って入った。ユイはふん、と不満げに鼻を鳴らして半歩後ろに下がったが、その手はまだ腰の白綱しらつなから離れていなかった。


「……悪い、マリアさん。つい熱くなった」


 ぶっきらぼうな謝罪。その場の刺すような空気を引き取るように、チヅルが静かに問いを重ねた。


「じゃあ……結局のところ、王国騎士団がいない間は、あたしたち冒険者で何とかしろっていうことかな?」


 マリアはその問いには直接答えなかった。代わりに思い出したかのように、依頼書の端を指先でトントンと規則正しく叩く。


「実は、この依頼には……ライアン様からの特別な添え書きがあったの。『もし猫耳娘のパーティーがいれば、ぜひ任せたい。彼女なら最善を尽くすだろう』という内容でね」


「……あら。あの団長さんから、そんな指名に近い添え書きが? チヅルちゃん、本当、王都の偉い人と深いところまで絡んでいるのね」


 ラズベルが感心したように微笑む。ジャイアントボアの討伐に向かう道中、チヅルが放った伝書鳩マジックダヴに応じ、丁度良いタイミングで姿を現したシドー・ライアン。当然二人もその現場にいたので、彼がどれほどの地位にあり、チヅルとどれほど気安い関係なのかは、断片的ではあるが理解していた。


「はぁー、あの威圧感がハンパねー騎士団長さんか。チヅル、あんたの人脈、マジで底が知れないな。一体どんな魔法を使えば、騎士団のトップとなんか知り合えるんだよ」


 ユイの呆れたような、けれどどこか誇らしげな言葉に、チヅルは俯きながら顔を赤らめ、苦笑交じりに独り言を漏らした。ワインレッドの瞳が、少しだけ泳ぐ。


「シドーちゃん……。あの時、あたしが一方的に呼び出したからって、今度は逆にあたしを指名して使い倒してくるか。……まぁ、悪い気はしないけどさ」


 ひと呼吸おいて、チヅルは顔をあげた。


「まぁ、五環ごかんほど冒険者稼業をやっていると、いろいろと繋がりもできるんだよ。本当にいろいろとね。……それよりマリアさん、村の現状について詳しく教えて」


 チヅルは照れ隠しのようにさらりと話を流し、マリアがカウンターに広げた詳細な地図を覗き込んだ。


***


「ローガン村はマーレンから東、丘陵地帯の深い入り口に位置しているわ。馬車を走らせて約一日半の距離よ。犠牲者は幸いにしてまだ出ていないわ。村は高さ約三エムの頑丈な丸太防壁に囲われていて、念のため全村民は息を潜めて籠城しているわ。魔物はゴブリンとオークの混成部隊。数は確認されているだけで三十体超。自警団が二十名ほど組織されているけれど、元猟師や農民が中心で、魔物との実戦練度は極めて低いわね。……最大の問題は、全村民が備蓄食料に頼る現在の状況では、あと十四日間程度しか保てないということよ」


「十四日間……。災害用備蓄を切り崩しているのでしょうけれど、猶予は意外なほど少ないわね。救援が遅れれば村民の健康被害が増えるわ」


 ラズベルが唇を噛み、不安げに緑の瞳を揺らす。彼女にとって、守るべき民の窮状は他人事ではなかった。


「ええ。だからこのクエストは一刻も早い判断が必要となるの。それから王国から支援物資が支給されているわ。調査任務としては異例の厚遇よ」


 そう言いながらマリアは、羊皮紙に記載された王国支援物資リストをカウンターの上に置いた。


【王国支援物資】

 ・結界石 ×3:1個で6時間の効力を発揮。ゴブリン・オーク等の下位魔物を物理・魔力両面で完全に遮断する。

 ・ハイヒールポーション ×5:王国紋章入りの特級品。致命傷でなければすぐに治癒できるわ。

 ・赤色信号弾 ×10組:魔力を込めて放てば、数ケイエム先からでも視認可能な緊急連絡用よ。

 ・伝書鳩 ×1:王国ご用達の最高ランクのマジックダヴよ。ローガン村からマーレンまでなら四半刻もかからずにメッセージを届けられるわ。

 ・ローガン村詳細地図:防壁、門、地形の起伏まで精緻に記載されているわ。


 「ちょっ、マリアさん! ハイヒールポーションを5本もですか! 金貨15枚はくだりませんよ、これ。それからこの結界石も見事な術式が施されている。なによりもこの王国紋章が刻まれた伝書鳩···こ、これって支給品ですか? それとも貸与品ですか?」


 目を見開いてマリアに詰め寄るチヅルに、気圧され引きつつも冷静に、だが少し茶目っ気を含ませて人差指を立て、マリアは答える。


「ふふ、チヅルちゃん、この伝書鳩は貸与品ですよ」


「ですよねー。このマジックダヴひとつで、マーレンの高級住宅街に立派なお家を建ててもなお、おつりがでるはずだし…」


 チヅルが落胆している横で、ラズベルがくすくす笑っている。


 一方、ユイは腕を組みながら地図をじっと見つめ、村を囲む森の深さや、逃げ道となりそうな地形を頭の中で整理する。チヅルも気持ちを切り替え、一度深く目を閉じ、ひと呼吸おいてから、覚悟を決めたようにカウンターに両手を強くついた。


「よし、わかった。マリアさん、ローガン村の調査依頼、あたしたちに任せてよ」


 その力強い宣言を聞いた瞬間、マリアの表情から張り詰めていた緊張の糸が解け、吐息とともに深い安堵が広がった。


「……ありがとう。本当、あなたたちに頼めて良かったわ。本音を言うとローガン村の調査依頼をどうしても受けてほしかったの。断られたらどうしようかと、気が気じゃなかったのよ」


「ただし、一つだけ条件があります。支援として、Eランクのパーティーを何組か手配してほしいの。あたしたちはあくまで発生源の特定と、群れを統率している個体が存在すれば、その正体を探り当てるところまではやっておきたい。だから、村の中での結界石の運用やハイヒールポーションの管理、自警団との連携といった守りの仕事は、別の手に任せたい。三人だけで全てを抱え込むと、肝心の調査に集中できなくなるし、結果的に村を危険に晒すリスクが高くなってしまいます」


「……ええ、わかっているわ。実はチヅルさんならそう言うと思って、既に信頼できる幾つかのパーティーには内々に声をかけているの。午後の作戦会議までには、責任を持って招集しておくわ」


 マリアが頼もしく答え、すかさずチヅルは呼応する。


「さすがマリアさん! 大好き!」


 慣れた手付きで羽ペンを走らせるマリアは、安堵と少しの照れにより、頬を微かに赤らめて笑みを漏らしている。そしてチヅルは隣に立つ仲間の顔を、一人ずつ確かめるように見据えた。


「二人とも、これでいいかな?」


「ええ、もちろんよ。村の人たちの不安を、一刻も早く取り除いてあげましょう」


 ラズベルは覚悟を決めたように優しく微笑んだが、ユイは難しい顔をしたまま、依頼書の一点を見つめて黙りこくっている。


「ユイちゃん、大丈夫? ……まずは一旦家に戻って、装備と備品の確認をしてから、午後にまたギルドに集まって作戦を詰めたいと思うんだけど――」


 チヅルが、返事のないユイの顔を心配そうに覗き込もうとした、その時だった。


「──ちょっと待ってくれ」


 ユイの、低く、どこか鋭利な刃物のような声が静まり返ったカウンター周辺に響いた。いつものヤンチャで威勢の良い響きとは違う、極限まで研ぎ澄まされた重みのある声に、チヅルとラズベルは思わず顔を見合わせた。


 ユイの瞳は、もはやマリアもチヅルも映していない。ただじっと、依頼書の行間に隠された、ある不吉な予感の奥を見据えていた。


次回は明日のお昼12時過ぎに更新する予定です。

お楽しみに!

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