表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

第十九話:ラズベルのフライパン

お昼の更新です。

若き冒険者たちはどのようにしてピンチを凌ぐのか!

 水律の午後、北方の森でマジックダヴを放ち、散開している魔物がいないかを確認しながらローガン村の北門へと辿り着いたラズベルの耳に、爆発音とは明らかに質の異なる、鋭い金属音と悲痛な叫び声が風に乗って運ばれてきた。


「……えっ?」


 ラズベルは南方向に意識を集中する。村人たちはマジックダヴの伝言通り、南門広場へ誘導されているはずだ。その南側で戦闘が起きているということは、二千人の村人たち、そして若き冒険者たちが危機に晒されているということに他ならない。


「行かなくちゃ……!」


 ラズベルはダークグリーンの隠密スーツを翻し、静音仕様ブーツで村の外周を飛ぶように駆け出した。ハイドワーフの血を引く彼女の脚力は、小柄な体躯からは想像もつかないほどの推進力を生み出していく。途中、重い地鳴りのような爆発音の余韻が響いてきた。


(これはチヅルちゃんたちね。きっとうまくやったんだわ……!)


 揺るぎない信頼を寄せている二人の無事に、疑いはなかった。それよりも今は、南門で戦っているであろうゼッペルたちのことが気がかりだった。


***


 南門の前に辿り着いたラズベルの視界に飛び込んできたのは、予想を遥かに超える惨状だった。丸太製の南門は無残に粉砕され、その内側――広場の境界線には、淡い光を放つ半球状の防御結界が展開されている。村人たちは結界の内側に避難して無事なようだったが、問題はその『外側』だった。結界の外に締め出される形となった冒険者たちが、血と泥にまみれながら、二体の巨大なホブゴブリンと絶望的な死闘を繰り広げていたのだ。地面にはすでに四体のゴブリンが、骸となって転がっている。後方では、背中を赤く染めて倒れ伏すエマと、腹部を抱えてうずくまるセラムに、武骨なヒーラーのドーレスが必死に回復魔法ヒールをかけ続けている。前線はもう限界だった。バスターソードにひびが入ったコレット、震える手で最後の矢を構えるフィズィ、魔力切れ寸前で杖にすがるテューリ。シービィ、ノーア、ルカ、セオン、パドといった前衛たちも、満身創痍で立っているのがやっとの状態だ。そして何より、リーダーであるゼッペルの姿が痛々しい。彼は口から血を流し、無残にひしゃげた鋼の盾を構え、なおも仲間を守るために巨躯のホブゴブリンの前に立ち塞がっていた。


「行くぞ……俺たちが、『暁の盾』であり、この村の剣だ!!」


 ラズベルの耳に、ゼッペルの血を吐くような咆哮が飛び込んできた。しかし、限界を迎えた彼の脚は震え、次にホブゴブリンの棍棒が振り下ろされれば、今度こそその命の灯火は消え去ってしまうだろう。ホブゴブリンが、残忍な笑みを浮かべて太い腕を高く振り上げた。


(間に合え……っ!!)


 ラズベルは走りながら肩からバックパックを乱暴に振り落とし、腰のホルダーから愛用の鉄製フライパンを勢いよく引き抜いた。


「ゼッペルくん、しゃがんでッ!!」


 突如として戦場に響き渡った、柔らかくも芯のある女性の声。ゼッペルが反射的に身を屈めたその頭上を、小柄なダークグリーンの影が風のように飛び越えていった。


「ハァァァァッ!!」


 ラズベルの全身の筋肉が躍動する。ハイドワーフとヒューマンの混領種である彼女の腕力は、並のヒューマンの成人男性を遥かに凌駕する。遠心力を極限まで乗せたフルスイングのフライパンが、ゼッペルを粉砕しようとしていたホブゴブリンの右膝の側面に、的確かつ無慈悲に叩き込まれた。


 ゴギャァッ! という骨が砕ける鈍い音。


「グガァァァッ!?」


 ホブゴブリンの巨体が、己の脚を破壊された痛みに悲鳴を上げ、大きくバランスを崩してよろめいた。ゼッペルを狙っていた棍棒は空しく空を切り、地面を叩く。


「ラ、ラズベルさん……!?」


 ゼッペルが驚愕に目を見開く中、ラズベルは着地の勢いを殺さず、素早くゼッペルの前に立って彼を庇うようにフライパンを構え直した。


「遅くなってごめんなさいね。ここからは、あたしも手伝うわ!」


 ラズベルが毅然とした声で宣言した直後、もう一体のホブゴブリンが怒り狂ったように咆哮を上げた。魔物は懐から一枚の羊皮紙――使い捨ての魔道具であるスクロールを取り出し、乱暴に魔力を流し込む。スクロールが青白く燃え上がり、術式が発動した。魔力が圧縮され、大きな石弾が形成される。『ロックバレット』の魔法だ。


「危ないっ!!」


 エマのパーティーのルカが叫ぶが、石弾はすでにラズベルとゼッペルに向けて射出されていた。大気を震わせ、砲弾のように迫り来る岩塊。まともに受ければ、人体など容易くすり潰されてしまう威力だ。だが、ラズベルは一歩も引かなかった。緑色の瞳をスッと細め、両手でフライパンの柄をしっかりと握りしめる。呼吸を整え、両足で大地を強く踏み締めた。


「そんなもの――通さないわッ!」


 ラズベルは迫り来るロックバレットの軌道を正確に見切り、盾の代わりに突き出した大型フライパンの平らな底面で、それを正面から受け止めた。


 ガァァァァンッ!!


 火花が散り、強烈な衝撃音が戦場に響き渡る。


 ラズベルのブーツが地面を数シィエムほど削りながら後退したが、彼女の姿勢は全く崩れなかった。それどころか、ハイドワーフ特有の強靭な膂力りょりょくと、アダマンタイトで出来ていると噂される分厚いフライパンの底面は、ロックバレットの破壊的な運動エネルギーを見事にねじ伏せ、あろうことか岩塊を斜め上方へと弾き飛ばしてしまったのだ。


「う、嘘だろ……。あの大きな石弾を、フライパン一つで……!?」


 シービィが戦慄混じりの声を漏らす。Eランク冒険者たちにとって、それは信じがたい光景だった。優しく美味しいシチューを振る舞ってくれる、お母さんのようなラズベル。彼女が、Dランク冒険者でも油断ならない強敵の魔法攻撃を、料理道具一つでいとも簡単に弾き返してしまったのだから。


「さあ、みんな! 今のうちよ!!」


 ラズベルの凛とした声が、絶望に支配されかけていた冒険者たちの心を強烈に揺さぶった。潮目が、完全に変わった。


「うおおおおッ!! 野郎ども、ラズベルさんに続けぇ!!」


 シービィが双剣を高く掲げて突進する。膝を砕かれて姿勢を崩した一体目のホブゴブリンに対し、ノーアの長槍とパドの片手剣が同時に突き刺さる。さらにセオンが巨大な戦斧を振り下ろし、ついにその巨体を地面へと沈めた。


「残るは一体よ! コレットちゃん、ルカくん、合わせて!」


 テューリがなけなしの魔力を振り絞って『バインド』の魔法を放ち、二体目のホブゴブリンの脚を魔法の鎖で一瞬だけ拘束する。すかさずルカが盾を構えて突進し、魔物の意識を引きつける。その死角から、コレットがひび割れたバスターソードを渾身の力で振り抜いた。そして、ラズベルがホブゴブリンの背後へと回り込み、フライパンをフルスイングして背骨を粉砕する。フィズィの最後の矢がホブゴブリンの片目を穿ち、最後はゼッペルが、ひしゃげた鋼の盾を鈍器のように叩きつけ、魔物の脳天を打ち砕いた。巨体がゆっくりと仰向けに倒れ込み、ついに南門の戦場から魔物の動く気配が完全に消え去った。


***


 荒い息遣いだけが響く静寂の中、ゼッペルが膝をつき、安堵の息を長く吐き出した。


「お、終わった……のか……」


「みんな、よく頑張ったわね。本当に、よく耐え抜いてくれたわ」


 ラズベルはフライパンを腰のホルダーに収めると、すぐに結界の近くで倒れているエマとセラムのもとへと駆け寄った。ドーレスの継続的なヒールのおかげで、二人の出血は止まり、呼吸も安定してきている。


「エマちゃん、セラムちゃん、大丈夫よ。もう魔物はいないわ」


 ラズベルが優しく頭を撫でると、エマは痛みをこらえながらも、ポロポロと涙をこぼした。


「ラズベル、さん……。ごめんなさい、私……村の人たちを守るためのポーションを、使えなくて……」


「いいのよ。あなたのその責任感の強さが、村の人たちを守ったの。今は少しでも休んでちょうだいね」


 ラズベルはエマの涙を指ですくい取り、慈しむように微笑んだ。


 ゼッペルが、よろめきながらもラズベルの前に進み出て、深く頭を下げた。


「ラズベルさん……助けていただき、本当にありがとうございました。貴女がいなければ、俺たちは全滅していました」


「顔を上げて、ゼッペルくん。あなたたちが命懸けで戦ってくれたからこそ、誰一人欠けることなく生き残れたのよ。あたしは、ほんの少しお手伝いをしただけだもの」


 ラズベルはふふっと笑い、周囲の若き冒険者たち――死線を乗り越え、安堵にへたり込む彼らの顔を一人ひとり見渡した。彼らは泥と血にまみれながらも、確かに冒険者としての誇りを守り抜いたのだ。


 ふと、北の方角から涼やかな風が吹き抜けた。ラズベルは立ち上がり、黒曜月の空の下、遠く霞む北方の森へと視線を向けた。


(チヅルちゃん……ユイちゃん……)


 村を襲う脅威は、これで本当にすべて排除されたのだろうか。胸の奥に灯る静かな安堵と、まだ帰らぬ仲間たちへの祈り。ラズベルは、胸の前で両手をそっと組み合わせた。もうすぐ、二人が戻ってくる。その確信だけが、戦場に立つ彼女の心を温かく支えていた。


本日19時過ぎと20時過ぎに更新します!

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ