第十八話:Eランクパーティー
チヅル一行が北方の森へと姿を消してから、すでに数刻が経過していた。水律の太陽が西へ傾き始めた午後。ローガン村の南門広場には、不安と恐怖に顔を強張らせた二千人の村人たちが、身を寄せ合うようにして密集していた。ゼッペルは額に滲む冷や汗を拭いながら、広場の周囲に鋭い視線を巡らせた。少し前、空から舞い降りた一羽の純白の鳩――マジックダヴが、ラズベルの切迫した声で伝言を届けてきたのだ。
『これから爆発が起きるわ。衝撃に備えて、村人を南側に誘導してほしいの』
これを受け、直ぐに自警団の団長ガストンに相談した。北門周辺の守備は、ガストンが率いる二十名の自警団が担当することになった。黒髭を蓄えた逞しい体つきのガストンは、「騎士団が来れない今、あんたたちが頼みの綱だ。北門は俺たちが死守する! だからあんたたちは、村民を連れて南の広場を頼む!」と、悲壮な決意をその眼差しに宿し、重々しく告げたのだった。
(俺たちが来ました。チヅルさんに誓ったその言葉に、恥じない働きをしなければ。それにしてもあの人たちは、一体何をするつもりなんだ……。爆発とはどういうことだ)
疑問は尽きなかったが、ゼッペルに立ち止まって迷っている暇はなかった。村人二千人の安全を確保すること、それが自分たちに託された絶対の使命だからだ。彼は左腕に構えた分厚い鋼の盾を強く握りしめた。
エマのパーティーとシービィのパーティーも、手分けして村人を誘導し、「大丈夫です、落ち着いてください」「走らないで!」と声をかけ続けていた。
――そうして、避難誘導がようやく大詰めを迎えようとした、その時だった。
南門の外側、静寂に包まれていたはずの森の方角から、ギィィギィィと耳障りな甲高い声が響いてきた。
「なんだ……!?」
見張り台の下に立っていたシービィが、表情を険しくして門の隙間を覗き込む。
「おい、魔物だ! なんで南側に……!」
ドスン、ドスンと、地を震わせるような重い足音が近づいてくる。丸太で組まれた防壁の隙間から見えたのは、六体の魔物の姿だった。その内訳を見て、ゼッペルの背筋に冷たいものが走る。四体のゴブリンでさえ、Eランク冒険者が徒党を組んでようやく倒せる厄介な相手だ。だがそれ以上に絶望的なのは、群れを先導する二体の巨躯――平均的なDランク冒険者でさえ一対一では油断できない上位種、ホブゴブリンだった。彼らの目は赤く血走り、以前対処したことのあるゴブリンの雰囲気とは違い、異常な粗暴さと、飢えた獣のような凶暴性が入り混じっていた。
ホブゴブリンの一体が、汚れた手で一枚の羊皮紙を取り出した。魔法の術式が刻み込まれた使い捨ての魔道具――スクロールだ。
「マズい! 魔法が来るぞ、全員伏せろ!!」
シービィが門から駆け出し、後方に向かって鋭く叫んだ。
もう一体のホブゴブリンも同様に羊皮紙を掲げた。二体が手にしたスクロールが青白く燃え上がると魔力が凝縮され、二本の巨大な岩の槍が形成された。『ロックランス』の魔法だ。轟音と共に射出された二つの岩槍が、高さ三エムの丸太製の南門に真正面から同時に激突した。
ドドォォォン!
凄まじい破壊音を立てて、強固なはずの南門の扉が粉々に砕け散る。鋭い木片が宙を舞い、広場に集まっていた村人たちから悲痛な叫び声が上がった。
「落ち着け! 下がれ、俺たちの後ろへ!」
ゼッペルが腹の底から大声を張り上げ、広場の最南端で盾を構え直す。シービィと、彼のパーティーの戦士パドが両脇を固め、エマのパーティーの前衛であるコレットが、自分の背丈ほどもあるバスターソードを構えて前に進み出た。
「行かせないわ……!」
コレットが気合の入った声で吠える。十二名のEランク冒険者たちは、砕け散った南門の前に横一列に並び、決死の防衛線を構築した。その、一触即発の戦端が開かれようとした瞬間だった。
ヒュルルルルッ――!
北の空に向かって、空気を切り裂くような甲高い音が響いた。全員が空を見上げる。雲一つない水律の昼下がりの空に、鮮烈な赤い閃光がパッと花開いた。ユイが北方の森から打ち上げた赤色信号弾だ。
「来た……!」
ゼッペルが短く呟く。エマもシービィも、その赤い光をしっかりと目に焼き付けた。前方のゴブリンたちの様子を窺っていると、北の森の奥深くから、腹の底を突き上げるような重い地響きが村まで到達した。
ズズンッ!
一次の爆発音に続き、天地をひっくり返すような絶大な轟音が押し寄せてきた。
ドゴォォォォンッ!
あまりの衝撃に、南門広場の地面すら微かに揺れる。村人たちの間にパニックの火種が生まれかけたが、冒険者たちが必死に声を張り上げてなだめ、北門側からはガストンの「落ち着けぇっ! 動くな!!」という太い一喝が響き渡り、なんとか恐慌状態を押し留めた。
「エマ、結界石だ! 起動してくれ!」
ゼッペルが叫んだ。赤色信号弾が上がった今こそ、村を守る防御結界を起動する時だ。
「わ、わかっています! でも……!」
王国紋章の入った結界石をポーチから取り出したエマは、蒼白な顔で砕けた南門を指差した。ホブゴブリンたちが、粉塵をかき分けて村の敷地内へとなだれ込んできているのだ。結界石は、起動した地点を中心に一定の範囲をドーム状に覆う。今この場で起動すれば、門を突破しようとしている魔物たちをも、結界の『内側』に取り込んでしまうことになる。
「このままじゃ、魔物も結界内に取り込むことになります!」
エマの悲痛な叫びに、ゼッペルは一瞬で覚悟を決めた。
「俺たちが囮になって、奴らを門の外へ押し出す! その隙に結界を張れ!」
「アンタ、正気かよ! 結界を張ったら、俺たちは外に取り残されるんだぞ!」
シービィが目をひん剥く。結界石は外から内への物理・魔力干渉を完全に遮断する。一度外に出れば、六時間は村の中へ逃げ込むことができなくなるのだ。
「それでも、村人を危険に晒すわけにはいかない! 『俺たちが来ました』と、そう豪語したんだ!」
ゼッペルは盾を構えたまま、迷うことなく死地となる南門の外へ向かって突進した。彼が率いる『暁の盾』のメンバー――槍使いのノーア、弓使いのフィズィ、そして物静かなヒーラーのセラムも、リーダーの背中を追う。
「ちくしょう、行くしかねえな! 野郎ども、続くぜ!」
シービィが舌打ちをしながら双剣を抜き、片手剣と盾を構えるパド、巨大な斧を担いだ壁役のセオン、そして武骨な顔立ちのヒーラー、ドーレスと共に飛び出す。
「私たちも行きます! 結界はギリギリの境界線で起動します!」
エマもまた、前衛のコレット、前衛を支える盾使いのルカ、そして後方からバフとデバフの魔法で彼女らをサポートするテューリと共に駆け出した。総勢十二名のEランク冒険者による、絶望的な戦力差を覆すための総力戦が幕を開けた。
「テューリ、足止めをお願い!」
「はいっ! バインド!」
エマの指示で、テューリが魔法を展開し、先陣を切ってきたゴブリン二体の脚を魔法の鎖が絡めとる。別のゴブリン一体に対してはフィズィが牽制の矢を立て続けに放ち、魔物の足を止めた。
「ハァァッ!」
更に突進してくる別のゴブリンに対して、コレットが大上段からバスターソードを振り下ろす。しかし、相手はしぶといゴブリンだ。機敏に身を躱し、錆びた剣で重い一撃をガキィッといなしてくる。Eランク単独の力では、ゴブリン一体ですら容易には崩せない。
「チッ、よけられた……!」
コレットが体勢を崩しかけたその隙を、ルカが自身の盾を割り込ませて咄嗟に庇う。そこにシービィが自慢の機動力を活かして双剣で死角から切り込み、ゴブリンに深手を負わせた。フィズィの矢で怯んでいたゴブリンが、再び突進してくる。中距離からタイミングを計っていたノーアが、長槍でゴブリンを突く。槍は肩に刺さるが、傷は浅い。よろめいたゴブリンに、パドが片手剣を振り抜き、何とか一体のゴブリンを撃退した。だが、本当の絶望はその後ろに控えていた。
「グオォォォォッ!!」
丸太のような棍棒を振り回し、ホブゴブリンが前線に躍り出る。迎え撃ったセオンが巨大な戦斧を渾身の力で振り抜くが、ホブゴブリンの棍棒と真正面から激突した瞬間、圧倒的な筋力差によって壁役であるセオンの巨体が数エム後方へと弾き飛ばされた。
「セオン!」
シービィの叫びと共に、パドがすかさず盾を構えてホブゴブリンの追撃を受け流すが、その強烈な一撃に膝を折る。もう一体のホブゴブリンの凶撃には、ゼッペルが分厚い鋼の盾で正面から立ち塞がった。
ズガァァン!
轟音と共に、ゼッペルの両膝が地面にめり込み、鋼の盾が嫌な音を立ててひしゃげた。Dランクがやっと倒せる相手の重撃。防ぐだけで全身の骨が軋み、ゼッペルの口の端から一筋の血が零れ落ちる。
「ゼッペルさん!」
フィズィが放った矢がホブゴブリンの顔面を狙うが、太い腕で容易く弾き落とされた。それでも、十二人の決死の足止めと連携により、魔物の群れはギリギリのところで南門の外――防壁の境界線の向こう側へと押し出されていた。
「今だ、エマ! 起動しろ!!」
ゼッペルが血を吐きながら叫んだ。エマは境界線の内側から、すぐさま魔力を結界石に注ぎ込んだ。淡い光のドームが瞬時に膨張し、ローガン村の丸太防壁に沿うようにして、完全なる防御結界が形成された。だが、それは同時に、ゼッペルたち十一名の冒険者が、結界の『外側』に取り残され、逃げ場を失ったことを意味していた。
「グガァァァッ!」
結界によって獲物への道を絶たれたホブゴブリンが、怒り狂ってゼッペルたちに牙を剥く。大振りな棍棒の横薙ぎがゼッペルの盾をさらに削り飛ばし、セオンを庇って前に出ていたパドが蹴り飛ばされる。防御結界を張った後、直ぐに走り出していたエマは、結界の外に出るとパドの元に向かい、回復魔法をかける。
「ドーレス、セオンの回復を!」
シービィの指示を受け、武骨なヒーラーのドーレスがセオンの元に走る。ゼッペルの回復に向かおうと、セラムが彼の近くまで駆け寄ろうとするが、「セラム、来るな!」と叫ぶゼッペル。しかし、セラムの近くまで一瞬で詰め寄ったホブゴブリンが、その剛腕から繰り出す裏拳で、セラムの細い腹部を強打した。彼女はくの字に折れ曲がり、息を詰まらせて地面に激しく叩きつけられた。
「グハッ!」
一方、パドを治療していたエマだったが、背後に忍び寄ってきたゴブリンに気付くのが遅れ、錆びた刃を深く突き立てられた。
「くっ……あぁっ!」
意識が朦朧とするパドだったが、エマの異変に気づき、仰向けの状態から手元にあった片手剣を掴み、ゴブリンの腹部目がけ、剣を力任せに突き刺した。ゴブリンは口から泡を吹いて横に倒れた。エマは背中から鮮血を散らし、激痛に顔を歪めて膝から崩れ落ちた。視界が白く明滅する。シービィが前に倒れそうになったエマの肩を抱き、血相を変えて叫んだ。
「エマ! おい、エマ、しっかりしろ! ハイヒールポーションはどこだ!」
エマのポーチには、王国支給の特級品――ハイヒールポーションが五本入っている。致命傷でなければ即座に治癒できる代物だ。エマは震える手でポーチに触れた。だが、彼女の脳裏に、作戦会議の際のやり取りが呪縛のように蘇った。
『ハイヒールポーション五本はエマちゃん、あなたのパーティーで管理して。致命傷以外では、あまり使わないでね』
そのあと、ポーションをぽかーんと眺めていたみんなに、エマはこう告げたのだ。
『これ、一本で金貨3枚はする代物よ、わかってる!? みんな!』
(私なんかの傷のために、こんな貴重なものを使っていいの……? もし後で、結界が破られて村の人たちがもっと酷い怪我をしたら……これが最後の切り札なのに……!)
エマの傷は深く、出血も酷いが、直ぐに死に至るようなものではなかった。恐怖と、リーダーとしての過剰な責任感、そしてEランクの彼女には重すぎる高価なアイテムに対する重圧が、彼女の判断を鈍らせた。
「エマ、どこにある! ハイヒールポーションはどこだ!」
「だ、だめです……ポーションは、村を守るための……っ!」
エマは痛みに呻きながら、必死に自分の細々とした回復魔法で傷を塞ごうとするが、魔力も集中力も足りず、血は止まらない。
「バカ野郎ッ!!」
シービィは周囲を一瞥し、エマを抱きかかえ、うずくまって動かないセラムの元に走った。
「ドーレス! この二人を頼む」
セオンの回復を終えたドーレスが、シービィの元にやってきて「わかった」と一言だけ応じ、すぐさま二人にヒールをかけ始めた。シービィは再度状況確認するために、周りを見渡す。ゼッペルとノーアが、ホブゴブリンを牽制しながら戦い、後方から隙を見てフィズィが矢で頭部に攻撃している。
もう一体のホブゴブリンは、テューリがバインドで片足を拘束し、ルカに身体強化をかけていた。ルカは、ホブゴブリンの剛腕を盾で何とか受け流しているが、かなり厳しそうだ。ホブゴブリンの攻撃の隙を狙って、バスターソードで攻撃を仕掛けるコレットだが、剛腕のガントレットで防がれ、なかなかダメージを与えられていない。そこへ、ドーレスの回復魔法を受けて息を吹き返したセオンが、血塗れの顔で巨大な戦斧を支えにして立ち上がり、雄叫びを上げて加勢に飛び込んでいった。セオンの巨体がルカと並んで壁となることで、崩れかけていた戦線が持ち直していく。
パドは、辛うじて拘束されている二体のゴブリンの内、一体を倒したところだ。続いて二体目に攻撃を仕掛けている。
シービィは、ゼッペルたち『暁の盾』が相手にしているホブゴブリンの元へと向かった。
ホブゴブリンを相手にしながら、ゼッペルも周囲の状況を把握しようとしていた。
(ホブゴブリン二体にゴブリン一体。倒れているのは、うちのセラムと、エマか。その二人を救護しているのが、ドーレス。パドが相手しているゴブリンは間もなく対処できるだろう。あとは、ホブゴブリン二体。どうする。十二人がかりでもこれほど苦戦するものなのか……)
ゼッペルは、改めて格上の魔物と自分たち冒険者との実力差を思い知らされた。
(『俺たちが命に代えても守り抜く』と、あの人に誓ったのに……)
「ゼッペル!」
シービィの叫びにハッとし、間一髪でホブゴブリンの直撃を盾でいなす。
「シービィ、ありがとう」
「礼はあとでいい、まずはこいつを何とかするぞ!」
シービィの荒々しい言葉に、ゼッペルは己の頬を強く張り飛ばし、弱気になりかけた心を無理矢理に奮い立たせた。結界の光の壁を背にした、逃げ場のない死線。だが、絶望的な戦力差を前にしてなお、誰一人として武器を捨てて逃げ出そうとする者はいなかった。
満身創痍のパドが、最後のゴブリンを片手剣で沈め、そのままシービィの横へと並び立った。
コレットはひび割れたバスターソードを上段に構え直し、その前にルカが歪んだ盾を突き出して壁となる。ルカの横では、復活したセオンが再びホブゴブリンの前に巨体を晒し、戦斧で激しい打撃を必死に受け止めていた。
ノーアの長槍が執拗にホブゴブリンの死角を突き、フィズィは震える手で最後の矢を番えた。魔力切れ寸前のテューリが、それでも仲間を守るために杖を強く握りしめている。
倒れたエマとセラム、そして懸命に治療を続けるドーレスを背に、残る九人のEランク冒険者たちは、泥と血にまみれながらも決して膝を屈していなかった。
圧倒的な筋力差、ひっくり返しようのない力の壁。普通ならとっくに心が折れ、無様に命乞いをしているだろう。だが、彼らの胸の奥には、恐怖よりも熱く燃える一つの「誇り」があった。
(……村人を守る。そして、あの人との約束を果たす!)
ゼッペルは、ひしゃげた鋼の盾を再び構え、血に染まった口元を歪めて獰猛な笑みを浮かべた。それは、チヅルから学んだ「決して諦めない」不屈の意志だった。
「行くぞ……俺たちが、『暁の盾』であり、この村の剣だ!!」
ゼッペルの血を吐くような咆哮が、黄昏の空に木霊する。死の恐怖を乗り越えた九人の冒険者たちの意地が、巨大な絶望へと真っ向から激突していった。
絶体絶命のEランクパーティー!
明日はお昼12時過ぎと、夜19時過ぎ、夜20時過ぎの3回更新で熱い展開をお届けします!




