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第十七話:崩壊

おはようございます!

大爆発のカタルシスをお楽しみください!

 限界まで引き延ばされた魔法帯が、元の状態に戻るべく、急速に縮む。挟まれた『時限発火礫』は、スリンガーの前方に向かって加速し押し出される。魔法帯が最小の状態に戻ると、最大限に加速された礫は魔法帯を離れ、空気を切り裂く微かな音を残し、暗くぽっかりと口を開けた北東開口部の奥へと吸い込まれていった。「十の計数」をイメージし、精緻な魔力を込めたその一撃。闇に消えた結果を、悠長に確かめている猶予はない。


「走って!」


 普段の冷静なチヅルからは想像もつかないほど、短く鋭い、切迫した声が静寂の森に響いた。その声とほぼ同時、ユイはウェストポーチから取り出していた赤色信号弾の筒を天へと向け、迷いなく魔力を込めて撃ち放った。ヒュルルルという甲高い風切り音とともに、一条の光が昼下がりの空へ真っ直ぐに昇っていく。数ケイエム先からでも視認可能な赤い閃光が、雲一つない空の頂点でパッと広がり、強烈な色彩を放つ。それは、ローガン村で待つゼッペルたちへの確かな警告の合図となった。


 ユイは「了解だ!」と短く応じ、二人は弾かれたように身を翻し、事前に行き先として定めていた北西方向にある高台へ向けて全力疾走を開始した。身体強化魔法の恩恵により、二人の脚力は疾風の如き速さを生み出している。静音仕様ブーツが積もった落ち葉を蹴散らすが、森に響くべき足音は魔法のように吸収され、ただ衣擦れの音だけが虚空に溶けていく。泥にまみれたダークグリーンの隠密スーツが、木々の間を縫うように駆け抜ける。ユイは、走行の激しい振動で腰の白綱が暴れないよう、鞘をしっかりと左手で押さえながら走っていた。どんな緊急時であっても得物の重心を乱さない、剣士としての無意識の習性である。


(いち、に、さん……)


 チヅルは一定のリズムで腕を振りながら、心の中で無機質に数字を数え始めた。この後起こるであろう粉塵の逆流に備え、走りながらネックゲイターを鼻のさらに上まで引き上げ、しっかりと口と鼻を覆う。隣を走るユイもまた、首元の布を引き上げて備えていた。猛烈なスピードで流れていく景色の中で、二人の間に言葉はない。ただ身体の動きと目配せだけで、完璧に意思を疎通させている。


(……はち、きゅう、とお)


「伏せて!」


 目的の高台まであと僅かという斜面の手前で、チヅルとユイは弾かれたように身を投げ出し、腐葉土が分厚く積もった地面へと伏せた。


***


 両手で頭を抱え、息を潜める。湿った土と落ち葉の匂いが、覆った布越しに鼻腔を突いた。


 しかし――。


 時が止まったかのような、不自然なほどの一瞬の静寂。森の木々が風に揺れる微かな葉擦れの音だけが、伏せた二人の耳元を通り過ぎていく。


「……あれ?」


 ユイが訝しげに顔を上げかけた、まさにその瞬間だった。


 ズズンッ!!


 腹の底から突き上げるような地響きとともに、背後の北東開口部から凄まじい轟音が轟いた。直後、灼熱の熱風が森の木々を薙ぎ倒さんばかりの勢いで吹き荒れる。振り返る間もなく、開口部から橙色の火炎が猛烈な勢いで噴き出しているのが、背後の明るさで肌を通して伝わってきた。チヅルの放った発火礫が、洞窟内に充満していた二十ケイグランの帯電した浮き粉に、見事に引火したのだ。暴力的な熱気が、地面に伏せた二人の背中を重く撫でる。


「起きて、走って!」


 チヅルはすぐに起き上がり、再び高台を目指して急斜面を駆け上がった。一次爆発はあくまで起爆剤に過ぎない。本当の恐怖はこれからだ。二人が急勾配を登りきり、なんとか高台の頑強な岩陰に滑り込んだ直後だった。


 ドゴォォォォンッ!!!


 先ほどの一次爆発とは比較にならない、天地をひっくり返すような絶大な爆発音が盆地全体を震わせた。浮き粉の爆発が、洞窟内の至る所に堆積していた石炭の粉塵――炭塵に引火し、破滅的な誘爆を引き起こしたのだ。最も大きな排気口であった南側の正面入口から、内部で膨張した破壊的なエネルギーが一気に解き放たれた。逃げ場を求めた轟々たる音と共に、巨大な炎と黒煙が渦を巻き、盆地の底を薙ぎ払うように水平方向へと猛烈な勢いで吐き出される。洞窟全体が悲鳴を上げるように地響きを立て、高台の足元すらも激しく揺さぶられた。ユイが思わず姿勢を崩しそうになるが、鞘に収まったままの白綱を杖代わりに岩肌を支え、何とか耐え抜く。


 地鳴りはさらに続く。連鎖的な爆発が洞窟の深部へと波及していく音が、分厚い地層越しにくぐもって響いてくる。ゴゴゴゴ……という地殻を削るような重い音と共に、まず西の裏口である北西開口部が内圧に耐えきれずに崩落した。続いて、二人が先ほどまでいた北東開口部が、周囲の岩盤ごと崩れ落ちて完全に土砂に埋まる。最後に、最大の開口部であった南側の正面入口の崖が、大規模な地滑りを起こしながら崩壊した。凄まじい量の土埃が天高く舞い上がり、魔物たちの根拠地であった広大な洞窟は、文字通り完全に封鎖された。


***


 やがて、耳をつんざくような爆発音と地鳴りが嘘のように収まり、盆地に再び重苦しい静寂が戻ってきた。チヅルは高台の岩陰からゆっくりと身を乗り出し、眼下の崩落現場を見下ろした。彼女のワインレッドの瞳に映るのは、計画通りに事を成し遂げたという単純な喜びではない。すべてを呑み込んだ圧倒的な破壊の痕跡に対する、静かな達成感と、確かな重さだった。もうもうと立ち込める黒い煙と黄土色の土埃が、かつて北東開口部があった岩肌の周辺を覆い隠し、元の地形すら曖昧にしている。


「……全部、つぶれたか」


 ユイがぽつりと、静かな声で呟いた。その言葉に恐怖や怯えはなく、ただ圧倒的な力の現象を前にした、一人の剣士としての純粋な感嘆が込められていた。


「恐らく。そして洞窟内は地獄だっただろうね」


 チヅルは、無機質な事実を述べるように言った。そこに生き物がいたことへの一分の重みが、その静かな言葉には込められていた。


***


 土埃が幾分か収まり、視界が少しずつ晴れてきたのを確認すると、二人は警戒を緩めぬまま高台を降りた。ローガン村へ帰還するルートの途中で、念のため、北西開口部と南側の正面入口がどうなったのか、その様子を確認しておくことにした。まずは北西開口部へと向かう。かつて裏口として口を開けていた場所は岩盤ごと完全にひしゃげており、隙間からは未だに逃げ場を失った熱気が陽炎のように揺らめいていた。猛烈な熱風が噴き出した影響で、周囲の木々は無残にも黒く焼け焦げている。続いて、最大の排気口であった南側の正面入口を盆地の縁から見下ろした二人は、崩れ落ちた岩石や土砂が凄まじい熱量で赤黒く変色し、陽炎を立ち昇らせている光景を前に言葉を失った。


「なんだこれ……? 入り口付近に、なんでこんなに固まってやがる?」


 ユイが眉をひそめ、黒く炭化した魔物の死骸らしきものを凝視する。チヅルも周囲を慎重に観察したが、魔物らがなぜこのタイミングで入り口に集まっていたのか、明確な理由は分からない。


(もしかしたら、ローガン村への本格的な攻め込みを準備するために、入り口に集結し始めていたのかもしれない……)


 チヅルは内心でそう推測したが、今となっては確かめる術はない。だが、一つだけ確かなことがある。


(黒幕は……あの中にいたんだろうな。もう確認する術はないけれど)


 ユイの白綱が捉えたヤバい気配。あの低い唸り声の主。それらはすべて、この分厚く崩落した岩盤と土砂の下、酸欠と灼熱の地獄の底へと完全に葬り去られたのだ。視線を南へと向ければ、正面入口から放出された熱風が、五百エム以上にも及ぶ凄まじい火炎放射となって盆地の底を舐め尽くした痕跡が広がっていた。かつてそこに存在していた岩や木々は無残にも黒ずみ、触れれば崩れ落ちそうな炭の塊と化して、圧倒的な破壊の爪痕を晒している。


***


「帰ろう、ユイちゃん。ラズベルちゃんやみんなが待ってるよ」


 チヅルが踵を返し、村の方角へと歩き出す。ユイも「あぁ」と頷き、静音仕様ブーツでその後に続いた。木々の間を抜け、村への帰路を急ぐ道中。不意に、チヅルの背筋を冷たいものが撫でた。


(…………?)


 一瞬だけ、風の向きが変わったような、不穏な気配。周囲の木漏れ日は変わらず降り注ぎ、森の静けさにも異常はない。だが、マーレンの東門を通過した時に感じた、あの説明のつかない奇妙な引っかかりと全く同じものが、肌の表面を粟立たせた。チヅルは歩みを止めず、視線だけを僅かに後ろの盆地方向へ向けたが、当然そこには木々の影しかない。


(……なんだろ。気のせい、かな)


 彼女は胸の内に湧いたその微かな違和感を、表には一切出さなかった。今はただ、村で待つ仲間たちのもとへ、この結果を持ち帰ることだけが最優先だ。チヅルの小さな足取りは、一切の躊躇いもなく、ローガン村へと続いていった。


作戦成功……と思いきや?

本日19時過ぎ、Eランクたちの死闘が始まります!

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