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第十四話:三つの穴

(……そろそろ、かな)


 視力強化魔法によって研ぎ澄まされたチヅルの瞳が、北西の斜面から音もなく近づく「影」を捉えた。腐葉土の泥にまみれ、森の色彩に完全に同化したその影が、岩陰に滑り込む。身体強化の魔法を付与されたラズベルだ。彼女はわずかに肩を揺らし、身体強化の恩恵があっても隠しきれない弾むような息を吐きながら、チヅルの隣に身を沈めた。一度大きく深呼吸して呼吸を整え、乱れを鎮めると、すぐに声を殺して報告を始める。


「チヅルちゃん、戻ったわ」


「おかえり。……どうだった?」


「北西の斜面に、幅約2エムほどの開口部を見つけたわ。……あたしが近づいても魔物の気配はなかったけれど、空気が外から内へ、吸い込まれるように流れていたの。中を覗いてみると急勾配で、梯子やロープを使わないと出入りはできないと思うわ。それから他に開口部がないかも探してみたけれど、見つからなかったわ」


 チヅルはマジックポーチから取り出した詳細地図に、ラズベルが指差す位置を書き留める。北西側の「開口部」。チヅルの立てた空気の流れに関する仮説を裏付ける、一つ目の確かな情報だ。


「ありがとう、ラズベルちゃん。……急勾配の開口部か。入るのはともかく、ここから出るのは難しそうだね」


 ラズベルは深く頷き、再び盆地の最北端に開いた正面入口へ視線を戻した。丁度、ゴブリンが石炭を積んだ台車を重々しく押し、洞窟から出てきたところだ。相変わらず生気を感じさせない機械的な動きで、物置小屋へと向かっていく。


***


 しばらく二人は無言のまま眼下の盆地を注視していたが、不意に北の方角から一陣の風が吹いた。低木の枝が僅かに揺れたかと思うと、チヅルたちの背後の岩を蹴り、一人の少女が軽やかに着地した。ユイだ。身体強化の恩恵を最大限に引き出し、チヅルが指定した北東エリアを驚異的な速度で踏破してきたのだろう。


「ただいま。収穫アリだぜ」


 ユイはチヅルとラズベルの間に割り込むように身を潜めると、ネックゲイターを少し下げて言葉を継いだ。


「北東に幅3エムくらいの穴が開いてた。……そこにはゴブリンが2体、見張りに立ってたぜ。あいつら、石像みたいに動かねーけど、ありゃ間違いなく『哨戒』だな」


 チヅルは地図の北東部に、新たな開口部を書き加えた。幅3エム、ゴブリン2体。ここもまた、空気が流入している地点なのだろう。だが、地図をなぞるチヅルの指が、ユイの次の一言で止まった。


「……それと、チヅル。これ、白綱しらつなが教えてくれたんだけどさ」


 ユイが腰の白綱の鞘を、慈しむように、けれど強く握りしめた。盆地に到達して以来、ユイが白綱を通じて独り感じていた不穏な予感。それが仲間の前で初めて具体的な言葉として紡がれた瞬間、その内容はあまりにも重苦しい警告となって一同に響いた。


「あの穴の奥から、強い魔力の流れを感じたんだ。……皮膚がチリチリするような、ヤバい奴の気配だぜ。ゴブリンやオークの魔力じゃ、あんな風には感じねえ」


 チヅルは背筋に、冷たい氷の刃を押し当てられたような戦慄を覚えた。白綱はユイの魔力と精神に共鳴する魔刀だ。その白綱が明確に「強い魔力の流れ」を捉えたということは、あの暗がりの奥底に、チヅルたちの想像を超える「何か」が確実に潜んでいる。


(状況からすでに『黒幕』がいるとは踏んでいたけど、これではっきりした。あの中に魔物たちを操る存在がいるのは、もう疑いようがない)


***


 チヅルは広げた地図の上に、判明した三つの穴を、指でなぞって整理した。


「……これで全部かな。正面入口(南)からは暖かい空気が吹き出し、北西と北東の開口部からは新鮮な空気が吸い込まれている」


 チヅルは囁き声で、二人に向けて結論を告げた。


「どのような経緯で魔物がここを見つけたのかは分からないけど、ゴブリンの台車を見てわかる通り、ここって炭鉱だよね。……だとしたら、あの奥には剥き出しの炭層があり、それを魔物が採掘し始めた。その過程で洞窟内は石炭の粉塵ふんじんが積もり、流入する風で巻き上げられて充満していると推測できる」


 チヅルの言葉に、ラズベルとユイが、言葉にならない緊張を走らせた。王国に知られることなく、魔物たちが独自の秩序で作り上げた炭鉱。本来、あいつらにそんな高度な資源活用の知恵はないはずだ。それを可能にさせているのは、奥に潜む「何か」の意志に他ならない。だが、今のチヅルとって、そんなことはどうでもよかった。


(炭鉱……石炭……三か所の開口部がある広大な地中の空間……そして、給気と排気の流れ)


 司令塔としての冷徹な思考が、チヅルの脳内で複雑なパズルを組み上げていく。


 一発逆転。


 騎士団の到着を待たず、チヅルたち三人と、村で待つ仲間たちの安全を確保しながら、この脅威を根こそぎ粉砕するための「解」が、目の前の地図の上に浮かび上がってくる。


***


 チヅルは地図を丁寧に折りたたみ、マジックポーチへと収めた。それから、じっと見守っていたラズベルとユイの顔を、交互に見つめる。二人の瞳は、強化魔法の影響で赤色と黄色の陰陽文様に光り、チヅルの次の一言を待っている。チヅルは、自分の中で完成したばかりの「最悪で最高の作戦」を反芻し、小さく息を吐いた。


「……二人とも」


 チヅルは、自分でも驚くほど落ち着いた声で言った。そして、南門手前でゴブリンの瞬殺を指揮した時とは少し違う笑みを浮かべた。強いて言えば、とっておきの悪戯を思いついた子供が、それを誰かに打ち明ける寸前に浮かべるような顔だ。


「……あたしの一世一代の大勝負。聞いてくれる?」


 ワインレッドの瞳の奥は、勝負師のそれであり、奈落の奥底を焼き尽くす紅蓮の光景を映しているようだった。この時ユイは思った。極稀に、その可愛らしい顔の裏に、何か恐ろしい――いや、恐ろしいというか、言葉で表現するのは難しいが、とてつもなく強大な「何か」を感じることがある。冷徹な殺気でも、圧倒的な威圧でも、あるいは魔力の類でもない、とんでもなく大きな底知れぬ何かだ。たまにチヅルは『幸運の羅針盤』という言葉を使うことがある。ここ一番で発揮する先見の明で、これまでいくつもの困難を突破してきたが、今回はレベルが違う。ユイは、チヅルのとんでもなく大胆な発想を予感し、背筋がぞくっと震えるのを覚えるのだった。


明日は朝7時過ぎと夜19時過ぎの更新です。

いよいよ作戦の全貌が明かされます!

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