第十五話:浮き粉
おはようございます!
いよいよチヅルの大勝負の種明かしです。
「チヅルちゃん、その勝負っていうのは……」
ラズベルが囁き声で問いかける。チヅルは二人の肩を軽く抱き寄せ、顔を近づけた。その口角を僅かに上げ、ニヤリと不敵な表情を見せる。ユイはチヅルのワインレッドの瞳の奥に宿る熱量に、背筋を走る微かな震えを感じながら生唾を飲み込んだ。その緊張は隣のラズベルにも伝播し、彼女の額の端からこめかみにかけて、ひと筋の汗が流れ落ちる。顔を近くに寄せ合っているおかげで、互いの微かな吐息や感情の揺れまでが、三人の中で濃密に共有されていた。ユイとラズベルは、チヅルがかつてないほど興奮しているのを肌で感じ取っていた。チヅル自身も自分の高揚に気づいたのか、一度大きく息を吸い、肺の中の空気を入れ替えるようにゆっくりと時間をかけて吐き出した。
「おい、チヅル。おまえ……」
ユイの言葉を遮り、チヅルは「大丈夫だよ、ユイちゃん」と落ち着いた声で告げた。そして、いよいよ計画の核心を口にする。
「これから――洞窟内を一瞬で地獄に変えるよ」
ラズベルとユイの肩が、同時にピクリと跳ねた。チヅルは構わず、冷徹な軍師の如き口調で話を続ける。
「洞窟の奥には、炭層を掘って出た石炭の粉塵が地面に積もっているか、空気中に滞留しているはず。この状態って、実はとても危険なんだよ。火種ひとつあるだけで引火して、連鎖的な大爆発を引き起こす。……これを意図的に起こして、洞窟内を灼熱の檻にするんだ。中にいる生物は、超高温と爆風にさらされて、まず助からないだろうね」
「粉塵爆発か! 鉱山で起きる最悪の事故だ。この世界にも炭鉱があるなら、そういった事故もあるかもしれない。あたしのいた世界でも、過去に炭鉱事故が何度も起きてたって聞いたことあるぜ。……だが、それを意図的に引き起こすなんて、マジかよ」
驚きで少しユイの声が大きくなってきた。チヅルは一旦、口に人差指を当てて制し、ユイをなだめるように微笑んだ。
「あたしの故郷は鉱山の町なんだけれど、炭鉱は近くになかったから直接は知らないわ。でも、粉塵による炭鉱事故の話は、噂程度で聞いたことがあるわね……」
ラズベルは周囲を警戒し、声を潜めて言葉を添える。チヅルは満足げに頷き、さらに話を続けた。
「粉塵は洞窟の奥に行かないと堆積もしていないし、舞ってもいない。そこで、あたしの持ち込んだ『浮き粉』の出番だよ」
「北西の開口部は、空気の流入はあるけれど急勾配の縦穴。対して北東の開口部は、地図で確認すると正面入口よりも標高が低い。つまり、ここも新鮮な空気が流入していると考えられるんだ。本当は二カ所同時にやるのがいいんだろうけど、今回は北東の開口部一点に絞って仕掛けるよ」
「ん? つまり、どういうことだ?」
ユイが、逸る気持ちを抑えきれずに尋ねる。
「二十ケイグランの浮き粉を、あの開口部から一気に流し込んで、洞窟内部まで『粉の道』を繋げるんだ。ここでひと工夫。粉はタイデンさせると壁や天井、地面に付着しにくくなって、空気中に留まりやすくなる。だから粉を流し込むときに、ユイちゃんの雷系魔法でデンキを帯びさせてほしいんだ。そうすれば、洞窟の深部まで効率よく粉を送り込めるはずだよ」
『浮き粉』の真の使い道が、ここにきてようやく明かされた。しかしユイは思う。チヅルは初めからこれを狙って、馴染みの弁当屋で『浮き粉』を用意したのか、と。
「……ちょっと待て、チヅル。タイデンとかデンキとか、なんでそんなこと知ってるんだ? この世界に、電気を扱うような学問でもあるのかよ?」
チヅルは一瞬キョトンとした後、「学問のことはよくわからないけれど、昔、これに関係することを教えてもらったことがあってね」と、事もなげにあっさりと言ってのけた。ユイはそれ以上追及しなかったが、チヅルの底知れなさを改めて実感せずにはいられなかった。チヅルは話を続ける。
「帯電した浮き粉を全て流し込んだら、あとはあたしがスリンガーを使って開口部に時限発火礫を撃ち込み、火種を投下する。……これで、おしまいだよ」
あらかた考えていることを話し終えたチヅルは、ふぅ、と一度深く息を吐いた。
***
「……実はね、この『浮き粉』を最初からこんな風に使うつもりじゃなかったんだよ」
チヅルは、少しだけ遠い目をして白状した。
「魔物がたくさんいるってわかってたでしょ。だからもし囲まれたら、どうやったら逃げられるかなって考えたの。それで思いついたのが煙幕作戦。『浮き粉』を撒いて敵の目を眩ますために使うつもりだったんだよ。でも、ここが炭鉱だって気づいて、開口部の空気の流れをこの目で見た瞬間に、頭の中にこの局面を打開する道筋が湧いてきちゃったんだよね」
「……粉に関する性質や『デンキ?』だったかしら。そんな知識を、一体どこで学んだの?」
ラズベルの戸惑い混じりの問いに、チヅルは短く、けれど大切そうに答えた。
「昔ね、母からいろんなことを教えてもらったの。例えば粉の性質については、『細かい粉が舞う場所で火を扱うのは、爆発の危険があるから注意しないとだめよ』とかね。あたしの冒険者としての知識の半分は、母から教わった知恵なんだよね。そして今回も、こんな形で役に立ってくれた」
チヅルの母。その名も素性も、今の二人には分からない。けれど、その「母」という言葉が持つ重みを、ラズベルとユイは沈黙の中で静かに受け止めた。チヅルが持つ、状況を打開する「天稟の才」の源泉が、その教えにあることを確信したからだ。
***
「……でも、ちょっと待って。洞窟内ですごい爆発が起きるんでしょ?」
ラズベルが地図を指差しながら、厳しい表情で懸念を呈した。
「そんなとてつもない衝撃が起きたら、森林の向こうのローガン村の人たちまで巻き込んでしまうんじゃないかしら。二千人の命を守るためにあたしたちはここにいるのよ。もし村まで被害が及んだら、本末転倒だわ……」
「正直なところ、全く影響がないとは言い切れないよ」
チヅルはラズベルの懸念を真っ向から受け止めつつ、地図上の洞窟正面入口を指した。
「洞窟内では、北東開口部で最初の爆発が起こり、そこから連鎖的に内部に向かって進んでいく。そして石炭の粉塵が誘爆を起こせば、投入した浮き粉以上の爆発になるはずだ。エネルギーは強烈な熱波と爆風を伴って、一番抵抗の少ない正面入口から一気に噴出する。でも、正面入口は十エム窪んだ盆地の中にあるでしょ? だから噴き出す熱波や爆風の大部分は、盆地内の岩や木々、そして周囲の崖に阻まれて、それ以上先には広がらないはずだよ」
チヅルはさらに言葉を重ね、避難計画を説明する。
「この盆地と、村との間にある森林がさらなる緩衝材になる。だから村までは届かない。そしてあたしたちは、北東の開口部から少し離れた位置にある、北西方向の高台に逃げ込むよ。ここなら万が一爆風と熱波が噴出しても届かないだろうしね」
チヅルの論理的な説明と、揺るぎない確信。ラズベルは彼女のワインレッドの瞳をじっと見つめ、そこに迷いがないことを確認すると、覚悟を決めたように唇を結んだ。
「……分かったわ。チヅルちゃんがそう考えるなら、きっと大丈夫ね。あたしたちの、全力を見せましょう」
***
「よし。じゃあ、それぞれの役割を決めるね」
チヅルの声に、場の緊張が最高潮に達した。
「まずラズベルちゃん。マジックダヴを使って、ローガン村のゼッペルくんたちに『これから爆発が起きる。衝撃に備えて村人を南側に誘導してほしい』って伝えて。メッセージを送ったら、ラズベルちゃんはそのまま村へ戻り、脱出路の安全を確認してほしいんだ。あ、それから、絶対に盆地には近づかないでね」
「わかったわ。盆地を避けて、出来るだけ早く村に戻って安全を確認するわね」
「あたしとユイちゃんは、北東開口部に向かって作戦を遂行するよ。ユイちゃん、いいかな?」
チヅルが視線を向けると、ユイは不敵な笑みを浮かべ、腰の白綱の鞘をカチリと鳴らした。
「あぁ、問題ねえ。開口部に着いたら、あんたの指示に従うぜ」
「うん、ありがとう。細かいことは現場を見てから判断するよ……あ、そうだ、ラズベルちゃん。爆発を起こす直前に、ユイちゃんに信号弾を打ち上げてもらうから。ユイちゃん、タイミングは後で話すね」
「わかったわ」
「了解だ」
三人は立ち上がり、腰を落として円陣を組んだ。三人の頭が触れ合う。
「チヅルちゃん、ユイちゃん……絶対に帰ってきてね」
「あぁ、温かいスープを作って、待っててくれ」
「大丈夫だよ、ラズベルちゃん……それじゃあみんな。あたしの一世一代の大勝負に、付き合ってもらうよ」
***
円陣の後、ラズベルは即座にバックパックからマジックダヴが入った木箱を取り出した。中から半透明の水晶のような質感をしたマジックダヴを取り出し、両手で包み込むように持つ。自身の魔力回路に意識を集中し、ローガン村の位置とゼッペルの顔をイメージし、そして伝えるべきメッセージの内容を口ずさんだ。
「鳩さん、お願いね」
ラズベルは最後に一言声をかけ、空に向かって両手を広げた。マジックダヴは淡く発光した後、一羽の純白の鳩の姿へと変化し、大空へと羽ばたいた。ローガン村の方向に飛んで行ったのを見送り、ラズベル自身もまた、村へ向けて森の中を急行した。
一方、チヅルは自身に身体強化の魔法を施し、ユイと共に、直ぐに北東の開口部へ向けて走り出した。身体強化によって得られた脚力は疾風の如き速力で森を駆け抜ける。ユイが先をゆき、チヅルがその後に続く。ユイは疾走する風の中で、独り言のようにつぶやいた。
「……あたし、正直マジでビビってるんだぜ」
ユイの風になびくポニーテールを見つめながら、チヅルが頷く。
「マジで、たまにとんでもねーレベルのヤバいこと言い出すよな、チヅルは。……でもさ、そんなあんたのこと、嫌いじゃねーぜ。あんたの一世一代の大勝負、最高に盛り上げてやるよ!」
「ユイちゃん、ありがとね」
ユイが倒木を鮮やかに飛び越え、進路を僅かに変える。チヅルも同じような身軽さで追従した。まもなく北東開口部周辺に到着する。
(……黒幕。あの中にいる、魔物たちを操っている『何か』)
洞窟の奥から漂う不気味な気配。それを文字通り根こそぎ粉砕するための、前代未聞の大博打。
「……そろそろ、だね」
水律の陽光が、西へと傾き始める午後の静寂。ローガン村の命運を懸けた、チヅルたち一世一代の大勝負の幕が、今、切って落とされるのであった。
本日19時過ぎ、作戦開始です!
お見逃しなく!




